第10話 選ばれるためじゃなく、進むために
通話が終わったあと、由香はすぐに立ち上がれなかった。
ソファに深く沈み込み、天井を見つめる。
頭の中は、不思議なくらい静かだった。
佐藤との会話は、何かを「決めさせる」ものではなかった。
背中を強く押されることも、覚悟を問われることもない。
ただ、整理された。
怖かった理由。
しんどくなった理由。
「知らなければよかった」と思った本当の意味。
(私……点数をつけられるのが怖かったんだ)
年齢。
条件。
市場価値。
それらを知った瞬間、自分が「評価される側」に立たされる気がして、息ができなくなった。
でも、佐藤は言った。
「評価されるために来る場所じゃないですよ」
その言葉が、今になって効いてくる。
結婚相談所は、
“選ばれる場所”だと思っていた。
だから怖かった。
でも実際は、
“一人で判断し続けなくていい場所”だった。
(私、ずっと一人で決めて、一人で怖がってた)
アプリでも、
何もしない時間でも、
全部そうだった。
誰かを選ぶのも、
断るのも、
進むのも、
やめるのも。
全部、一人。
由香は、スマホを手に取った。
佐藤から届いている、最後のメッセージを読み返す。
『入会は「頑張る宣言」ではありません。
一人でやらない、という選択です。』
その一文を、何度も読む。
(……一人でやらない)
それは、依存とは違う。
諦めでもない。
由香は、カレンダーを見た。
来月で三十九。
数字は変わらない。
現実も、劇的には変わらない。
でも――
自分の立ち位置だけは、少し変えられる気がした。
由香は、決めた。
ワクワクは、していない。
期待も、正直そこまでない。
ただ、「ここなら自分をすり減らさずに進める」
それだけは、分かる。
スマホを操作し、佐藤にメッセージを送る。
『少し考えました。
入会について、前向きに進めたいです。
詳しい流れを教えてもらえますか』
送信。
心臓は、少し早い。
でも、逃げたい感じはなかった。
由香は、スマホを置いて、深く息を吐いた。
(選ばれるため、じゃない)
結婚相談所に行くのは、
誰かに価値を証明するためじゃない。
自分が、ちゃんと進んでいい場所を作るためだ。
数分後、返信が来る。
『ありがとうございます。
では次回、具体的な流れをご説明しますね。
焦らなくて大丈夫です』
由香は、画面を見て、小さく笑った。
「……焦らなくていい、か」
不思議な言葉だ。
でも今は、ちゃんと信じられる。
由香は立ち上がり、カーテンを少し開けた。
夜の街の灯りが、静かに並んでいる。
人生が大きく変わる予感は、しない。
ドラマみたいな高揚感もない。
でも――
「何もしていない自分」では、もうなかった。
由香は、ゆっくりと電気を消した。
これから始まるのは、
奇跡じゃない。
保証もない。
ただ、
自分を置き去りにしない婚活。
それだけで、今は十分だった。
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