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結婚相談所に行く前の、38歳の私  作者: 早乙女リク


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第11話 プロフィール作成という名の自己紹介地獄

 入会手続きは、思ったより事務的だった。

 書類の提出、身分証明、独身証明書。

 人生の一大決断、というよりは、銀行口座を作るときに近い。


(……あれ、こんな感じなんだ)


 拍子抜けしつつも、由香は少し安心した。

 重すぎない。

 感情を煽られない。


 問題は、その次だった。


『次に、プロフィールを一緒に作っていきましょう』


 佐藤からのメールを読んだ瞬間、由香の肩が強張った。


(来た……)


 プロフィール。

 婚活界における、履歴書であり、名刺であり、第一印象のすべて。


 数日後、オンラインでのプロフィール作成面談。

 由香は、前回よりも少しだけ緊張していた。


「では、まず自己PRからいきましょうか」


 佐藤が画面越しに言う。


「……自己PR」


 由香は、その言葉をゆっくり復唱した。


(私、三十八年生きてきて、自分をPRしたことある?)


 頭の中が、真っ白になる。


「仕事は真面目にやってきましたし、

 大きな問題は起こしていません」


 口から出たのは、完全に評価シート用の文章だった。


 佐藤は、くすっと笑った。


「それ、上司向けですね」


「……ですよね」


 由香も苦笑する。


「婚活のプロフィールは、“できる人”を書く場所じゃないんです」

「“一緒に生活したらどんな人か”を想像してもらう場所ですね」


 一緒に生活。


 洗濯。

 食事。

 休日。

 体調が悪い日。


 急に、現実味が増す。


「例えば、休日は何をしてますか?」


「……家でゆっくり、です」


「それ、すごくいいです」


「え?」


「“一緒にのんびり過ごせそう”って伝わりますから」


 由香は、目を瞬いた。


(それで、いいの?)


 頑張ってない。

 キラキラしてない。

 でも、否定されない。


「じゃあ、こういう表現はどうでしょう」

 佐藤が画面に文章を映す。


『休日は家でゆっくり過ごすことが多く、

 丁寧に淹れたお茶を飲みながら、静かな時間を大切にしています。』


「……盛られてません?」


「盛ってません。“翻訳”です」


 翻訳。

 その言葉に、由香は少し笑った。


「由香さんの言葉を、

 相手に伝わる形にしているだけです」


 自己PRは、少しずつ形になっていった。


 ただ、次の項目で、由香は再び固まる。


「お相手に求める条件、ですね」


(来た……現実)


「年収、年齢、学歴……

 全部書かないとダメですか?」


「必須ではありません」

「“譲れないもの”と“あれば嬉しいもの”を分けましょう」


 由香は、考え込んだ。


 年収。

 身長。

 職業。


 どれも、正直どうでもいいわけじゃない。

 でも、絶対条件かと言われると、違う。


「……ちゃんと話ができる人、です」


 ぽつりと、由香が言った。


「いいですね」


 即答だった。


「話ができる、ってどういうことですか?」


「……意見が違っても、

 黙ったり怒ったりしない人」


 言いながら、由香は気づく。

 これは、過去の自分の傷だ。


 佐藤は、何も言わずにメモを取っている。


「じゃあ、こう書きましょうか」


『意見が違っても対話を大切にできる方。

 お互いを尊重しながら関係を築ける方を希望しています。』


 由香は、画面を見つめた。


(……これ、私が欲しかった関係だ)


 条件を書く作業なのに、

 なぜか自分の輪郭が、少しずつはっきりしていく。


 面談が終わる頃、由香はぐったりしていた。


「……疲れました」


「ですよね。

 自分のことをちゃんと考えるの、久しぶりじゃないですか?」


 その一言に、由香は何も言えなくなった。


 通話を切ったあと、由香はソファに倒れ込む。


(地獄だった……)


 でも、不思議と嫌じゃない。


 自分を飾る作業じゃなかった。

 自分を削る作業でもなかった。


 ただ、

 「私はこういう人間です」と

 初めて、ちゃんと外に出しただけ。


 由香は、スマホを見た。


 仮完成したプロフィールが、そこにある。


 完璧じゃない。

 自信満々でもない。


 でも――

 嘘は、書いていない。


(……これで、会うんだ)


 怖さは、まだある。

 でも今回は、

 「選ばれるかどうか」よりも

 「自分を置いていかない」感覚の方が強かった。


 由香は、深く息を吸った。


 婚活は、

 戦いじゃなかった。


 少なくとも、

 この場所では。


 そう思えた自分に、

 ほんの少しだけ、驚いていた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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