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第1話

鏡に映る自分を見た裕二は、その光景に視線を奪われていた。 全く知らない男であったからだ。

そしてその額には2本の角。

裕二はその角にそっと触れた。硬い。


そしてその角に触れ感触を確かめていた時だ。

突然頭に強い衝撃を感じた。

それは頭痛だった。

割れそうに痛む頭を両手で必死に覆う。


痛い、痛い、痛い!


強い頭痛を感じる最中、何かを思い出しそうな、胸がモヤモヤと霧がかったような、どうにも気持ちが悪い感覚がやってきた。

そして間もなく、頭に様々な、膨大な情報が入ってきた。


ああ、自分は、この男は、自分だ。


この男は「ギルガム・ヴァルゼイン」と呼ばれる男。

そしてここは今までの世界とは全く異なる世界で、そこで長年生きてきた、魔族と言われる種族の生き物である。


そしてギルガムはその魔界を統べる、魔王であった。

実力と才能で上へ上へ上り詰め、魔族を統べる「魔王」と呼ばれる存在にまで到達した男。

指揮を取り、最前に立ち、部下にその背中を見せ、そして部下は自分に着いてきた。


そして人間は魔族の敵であった。

幾度と無く我が国を襲う人間達。国を守るため、我が国の魔族たちを守るため、人間と戦い続けてきた。土地や仲間を奪われ、その分奪い、それを繰り返す。

しかしいずれは人間界をも統治し、争いのない世界にすべく今まで生きてきた男だった。



魔王としての記憶が戻ったのも束の間、この日の魔王にはいつも通り仕事が待っていた。


魔王の仕事は忙しい。

思い出した今までの記憶を頼りに、その日は仕事をこなす事に集中していた。

そして仕事をしながらも頭を整理していく。


やはりかつての世界での自分、松崎裕二は死んだ、という事で間違いないだろう。

そしてここは今までの世界とは全く別の世界で、ここで生きてきたのも事実。


おそらく自分は「異世界転生」をしたのだ。


よくアニメで見ていた異世界転生モノ。それらによく似通っている。

そして異世界転生モノのテッパンは、取り柄のない主人公が転生した先でチート能力を持ち、今までの花の咲かない人生を謳歌できる形で取り返すというもの。

自分にも通じるものがあると確信していた。


人を統べることが出来るリーダーシップ。頭の回転速度。優れた身体能力。それに加え容姿も悪くない。


自分はこの能力を持ってこれからの人生を謳歌するのだと確信していた。


「ギルガム様、今日は機嫌が良さそうですね。」

声が聞こえ、書類に通していた視線をふと上げる。

そこには銀髪に眼鏡をかけた無表情の男「ジル・グランディス」という、直属のギルガムの部下の姿があった。


スラリと長い四肢のジル・グランディス。

その頭部にも、2本の角が生えていた。

ギルガムの上へ真っ直ぐ伸びる角と違い、ややとぐろを巻いた、羊のような角が生えている。

やはりここは異世界なんだな、と改めて裕二は実感した。


「ああ、ジル、まぁな」

曖昧な返事をしながら再び書類へ目を戻す。

書類には裕二の見慣れない形状の文字がビッシリと並んでいたが、不思議とその内容はスラスラと頭に入る。

これはギルガムとして生きてきた記憶を保てている為であろう。


普段であれば難しい言葉が並んだ書類は文字が滑って内容など全く頭に入ってこない。せいぜい3行が限界だ。

しかし不思議な事に内容を簡単に理解する事が出来た。普通の人間であれば当たり前の事かもしれないが、その感覚が気持ちよく、次へ次へと仕事をこなしていく。


「私の仕事まで奪わないでくださいますか?貴方はいつも皆の分まで仕事をし過ぎです。暇しているのですよ。」

そう小言を言うジルの右手には、裕二が自分の分を淹れるついでに、と一緒に淹れたコーヒーがゆらゆらと波を立てていた。

ジルは普段から常に無表情で、何を考えているのか分からないヤツだが、こういった小言はよく口にする。


「その分俺が困った時は頼むよ」

松崎裕二の時と違い、スッキリと整理された頭で行う仕事の楽しさを噛み締めながら、上機嫌にそう声に出すのであった。



それから数週間が経った。


今までの中田裕二は能力の低さ故に人の上に立った事がなかった。それ故に、今までの記憶を取り返したとは言え、経験になかった事を強いられるというのはとても気力を要するものである。


経験にないものをする時は必ず集中力がいる。慣れるまでは常に気を張り詰めていたが、それでも今までの魔王通りにつつがなく責務をこなすことが出来た。


しかし魔王ギルガムとして生きてきた記憶と、松崎裕二として生きてきた記憶の両方を所有する事になった為、その負担は少なくはない。

部下たちはその二分化された精神と戦う魔王の意志など露知らず、今まで通りに従順に着いてきてくれた。


しかしそれにも慣れてきた頃。


「ギルガム様、ここ、ハンコを押し忘れてますよ。」


夕方、仕事への集中力が切れかけていた頃だ。ジルの声が聞こえてきた。


今まで張り詰めていた気が緩んだのか、普段はしなかったはずの小さなミスをしたみたいだ。


「あ、ああ、すまない、見せてくれ」

確かにハンコを押さなければならない位置にそれは無く、空白になっていた。

なんてことは無い、ただハンコを押し忘れていた。それだけの事。


しかしその小さなミスに裕二はドキリとする。人間だった頃の記憶がふと遡り、じわりと汗が滲む感覚を感じた。


「普段から働き詰めなんだから、こんなミスよくある事ですよ」

ジルはそう言ってくれたが、裕二の心にはモヤモヤとわだかまりが残るのであった。

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