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2.ニノチカイ


「はあ。一旦休憩だ休憩。案外きついんだなあ、この山。」


レオンはノルグラード出発後、エンドポイントを目指すため北上した。しかし、エンドポイントに至るまでは決して楽な道ではなく、危険な領域が多いために迂回することが多々ある。そのため、直線距離では3ヶ月もかからないところ、迂回するために片道6ヶ月かかるのである。そして、今レオンは最初の山、セレンフェルを乗り越えようとしている。セレンフェルはノルグラードの聖地でもあり、四季折々の姿、豊かな生態系が特徴的である。セレンフェルでは風が吹けば花の香りが漂い、木々は揺れ、木漏れ日が燦々と輝く。伝承では、セレンフェルの頂上には神が飼い慣らすイムノスという狼がおり、イムノスがノルグラードを山の上から見守るとされている。山には様々な動物がおり、イムノスの慈悲深さ、気高さに感銘を受けた動物の祖先たちがこの山に集まったためと言われている。そんなセレンフェルだが、もちろん険しい道が数十キロにも渡り、獰猛な動物が多く身を潜める。レオンはセレンフェルの地質や地形、点在するイムノスの碑と呼ばれる遺跡を調査しながらセレンフェルを渡っていた。およそ出発から3日が経っていた。



レオンは山の中にある川のそばにセブンスを止め、川の水で体を洗っていた。セブンスとはレオンの愛馬の名前である。ラッキー7を由来として付けた名だ。川のせせらぎがレオンとセブンスに癒しの時を与える。その間、レオンは街で出会った男について思い馳せていた。レオンはたしかに目を抉られるような感覚を負ったにも関わらず視界にも目にもなんも変化はない。そして、それに加えて自分の名前を知っていたことも気がかりであった。そしてカムリに出ることも。レオンは頭がはてなで一杯一杯になり、水を掬って思いっきり頬をたたいた。考えても今はなにもわからないのである。

岸に上がり、服を着ようとしていたその時、向こう岸の森の奥から女性の甲高い悲鳴が聞こえてきた。


「おい聞こえたかセブンス。休憩中悪いが俺のことを乗せてってくれ」


とレオンはセブンスに跨った。やれやれと言った目でセブンスは走り始めた。銀色の巨大が爆速で山を駆けるのだ。セレンフェルの如何なる動物も皆、弾丸のようなセブンスに恐れ一目散にさって行く。悲鳴がどんどん近づいていき、やがてその元にレオンとセブンスはたどり着いた。そこには罠にはまり足一本を吊るされて逆さまになってる甲冑を着た者が落ちそうになっていた。

甲冑の者がレオンに気づいて叫ぶ。


「た、たすけて!!!しぬ!!本当にしぬ!」


しかし、落ちても明らかに怪我しない地面と甲冑の者の距離の短さにレオンは呆れ、


「じゃあ死ぬか試してみっか?」


と足に絡まったロープを切ると、ぐへっと言って図体のでかい甲冑はガシャリと地面に落ちた。セブンスはさらにやれやれみたいな目をしてもはやこちらも向いていない。




「いっやー助かりましたよ本当に!木の上に美味しそうな生肉吊るされてて晩御飯にいいと思って取ろうとしたら変な罠にかかってしまってー…」


と恥ずかしそうに助けた女性は笑う。レオンは頭をかかえた。


「あれはワナオトシザルの罠だよ。知らねえでこの山来たのか…」


「え?ワナワナしたサルですか?いませんでしたよ?」


と女性はキョトンとした。セブンスはもはや目を瞑っている。


「あ、申し遅れました!!私ノルグラード出身のミリアといいます!今は一年間の旅に出てて、あ、カムリっていうんですけど」


とベラベラ話し出すものなのでレオンは痺れを切らして


「はいはい知ってるよ!俺も今カムリ中だ!!出身はノースガード!!ノルグラードのノースガードー!!」


と制した。そうするとミリアはまた同じ故郷であることが感激であるとか、サウスミート出身だとか話始め、レオンは顔をしかめた。一通り話が終わるとレオンは気になっていたことをミリアに尋ねた。


「ところであんた、なんで甲冑なんだ?しかもその甲冑、頭にかなりススがついてるな。サウスミート出身だと討伐した動物の数だけ頭にススをつけて黒くしてくだろ?あんた職業スレイヤーだな?」


ミリアは目を丸くしてなんでわかったと言わんばかりの反応を示した。するとミリアは落ち着いて、少し悲しそうな顔で説明を始めた。


「そうです、職業はスレイヤーです。けど、無害な動物は殺しません。悪さをする動物、いわばユガイのみですよ。家がスレイヤーの家で、ヒューバルト家知ってますよね?そこの長女なのです。」


