第4話「前へ進む」
商務会議の結果は、満場一致での承認だった。
「よくやってくれました、殿下」
クライブが、心からの笑顔を浮かべる。
「まさか、父王陛下からあのような話が出るとは」
アイリスは、窓の外を見つめていた。
王都の街並みの向こうに、月光の里がある方角。
「殿下」
ライアンが、一通の手紙を差し出す。
「エルシアさんからです」
開封すると、中から小さな結晶が零れ落ちる。
源泉から採取された新しい結晶。
水晶に近づけると、不思議な共鳴を始めた。
《街の人々が、殿下の帰りを待っています》
《源泉も、また新しい力を宿し始めたようです》
アイリスは、手紙を胸に抱く。
温かいものが、込み上げてくる。
「レイチェル殿」
「はい」
「母上は、きっと分かっていたのですね」
「ええ」
レイチェルは、優しく微笑む。
「王妃様は、いつもおっしゃっていました。
本当の強さは、人の心を温めることにある。
それは剣よりも、王笏よりも、大切なものだと」
(お母様...)
「殿下」
ライアンが、一歩前に出る。
「月光の里への出発準備が整いました」
アイリスは頷く。
しかし、その前にすべきことがあった。
***
「父上」
書斎で執務をする父王の前に、アイリスは静かに跪く。
「ご心配をおかけしました」
「いいえ」
父王は、柔らかな表情を見せる。
「むしろ、私の方こそ」
窓から差し込む夕陽が、二人を優しく照らす。
「母上の夢を、こんな形で知ることになるとは」
「そうだな」
父王は、懐から一枚の写真を取り出す。
そこには、若かりし日の母の姿。
月光の湯の前で、満面の笑みを浮かべている。
「これは」
「最後の療養の時のものだ」
父王の声が、懐かしさを帯びる。
「あの時、彼女は本当に幸せそうだった」
アイリスは、写真を受け取る。
母の笑顔に、温かいものが胸に広がる。
「父上」
「うむ」
「私、きっと」
「分かっている」
父王は立ち上がり、アイリスの肩に手を置く。
「おまえならできる。
いや、おまえにしかできないことなのかもしれん」
その言葉に、アイリスの目に涙が滲む。
「行っておいで」
父王の声に、確かな信頼が込められていた。
「新しい道を、切り開いておいで」
***
王都の城門を出る馬車の中、
アイリスは母の写真を見つめていた。
「殿下」
ライアンが、心配そうに声をかける。
「大丈夫ですか?」
「ええ」
アイリスは、晴れやかな笑顔を見せる。
「むしろ、今はとても清々しい気持ちです」
水晶と源泉の結晶が、かすかに輝きを放つ。
二つの光が混ざり合い、美しい模様を描く。
(これが、私の選んだ道)
(そして、これから創っていく未来)
街道は、陽光に照らされて輝いていた。
その先には、まだ見ぬ困難が待っているかもしれない。
でも、もう迷うことはない。
確かな絆と、揺るぎない決意。
そして、母から受け継いだ夢が、
彼女の心の中で、温かく灯っていた。
馬車は、月光の里へと走り続ける。
新しい物語は、ここからが本当の始まり。
春風が、アイリスの銀色の髪を優しく揺らしていった。