閑話-007 学位の意味 2 <学位の価値>
「先生、学位って何の役に立つんですか?」
それ、痛い。痛い質問だよね、
「う〜ん? 博士の学位は名刺に書いてあると、カッコイイ?」
「カッコづけかよ。」
学生が吐き捨てるように言う。
「もちろん、実利も有るけど、『位』なんて、そんなもんだよ。」
「ぜひ、その実利を教えて下さい。」
僕は少し考えるふりをしてから、答える。
「まず、自分の実力を示すことができる。学位は実力が無ければ得ることができないからな。 よく言う例えに『学士は参加賞、修士は努力賞、博士は一等賞』というのがある。」
「え〜っ? 学士は参加賞って、単位を取るのも大変ですが…。」
「でも、先生に言われたことを先生に言われた通りにやっていれば、卒論は書けるよ? だから学士は戦闘員としての能力が保証される。」
「ヒ〜ッ じゃあ、修士は?」
「修士は先生に出された課題の解決策を自分で考えて達成することが求められる。 だから、修士を取れる実力者は戦術立案能力を持つことが保証されるんだ。だからこそ、一生懸命努力する覚悟が求められる。」
「じゃあ、じゃあ、博士は?」
「博士は自分で課題を見つけ出し、その解決法を自分で見つけ出すことが求められるんだ。 つまり、戦略を立てる、司令官的な能力だな。修士までなら努力で何とかなるけど、博士はそれなりの才能が必要だ。」
ひとりの学生がつぶやいた。
「才能って、僕にはないのう。」
「面白くないねえ(苦笑)。まあ、才能って自分に有るかどうかなんか、分かるもんじゃない。有ると信じられるかどうかだな。 それに、化学は間口が広いし、数学の才能みたいに尖った才能を必要とするわけでもないから、大概大丈夫だけどね。」
「先生、修士までは誰でも取れるんですよね。」
「努力する才能があればね。」
「「「…」」」
静寂が場を支配した。
「だから、修士号を持っている人は社会においてそれなりに評価されるんだよ。 会社も修士を持つ人を好んで採用する。」
「先輩が大学院へ行くと就職で苦労するって…」
「それは文系学部の話しだろ? 理系、技術系、生産系学部ではむしろ修士が無いと、一部上場企業は採用してくれないよ?」
「それはどうして?」
「大企業では技術系の社員を海外の現地法人に出向させることがある。でも、現地法人で働かす為には、その国での就労資格が要るんだ。就労ビザだな。それを取得する為にはその国の法律要件を満たさなければならない。」
「…」
「例えば、アメリカの永住権資格のEB2には『修士以上の学位を持つ者』と明示されている。あちらの法律で定められているんだ。だから現地法人で雇えない者を親会社は採用しないんだ。」
「…」
「まあ、嘘だと思ったら、日本化学会の年会の会社紹介ブースで聞いてごらん? 海外展開をしている企業で「学士で就職できますか?」と聞くと、「修士を取った方が良いよ」と言われるから。」
「でも、一流化学会社でも会社案内には『学士若干名』と書かかれてますが…」
「うん。書かれているねえ。でも、それは日本の工場の生産設備のメンテ担当だな。機械系とか電気系の専門職の人を採用するという場合が多いよ。」
「うわ〜! 専門を間違えた。」
「でもね。機械系の会社でも化学系を募集しているよ。ほら、うちの研究室の修士の先輩で自動車会社へ勤めている人もいるよ。確か、鋳型の剥離剤の研究をしているよ。 まあ、どこの会社に勤めるかよりもそこで何をするかが大事じゃないかな?」




