爆裂薬の荷はここで止める
夜。裏港の倉庫街。
白報の幕とハウリ商会の旗。
舞台では「安全デモ」と称した派手な演出。光と音が過剰だ。
木箱には赤い印。爆裂薬の荷だ。
俺――黒江シンは、相棒のリナと人垣の陰に立つ。
「匂うね。演出でごまかしてる」
「それと、荷運びの中に学徒が混じってる。未成年だよ」
リナの声は低い。手はメモを走らせている。
舞台の中央へ、勇者エヴァンが現れた。この間の入札で名を見た顔だ。
「爆裂薬は俺にしか扱えない! 今夜も安全に運ぶ!」
拍手の録音が波のように押し寄せる。——まず飾りを脱がせ。
「――黒帯」
俺が指をひと振りすると、黒い帯が舞台とレンズを撫でた。
過剰な光が落ち、BGMと録音拍手がふっと消える。禁則処理。演出だけを落とす。
静かになった港で、箱の木の軋みだけが残る。
俺はエヴァンの胸に黒封を軽く当てた。
「三問だけだ。夜明けまでに紙で答えろ。
一、今ここにある全箱の登録番号と危険等級。
二、搬送員の資格条件と年齢上限、訓練時間。
三、破損時の報告窓口と、過去一年の事故記録」
エヴァンは言いよどむ。代わりに、ハウリ商会の係が前へ出た。
「緊急だ。善意で調整している!」
俺は空へ字幕を三つ並べる。
〈去年:白報『未成年に危険物は触らせない』〉
〈先月:白報『在庫は番号で一括管理』〉
〈今夜:白報『善意で調整』〉
「鎖を下ろす」
字幕が鎖になって落ち、係の足首でカンと鳴る。逆引用鎖。
「言ったことを、今も守れ」
荷運びの列の端で、小柄な少年が手を上げた。学徒勇者ユイ。
「俺、十六。今日、『持てるだろ』って言われて……訓練は一度だけ。番号は聞いてない」
リナが即座にメモを掲げる。「未成年の搬送。番号不明。訓練不足。——明確」
俺は空を仰ぎ、指で活字を並べた。
「——上へ」
夜空に一行が走る。
『登録と資格なしの爆裂薬に、契約なし』
次の瞬間、倉庫の掲示板で契約予定札がふっと外れて落ちた。
ハウリ商会の旗が墨色に裏返る。誰も拍手しない。沈黙だけが港を満たす。
エヴァンが声を荒げる。
「誹謗だ! 俺は命を張る!」
「なら基準を出せ」俺は返す。「登録番号。訓練記録。年齢線。監督医。紙でだ」
エヴァンは唇を噛む。鎖に留められた係が、目だけで助けを求めた。
俺は処し方を告げる。子どもが読んでもわかる言葉で、短く。
「① 今夜の搬送は停止。荷は封印して明日昼に公開点検。
② 登録台帳(番号・等級)と訓練基準、年齢上限を掲示。未成年の搬送禁止。
③ 破損時の窓口と事故一覧を毎月掲示。
④ 学徒を使った分は、七日間の安全作業(片付け・標識設置)でやり直し。報酬はそのまま払え」
ユイが小さく息を吐く。
「俺、やる。片付けも、標識も」
リナがうなずく。「生きて帰るための仕事を、ね」
白報の係がまだ粘る。
「数字が落ちる。派手さがない!」
「派手さで命は守れない」俺は切った。「紙で守れ。番号と線引きで」
港の空気が変わる。怒鳴り声が減り、足音が増える。
監督役の職人が前へ出た。
「番号、今すぐ写す。明日昼、誰でも見られるように掲示する」
「録音も残す」リナが補足する。「聞き逃しをなくすため」
やがて——
東の空が灰に滲み、倉庫の影が短くなる。
ハウリの係の胸の黒封が、ひとりでにパキンと割れた。未回答の分が残ったのだ。
衣の内ポケットの契約札が砂になってこぼれた。加護が錆びる音はしない。ただ、力が抜ける。
係は顔を上げ、はっきり言った。
「番号は出す。年齢線も引く。未成年は使わない。……それを紙に載せてくれ」
「全文載せる。白紙の枠は空けてある」
俺が答えると、彼は小さくうなずいた。
ユイが恐る恐る聞く。
「俺……怒られる?」
「怒らない。告げたからだ」俺は言う。「守る側に回れ。明日、案内役をやれ」
ユイは顔を上げた。「……やる」
リナが袖で俺の手を見た。
「指、熱い?」
「熱い。焼けてはいない」
真を打った。誤字はない。
喉の奥には、また小さな空白が残った。禁則処理の代償。いつかの原稿の一行が、ふっと抜けている。——でも、必要なほうは残る。
黒い一行は薄れ、港に朝風が入る。
封印された箱の上に、白い紙が一枚。
『昼、公開点検。番号と基準を掲示します』
字は大きく、読めばわかる。子どもにも。




