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白い入札、黒い旗

夜。政庁前の広場に、白い幕と花輪。

 「緊急復旧入札の発表会」だという。

 ——入札=町のお金で仕事を頼むやり方。本当は条件を決めて、誰でも応募できるのが筋だ。


 白報の司会が叫ぶ。

「勇者エヴァン殿の隊とハウリ商会の共同体が、堤防補強の“最有力”です!」

 舞台の端には応札箱。しかし他の応募者は見当たらない。すでに拍手の録音が回り、照明が過剰に明るい。


 俺――黒江シンは、相棒のリナと人垣の陰に立った。

「告知の紙、どこにも貼ってない」リナが囁く。「政庁の裏廊下に一枚だけ、さっき見つけた」

「入口を狭くして、勝ちを決めてるな」


 舞台中央に勇者エヴァン。白報の幕を背に笑う。

「危険な堤防には爆裂薬が要る。俺が安全にやる。皆の拍手で決めよう!」

 拍手の波。録音が混ざっている。——まず、飾りを脱がせ。


「――黒帯」


 俺が指を一振りすると、黒い帯が舞台を撫でた。

 照明のまぶしさが落ち、拍手の録音がスッと消える。禁則処理。演出だけを落とす技だ。

 静まった空気に、エヴァンの笑顔が少しだけ固くなる。


 俺は前に出て、彼の胸に黒封を軽く当てた。

「三問だけだ。夜明けまでに答えてくれ。

 一、入札の告知はどこにいつ貼った。

 二、選ぶ基準は何だ。点数表と委員の名前を出せるか。

 三、勇者隊とハウリ商会の利害関係はどこで申告した」


 ざわめき。エヴァンの隣で、白報の係が口を挟む。

「緊急だ。善意で調整した。細かい紙は後で——」

 俺は空へ手を上げ、字幕を三つ並べた。


〈去年:白報『入札は公開で』〉

〈先月:白報『委員名を掲示』〉

〈今夜:白報『善意で調整』〉


「鎖を下ろす」


 字幕が鎖になって落ち、係の足首でカンと鳴る。逆引用鎖。

「公開と言ったなら公開だ。紙で出せ」


 客席の端から声が上がる。

「うちの工房も直せます! でも告知を見てない!」

「点数表、どこ!」

 人の声は、明るすぎる照明より強い。


 俺は空を仰いだ。一行で、場のルールを立てる。

「——上へ」


 夜空に黒い見出しが走る。

『口利きで決めた入札に、契約なし』


 次の瞬間、舞台後ろの掲示板で、契約予定札がふっと外れて落ちた。

 ハウリ商会の旗が墨色へ裏返る。拍手は起きない。沈黙が広場を満たす。


 エヴァンが声を張る。

「誹謗だ。俺は命を張る。爆裂薬は俺にしか扱えない!」

「なら基準を出せ」俺は返す。「資格要件、安全手順、監督医。紙で」

 エヴァンは言葉に詰まる。白報の係が小声で助け舟を出すが、鎖が足を留めたままだ。


 俺は処し方を告げた。短く、具体的に。

「① 告知を三か所(政庁前・市門・港の掲示板)に七日貼る。

 ② 点数表と委員名を掲示。親族・スポンサーは申告。

 ③ 質疑を一度公開でやる。録音を残す。

 ——やれるか」


 リナが横から補足する。

「急ぎなら仮の土のうで今夜の安全は作れる。本契約は基準を出してからで遅くない」

 彼女は子どもが読んでもわかる言葉を選ぶ。中学生でも、これなら飲み込める。


 客席から「それなら参加できる」の声。

 エヴァンは顔をしかめた。

「俺の功績はどうなる。スポンサーが——」

「功績は公開の条件の上で積め」俺は言う。「勇者なら、正面から並べ」


 白報の係がまだ抗う。

「数字が落ちる。番組が——」

「数字より町だ」リナが切った。「水と土、人を先に守る」


 舞台の照明がさらに落ち、広場の夜風が戻る。

 俺はエヴァンに向き直る。

「三問の答え、夜明けまでだ。足りなければ、錆びる」

 彼は唇を噛み、うなずいた。


 ——時間は静かに進む。

 俺は手帳に目を落とし、自分の喉の奥の空白を意識した。禁則処理の代償。いつか書いた一行が、やはり思い出せない。

 真を打った指先は熱い。だが、焼けてはいない。誤字はない。


 広場の端で、別の職人が手を挙げた。

「爆裂薬、医師と監督がいれば扱える。共同でやろう。勇者殿の隊とでもいい」

 小さな笑いが起きる。空気が柔らかくなった。


 やがて、東の空が灰に滲み、舞台の影が短くなる。

 エヴァンの胸の黒封が、ひとりでにパキンと割れた。

 未回答の部分が残ったのだ。彼の腰に下げられた契約札が、砂になってほどけ落ちる。加護が錆びる音はしない。ただ、重みが消える。


 エヴァンは顔を上げ、はっきりと言った。

「告知は裏廊下だった。間違いだ。——やり直す。七日、正面に貼る。委員名も出す。質疑も開く。……それを、紙に載せてくれ」

「全文載せる。白紙の枠は空けてある」


 白報の係は、下を向いたまま旗を巻いた。旗は黒いまま。

 人々は各々の足で家に帰る。誰も拍手をしない。沈黙が、今夜の判決だ。


 リナが俺の肩を軽く叩く。

「入口を広げた。あとは見張りだね」

「載せて、見張る。それが仕事だ」


 黒い一行は薄れ、夜は終わる。

 堤防は、このままじゃ危ない。だが、入口は開いた。町の仕事を、町の目で決められるだけの入口が。

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