エピローグ 結婚相談所に行く前の私へ
夜、由香はソファに座り、スマホを伏せたまま天井を見ていた。
特別な予定はない。
お見合いも、今は入っていない。
それでも、不思議と心は静かだった。
少し前まで、
「何もしていない時間」は、不安でしかなかった。
何もしていない=取り残されている、そんな気がして。
でも今は違う。
(私、ちゃんと動いてきたんだな)
アプリを消した夜。
結婚相談所という単語を検索した夜。
怖くて、何度も画面を閉じたこと。
カウンセリングで、拍子抜けするほど普通だったこと。
お見合いで、うまくいかなかった日。
断ることを、自分に許せた日。
一つひとつは小さな出来事なのに、
積み重なると、確かに今の自分を作っている。
由香は、ふと思った。
――結婚相談所に行って、何が変わったんだろう。
結婚が決まったわけじゃない。
運命の人に出会ったわけでもない。
未来が保証されたわけでもない。
でも、はっきり言えることがある。
怖がったまま、一人で立ち止まることはなくなった。
以前の由香は、
迷うことを「弱さ」だと思っていた。
決められない自分を、責め続けていた。
でも今は、
迷ってもいい。
分からなくてもいい。
その状態のまま、誰かに話していい。
そう思えている。
由香は、スマホを手に取った。
ホーム画面には、婚活アプリはない。
でも、結婚相談所の連絡先が、ちゃんと残っている。
それが、なぜか心強い。
(戻れる場所があるって、こういうことか)
進んでもいい。
休んでもいい。
やめてもいい。
その全部を、
自分で選べる状態。
由香は、窓の外を見た。
街の灯りが、静かに並んでいる。
誰かの人生が、今も進んでいる。
それは、自分の人生と比べるものじゃない。
由香は、心の中で、過去の自分に語りかけた。
――結婚相談所に行く前の私へ。
怖くて当然だった。
悩んで当然だった。
決められなくて、当たり前だった。
でも、大丈夫。
答えが出ていなくても、
ちゃんと前に進めている。
行かなくてもいい。
でも、怖がったまま一人でいなくていい。
由香は、ゆっくりと電気を消した。
結婚相談所は、
答えをくれる場所じゃなかった。
ただ、
自分を置き去りにしないで進むための、
一つの選択肢だった。
そして今の由香は、
その選択肢を、
自分の手で選べている。
それだけで、
もう十分だった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
この物語は、
「結婚相談所に入会したら幸せになれた」という話ではありません。
成婚の奇跡も、運命的な出会いも描いていません。
それでも、この話を書きたいと思った理由があります。
結婚相談所という言葉を検索するとき、
多くの人はすでに、たくさん悩んでいます。
マッチングアプリに疲れ、
周りと比べて落ち込み、
それでも「何もしないまま時間が過ぎる」ことに、
どこか焦りを感じている。
でも、そうやって悩んでいる状態そのものが、
すでに真剣で、誠実な一歩だと思うのです。
由香は、特別な女性ではありません。
仕事をして、生活をして、
迷いながら日々を過ごす、ごく普通の一人です。
彼女が変わったのは、
結婚が決まったからでも、
誰かに選ばれたからでもありません。
「一人で決め続けなくていい場所がある」と知ったこと。
そして、「自分の感覚を信じていい」と思えたこと。
それだけです。
もし今、
この物語を読んでいるあなたが、
結婚相談所に行こうかどうか迷っているなら――
行かなくても構いません。
でも、
怖がったまま、
一人で抱え込まなくてもいい。
話を聞いてもらうだけでもいい。
答えを出さなくてもいい。
悩んでいる状態のままでも、いい。
この物語が、
あなたが自分を責めるのを、
ほんの少しやめられるきっかけになれたなら、
それ以上に嬉しいことはありません。
最後に。
婚活は、競争でも、試験でもありません。
うまくいかない日があっても、
立ち止まる日があっても、
それは失敗ではない。
自分を置き去りにしない選択を、
何度でもやり直せる。
そんな場所があることを、
どうか、忘れないでください。
あなたのペースで、
あなたの選択で。
ここまで読んでくださって、
本当にありがとうございました。




