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第1話「揺れる心」

商務会議前夜、アイリスは王宮の庭園を歩いていた。


(明日、全てが決まる)


準備は整っている。

計画は完璧。

それなのに、どこか心が落ち着かない。


「殿下」


振り返ると、ライアンが静かに佇んでいた。

普段は常に彼女の傍にいるはずの副官が、この数日、距離を置いていたことに気付く。


「ずっと、言えずにいたことがあります」

ライアンの声には、珍しい迷いが混じっている。


「実は、私の母方の祖父も...」

彼は言葉を選ぶように間を置き、

「ドワーフだったのです」


アイリスの目が、わずかに見開かれる。


「だから、殿下の計画には、個人的な想いも...」

「ライアン...」


(そうだったのか)

彼の中にある、繊細な職人気質。

細部への強いこだわり。

それは、受け継がれた血のなせる技だったのかもしれない。


「でも、それを隠していたわけではなく」

「分かっています」

アイリスは、柔らかく微笑む。

「むしろ、今教えてくれて嬉しい」


夜風が、二人の間を通り抜けていく。


「私も、考えていたんです」

アイリスは、夜空を見上げる。

「この計画は、本当に正しいのかって」


商務会議に向けた準備は万全。

各ギルドの支援も約束され、

具体的な収支計画も立てられた。


「でも、それだけでいいのかって」

「どういう意味でしょうか?」


アイリスは、水晶を取り出す。

月光に照らされ、中の湯けむりが七色に輝く。


「数字では表せない価値があるはず。

お金には換算できない、大切なもの」


ライアンが、静かに耳を傾ける。


「あなたのように、誰もが胸の内に

様々な想いを抱えている」

アイリスの声が、確信を帯びていく。

「種族の壁を超えて、心が通じ合える場所。

それは、計算では表せない」


その時、水晶の中で湯けむりが大きく渦を巻く。

まるで、彼女の言葉に呼応するように。


「私の母は、それを知っていた」

記憶の中の母の笑顔が、蘇ってくる。

「数字や立場を超えた、

人と人との繋がりの大切さを」


「殿下...」


「明日の会議では」

アイリスは、真っ直ぐにライアンを見つめる。

「投資価値だけじゃない、

もっと大切なものを伝えなきゃ」


夜風が、再び二人の間を吹き抜ける。

その風は、どこか温かく、

希望に満ちているように感じられた。


「ライアン」

「はい」

「あなたの想いも、必ず形にしてみせます」


その言葉に、ライアンの目が潤む。

「...ありがとうございます」


庭園の木々が、そっと揺れる。

まるで、二人の会話を見守るように。


「そうだ」

アイリスは、突然思い立ったように言う。

「今からでも、計画を少し修正しましょう」


「え?」

「種族間の架け橋となる人材育成プログラム。

それを、計画に加えたい」


ライアンの表情が、明るく変わる。

「私にも、お手伝いできることが」


「ええ、あなただからこそできること」

アイリスは、確かな笑顔を浮かべる。

「明日は、きっと大丈夫」


水晶の中で、湯けむりが静かに舞う。

それは、かつてない程に美しい輝きを放っていた。


(お母様)

(私、やっと分かった気がします)


アイリスの心から、迷いが消えていた。

代わりに宿ったのは、

温かな確信と、新しい希望。


明日の準備は、まだ少し残っている。

でも、今はもう恐れることはない。


この計画に必要なのは、

完璧な数字だけじゃない。

人々の想いと、確かな絆。


それこそが、本当の意味での価値なのだから──。

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