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結婚相談所に行く前の、38歳の私  作者: 早乙女リク


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18/18

エピローグ 結婚相談所に行く前の私へ

 夜、由香はソファに座り、スマホを伏せたまま天井を見ていた。

 特別な予定はない。

 お見合いも、今は入っていない。


 それでも、不思議と心は静かだった。


 少し前まで、

 「何もしていない時間」は、不安でしかなかった。

 何もしていない=取り残されている、そんな気がして。


 でも今は違う。


(私、ちゃんと動いてきたんだな)


 アプリを消した夜。

 結婚相談所という単語を検索した夜。

 怖くて、何度も画面を閉じたこと。

 カウンセリングで、拍子抜けするほど普通だったこと。

 お見合いで、うまくいかなかった日。

 断ることを、自分に許せた日。


 一つひとつは小さな出来事なのに、

 積み重なると、確かに今の自分を作っている。


 由香は、ふと思った。


 ――結婚相談所に行って、何が変わったんだろう。


 結婚が決まったわけじゃない。

 運命の人に出会ったわけでもない。

 未来が保証されたわけでもない。


 でも、はっきり言えることがある。


 怖がったまま、一人で立ち止まることはなくなった。


 以前の由香は、

 迷うことを「弱さ」だと思っていた。

 決められない自分を、責め続けていた。


 でも今は、

 迷ってもいい。

 分からなくてもいい。

 その状態のまま、誰かに話していい。


 そう思えている。


 由香は、スマホを手に取った。

 ホーム画面には、婚活アプリはない。

 でも、結婚相談所の連絡先が、ちゃんと残っている。


 それが、なぜか心強い。


(戻れる場所があるって、こういうことか)


 進んでもいい。

 休んでもいい。

 やめてもいい。


 その全部を、

 自分で選べる状態。


 由香は、窓の外を見た。

 街の灯りが、静かに並んでいる。


 誰かの人生が、今も進んでいる。

 それは、自分の人生と比べるものじゃない。


 由香は、心の中で、過去の自分に語りかけた。


 ――結婚相談所に行く前の私へ。


 怖くて当然だった。

 悩んで当然だった。

 決められなくて、当たり前だった。


 でも、大丈夫。

 答えが出ていなくても、

 ちゃんと前に進めている。


 行かなくてもいい。

 でも、怖がったまま一人でいなくていい。


 由香は、ゆっくりと電気を消した。


 結婚相談所は、

 答えをくれる場所じゃなかった。


 ただ、

 自分を置き去りにしないで進むための、

 一つの選択肢だった。


 そして今の由香は、

 その選択肢を、

 自分の手で選べている。


 それだけで、

 もう十分だった。

 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


 この物語は、

 「結婚相談所に入会したら幸せになれた」という話ではありません。

 成婚の奇跡も、運命的な出会いも描いていません。


 それでも、この話を書きたいと思った理由があります。


 結婚相談所という言葉を検索するとき、

 多くの人はすでに、たくさん悩んでいます。

 マッチングアプリに疲れ、

 周りと比べて落ち込み、

 それでも「何もしないまま時間が過ぎる」ことに、

 どこか焦りを感じている。


 でも、そうやって悩んでいる状態そのものが、

 すでに真剣で、誠実な一歩だと思うのです。


 由香は、特別な女性ではありません。

 仕事をして、生活をして、

 迷いながら日々を過ごす、ごく普通の一人です。


 彼女が変わったのは、

 結婚が決まったからでも、

 誰かに選ばれたからでもありません。


 「一人で決め続けなくていい場所がある」と知ったこと。

 そして、「自分の感覚を信じていい」と思えたこと。


 それだけです。


 もし今、

 この物語を読んでいるあなたが、

 結婚相談所に行こうかどうか迷っているなら――

 行かなくても構いません。


 でも、

 怖がったまま、

 一人で抱え込まなくてもいい。


 話を聞いてもらうだけでもいい。

 答えを出さなくてもいい。

 悩んでいる状態のままでも、いい。


 この物語が、

 あなたが自分を責めるのを、

 ほんの少しやめられるきっかけになれたなら、

 それ以上に嬉しいことはありません。


 最後に。


 婚活は、競争でも、試験でもありません。

 うまくいかない日があっても、

 立ち止まる日があっても、

 それは失敗ではない。


 自分を置き去りにしない選択を、

 何度でもやり直せる。


 そんな場所があることを、

 どうか、忘れないでください。


 あなたのペースで、

 あなたの選択で。


 ここまで読んでくださって、

 本当にありがとうございました。

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