閑話-010 髪の毛 1 <タオル・ターバン>
「先生、今日は何を直しているんですか?」
「君の壊した玉入冷却器(アリーン冷却器)だよ。」
「アリ〜ン(あれ〜ぇ)?」
「駄洒落でごまかしてもダメだよ。アリーンの足を折るって、どんな怪力だよ?」
「折ったんじゃなくて、折れたんです。」
「力を入れなくても,ポキッと折れたとでも言うのかな?」
「いえ、ナスフラスコから外れなかったんで、少し力を入れてひねったら…」
「少しぃ?」
「え〜と、スミマセン。かなり力を入れてひねろうとして…」
「まっすぐ引っ張ったの?」
「いえ、少し傾けてしまったら、」
「それって、ガラスを切断する動作だよね。」
「ハイ…。スミマセン。」
「まあ、本体は壊れていないから、直せるけど。 気をつけてね。」
ガラス器具は壊れる。落としたら壊れる。曲げても壊れる。ガラスという素材は押しには強いが、引っぱりには弱い。小さな傷がついているとその傷を起点に簡単に壊れる。ガラス管を切る時は、ヤスリで小さな傷をつけ、そこに1滴水を垂らし、その傷を外側に向け、弧を描くように引っ張る。そうすると、力を入れなくても簡単に切断できる。太いガラス管は、ヤスリで付けた傷にミスを付けたら、その片端に『焼玉』つまり熱したガラスの玉を押し付ける。そうすると歪が発生し、ツツツと傷が伝播して、切断できる。
私はガラス細工が得意だ。卒業研究で必用だったため、学生時代に大学の専門家=ガラス細工専門の技官のヒトに2週間ほどご指導いただいた。そのおかげで壊れたガラス器具の修理も一通りできる。自分の研究に必用な実験器具も工夫し作成できる。もう無理だけど、最盛期にはジムロート冷却器も作ったことがある(あんなに面倒くさいのはもうやらない)。この特技は、今も学生の壊したガラス器具の修理に活用されている。
「ところで、先生。何でタオルでターバンをしているの?」
「これか?」
「何か海賊みたいです。昔の人形劇の『海賊ト◎ヒゲ』見みいです。」
「これはな、事故防止のためだよ。」
「事故防止?」
「そう、昔ね、学生時代に髪の毛を燃やしたことがあってね…」
私は遠い目で昔を思い出した。
あのころの私はぼさぼさの頭で首からタオルを掛けて毎日のようにガラス細工をしていた。その日、私は後輩の壊した大きめのナスフラスコの底のヒビを固定したハンドバーナーの火力を最大にして修理していた。しばらく作業をしていたら、何か焦げ臭い。
「お〜い。焦げ臭いぞ?何が燃えている?」
「何も燃えてませんよ。」
後輩が答える。しばらくすると、だんだん臭いが強くなる。
「やっぱり何か燃えてるぞ。確認しろ。」
さらにしばらくして、今度は上から黒いススのような物が振ってきた。これはやばい。バーナーの火力を最大にして長時間フラスコの底を炙っていたため、細工場の上の段ボール箱が燃えだしたのかと、上を見る。でも燃えている様子は無い。
「お〜い! やっぱり何かが燃えている。火元はどこだ?」
と,焦る私の横で後輩がゲラゲラ笑って私を指差す。
「笑い事じゃないぞ、火元はどこだ!」
燃えていたのは私の髪の毛だった…。
ぼさぼさの髪の毛は空気を含み、そこに引火していた。
…ということがあってな、それ以来、ガラス細工をする時は引火しないようにタオルをターバンにして髪の毛を覆うようにしているんだ。
「へぇ〜。なるほど。 事故防止のために帽子をかぶるんですね。」
「誰がうウマイことを言えと…」
それ以来、私はガラス細工時に帽子をかぶるか、タオル・ターバンを装着する。タオル・ターバンは汗を吸い取ってくれるので、快適だ。学生にもタオル・ターバンを推奨しているが、…誰も装着しようとはしない。
今年入学したアフロヘアーの奴は、いつかひどい目に会うぞ。




