表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/50

第5話「隠された協力者」

「商務会議を、一週間後に」


ヴィクター卿の声が、王宮の廊下に響く。

側近たちが慌ただしく行き交う中、アイリスは立ち止まる。


(商務会議...)


それは王国の経済政策を決定する重要な会議。

この時期の開催は異例だった。


「殿下」

レイチェルが、静かに近づいてくる。

「少し、お時間をいただけますでしょうか」


***


案内された離宮の一室には、意外な人物が待っていた。


「お久しぶりです、殿下」


かつて辺境貿易で財を成し、今は商人ギルドの重鎮として知られるクライブ・マーシュ。

その傍らには、エルフとドワーフのギルド代表も控えていた。


「まさか、皆様が」

「ええ、密かに会談を重ねていたのです」

レイチェルが説明を始める。


「商人ギルドの方々も、種族間の交易の必要性を感じていた。

ですが、そのきっかけがなかった」


クライブが言葉を継ぐ。

「月光の湯の再建は、絶好の機会です」


エルフのギルド代表が、一枚の地図を広げる。

そこには、各地の交易ルートが描かれていた。


「月光の里は、まさに交易の要所」

ドワーフの代表が、渋い声で説明する。

「かつては、種族を超えた交易の中継点でした」


(そうだったのですか...)


アイリスの目の前で、地図が輝きを帯びる。

水晶が反応し、湯けむりが地図の上を漂う。


クライブが、意味深な表情を浮かべる。

「ヴィクター卿の商務会議にも、私たちなりの準備がある」


「実は」

レイチェルが、古い記録を取り出す。

「これは、二十年前の商務記録」


そこには、驚くべき数字が並んでいた。

種族間交易が活発だった時代、月光の里は王国有数の商業都市として栄えていたのだ。


「つまり」

アイリスは、ゆっくりと理解していく。

「経済的な価値を示すことで」


「ええ」

クライブが頷く。

「保守派の懸念を、利益で押し切る」


その時、予期せぬ来訪者があった。


「これは、興味深い会合ですね」


振り向くと、そこにはヴィクター卿が立っていた。

アイリスの背筋が伸びる。

しかし──。


「私も、少し話を聞かせていただけますかな」


その表情には、先日の反発の色は見えない。

代わりに、どこか懐かしむような、温かな光が浮かんでいた。


「実は、私にも月光の里との縁がありましてな」

ヴィクターは、窓際に歩み寄る。

「若き日に、そこで人生を変える出会いがあった」


アイリスは、息を呑む。

エルシアの言葉を思い出していた。

温泉の力が、人と人を、種族を超えて結びつける──。


「殿下」

ヴィクターが振り返る。

「商務会議では、この企画を全面的に支持させていただこうと思います」


「ヴィクター卿...」


「ただし」

その声は、厳格さを取り戻していた。

「経済的な実現性は、しっかりと示していただきたい」


アイリスは、凛として頷く。

「はい。必ず、ご期待に応えてみせます」


部屋の空気が、柔らかく変化していく。

水晶の中で、湯けむりが優しく揺らめいていた。


「さて」

クライブが、新しい書類を取り出す。

「具体的な計画を詰めていきましょうか」


窓の外では、春の陽射しが降り注ぎ、

新しい季節の訪れを告げているようだった。


レイチェルはその様子を見守りながら、

小さくため息をつく。

「王妃様も、きっと喜んでいらっしゃることでしょう」


その言葉は、誰にも聞こえないほど小さかったが、

確かな希望の音色を持っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