今度はレオンが目を丸くし、間口が塞がらなかった。セブンスもミリアを見つめていた。ヒューバルト家とはノルグラードの中で御三家と呼ばれる名家で、狩の腕が随一と呼ばれる。世代交代は一番上の子がカムリを終えたらとなる。すなわち、ミリア・ヒューバルトは次期御三家当主なのである。


「なのに、あんた罠にハマったのか…」


というと、ミリアはへへっと笑った。話を聞けば、ミリアはエンドポイント一個手前の地獄谷と呼ばれる谷を目指していた。そこにはヒューバルト家相伝の技の書があり、それを身につけることで当主となるのだそう。ミリアがあまりにも家の事情を話すものだから、ミリアがレオンの事情を聞いた際には、レオンは両親のこと、考古学者であること、エンドポイントを目指すことを全て言った。話が進むごとにミリアの顔は曇り、話が終わるころには完全に下を向いてしまっていた。レオンはそれに気づき、慌てた。


「わ、わりい!そんな困らせようって話したことじゃないんだ。気にしないでくれていいんだ全然。」


ミリアは下を向きながら、そして涙を流しながら口を開いた。


「気にしないことなんてできないですよ…。なんて崇高な意思なんですか…。慈悲深く、感銘を受けます…。」


レオンは受け入れてもらえたような気がして、少し強張っていた気持ちがほぐれた。

しかし、安心も束の間、セブンスが南の森の奥一点を見つめ、鼻を鳴らす。レオンはこれを聴き逃さなかった。これはセブンスの索敵の合図なのだ。


「ミリア、どうやらしんみりするのはお預けらしいぞ。」


ミリアは顔を上げた。南の方角から重い足音が響き、段々と音が大きくなるにつれて地面が揺れる感覚さえも感じた。奥の方で木々が揺れ、様々な動物が逃げる声と足音も聞こえる。レオンは相当な大物が来ることを悟り、身構えた。レオンも戦闘能力があると言っても、人を超える大きさと戦ったことはない。足音がすぐそこに差し迫った時、森を掻き分けて巨大な鳥が現れた。ソングバードである。ソングバードは気性が荒く、巨大であり、力強く羽ばたく。剛翼とも言われ、獲物を掴んで空に飛んでは地面に叩きつけ、弱らせる。目は真っ黒な丸で、鳴きながら獲物を叩きつける姿が歌を歌って喜んでいるようという意味でソングバードと名付けられた。目がギョロッとレオンたちの方に向く。レオンが短剣を取り出そうとした時、ミリアがそれを制して前へ出た。


「お、おい!」


ミリアはふっと笑って剣を抜く。しかし、目は笑っていない。剣はおよそ1.5メーターはあり、ミリアの小柄な体型からは振り回せないような大きさであった。ミリアの姿はわずか2時間前に罠に無様にかかっていた者とは別人のようであった。ソングバードも覇気にやられたのか、少し後退りする。しかし直後、耳を突き刺すような鳴き声を発し、サッと浮き、ミリアを掴もうと飛びかかる。レオンはたまらなくなり、目を瞑ろうとしたその時、サンっという音だけが聞こえた。ソングバードは地に足をつけており、ミリアは剣を持ったままだ。しかし、剣には冷徹さが宿っているように見え、ミリアの後ろ姿は冷徹かつ無惨でありながらも、哀れみのような空気を纏っていた。ミリアが剣を振り払い、鞘に収める。その瞬間、ソングバードの巨体が真っ二つに割れたのである。しかし、血は吹き出さず、流れるのみ。断面はまるで鋭利な包丁で切られた魚のように綺麗であった。レオンはその光景に腰を抜かしており、呆然としていると、ミリアはソングバードの死体に近づいて手を合わせた。そして、ゆっくり口を開いた。


「レオン。あなたのカムリ、私にも付き合わせてください。私が貴方を守り、エンドポイントまで共に行きましょう。その代わり、貴方も私を守って欲しいのです。こんな酷いこと、1人ではやはりできません。どうか、ご慈悲を。」


レオンは立ち、尻をはたいてミリアの横に立ち、手を合わせ、こう言った。


「おう。任せろ。」


こうして、レオンとミリアはエンドポイントを目指すこととなった。


一方、目の前で自分の数倍の大きさをしたソングバードがあっさりと殺されるとこをみて、セブンスはミリアの言うことをなんでも聞くようにしようと決めたのである。

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