閑話-001 檸檬考
「レモンなんだ。ミカンじゃない。リンゴでもない。バナナは論外だ試すまでもない。メロンは形状が似ていているけど….似ていても高くて手が出なかった。」
なんでそんな話しになったのだろう? 休憩時間に研究室でお茶を飲みながら、何人かの学生さんと助教授は、『梶井基次郎の「檸檬」』の話しをしていた。
「まだ僕が学生の頃、うん、昭和だな、『檸檬』を読んで、『なぜ檸檬なんだろう?』という疑問がわいてでたんだょ。
幸いに四条河原町の丸善は下鴨の下宿からバスで一本だったから、その検証に行ったんだ。で、平積みの本の上にいろいろな果物を置いてみたんだ。
…オレも若かったなあ。」
助教授は遠い目をした。それを見た多くの学生は口を半分開けたあきれ顔で、先生を見ていた。
「さすが実験研究者の鑑」
「また…迷惑なことを…。」
「いや、なんでそんな疑問を?」
からかい半分、呆れ半分の乾いた感想が皆の口から漏れた。
それに続き、ひとりの学生がニヤニヤしながら聞いて来た。
「で、どうなりました?」
先生は少し困った顔をしてうつむき、ボソっと言った。
「….店員さんに叱られた。」
みんなで笑った、先生も苦笑した。苦笑しながら、照れ隠しに言った。
「いや、本を汚さないように果物はラップに包んでおいたんだけどなあ。
まあ、騙されたと思って、一度読んでごらんなさいな。」
♫ ♫ ♫ ♫ ♫
月曜日の朝、ひとりの学生がお土産の『阿闍梨餅』を先生の机の上に置きながら、言った。
「先生、やっぱり檸檬でした。」
助教授はぽかんと口を開け、大きく目を見開いた間抜けな顔で、彼を見つめた。しばらくして、二人で大笑いした。
まだ四条河原町に丸善書店があった平成ひと桁の頃の話しである。
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注:『桜の樹の下には』を検証・実験してはいけません。
1995年のほぼ実話です。