002-赤い花きれい 2 <黒焦げの現場にて>
「おーい、少し出かけるから、何かあったら携帯へ電話してね。」
「わかりました、でも先生、携帯の電源をちゃんと入れておいて下さいね。いっつも通じないんで困ります。」
「ふひっ! 携帯電話に先生デンワってか。」
安野はつまらない冗談を吐きつつ、古いタイプの折りたたみ携帯を旨ポケットから取り出し、電源が入っていることを確認した。
「携帯の電源は入っているけど、電池残量が少ないから、連絡は簡潔に…ネ。」
「わかりました。」
苦笑しながら返事をしている修士課程の学生を残して、2人は研究室を後にした。
現場は理学部の裏手の外階段の下だった。普段は青い花をつける背の高いアブラナ科の雑草で覆われている現場は、元々あった雑草もきれいに刈り取られていた。さらに、ご丁寧に地面をバーナー炎で炙ってあった。飛散したかもしれない種の除去・焼却のためだ。まだかなり焦げ臭い。
現場のさらに奥には液体窒素のタンクとその汲み出し施設がある。安野は液体窒素のくみ出しのために、週に2回ほどその階段の横を通っていた。
「ここです、ここにあった茂みの奥に赤い花が咲いていました。あまり見かけない花だったんで、理学部植物学教室の先生にみていただいたら、ヤバイ花だということで、すぐに保健所さんに連絡して先方の指示通りに対応しました。」
「橋本さん、ここはいつも何かアブラナ科の背の高い青い花の咲いている薮だったよね。」
「そうです。」
安野は焦げた土を触りながら尋ねた。
「それで? 私を必要とした理由は?」
「いや、少し違和感を感じたので….。相談したくて。」
違和感は覚えるものだ。違和感を「感じる」では馬から落ちて落馬するみたいだ、と安野は思いながら話しを続けた。
「違和感? どんな?」
「ここに生えていたんですよ。2株。ちょうど、ここと、ここです」
その周辺は特に念入りに炎であぶってあった。
2つの株は、側溝のコンクリートから5 cmくらい離れた場所にお行儀良く30 cmくらい離れて生えていたらしい。その周辺の土は特に丁寧に掘り返され、炙られていたため、もはや植物の痕跡はなく、元の状態もほとんどわからなかった。
「ここは確か胸くらいの高さの雑草で覆われていたよね。ここに赤い花が咲いていてもそうそう見つからないんじゃないの?」
「ええ、そうです。ですが、そこの外階段を登っていて見かけたんですよ。」
「なるほど。確かに花が咲くまでは見つけにくいけど、赤い花なら目立つから、上からなら見つけられるよねぇ。」
安野はあごひげを引っ張りながらしばし考え込んだ。
「子房はあった?」
「子房とは?」
「芥子坊主だよ。花の付け根のふくらんだ種子部分のところだよ。」
「えーと…気がつきませんでした。」
「子房があってそれに傷があったら警察案件だよ。警察は来てないんだよね。」
「はい、保健所だけです。」
どうやらアヘン樹脂の採取を目的としていなかったようである。事件に発展する前に対応できたのは不幸中の幸いだ。ほっとした。
「橋本さん、そのアツミゲシは植えられていたように見えた?」
掘り返されて炙られた今の現場からは、その花が自生したものか、誰かが植えたものかを知るすべは無かった。
このインシデントに正しく対応するためには、情報が不足している。
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