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キャンパスでは「ご安全に!」  作者: リオン/片桐リシン
002-赤い花きれい  全5話 +1話
13/30

002-赤い花きれい 5 <ネット>

 橋本君はつぶやくように尋ねた。

 「…で誰が犯人なのでしょう?」

 「それは、わからないなあ。先日、県北のホームセンターであやまってアツミゲシの苗を販売したというニュースがあったよね。」

 「ああ、そんな事件がありましたね。」

 「まだ、花株を全部回収できていないそうだ。その花から種が採取されれば、来年もまた同じような悪意のテロが起こるかもしれないねえ。」

 「脅かさないで下さい。また来年も『環境整備』をしなくちゃならないんですか?」

 「そこは毎年やろうよ。」

 私のコメントに橋本君は苦い顔をした。二人はまたコーヒーを飲んだ。


 「何を守るかねえ。」

 「何を? というと?」

 「橋本クン、本学の安全の勝利条件は何かな?」

 「勝利条件?」

 「戦略だよ。 戦争や争いごとは戦略・戦術・戦闘の3階梯をしっかり定めなければぐだぐだになる。 我々は本学の安全として参謀役を担っている訳だよね? でも、参謀は将官、つまり本学首脳部の定めた勝利条件を満たすために戦術を建て、君ら安全衛生部員は戦闘を行うというわけだよね。 で、首脳部の定めた勝利条件は何だと思う?」

 「考えたこともありませんでした。」

 「安全を守る、ということは、何を守るということかねえ?」

 「公務員としては『法律を守る』と言いたいところですが…」

 「法律は手段だよ。それが戦略や勝利条件にはなれないよ。いや、法律遵守を目的としてはいけないよ。」

 「なぜですか?」

 「法律は建前だよ。建前を守るために本音を犠牲にするのは愚かしくないかな?」

 安野はつぶやいた。そして、続けた。

 「法律を目的にするのは安直だよ。なんせ、『法律を守る』『コンプライアンス』という錦の御旗に逆らえる者はいないから、反対者を簡単に黙らせることができる。でも、本音を言えば、触法しても守りたい本音があると思うんだよ。 ….でもね首脳部はそれを口に出せないよねぇ。だから我々下々の者に明確に示していないよねぇ。」

 「…」

橋本クンは黙り込んでしまった。


 「むしろ犯人を捕まえない方が、大学首脳部の意に添うかもしれないねえ。大学には好都合かもしれないねえ。我々のミッションは犯人探しではない、大学の名誉を守ること、大学を守ることじゃないかねえ。」

 橋本くんは異論があるようだ。

 「安全の目的はメンバーを守ることではないのですか? そのためにはテロを行う犯人を割り出さなければ再発防止はできません。」

 「じゃあ犯人を見つけたとして、その人が大学関係者だったらどうするの?それこそ取り返しがつかないよ。上手く犯人を特定できたとして、これは犯罪だから、間違いなく新聞などで報道されるだろうね。もし、犯人がうちの学生や教員や職員だったら、大学に傷がつくよ。南国大学の場合は生えていただけであんな大騒ぎになったよね。内部犯行だとしたら、あんな程度じゃ済まないよ。それでも犯人を警察に引き渡すことが最善だと思うかな?」

安野は橋本クンの言葉にかぶせるように言った。

 「すっきりしませんね。」

 「もちろんすっきりはしないな。でも、しつこいけど犯人探しは僕らの本来の仕事じゃないよ。それに、『犯人を見つけてしまった』ら、その犯人を隠すことは法律違反になる。」


 「じゃあ、今回の件はこれでオシマイですか。」

 「いや、まだしなければならないことは残っているよ。ツイッターとかフェースブックとか2chとか爆サイとか、特に匿名の投稿サイトに今回の「赤いお花」の話題が出てこないように対策しなくちゃ。うちの大学関連の板に「赤いお花きれい♡」、なんて写真付きで投稿されたらまずい。炎上してしまう。」

 「うわー。いつまでネット監視しなければならないんですか。」

 「そんなに長い期間じゃないだろう。そうだな、長くても1週間くらいかな。

 「意外に短いですね。」

 「そりゃ、「赤いお花」の旬が過ぎてからわざわざそんな写真を投稿したら、自分が犯人だといっているようなもんだ。第三者の『天然さん』を振る舞いたかったら、花の写真をスマホで撮って、すぐにネットにあげるだろうし。「赤いお花」を処分してから何日も過ぎてからそんな写真が出てきたら、我々も本格的に内偵を進めることは、相手も容易に想像するだろうし…。」

 「なるほど。」

 「まあ、SNSを毎朝『検索』して、あやしい投稿を見かけたら『通報しました』と書き込む簡単なお仕事さ。」


 「ネットの監視は私がしておくよ。ネット監視の件は部長には黙っておいた方がいいな。まだ本当に「事件」かどうかもわからないし。あの人は君以上に法を守る公務員だからねえ。」

 「わかりました。先生、どうもありがとうございました。コーヒーごちそうさまでした。」

 「あ、コップはそこへおいといて、洗っとくから。」


『ああ,がらっ八だ、八五郎だ、銭形平次の子分の名前は…』安野は橋本クンの後ろ姿をみながら唐突に思い出した。





 数日後、ネット上で「赤いお花」が炎上した。幸いにうちの大学ではなかった。

 アイドルグループのメンバーが「路傍にかわいい赤い花が咲いていました。けなげなお花に、お水をあげました」とSNSへ写真投稿して、フォロワーが「これはケシの花だ」と取り上げて大騒ぎとなった。そして、そのメンバーの女の子は、警察の事情聴取を受けたとネットニュースで報道された。 水をあげる行為が栽培行為の疑い有り、とされたようだ。


 『SNSは社会の鏡と言うけども、かなり歪んだ鏡だな』と安野は思った。いや、歪んでいるのは鏡ではなく社会の方かな?


 「よそでこんな大騒ぎになったから…、うちはもう大丈夫そうだな。」

 安野はパソコンのブラウザーを閉じた。



第2章終わりです。

次回更新は閑話001です。月曜日の予定です。


毎週日曜日水曜日更新の『狭間の世界より』

https://ncode.syosetu.com/n8643jw/

もよろしくお願いします。

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