第4話 初回カウンセリング、想像と違いすぎた
翌日、昼過ぎにスマホが震えた。
会議中ではなかったが、由香は一瞬、画面を見るのをためらった。
(もう来た……)
心の準備というものは、いつも相手の方が早い。
休憩スペースに移動してから、通知を開く。
『結婚相談所〇〇の佐藤です。昨日はお問い合わせありがとうございます。
ご都合のよいお時間があれば、初回カウンセリングのご案内をさせてください。』
文面は丁寧で、変に距離が近くない。
「お電話でも、オンラインでも可能です」と続いている。
(電話……じゃない方がいいな)
由香は即座に判断した。
顔を見せないのは楽だけれど、声だけで話すのは逆に怖い。相手の表情が分からない分、勝手に想像してしまうからだ。
由香は返信を打った。
『ありがとうございます。オンラインでお願いしたいです。平日夜でしたら可能です。』
送信。
また、あっさりだ。
その日の夜、カウンセリングの日程が決まった。
三日後の水曜日、二十時。
仕事終わり、自宅から。
(思ったより早いな……)
逃げる時間が、あまりない。
当日。
由香は仕事を定時で切り上げ、家に帰るとすぐシャワーを浴びた。
別にデートでも面接でもない。そう分かっているのに、なぜか気合が入る。
服は、結局いつものきれいめニットにした。
派手すぎず、地味すぎず。「ちゃんとしてる人」に見える服。
「……誰にどう見せたいんだろ」
自分でツッコミを入れながら、鏡を見る。
髪は整えた。メイクもした。
オンラインなのに。
開始五分前。
パソコンの前に座り、深呼吸する。
(大丈夫。入会するって決めてない。話を聞くだけ)
昨日まで、何度も自分に言い聞かせた言葉を、もう一度。
時間になり、画面が切り替わる。
映ったのは、想像よりずっと普通の女性だった。
「こんばんは。佐藤と申します。今日はありがとうございます」
年齢は四十代前半くらい。
派手でもなく、地味でもなく、仕事ができそうな雰囲気。
(……あれ? もっと“仲人士!”って感じの人を想像してた)
由香は少し拍子抜けした。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
声が震えないように気をつける。
最初は簡単な自己紹介。
由香の仕事、生活、これまでの婚活。
話しながら、由香は気づいた。
否定されない。
「それは遅いですね」とも、「もっと早く来るべきでした」とも言われない。
「怖かったんですね」
佐藤が、静かに言った。
その一言で、胸の奥がきゅっとなった。
「……はい」
由香は、それ以上説明できなかった。
でも、佐藤は待ってくれた。続きを促すでもなく、黙ってうなずくだけ。
沈黙は、気まずくなかった。
それが一番、意外だった。
「婚活って、頑張らなきゃいけないものだと思われがちなんですけど」
「本当は、“安心できる場所を探す作業”だと思ってます」
由香は、その言葉を頭の中で反芻した。
安心できる場所。
アプリにはなかった言葉だ。
「今日、入会を決めなくても大丈夫ですよ」
「まずは、“こういう選択肢もある”って知ってもらえたら」
(……勧めないんだ)
由香は、正直に驚いた。
もっと営業されると思っていた。
「今決めた方がいい」と言われると覚悟していた。
「正直に言うと」
由香は、少しだけ勇気を出した。
「相談所って、最後の手段みたいなイメージがあって……」
佐藤は、苦笑した。
「よく言われます。でも、最後じゃなくて、“合う人にとっての近道”ですね」
その言い方が、妙に腑に落ちた。
近道。
負けでも、妥協でもない。
話は、相談所の仕組みやサポート内容に移った。
聞けば聞くほど、「思っていたより普通」だ。
特別な人が来る場所でもない。
人生が詰んだ人が集まる場所でもない。
ただ、結婚したい人が、少し効率的に動く場所。
カウンセリングは、あっという間に一時間が過ぎた。
「今日はこのくらいにしましょうか」
佐藤が言う。
由香は、名残惜しさを感じている自分に気づいた。
「ありがとうございました」
「こちらこそ。ゆっくり考えてくださいね」
画面が暗くなる。
由香は、しばらく動けなかった。
心臓はまだ早い。
でも、恐怖とは違う。
(……思ってたのと、全然違った)
怖くなかった。
説教もされなかった。
無理に決断も迫られなかった。
由香はソファに倒れ込み、天井を見上げる。
「私、勝手に怖がってただけかも」
結婚相談所は、敵でも、最後の砦でもなかった。
ただの、選択肢の一つ。
それを知れただけで、今日の一時間には価値があった。
スマホを見る。
まだ、入会はしていない。
でも、由香の中で、何かが静かにほどけ始めていた。
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