第12話 はじめての「お見合い」という単語
プロフィールが正式に登録されたという連絡が来たのは、平日の夕方だった。
由香は会社のデスクでそのメールを読み、思わず画面を閉じた。
(……登録、された)
実感が、少し遅れてやってくる。
結婚相談所に入会した。
プロフィールを作った。
次は――お見合い。
頭の中で、その単語を転がす。
(……重)
お見合い。
昭和。
親戚。
座布団。
写真立て。
由香は、勝手なイメージに苦笑した。
帰りの電車。
スマホを見るたびに、通知が増えていないか確認してしまう。
(別に、今日来るとは限らないのに)
家に着くと、ソファにバッグを放り投げ、深く息を吐いた。
少しして、スマホが震えた。
『由香さん、プロフィール公開後、
早速お見合いのお申し込みが1件来ています』
心臓が、どくんと音を立てた。
「……来た」
思わず声が出る。
早い。
思っていたより、ずっと。
(選ばれた……?)
その言葉が浮かんで、すぐに打ち消す。
(違う。条件に合っただけ)
でも、条件に合ったという事実も、悪くない。
由香は、深呼吸して、詳細を開いた。
三十九歳。
同じく会社員。
趣味は散歩と映画。
(……普通)
それが、なぜか一番安心した。
年収も、学歴も、派手ではない。
でも、ちゃんと現実にいそうな人。
(会う……のか)
頭が一気に現実に引き戻される。
お断りする選択肢もある。
無理に受けなくてもいい。
由香は、しばらく画面を見つめた。
怖い。
やっぱり怖い。
でも、前の怖さとは違う。
知らない相手に、放り込まれる怖さじゃない。
自分で「会うかどうか」を選べる怖さだ。
(……どうする)
由香は、佐藤にメッセージを送った。
『お見合い、来ました。
正直、少し緊張しています』
すぐに返信が来る。
『最初は皆さんそうですよ。
無理に決めなくて大丈夫ですが、
「会ってみる」だけでも大丈夫ですよ』
その「だけ」が、由香にはちょうどよかった。
(会ってみる、だけ)
結婚を決めるわけじゃない。
付き合う約束でもない。
ただ、話す。
由香は、ゆっくりと指を動かした。
『では、お願いしたいです』
送信。
画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。
(私、今……お見合い受けた)
現実味が、遅れて追いついてくる。
由香は、ソファに座り、背もたれにもたれた。
逃げなかった。
でも、無理もしていない。
不思議な感覚だった。
数分後、日程調整の連絡が届く。
来週の土曜日。
午後二時。
オンライン。
(……オンラインでよかった)
正直な気持ちだった。
由香は、スマホを置き、天井を見る。
婚活は、急に忙しくなる。
でも、流されている感じはない。
自分で選んで、
自分で進んでいる。
それだけで、今は十分だ。
お見合い。
まだ、ただの単語。
でも、来週には、
「人」になる。
由香は、静かに息を吐いた。
怖い。
それでも――
前より、少しだけ楽しみだった。
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