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本編 ~『冷遇してきた罰』~


 聖女として正式に認定されてから数日が過ぎた頃、リオは王城に呼び出されていた。


 先日、王宮から正式に「リオは伝説の聖女であり、その力は王国の宝である」と発表がなされた。そのお披露目の場として催された式典に招待されたのだ。


 普段なら重苦しい式典だが、今回は国内外の要人が多数駆けつけ、会場は熱気に包まれている。


 薄い水色のドレスをまとったリオは、まだ七歳の幼い少女にもかかわらず、堂々とした足取りで広間に足を踏み入れる。そしてシャンデリアの輝く空間で、人混みの中に見知った顔を見つける。


(お兄様……)


 凛とした姿勢で立つアルベルトの姿が目に映る。緊張を滲ませた面持ちだったが、リオと視線が合うと微笑みを返してくれる。兄がいてくれるだけで、リオの胸は少しだけ軽くなった。


 一方、イザベラとクラリッサも来賓席に並んでいる。だがリオに向ける視線には尖ったものが混じっており、あきらかに穏やかな感情ではないと分かる。


「リオがまさか本当に聖女になるなんて……」


 クラリッサが動揺を隠せない様子で呟く。イザベラも唇を噛みながら、悔しげな表情だ。


 さらにリオを見つめる者の中にレオン・バートランドの姿があることに気づく。かつてリオと婚約関係にあったが、自らそれを破棄した公爵家の嫡男だ。


 目が合うと、彼は敵意を隠そうともせずにリオに近づいてくる。


「聖女に認定されたそうだな」

「そのようですね……」

「どんな姑息な手を使った? 正直に白状してみろ」


 レオンの声には明らかな嘲笑が混じっていた。だがリオは憐れむような目を向けるばかりで、平静さを崩さない。


 その態度が両者の人としての格を浮き彫りにしているようで、レオンは苛立ちを我慢できなくなる。


「お前が聖女なわけがない……なあ、皆もそう思うだろ?」


 レオンはわざと声を大きくし、周囲の貴族たちの注目を集める。だがその呼びかけに応える者はなく、それどころか、周囲の冷ややかな視線が注がれるばかりだった。


 予想外の反応にレオンの顔が強張る。まさか自分が白い目で見られるとは思っていなかったのだ。


 静まり返った雰囲気の中、堂々たる足音が響く。騎士団長にして第一王子であるルシアン壇上に現れたのだ。


 白銀の軍装に身を包んだ彼は、威厳と気品をまとい、ただそこにいるだけで空気を変える。


「皆、集まってくれて感謝する。今日は新たに聖女として認定された少女、リオ・アイスワーズ嬢を紹介するための場だ」


 低く響く声が大広間を包む。


「彼女の才能は本物であり、この国にとっての大きな財産となる。どうか温かく見守ってほしい」


 その言葉に同意するように、王族や高官の列から拍手が湧き起こる。会場は称賛と祝福の音で満たされていった。


 だがその空気を壊すようにレオンが声を張り上げる。


「ちょっと待った! 俺は納得していない。リオが本当に聖女だなんて、誰が信じるものか!」


 そんなレオンの意見に、今度はイザベラとクラリッサが乗る。


「そ、そうですわ。あの子が聖女だなんて……ありえないわ!」

「みんな騙されているのよ!」


 その言葉に会場が騒然とする。そんな中、アルベルトが壇上に歩み出た。


「レオン公爵、王国が正式に聖女と認定したリオを疑うのは、王家の信頼を否定するのと同じ。あまりに不敬ではありませんか?」

「そ、それは……」


 レオンは顔をひきつらせながら、弁明しようと口を開きかける。しかし、その場にいるほとんどの貴族たちは、彼の発言に呆れ、すでに視線を逸らしていた。


 そんな中、壇上のルシアンが手を上げて静かに場を治める。


「私からも反論させてもらう。リオは確かに私の命を救ってくれた。私自身が生き証人だ……といっても、これだけでは信じない者もいるだろう。そこでだ、皆の眼の前で証拠を示そう。アルベルト、頼めるか?」

