第2話「ライアンの決意」
商務会議の朝を迎える前、ライアンは王宮の書庫で一枚の古い写真を見つけていた。
建設中の月光の湯。
その前で誇らしげに立つドワーフの職人たち。
そして、その中に──。
(祖父上...)
若かりし日の祖父の姿に、ライアンは息を呑む。
写真の裏には、小さな文字で記されていた。
《人族とドワーフの合同建築プロジェクト 成功の記念に》
「ライアン殿」
振り返ると、レイチェルが立っていた。
「その写真、気になりますか?」
「はい。実は...」
ライアンは、自分の出自について語り始める。
しかし、レイチェルは優しく頷いていた。
「知っていましたよ。あなたのお祖父様のことは」
「え?」
「王妃様も、よくお話しされていました」
レイチェルは、古い記録を取り出す。
「月光の湯は、最初から種族を超えた協力の象徴だったのです」
記録には、建設に関わった職人たちの名前が。
人族、ドワーフ、そして他の種族たち。
皆が力を合わせ、一つの夢を形にしていた。
「殿下は」
レイチェルの声が続く。
「あなたの中にある、その誇りに気付いていたのでしょうね」
(誇り...)
ライアンの胸に、温かなものが広がる。
自分でも気付かなかった、深い想い。
それを、アイリスは見抜いていた。
「私にも、できることがあるはず」
ライアンは、書庫の別の棚へと歩み寄る。
建築技術に関する古文書、種族間の取引記録、
そして、温泉療法の研究書。
「レイチェル殿」
ライアンの声が、強い意志を帯びる。
「商務会議の準備に、私からも提案を」
***
「殿下」
執務室のアイリスの前に、ライアンが一束の資料を差し出す。
「これは?」
「はい。種族間の技術交流に関する、過去の記録です」
そこには、驚くべき事実が記されていた。
月光の湯の建設を機に、
人族とドワーフの建築技術が融合し、
新しい様式が生まれていた事実。
「そして、これを」
祖父の残した技術記録。
ドワーフと人族、双方の特徴を活かした
独自の建築手法の詳細が記されている。
「ライアン...」
「この技術を、新しい月光の湯にも」
アイリスの目が輝く。
「素晴らしい提案です」
水晶が、かすかに光を放つ。
湯けむりが、二人の周りを優しく包み込む。
「私も」
ライアンは、真っ直ぐにアイリスを見つめる。
「殿下の夢の実現に、全ての力を」
その時、執務室の扉が開く。
「殿下、商務会議の準備が」
クライブが入ってきて、場の空気に気付く。
「...何か、良い物が見つかりましたか?」
「ええ」
アイリスは、満面の笑みを浮かべる。
「最高の切り札です」
レイチェルは、その様子を見守りながら、
小さく微笑む。
(王妃様)
(きっと、これが正しい形なのですね)
朝日が執務室を明るく照らし、
新しい一日の始まりを告げていた。
商務会議まで、あと僅か。
しかし、もう迷いはない。
二人の中で、確かな絆が、
新しい力となって輝いていた。