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2.唯一の伴侶

【なんとしてでも離縁してくるのだ!】


 翌日、朝早くに届いた父からの手紙には書き殴ったような文字が一文だけ書かれていた。

 住み込みの書生に頼むことなくこのような手紙を出すなど、よほどお怒りのようだ。


 帝都の守護鬼・朱縁の屋敷の一室に用意された自室にて、琴子は大きくため息を吐きながら天を仰ぐ。

 なんとしてでも離縁してこいと言うが、なんとか出来るのだろうか?

 思わず眉を八の字にした琴子は、手紙に目を戻しながら昨日の出来事を思い出した。


***


 離縁しないと告げた朱縁は、すぐにメイドを呼びつけた。


利津(りつ)、利津はいるか?」

「はい、ここに」


 中廊下にて待機していたのだろうか。

 琴子を案内したメイド姿の女中がすぐに返事をし襖を開けた。


「伴侶が見つかった。【離縁の儀】は中止だ」

「まあ」


 落ち着いた雰囲気のメイド――利津だったが、朱縁の言葉には喜色を帯びた驚きの声を上げる。

 黒い目がキラキラと輝き、主人より喜んでいるように見えた。


「おめでとうございます。心より、お喜び申し上げます」


 座したまま深々と礼を取る利津に、朱縁もしみじみとした笑みを浮かべ「ああ」と頷く。

 そしてすぐに利津へと命じた。


「見届け人の身内には儀式中止の旨と今までの大儀へのねぎらいを。必要ならば褒美も与えると告げ、今日のところは帰って貰え」

「はい」

「は……え? な、なにを」


 想定外のことに固まってしまっていた琴子は、目を瞬かせながらも声を上げる。

 驚き固まっているうちに何やら色々と決められてしまっていた。

 まずはどういうことなのか説明が欲しい。

 だが、なにやら盛り上がっている主人とメイドは琴子の戸惑いを他所に次々とことを進めていった。


「そうだ、確か琴子の婚約者も迎えに来るのだったな。婚約は解消せよと伝えて追い返せ。琴子はやらぬ」

「はい!」

「え? ええ!? 困ります!」


 嫁ぎ先の迎えまで追い返せという言葉に流石に抗議の声を上げた。

 だが、抗議する琴子を見た朱縁は不思議そうな顔をする。


「何故だ? 琴子は私の花嫁だ。唯一の伴侶と分かったからには離縁する必要もない」

「いえ、ですが……」


 唯一の伴侶というのが何なのか分からないが、確かに離縁しないのならば新たな婚約者など不要だろう。

 理屈は通っていたので少々押し黙ってしまう。


(いえ、でも長年鬼花は離縁して婚約者の元に嫁いで行ったのではないの? 私だけ違うということ?)


 長い年月繰り返されてきた儀式が破綻してしまい、どうすれば良いのか分からない。

 困惑する琴子に朱縁は柔らかに笑う。


「そうとなればその縁起の悪い着物も早く脱いで貰わねば。いつから着るようになったかは覚えていないが、縁を切り新たな縁を見つけるという意味があるのだろう? 縁を切られてはたまらない」


 そう言い、琴子の右手を掴んでいた手が襟元へと移る。

 もう片方の手が帯の方に向かい、朱縁のはだけた胸元が近付き悲鳴を上げそうになった。

 殿方の側にすらいられなかった琴子には刺激が強すぎる。


(ち、近すぎる! しかもまさか、今ここで脱げというの?)


 帯に手をかけようとする朱縁をどうすれば良いのか分からない。

 このまま脱がされることだけは遠慮したいが、突き飛ばしても良いのだろうか?

 様々な意味で早くなる鼓動に息苦しさを覚えながら、琴子はどう対処すべきか考えていた。

 そこに、利津のコホンという咳払いが届く。


「朱縁様、落ち着いて下さいませ。いきなり状況が変わったとなれば琴子様も戸惑ってしまわれます。初夜はお時間を置いてからの方がよろしいのではないでしょうか?」

「は……」


(しょ、初夜ぁー!?)


 思わず心の中で悲鳴を上げた。

 考えてもいなかった言葉にとにかく驚く。

 確かに朱縁の行動は着物を脱がそうとしているようにも見えるが……。


(縁起が悪いから脱げということでしょう? 別にそのようなことをする意図は――)


「ああ、それもそうだな。少々浮かれすぎた」


 あるはずがない、と断じようとしたのに、朱縁は否定もせず頷き琴子から離れた。

 はじめて身近に感じた男の存在が離れホッとしたが、心の面ではまったく安堵出来ない事態に琴子の顔に熱が集まる。


(否定しないなんて……そ、そのつもりだったということ!?)


