第6話「資金調達」
商務会議の前日、アイリスの執務室は深夜まで明かりが灯っていた。
「再建費用の総額は、これだけ」
クライブが示す数字に、アイリスは静かに目を向ける。
五万金貨。
決して小さな額ではない。
しかし──。
「内訳を見せてください」
アイリスの前に、詳細な計算書が広げられる。
建物の修復費──グラウスの見積もり。
《職人たちは工賃を最低限に抑えることを約束してくれました》
設備費──ドワーフギルドの提案。
《温泉設備は、私たちの技術で》
庭園整備──エルフたちの申し出。
《薬草園は、私たちが責任を持って》
そして、魔族の探査による地下工事の効率化。
獣人たちの資材調達ルートの活用。
(皆、それぞれの形で...)
「殿下」
クライブが、新しい書類を差し出す。
「こちらが、各ギルドからの投資案です」
商人ギルド、職人ギルド、それぞれが出資を申し出ていた。
月光の里の再建を、将来への投資として。
「さらに」
レイチェルが、一枚の文書を広げる。
「これは、かつての月光の湯の会計記録」
そこには、驚くべき収益の記録が残されていた。
種族を超えた交流の場として、確かな経済効果を生み出していたのだ。
「投資価値は十分」
クライブが頷く。
「あとは、殿下の采配次第」
アイリスは、机に広がる書類に目を通しながら、
心の中で様々な想いを整理していく。
(お金の話だけじゃない)
(皆の想いと、経済的な価値と...)
その時、水晶が淡い光を放つ。
湯けむりが、書類の上を漂いながら、
不思議な模様を描き始める。
「これは...」
浮かび上がったのは、かつての月光の湯の姿。
大広間には、様々な種族が集う。
露天風呂では、立場を超えた交流が生まれる。
薬草園では、種族の知恵が交わる。
(そうか...)
アイリスの目が、輝きを増す。
「クライブさん、この投資案を」
机に広がる書類を指し示しながら、
アイリスは新しい提案を始める。
「各種族の技術と知恵を活かした、
新しい温泉療養の形を」
レイチェルが、興味深そうに耳を傾ける。
「エルフの薬草、ドワーフの温泉技術、
魔族の魔力管理、獣人の感知能力...
それぞれの特性を活かした癒やしのプログラム」
クライブの目が見開かれる。
「それは、面白い」
「さらに」
アイリスは、地図を指さす。
「交易ルートの中継点として、
文化交流の拠点として」
次々と言葉が紡がれていく。
それは、単なる温泉旅館の再建ではない。
新しい価値の創造。
種族を超えた可能性の実現。
深夜の執務室で、
未来への青写真が、少しずつ形を成していく。
「殿下」
レイチェルが、感慨深げな表情を浮かべる。
「王妃様も、きっと誇りに思われることでしょう」
アイリスは、水晶に手を当てる。
中の湯けむりが、優しく脈打っている。
(母上...)
(私なりの方法で、この夢を実現してみせます)
明日の商務会議に向けて、
準備は着々と進められていった。
窓の外では、明け方の空が僅かに色を変え始めている。
新しい朝の訪れと共に、
アイリスの挑戦も、また一歩前進しようとしていた。