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キャンパスでは「ご安全に!」  作者: リオン/片桐リシン
015-挨拶の効用 全3話+3話
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閑話-010 髪の毛 3 <帽子>


 廊下で先輩筋の教授が激怒している。

 「けしからん!」

 「先生。どうしました?」

 これは宥めておくのが吉だろう。

 「さきの時間の講義で、帽子をかぶっている学生がいたんだ。けしからんだろう?」

 「はあ…、そうですね。」

ここ数年、確かに講義時に帽子をかぶったまま受講しようとする学生が散見される。注意をすれば直ぐに帽子を脱ぐのだが、次の週にはまたかぶりっぱなしで講義を受けようとする。先輩先生はその態度がひどく気に入らないようだ。

 「だいたい,リスペクトが足りない!」

何に対するリスペクトかを問うと、私もその学生と同様に怒鳴られそうだ。軽く首肯して受け流す。

 「だから、今日は奴らを教室からたたき出してやった。」

さっき廊下で所在なくうろうろしていた学生は、それかぁ。彼らは何で激怒されたのか、おそらく理解していないんだろうなあ。


 「先生、教室からたたき出すのはやり過ぎですよ。3年前(2006年)の文科省令で講義の3分の2以上に出席していない学生の単位を認定できなくなりました。こちらが一方的にたたき出すと、その学生がギリギリ出席が足りなくなった時に、追い出したことが問題にされますよ?」

 「何だその法令は?」 

 「え〜と、大学設置基準の改正ですね。講義の3分の2以上に出席していない学生の単位を認定するカリキュラムを大学の認可申請で出すと、大学の設置審ではねられます。」

 「誰だ? そんなん決めたのは? 」

 「えーとね、ニュースによると、『大学のレジャーランド化』に関する新聞社のインタビューへ文科大臣がそう言っちゃったそうです。そのコメントが 省令の根拠じゃないですか?」

 「…全く,要らんことをするなあ。」

 「…過剰な規制は迷惑ですねえ。」

 「まあ、単位の認定は、教員の専権事項だけどな。」

 「…」

私は苦笑しながら首肯した。


 「その3分の2は必要条件で、十分条件ではないんだな?」

 「はい。シラバスに『1回でも無断欠席したら、単位審査の対象外になる』と特記事項として記載すれば、それは有効です。」

 先輩教授はニヤリと笑った。

 「ふむ。それじゃあ、私の講義は15回中、1回でも休んだら審査の対象外にできるな。」

 「でも先生、忌引きなどの『公欠事由』の場合や,学校保健法の感染症、インフルエンザの場合はその分の補講が求められますよ。 『公序良俗に反する無断欠席』にしておく方が無難ですよ。」

 「まったく、面倒な! 普通の病欠は配慮しなくても良いのかな?」

 「それは単位が出なくても仕方が無いでしょう。いくら診断書があっても、長期入院で15回の講義をすべて休んだ学生に単位は出せないでしょ?」

 「なるほど。」

 「そのような長期の入院が必用な学生さんのために『休学』という制度があるんですよ。

 「それもそうか。 君はそういうことに詳しいねぇ。」

教授先生はニコニコと頷きながら、自分の研究室へと去っていった。帽子の話しは何とかごまかせたようだ。やれやれ。




 翌日の講義室では何名かの学生が帽子をかぶっていた。昨日の騒動は知っているだろうに。まあ、教員に反発することは、まあ学生だしなあ、若者だだしなあ。もしかして『試し行動』かな? でも、帽子は何とかしなくちゃいかんなあ。

 「えーと。講義室では帽子を脱ごうね。私に対してではなく、この有機化学分野を命がけで築き上げた先人へのリスペクトを示してほしい。本日のテーマの立体化学、糖の化学のフィッシャ−先生も誘導化試薬の影響で病に倒れ、その晩年は悲惨だったそうだ。」

教室がざわつく。何人かの学生が横の学生とヒヒソしている。

 「それから、帽子といっても、カツラを外す必用は無いからな。あと、『髪の毛の不自由なヒト』や宗教上の理由でかぶり物をしているヒトには配慮する。申し出てくれれば、私の講義については講義室内での帽子の着用を認めるから申し出るように。


 帽子をかぶっている学生達が、サッと帽子を脱いだ。別に髪の毛が不自由ではないようだ。残るは1名か…。

 講義を始めた。しばらくしてから奥義室内を巡回し、その際にその残る一名の学生の傍で、私は眉根を顰めて、心配そうにぼそっとつぶやいた。 

 「大丈夫かい? …何か不自由があるのかい?」

他の学生がその様子をそれとなく、でも耳ダンボにして聞いている。その学生はハッとした顔をして、慌てて帽子を脱いだ。自分が帽子をかぶり続けていたことを認識していなかったようだ。そして、私の顔を見てニカッと笑った。


 「よかった。髪の毛の不自由な学生はいなかったんだ。」

私のそのつぶやきに、何人かの学生は吹き出し、その後講義室は爆笑に包まれた。


 翌週から私の講義中に帽子をかぶる学生はいなくなった。


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