 ただでさえ状況が掴めないというのに、会ってすぐにそのようなことをしようとするなど理解に苦しむ。

 あまりのことにクラクラしてきた琴子は、そのまま畳に手をつき項垂れた。


「どうした琴子? 疲れたか? やはり休んだ方が良さそうだな」


 琴子に優しく心配の声を掛けた朱縁は、利津に部屋を用意するように指示する。

 その後用意された部屋で琴子は利津により着替えさせられた。


「申し訳ありません、女物の着物は私のものしかなく……ですがその縁起の悪い着物をずっと着ていただくわけにもいきませんので」


 そう言った利津は自分の持っている着物の中でも比較的新しいものを持ってきたと何点か見せてくれる。

 それらは主に銘仙で、人気の夢二がデザインしたものやアール・デコ感覚の訪問着もあった。

 今まで着てみたくとも許されなかった流行りの柄ばかりで、琴子はそれどころではないと思いつつも胸がときめくのを抑えられない。

 目を輝かせ、わくわくとアール・デコ感覚の大柄牡丹を選ぶ。


 そんな自分の心が透けて見えてしまったのだろうか。

 利津はクスリと笑いながらも、御髪も整えましょうと耳隠しの髪型にしてくれた。

 女学校やちまたで見かける若い娘らしい装いに、頬が紅潮するのを抑えられない。


「あの、ありがとうございます」


 訪問着もだが、髪を結って貰ったことの礼を口にすると「いいえ」とニッコリ微笑まれた。


「どんどん現世(うつしよ)への執着が無くなっていく朱縁様のためにと新しいものを率先して集めて参りましたが……琴子様のお好みに合ったのでしたら嬉しいことですわ」

「現世への執着?」


 嬉しいと口にしながらも寂しそうに語る利津に、その原因と思われる言葉を問い返す。

 現世とはいわゆるこの世、皆が生きているこの世界のことだろう。

 執着が無いとはどういうことだろうか?


「はい。朱縁様は少なくとも二千年は生きておられる最強の鬼です。ですが最強ゆえ、共にその生を歩めるものはなく……帝と契約し花嫁を求めたのも共に生きる存在を探すためだと聞きしました」

「え?」


 唐突に知った朱縁が花嫁を求める理由に、思わず驚きの声が漏れる。


(守護鬼の花嫁――鬼花とは、長く生きる朱縁と共に生きる存在を探すためのもの? でも、共に過ごすどころか今まで一度も会ったことがないのだけど……)


 しかも、人の生は鬼に比べると短い。

 だというのに共に生きるとはどういうことなのか。

 探していた、とは?

 分からないことばかりでなにから聞けば良いのかも分からず、問い返せないでいるうちに利津の話は続いた。


「ですが唯一の伴侶となられるお嬢様はずっと見つからず……もはや諦め、ただ生き、帝都の守護をするだけの人形のような状態になっておりました」


 悲しげに目を伏せ視線を下に向けた利津だったが、「ですが!」と突然勢いよく顔を上げる。


「ついに見つかりました! 朱縁様の唯一の伴侶であらせられる方が!」

「それが私、と?」

「はい!」


 外見は落ち着いた雰囲気なのに、子供のように喜ぶ利津。

 そんな利津に伝えるのは心苦しかったが、言わねばならない。


「でも、私はやはり離縁しなければならないわ。離縁して、異能持ちの家に嫁ぎ子を産まねば……」


 今までそう言い聞かせられてきたし、そうして強い異能持ちを世に送り出すのが櫻井の長女の役目だ。

 自分だけがその役目を放り出す訳にはいかないだろう。


「は……?」


 だが、利津は理解に苦しむといった様子で固まってしまった。


「……何やら、長い年月で色々と齟齬が出てしまっているようですね」


 冷静に、淡々と告げた利津は「それでも」と念を押してくる。


「本来の目的が朱縁様の唯一の伴侶を探すためですので、離縁は出来ません」

「でも……」

「それでも離縁したいとおっしゃるのでしたら、明日直接朱縁様にお話下さいませ」


 役目を放り出す訳にはいかないと訴えようとする琴子に、利津は有無を言わせぬ語調で告げた。


***


 まずはゆっくりお休みくださいと言う利津により、昨日はそのまま一泊してしまったのだ。

 突然状況が変わり混乱していたところもあるので、言われた通りゆっくり休み今日しっかりとお話しようと思っていたところにこの父からの手紙だ。


 ちゃんとお役目を全う出来るように離縁するつもりではあるが、まずは話してみないことにはどうにも出来ない。

 琴子は手紙をたたむと、よし、と気合いを入れて立ち上がった。

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