「はい、お任せください」


 広間の視線が改めてアルベルトに集まる。彼は懐から小さな瓶を取り出すと、皆に見えるように高く掲げる。


「これはリオが作った軟膏です。そして私の腕には今朝の訓練で負った傷がある。ここでその治癒力をお見せしましょう」


 アルベルトの腕は赤く腫れ上がっている。そこに軟膏を塗り広げると、見る見るうちに赤みが引き、痛々しかった箇所が回復していく。


 あちこちから息を呑む声が広がる。


「こんな短時間で治るなんて……」

「聖女の力としか思えない」

「本物の聖女で間違いない」


 誰もが驚きと敬意を隠せずにいた。そんな中、ルシアンは壇上からゆっくりと会場を見渡すと、厳かな声で告げる。


「これがリオの力だ。まさしく聖女の魔力そのもの。異論はないな?」


 その問いに応えるように誰からともなく拍手が起こる。次第に大きな拍手の波が広がっていった。


「リオは聖女として相応しい力を持つと皆が認めた上で、私はある問題を提起したい。それは……長らく彼女が冷遇されてきた事実についてだ」


 場がぴたりと静まり返る中、ルシアンは続ける。


「まずイザベラ伯爵夫人と令嬢クラリッサ。この二人はリオの能力を妬み、正当に評価することなく冷たく遇してきたそうだな」

「そ、それは……」

「さらに調査の結果、リオ嬢が生み出した薬草の権利料。その莫大な収益を私利私欲のために費やしていたとの証拠も見つかっている」

「そんなっ……私たちは家のために……」

「ならばなぜ最大の功労者であるリオを冷遇した?」

「あ、あの……ですから、それは……」


 その能力の高さに嫉妬していたと口にできるはずもない。ルシアンはトドメとばかりに会場の皆に問いかける。


「このようにイザベラ伯爵夫人は人の上に立てる人物ではない。アイスワーズ伯爵家の領主の座を剥奪すべきだと思うが、いかがだろうか?」

「ま、待ってください! 私がいなければ……伯爵家はどうなるのですか! 誰が領主を……」

「アルベルトがいる」

「息子に領主が務まるはずが……」

「私はアルベルトの上官として長く接してきた。努力家であり、誠実な性格は良き領主となる適性を十分に持っていると判断している。第一王子の名の下に、その能力を保証しよう」

「殿下……っ……」


 王族の判断に強く反発することもできず、イザベラは唇を噛みしめる。そんな中、アルベルトが壇上に立つ。


「私はこれまで騎士として誇りある生き方をしてきました。今度は領主として、家を守る責任を引き受けます」

「それでこそ私の自慢の部下だ」


 新しい領主の誕生に会場から拍手が鳴り響く。これを覆すことはできないと悟ったのか、イザベラとクラリッサは肩を落とした。


「そうそう、僕が領主を務める以上、これまでのような贅沢三昧の暮らしは許さないから」

「わ、私たちは家族なのよ。あなたに情はないの?」

「その言葉をそっくりそのまま返すよ」


 リオを冷遇していた二人に温情を願う資格はない。一蹴すると、イザベラとクラリッサは拳を震わせていた。


 そんな中、アルベルトの声がさらに厳しく響く。


「それとレオン公爵。我が家の経済的な支援は本日をもって打ち切らせて頂く」

「な、なにっ!」

「リオを気味が悪いと嘲り、婚約破棄を申し出た家に、これ以上支援を続けることは貴族社会において恥となりますから。理解していただきたい」

「ま、待ってくれ! それじゃあうちの家はどうなる?」

「質素に暮せば良いのでは?」

「そ、そんなことできるはずが……」


 貴族としての贅沢に慣れているレオンにとって貧困は地獄である。だがそんな彼を周囲の貴族たちは誰一人として同情しない。聖女に泥を塗った者を助ければ、自らもその汚れに染まると知っているからだ。


「な、なら、リオ。俺と寄りを戻そう。俺がお前を愛してやるから……」

「お断りします」

「俺を誰だと思っているんだ!」

「没落貴族のレオン様ですよね?」

「~~ッ……お、俺を舐めるなよっ!」


 レオンは衝動的にリオに飛びかかろうとする。そんな彼の動きを止めたのはルシアンだった。


 すかさず立ちはだかると、片手で動きを封じる。彼の鋭い眼差しがレオンを射抜いた。


「聖女に暴力を振るおうとしたな? それも、公の式典の場で」

「お、俺は……」

「重罪だ。連れて行け」

「くそっ、くそっ! ふざけんな!」


 もがくレオンを、騎士たちが容赦なく取り押さえ、広間から連れ出していく。静まり返る場内で、リオは深々と頭を下げる。


「助けていただいて、ありがとうございました」

「命を救われた恩に比べれば、これくらい些細なことだ」


 ルシアンは優しげに微笑む。その温かな表情に心の中が幸せで満たされていくのだった。



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13歳で公爵なのですか? 公爵令息でしょうか? だとしたら親御さんは何をしているのかな?とか アルベルトも王族の前で許可なく話すし 王族も前触れもなく伯爵邸を訪問するし 不思議な世界観だなと思いました…
レオン公爵と呼ばれてますが、まだ跡を継いでいないのであれば 本人は公爵とは呼ばれず、現当主となる父親が公爵と呼ばれるのでは? 読んでいく中でよくわからず、この世界では嫡男=当主と同じ扱いをされるという…
冷遇されてもマイペースな主人公が面白かったです。 優しいお兄様がいたお陰でしょうね。 読んでいてほっこりしました。 適度なざまあで不快感がないのも良かったです。 レオン公爵と呼ばれてますが、当主で…
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