017-スライダック 2 <漏電>
「こらっ! 田中! お前、今、何をした!」
安野が田中をどなりつけた。
「何って、コンセントからマントルヒーターのコードを引っこ抜いたんですけど。」
田中は自分の失敗を周りに知られて、少しふてくされた表情で答えた。
「コードを引っ張るんじゃない! ちゃんとプラグを持ってコンセントから外せ! まったく、もう!」
「プラグを持って外すのも、コードを引っ張って外すのも、コンセントから外せば同じことでしょう?」
安野は頭を抱えた。
「おまえ….家でもコンセントを外す時にコードを引っ張るのか?」
「家でコンセントをはずすことはありませんよ。」
「コードを引っ張ったら、プラグが壊れるだろう?」
「そんなわけ無いでしょう? そんなことで壊れたら、それは不良品ですよ。」
安野は心の中で《このゆとり世代の奴は!》と毒づいた。
確かに、家電などのコンセントはプラスチック樹脂で固められた一体型である。だから、壊れたらコードごと交換するし、壊れにくい。しかし、実験器具の電源はカスタマイズすることもあるし、故障したプラグを交換することも多い。このマントルヒーターのコードやプラグは比較的大きな電流を流すため、『太い』コードである。細いコードでは抵抗が発生し、その熱で被覆が『焦げる』。基本的にはマントルヒーターの寿命は長く、一番最初に壊れるのはプラグ部分だ。プラグの接触部分は抵抗が発生しやすく熱が発生しやすい。そのため、プラグは焦げやすい。焦げて炭化すればプラスチックの絶縁部品が導体化し、トラッキング(短絡、ショート)をおこす。
「技術家庭科でコンセントの使い方を習ったろう?」
「中学校のことなんか憶えていませんよ。」
「おまえ…一度お家のコンセントを確認してしろよ。焦げてたらトラッキングのおそれがある。火事になる前に確認しておけよ。」
「へーい。」
《あれは生返事だな。言われたことの確認はしないだろうな。》
次の日、安野はプラグの交換を行っていた。電気屋で購入した雄雌セットのプラグセットの雄側を使ってカラムクロマト用の金魚ポンプの修理を行っていた。このプラグも学生が引っこ抜き、その時、銅線が外れて、ショートし、漏電ブレーカーが働いた。
《まったくもう!》
安野は眉間にしわを寄せて修理した。
最近は漏電ブレーカーのおかげで、停電はその原因を排除すれば、直ぐに復旧できる。良い時代に鳴ったものだ。自分が学生のころは、フューズの取り替えだったから、大元のジャックナイフスイッチを切ってから、大電流用のフューズを交換しなければならなかった。隣の研究室ではしばしばヒューズが飛ぶので、学生がフューズの代わりに『針金』を使ってしまい、もっと『川上』の建物の配電盤を飛ばして、きつい指導がはいっていた。
《良い時代になったものだ》
安野はひとりごちた。
3日後、田中がまた助教授室にやってきた。
「先生、スライダックが故障です。マントルヒーターがあったかくなりません。」
《やれやれ、このトラブルメーカーめが》と思いつつ、安野は実験室に入った。
「うん? 焦げ臭いな?」
「はい、今度はスライダックをちゃんと噛ましたのですが、ヒーターは全然暖まらないし、スライダックは唸るし…」
「まてよ! スライダックが唸る? 本当だ。直ぐにスライダックのコンセントを抜け! プラグを持って抜けよ?」
「はい。 …アッチッチ。プラグが熱くなってます。」
「そりゃダメだ。直ぐに抜け!」
乾いた雑巾をつかってプラグを掴み、電源を抜いた。
《安全における『停止の原則』はできたよな? 大丈夫だよな?》
安野は疑心暗鬼になった。
「マントルヒーターがあったかくならずにスライダックが熱くなるなんて。 僕は呪われているのかな?」
田中がうつむいてなんやらぶつぶつ言っている。
「それはお前の自業自得だ。」
と、安野は小声で返す。
「スライダックの故障ですか?」
「いや?違う。マントルヒーター側の故障だろう。」
「でもマントルヒーターはあったかくなりませんでした。電気は流れていないんじゃないですか。」
「確かにマントルヒーターには電気は流れていない。ほら、マントルヒーターのプラグが焦げている。ここでショートしたんだろうな。」
「ショートしたら漏電ブレーカーが働くはずでしょう? 電源は落ちていませんよ?」
《うん。これがスライダックの怖いところだ。》
「スライダックを噛ませた2次側で短絡すると、漏電ブレーカーは働かないんだよ。」
「でも、ショートはショートでしょう?」
「スライダックは電磁誘導トランス機構を噛ましてあるから部分的に1次側とはつながってないんだ。だから、2次側でショートしても漏電とは感知されないんだ。」
「スライダックは『抵抗器』じゃないの?」
「抵抗器だと、100Vカら140Vはつくれないよ。抵抗器じゃなくてトランスだな。」
「じゃあ、じゃあ、マントルヒーターの側でショートしているというの?」
「そうだよ。お前さんが前回コードを引っ張ってマントルヒーターのプラグが外れかけていて、そこでショートしたんだろうな。この焦げたマントルヒーターのプラグがその証拠だ。 コラッ! 田中!」
田中君は 「ヒャ〜」という奇声を残し、安野の前から逃げていった。




