本編 ~『救われた命』~
『アルベルト視点』
訓練場は騎士たちの汗と砂埃で熱気を帯びていた。アルベルトは木剣を握り直し、必死に息を整える。
「アルベルト、腰が入っていないぞ! そんな剣筋では魔物にすら笑われる!」
教官の叱責に、アルベルトは歯を食いしばって再び剣を構えた。
(絶対に強くなってやる!)
その時だった。数人の騎士が慌てふためいて訓練場に駆け込んできた。
「騎士団長が負傷された! 急ぎ治癒師を!」
その言葉に場の空気が凍りつく。アルベルトも咄嗟に剣を落とし、騎士団長ルシアンが運び込まれるのを呆然と見つめていた。
「団長!」
ルシアンは意識を失い、血に染まった鎧の下に深い傷を負っていた。騎士団付きの治癒師がすぐに駆け寄ったが、その顔は見る見るうちに青ざめていく。
「これは……まずいな。龍の呪い傷だ……回復魔法もポーションも効果がないぞ!」
騎士たちの動揺はさらに広がり、絶望的な空気が訓練場を覆っていく。アルベルトはその惨状を見つめ、拳を強く握りしめる。
(呪いの傷……魔力が通じないのか……)
その瞬間、彼の脳裏にリオの姿が浮かぶ。彼が怪我をしてもすぐに治療できるようにと、持たせてくれた小瓶の存在を思い出したのだ。
(リオが作ってくれた星月草の軟膏なら……もしかしたら!)
躊躇はない。アルベルトはすぐに駆け寄り、倒れたルシアンのそばに膝をつく。
「アルベルト、お前、何をするつもりだ?」
「僕に任せてください!」
騎士たちの怪訝な視線を無視し、アルベルトはルシアンの鎧を外して傷を露わにする。そして迷わず軟膏を塗り込んいった。
「おい、待て!」
騎士たちが騒ぎ立てるが、その声はすぐに静まる。軟膏が触れた瞬間、傷口から淡い光が溢れ出し、呪いで黒ずんだ肌が元通りに治り始めたのだ。
「傷が消えていく……」
騎士たちが息を呑んでその光景を見守る中、ルシアンの瞼が微かに震え、ゆっくりと目を開ける。
「……アルベルト、か?」
「団長!」
アルベルトは安堵の息を漏らす。ルシアンの顔色が良くなったのを見て、周囲の騎士たちは騒然となっていた。
「呪い傷が癒えたぞ……そんな馬鹿な!」
治癒師がアルベルトの手元の小瓶を奪い取ると、慎重に軟膏の残りを確認し、その目を驚愕で見開いた。
「この軟膏には聖なる魔力が宿っている……」
その一言で騎士たちの視線が一斉にアルベルトに注がれる。
「この軟膏をどこで手に入れたんだ?」
「そ、それは……」
アルベルトは思わず言い淀む。真実を話すことでリオにどんな影響があるか分からない。それを危惧したのだ。
「ひ、秘密です」
その返答に騎士たちがざわめき、アルベルトへの疑惑の眼差しがさらに強まる。騒ぎが大きくなり始め、彼は唇を噛み締める。
(これ以上ごまかすのは難しい……どうすれば……)
その時、ルシアンがゆっくりと体を起こし、周囲を見回した。
「静粛に。アルベルトは恩人だ。あらぬ疑いをかけることは私が許さない」
静かな重みのある声に、騎士たちが一瞬で口を閉ざす。ルシアンの視線がアルベルトに真っ直ぐ注がれた。
「アルベルト、何も心配することはない。私はただ、この薬を作った者に礼を言いたいだけなのだ……その人物を教えてくれないか?」
アルベルトは心の中で激しく葛藤する。だがルシアンの誠実な視線が、彼ならば信頼できると自信を持たせてくれた。
「団長。実はこの薬は……私の妹、リオが作りました」
「だがアルベルトの妹は……」
「まだ七歳です」
騎士たちが驚愕の声を上げ、再びざわめく。だがアルベルトは構わずに続ける。
「本当のことです。妹には植物を育てる類稀な才能があるのです」
その言葉が真実だと伝わったのか、ルシアンは穏やかに微笑む。
「アルベルト、君の妹が私の命の恩人というわけか……」
「団長、どうか妹には……」
「分かっているとも。迷惑はかけない。王族の名に誓おう」
ルシアンはそう断言する。アルベルトは尊敬する彼の言葉を信じ、頭を下げるのだった。