第3話「父王の真意」
商務会議の間に、緊張が満ちていた。
「では、月光の湯再建計画について」
宰相の声が響く中、アイリスは静かに立ち上がる。
父王も列席する中、彼女は水晶を取り出した。
今度は、湯けむりではなく、具体的な数字が浮かび上がる。
「まず、収支計画をご覧ください」
クライブが用意した緻密な計算。
各ギルドからの投資案。
そして、予測される経済効果。
群臣たちの間で、小さなざわめきが起こる。
予想以上の具体性に、誰もが驚いているようだった。
「しかし」
ある重臣が声を上げる。
「これほどの種族間協力が、本当に可能なのでしょうか」
その時だった。
「それについて」
意外な声が響く。
父王が、ゆっくりと立ち上がった。
「私から、一つの話をさせてもらおう」
会議の間が、水を打ったように静まり返る。
「二十年前」
父王は、懐から一枚の古い書状を取り出す。
「私は、一人の商人から手紙を受け取った」
アイリスの胸が、高鳴り始める。
「それは、月光の湯の当主からだった」
父王の声が、柔らかさを帯びる。
「種族を超えた交流の場を作りたい。
そのために、王族の理解を得たいと」
「まさか...」
レイチェルが、小さく息を呑む。
「当時の私は、断った」
父王の声に、悔いが滲む。
「種族間の軋轢が深まる中、
そんな理想論は危険だと判断してな」
会議の間に、重い空気が流れる。
「しかし、そこで私の妻が」
父王は、アイリスを見つめる。
「おまえの母が、直接その場所を訪れた」
アイリスの目が、大きく見開かれる。
(あの時の療養行は...)
「そして、私に告げたんだ」
父王の声が、温かみを増す。
「あなたは間違っている。
この場所には、確かな可能性があるのだと」
水晶が、不思議な輝きを放ち始める。
「私は、妻の言葉を信じられなかった」
父王は、深いため息をつく。
「そして、その決断が、あの戦争の一因となった」
会議の間に、衝撃が走る。
「だからこそ」
父王は、アイリスに向き直る。
「おまえには、母上の夢を実現してほしかった。
しかし、それは私からの押し付けではいけない」
(父上...)
「三つの試練を課したのは」
父王の瞳が、強い光を宿す。
「おまえが自分の力で、この夢を形にできるか、
確かめるためだった」
アイリスの目に、涙が浮かぶ。
それは、父への感謝と、母への想いが混ざり合った、
温かな涙だった。
「では、アイリス」
父王が、静かに問いかける。
「おまえの選んだ道を、もう一度聞かせてくれ」
アイリスは、深く息を吸う。
そして、水晶を高く掲げる。
すると、そこに浮かび上がったのは──。
月光の湯に集う、様々な種族の姿。
技術を教え合う職人たち。
笑顔で語り合う商人たち。
そして、心を癒やす人々。
「私は、この場所を」
アイリスの声が、確信に満ちて響く。
「母上の夢と、私たちの未来が重なる場所にしたい」
その言葉に、父王の目が、かすかに潤んでいた。
窓から差し込む陽光が、
水晶を通して七色の光となって広がる。
それは、あたかも新しい時代の幕開けを
祝福しているかのようだった。