閑話-002 理系の文章 1 <『が』の使用禁止>
閑話です 講義内容からです。
『安全工学』の講義を担当している安野は、毎週300人の受講生の書いた300通のレポートを1セメスターの15回の講義で読まなければならない。計4500通のレポートを4ヶ月の間に読み、評価しなければならない。何のトレーニングも受けていない1年生の書く文章は、ただでさえ読みにくい。しかも、SNS世代はこれまでにまとまった思考を正しく提示する文章を書いた経験を持たない。だから安野は第1回の講義開始時に、読みやすい理系の文章の書き方を講義する。これは理系文章の書き方のイントロダクションに過ぎない。そして、この講義内容は安野のオリジナルである。
「理系だからといって、文章を書けないことを正当化できません。この講義ではまず最初に理系文章の書き方を講義します。この講義で提出するレポートは全て今日の講義で示すガイドラインに従ってもらいます。したがって、ガイドライン 理系の文章の目的は事実を正確に精確に伝えることです。」
安野は黒板に『正確・精確』と書いた。
「さて、正確は文字通り正しい記述であることです。一方、正確は精密な定量性を持つことです。例えば『約50g』という記述は精確ではありません。『50.20 g』と書けば有効数字下2桁まで含めて精確ですね。」
そうすると、学生の一人が質問してきた。
「先生、測定時に『約50 g』だと認識した場合はどうすれば良いのですか?」
「再測定してください。実験は正確かつ精確に行わなければなりません。」
安野は切り捨てた。
「話しを戻します。皆さんは高校までに「感想文」は何回も書いてきました。けども、「論理文」はほとんど書いてきませんでした。しかし、レポートは論理的に書くことを求められます。 論理文を書く時はまずしっかりと定義された誤解を招かない専門用語や言葉を使い、正しい論理パターンを踏まなければなりません。 三段論法は憶えていますか? A = B、B = CならばA =Cである、トいうやつですね。これが論理パターンの1例です。集合関係も習いましたね。A ⊂ B、B ⊂ C ならばA ⊂ Cですね。包含関係のベン図に描くとこんな風になります。」
安野は黒板に三つの同心円を描き、内側の円に『A』,そのすぐ外側の 円に『B』、そして、一番外側の円に『C』と記載した。
「ところで、理系の入学試験でも英語が試験科目になります。また、学術論文も英語が使われます。これは英語がこのような論理を記述するのに適しているからです。そして、日本語に比べて英語は文中の単語の順番により厳密な規則があり、英文法ですね、誤解の余地がちいさいという特徴があります。例えば…」
安野は黒板に『I love you.』と書いた。
「この文の語順を変えると意味が通らなくなったりします。だから英語文には『正解』があります。一方、日本語の場合は…」
安野は黒板に
『私はあなたを愛している。』
『あなたを私は愛している。』
と2つの文を書いた。
「日本語は助詞のおかげで、この2つの文は情報伝達文としてはほぼ同じ意味になります。さらに、…」
『私が愛しているのはあなただ。』
という文をその下に書き足した。
「これも、意味が通じますよね、『が』という格助詞を使うと、日本語はさらに自由度を増します。でもね、これは理系文章における日本語の欠点でもあります。つまり、高い自由度は誤解を招く余地を作ってしまいます。」
安野は先の文の『が』を黄色いチョークでガリガリ囲った。
「特に、この格助詞の『が』は日本語文のバリエーションを広げてしまいます。だから、私のレポートでは誤解を招く文章を作りやすい格助詞の『が』を使用禁止にします。 『でにをは』で書いて下さい。」
安野は先の文の『が』を赤チョークのバッテンで消した。
「ついでですが、接続助詞の『が』も禁止します。接続助詞の『が』には単純接続と逆接の全く逆の2つの使い方が許容されています。だから文を曖昧にして誤解させるおそれがあります。使わないでください。では、この文を『が』を使わない文に書き直してみましょう」
安野は黒板に書き始めた。『きみがいるだけで僕は強くなれる。』どこかできいたフレーズだ。
「では、それを今日のミニッツペーパーの①の欄に書いてください。講義終了時に提出してもらいます。
「先生、文を逆接するときはどうすれば良いんですか?」
「う〜ん。良い質問だねえ。その時は前後の文を独立させて接続詞の『しかし、』でつなげなさい。」
安野は例文を書いた。
『原料は消費されたが、生成物は得られなかった。』
『原料は消費された。しかし、生成物は得られなかった』
「こうすると、文の前後で異なる主語にならない。もうひとつおまけに。理系文章で接続詞を使う時は原則ひらがなで書くこと、そして、接続詞の後ろに『、』を付けてください。」
「先生『及び』『並びに』もですか。」
「はい。『および、』『ならびに、』とひらがなで書いてください。もっとも、特許文章では漢字の『及び』『並びに』と書きます。これは特許文章は法律文章だからです。そのため、また異なる文法というか慣習というか…異なる言語で書かれていると考えてください。 小説などの文では曖昧さを残すことにより、感情移入の余地を残します。しかし、理系の文章では曖昧さを除くこととで、誤解の余地を排除します。 文体はその文の目的により異なるのです。」
続きます。
6/2誤字報告、ありがとうございます。




