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結婚相談所に行く前の、38歳の私  作者: 早乙女リク


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第4話 初回カウンセリング、想像と違いすぎた

 翌日、昼過ぎにスマホが震えた。

 会議中ではなかったが、由香は一瞬、画面を見るのをためらった。


(もう来た……)


 心の準備というものは、いつも相手の方が早い。


 休憩スペースに移動してから、通知を開く。


『結婚相談所〇〇の佐藤です。昨日はお問い合わせありがとうございます。

 ご都合のよいお時間があれば、初回カウンセリングのご案内をさせてください。』


 文面は丁寧で、変に距離が近くない。

 「お電話でも、オンラインでも可能です」と続いている。


(電話……じゃない方がいいな)


 由香は即座に判断した。

 顔を見せないのは楽だけれど、声だけで話すのは逆に怖い。相手の表情が分からない分、勝手に想像してしまうからだ。


 由香は返信を打った。


『ありがとうございます。オンラインでお願いしたいです。平日夜でしたら可能です。』


 送信。

 また、あっさりだ。


 その日の夜、カウンセリングの日程が決まった。

 三日後の水曜日、二十時。

 仕事終わり、自宅から。


(思ったより早いな……)


 逃げる時間が、あまりない。


 当日。

 由香は仕事を定時で切り上げ、家に帰るとすぐシャワーを浴びた。

 別にデートでも面接でもない。そう分かっているのに、なぜか気合が入る。


 服は、結局いつものきれいめニットにした。

 派手すぎず、地味すぎず。「ちゃんとしてる人」に見える服。


「……誰にどう見せたいんだろ」


 自分でツッコミを入れながら、鏡を見る。

 髪は整えた。メイクもした。

 オンラインなのに。


 開始五分前。

 パソコンの前に座り、深呼吸する。


(大丈夫。入会するって決めてない。話を聞くだけ)


 昨日まで、何度も自分に言い聞かせた言葉を、もう一度。


 時間になり、画面が切り替わる。

 映ったのは、想像よりずっと普通の女性だった。


「こんばんは。佐藤と申します。今日はありがとうございます」


 年齢は四十代前半くらい。

 派手でもなく、地味でもなく、仕事ができそうな雰囲気。


(……あれ? もっと“仲人士!”って感じの人を想像してた)


 由香は少し拍子抜けした。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 声が震えないように気をつける。


 最初は簡単な自己紹介。

 由香の仕事、生活、これまでの婚活。


 話しながら、由香は気づいた。

 否定されない。

 「それは遅いですね」とも、「もっと早く来るべきでした」とも言われない。


「怖かったんですね」


 佐藤が、静かに言った。


 その一言で、胸の奥がきゅっとなった。


「……はい」


 由香は、それ以上説明できなかった。

 でも、佐藤は待ってくれた。続きを促すでもなく、黙ってうなずくだけ。


 沈黙は、気まずくなかった。

 それが一番、意外だった。


「婚活って、頑張らなきゃいけないものだと思われがちなんですけど」

「本当は、“安心できる場所を探す作業”だと思ってます」


 由香は、その言葉を頭の中で反芻した。


 安心できる場所。


 アプリにはなかった言葉だ。


「今日、入会を決めなくても大丈夫ですよ」

「まずは、“こういう選択肢もある”って知ってもらえたら」


(……勧めないんだ)


 由香は、正直に驚いた。

 もっと営業されると思っていた。

 「今決めた方がいい」と言われると覚悟していた。


「正直に言うと」

 由香は、少しだけ勇気を出した。

「相談所って、最後の手段みたいなイメージがあって……」


 佐藤は、苦笑した。


「よく言われます。でも、最後じゃなくて、“合う人にとっての近道”ですね」


 その言い方が、妙に腑に落ちた。


 近道。

 負けでも、妥協でもない。


 話は、相談所の仕組みやサポート内容に移った。

 聞けば聞くほど、「思っていたより普通」だ。


 特別な人が来る場所でもない。

 人生が詰んだ人が集まる場所でもない。


 ただ、結婚したい人が、少し効率的に動く場所。


 カウンセリングは、あっという間に一時間が過ぎた。


「今日はこのくらいにしましょうか」


 佐藤が言う。


 由香は、名残惜しさを感じている自分に気づいた。


「ありがとうございました」


「こちらこそ。ゆっくり考えてくださいね」


 画面が暗くなる。


 由香は、しばらく動けなかった。

 心臓はまだ早い。

 でも、恐怖とは違う。


(……思ってたのと、全然違った)


 怖くなかった。

 説教もされなかった。

 無理に決断も迫られなかった。


 由香はソファに倒れ込み、天井を見上げる。


「私、勝手に怖がってただけかも」


 結婚相談所は、敵でも、最後の砦でもなかった。

 ただの、選択肢の一つ。


 それを知れただけで、今日の一時間には価値があった。


 スマホを見る。

 まだ、入会はしていない。


 でも、由香の中で、何かが静かにほどけ始めていた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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