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結婚相談所に行く前の、38歳の私  作者: 早乙女リク


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第16話 うまくいかない日も、想定内になった

 二度目のお見合いは、雨の日だった。

 由香は開始時間の少し前からパソコンの前に座り、画面に映る自分の顔をぼんやり眺めていた。


(前より、緊張してないな)


 そう気づいて、少し驚く。


 以前なら、心臓の音がうるさくて、呼吸の仕方まで意識していた。

 でも今日は、ただ「これから人と話す」という感覚しかない。


 時間になり、画面が切り替わる。


「こんにちは。初めまして」


 相手は、プロフィール写真より少しだけ柔らかい印象の男性だった。

 声も落ち着いている。

 悪くない。


 会話は、終始スムーズだった。

 仕事の話。

 休日の過ごし方。

 最近作った料理の話。


 笑うタイミングも、相槌も、ちょうどいい。


(……成立してる)


 そう思いながら話している自分がいる。


 沈黙も、前ほど怖くない。

 無理に埋めようとしなくても、相手が待ってくれる。


 二十分が過ぎ、終了の時間が近づく。


「今日はありがとうございました」


「こちらこそ。お話しできてよかったです」


 画面が暗くなる。


 由香は、すぐに立ち上がらなかった。

 前回と同じように、ソファに移動して深く息を吐く。


(……悪くなかった)


 でも、その次の言葉が、自然に浮かんだ。


(……でも、違った)


 理由は、うまく言えない。

 嫌なところがあったわけじゃない。

 条件も、会話も、問題ない。


 ただ、

 「もう一度会いたい自分」が、いなかった。


 以前の由香なら、ここで自分を責めていた。


(こんなに普通でいい人なのに)

(また贅沢言ってる)

(だから決まらないんだ)


 でも今日は、少し違う。


(そういう日も、あるよね)


 その考えが、すっと出てきたことに、自分で驚いた。


 婚活は、

 「うまくいく日」と「うまくいかない日」の繰り返し。

 それを、頭では分かっていた。


 でも今までは、

 うまくいかない日はすべて

 「私がダメだった日」だった。


 今日は、違う。


 今日は、

 「ただ、合わなかった日」。


 それだけだ。


 スマホが震えた。

 佐藤からのメッセージ。


『お疲れさまでした。

 ご感想は、ゆっくりで大丈夫ですよ』


 由香は、その文を読んで、小さく笑った。


(ゆっくりでいい、か)


 急がされない。

 評価されない。

 結論を迫られない。


 それだけで、こんなにも気持ちが違う。


 由香は、少し考えてから返信した。


『お話ししやすい方でしたが、

 今回は次に進むイメージが持てませんでした』


 送信。


 送ったあとも、胸はざわつかない。


(……慣れたのかな)


 いや、違う。


 慣れたんじゃない。

 「うまくいかない可能性」を、

 最初から想定できるようになっただけだ。


 由香は立ち上がり、カーテンを開けた。

 雨は、もう小降りになっている。


 空はまだ曇っているけれど、

 ずっとこのままじゃないことは分かる。


(婚活って、こういうものなんだ)


 毎回、答えが出るわけじゃない。

 毎回、前に進んだ実感があるわけでもない。


 でも、

 「自分をすり減らさずに終われる日」が増えていく。


 それは、確かな変化だった。


 由香は、スマホをテーブルに置き、深く息を吸った。


 今日は、うまくいかなかった日。

 でも――

 悪い日じゃなかった。


 そう思える自分が、

 ここにいる。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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