003—マツカレハ 4 <その後>
8月のオープンキャンパスも終わり、一番暑い時期が終わった頃、台風が大学を襲った。数十年に一度の規模の風台風だった。市内でもトラックや軽自動車が横転し、家屋の板塀や屋根が飛ばされた。100Kmほど東にある大学キャンパスでは『ヒマラヤ杉が何本も倒れた』、と朝のニュースはその被害を伝えていた。
ケヤキに比べ、元々は岩場に生えることに特化しているヒマラヤ杉は根が浅い。土に植えられ、岩を抱き込んでいない場合はしばしば強い風で土地ごとひっくり返る。その点、ケヤキは広くしっかりと根を張るため、大風でひっくり返ることは無い。しかし、広く張った木の根はその周辺の石畳やアスファルトをボコボコにしてしまう。その木の根やめくれ上がった石畳による転倒事故を引き起こす。そして、その落ち葉の掃除は大変だ。一長一短である。
グリーンベルトの何本かのヒマラヤ杉は昨夜の大風に耐えられるとも思えない。今朝のキャンパスの惨状を想像すると私の出勤の足取りは重かった。
「被害なし?!」
「はい。台風の被害なしです。」
橋本君は嬉しそうに告げた。
「そういえば、あのグリーンベルトのヒマラヤ杉も倒れていなかったな。」
「はい。おそらくですが、上半分の葉がなくなっていたので、強風をモロに受けずに済んだのかと思います。」
「そうか…。塞翁が馬だな。」
「本当に!」
もしあのグリーンベルトのヒマラヤ杉が倒れていれば…、理学部1号館側に倒れ掛かれば建物被害もあっただろう。あるいは食堂の方に倒れていれば、玄関のガラス戸を破壊し、食堂はしばらく休業になっただろう。
私はヒマラヤ杉のおじいちゃんの残酷な意図を理解した。
「ケムタン…」
私は小さくつぶやき、キャンパスを守ってくれた今は亡き小さな友のために祈った。
第3章終わりです。




