表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
結婚相談所に行く前の、38歳の私  作者: 早乙女リク


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/18

第7話 悪気のない一言が、いちばん刺さる

 月曜日の朝、由香は少しだけ気分が軽かった。

 先週末、「結論を出さない」と決めたおかげで、頭の中が静かだ。


 会社に着き、コーヒーを淹れて席に着く。

 メールを確認し、今日のタスクを整理する。

 こういう“整っている朝”は、嫌いじゃない。


「おはようございます〜」


 背後から声がして、由香は振り返った。

 同僚の真由だ。三十二歳。半年前に結婚したばかりで、最近は柔らかい色の服を着るようになった。


「おはよう」


「そういえば由香さん、週末どうしてました?」


 何気ない質問。

 由香は一瞬、言葉を選んだ。


「家でゆっくりしてたよ」


「いいですね〜。一人時間!」


 真由は屈託なく笑う。

 その笑顔に、嫌な感じはまったくない。


「私、結婚してから一人の時間ほとんどなくて。

 正直、たまに羨ましいです」


「……そう?」


「はい。だから由香さん、無理に結婚しなくてもいいんじゃないですか?」


 その瞬間、由香の手が止まった。


 無理に。

 その言葉が、妙に耳に残る。


「一人でも楽しそうですし」

「仕事も安定してますし」

「今さら生活変えるの、大変じゃないですか?」


 どれも、事実だ。

 事実だからこそ、胸に刺さる。


 真由は悪気がない。

 むしろ、由香を気遣って言ってくれている。


「ありがとうございます」


 由香は笑って答えた。

 社会人として、正解の返事。


 でも、心の中では別の声がした。


(“今さら”って、何歳からなんだろう)


 仕事に集中しようとしても、言葉が頭から離れない。

 無理に結婚しなくてもいい。


 それは、由香自身が週末に考えていたことでもある。

 なのに、他人の口から言われると、なぜか少し苦しい。


 昼休み、由香は一人で外に出た。

 近くのカフェでサンドイッチを頼み、窓際の席に座る。


 外では、スーツ姿の男性と女性が並んで歩いている。

 恋人か、夫婦か、それともただの同僚か。

 分からない。


(私、結婚したいのかな)


 また同じ問いが浮かぶ。

 最近、この問いばかりだ。


 結婚しなくてもいい。

 一人でも楽しい。

 生活は回る。


 それは、事実。


 でも、「無理にしなくていいよ」と言われたとき、

 由香はなぜか、「やりたいのに諦めた人」みたいな気分になった。


(私、諦めたって思われてる?)


 違う。

 誰もそんなこと言っていない。


 でも、自分が一番そう思っているのかもしれない。


 午後の仕事を終え、帰り支度をしながら、由香はスマホを手に取った。

 佐藤からのメールは、相変わらず来ていない。


(静かすぎるな)


 それが、また少しだけ心に引っかかる。


 夜。

 家に帰り、簡単に夕食を済ませたあと、由香はソファに座った。


 テレビはつけていない。

 静かだ。


 由香は、昼の会話を思い返していた。


「無理に結婚しなくてもいい」


 確かに、無理はしたくない。

 焦って誰かを選ぶのも違う。


 でも――


(“選ばない”ことを、最初から選んでいいのかな)


 それは、週末に感じた「楽さ」とは、少し違う不安だった。


 由香はスマホを開き、佐藤とのやり取りを見返した。

 最後のメールは、あのフォローメール。


『ご自身のペースで大丈夫です。』


 その言葉が、今は少し違う意味で胸に響く。


(私のペースって、何だろう)


 立ち止まること?

 それとも、動くこと?


 由香は、深く息を吸った。


 誰かの言葉は、いつも正しくて、いつも足りない。

 最後に決めるのは、自分しかいない。


 由香は、スマホを置いた。


 結婚しなくてもいい。

 でも、結婚したいと思う自分を、

 「今さら」と切り捨てたくはなかった。


 それだけは、はっきりしていた。


 由香は、カーテンを閉め、電気を消した。


 明日、また一日が始まる。

 答えは、まだ出ない。


 でも、問いの形が、少しだけ変わってきていた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、

ブックマーク や 評価 をお願いします。


応援が励みになります!


これからもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