影武者の階段
夜。鐘楼前の広場に人が集まっていた。
白報の幕とハウリ商会の旗。舞台には勇者カヤ。今夜は鎮魂の灯と救援の号令をほぼ同時刻に行うという。
俺――黒江シンは相棒のリナと石段に立った。リナが地図を広げる。
「鐘楼から港まで徒歩二十八分。予定表は十分差。同時刻は物理的に無理だよ」
「どこかで演出が入ってる。あるいは代役」
「――黒帯」
指をひと振りすると、過剰な光とBGMがすっと消えた。演出だけを落とす。カヤの息が荒いのが聞こえる。目の下に隈。疲れている。
白報の司会が叫んだ。
「勇者カヤは今まさに港の点灯式にも立っている!」
群衆がざわつく。同刻のはずだ。
俺は司会の胸に黒封を当てた。
「三問だけ。夜明けまでに紙で答えろ。
一、鐘楼と港の時刻表・移動経路・実測時間。
二、港で使った衣装の領収書と受領印。
三、出演費の支払い先(伏せ名で可)と決裁者」
司会が反論を探すより早く、材料を順に見せていく。
まずリナが地図の端に実測ルートを赤でなぞった。「ここからここまで、速くても二十数分」
俺は封筒から衣装のレシートを出す。「白銀マント(M)×2。同時刻購入。店は港前の貸衣装。受領印あり」
水晶に映る港の配信を指で止める。「カヤの利き手、こっちは左で柄を握ってる。——去年の写真だと右利きだ」
最後に撮影指示書の写し。「『泣きの間は左で柄』『顔の影を作る』。左利き役者に合わせた書きぶりだ」
広場が静かになる。カヤが一歩出て、低く言った。
「言わせてください。二か所同時は私の判断でもあります。寄付の締め日に合わせて白報と商会が同時に立てと言い、私は移動時間を節約するために代役を認めました。危険な現場には立てません。祈祷の読み上げなど安全な役に限るつもりでした。でも、表示を出さなかった。それが過ちです」
俺はうなずき、空に字幕を三つ並べる。
〈去年:白報「現場の尊厳を守る」〉
〈先月:白報「演出は事実の補助」〉
〈今日:白報「同時に立って見せる」〉
「鎖を下ろす」——字幕が鎖になって司会の足首でカンと鳴る。逆引用鎖。
「尊厳を守ると言ったなら、代役の線引きを紙で出せ」
俺は指を上げた。
「——上へ」
夜空に一行が走る。
『代役を危険・祈祷・契約行為に立てない。代役時は表示を付ける』
場の規約が立つ。舞台袖の台本がふっと外れ、白報聖紙の縁が燻る。ハウリ商会の旗は墨色に裏返った。非表示の代役が契約条件と矛盾したからだ。
「やり直しの段取りを告げる。
① 今夜の寄付は、代役表示のあった分以外を返金か振替にできるよう掲示。
② 代役の線引き表(許可/不可/要表示)を明日昼までに公表。
③ 役者の安全配慮と契約を整える。危険現場・祈祷・契約行為は本人限定。……やれるか」
司会は鎖を見下ろし、うなずく。「……やる。紙に載せてくれ」
「全文載せる。返答・訂正欄は空けてある」
カヤが深く頭を下げた。
「彼(代役)は役者です。名前は出さないでください。私は現場に戻ります。表示を付け、危険な場には立たせません」
「出さない。守るための線だ」
その頃、西班から合図が入る。港側の代役は保護して帰路についたという。匿名のままでいい。
やがて東の空が灰に滲み、影が短くなる。
司会の胸で黒封がひとりでに割れ、未回答の分だけ契約札が砂になってこぼれた。旗は黒いまま。
司会は小さく言った。「領収書と決裁者、出す。……謝罪も」
リナが俺の指先を見る。
「熱い?」
「焼けてはいない。誤字はない」
喉の奥に、小さな空白が残る。禁則処理の代償だ。けれど、必要なほうは残る。
鐘楼の鐘が二つ鳴った。カヤは背を伸ばし、自分の足で階段を降りていく。
代役を守ることと、表示を出すこと。今夜の線は、そこに引かれた。




