第4話「街からの手紙」
王宮の執務室に、朝日が差し込んでいた。
「殿下、失礼いたします。」
月光の里の状況報告の為、ライアンが戻ってきていた。
「月光の里からの便です」
ライアンが差し出した封筒の束に、アイリスは目を見張る。
大小様々な封筒。それぞれに、異なる種族の筆跡が並んでいた。
(これは...)
最初の一通を開く。人族の商人からの手紙。
《私の店の収益の一部を、月光の湯の再建資金として提供させていただきたく...》
次は、エルフの薬師から。
《薬草園の収穫物を、今後三年分お約束いたします。その売上げを、どうか再建の費用に...》
ドワーフの鍛冶屋。
獣人の革職人。
そして──魔族の宝石商からも。
《微力ながら、私たちにできることを》
《この街の未来のために》
《種族を超えた交流の場所として》
次々と広げられる手紙に、アイリスの視界が徐々に滲んでいく。
「ライアン...これ」
「はい。街の方々が、自発的に」
その時、一枚の古びた羊皮紙が目に留まる。
差出人は、グラウス。
《若き日の私は、父上と共に月光の湯を建てました。
種族の違いなど気にせず、ただ誇りある技を振るった日々。
あの建物には、私たちの想いが染み込んでいます。
今度は、この老いた腕と共に、私の持つ全ての技術を差し上げましょう》
「グラウスさん...」
そして最後の一通。エルシアからの手紙。
開くと、淡い光を放つ小さな結晶が零れ落ちる。
《これは、源泉の底から見つかった結晶。
かつて、この温泉が持っていた力の証です。
人々の心が動き始めています。
彼らの中で眠っていた何かが、目覚め始めているのです》
窓の外から、風が吹き込む。
手紙が舞い、それはまるで湯けむりのようだった。
「これが、私の守りたかったもの」
アイリスは、水晶を胸に抱く。
「種族を超えて、自然と心が通い合う場所」
その時、執務室の扉が開く。
「殿下」
レイチェルが、何かを抱えて入ってきた。
「これを、お見せしたいものが」
差し出されたのは、古い革の手帳。
開くと、見覚えのある筆跡が目に入る。
「これは...母上の」
「ええ。王妃様の日記です」
ページをめくると、そこには月光の里での日々が記されていた。
《この温泉には不思議な力がある。
心の壁を溶かし、人と人を、種族と種族を繋ぐ力が。
いつか、この国がこんな風になれば──
種族も立場も超えて、心が通い合える場所に》
「母上...」
アイリスの頬を、一筋の涙が伝う。
それは悲しみの涙ではなく、
確かな希望の証のように、温かかった。
「レイチェル卿、これを見せてくださったのは」
「ヴィクター卿との話の後で、思い出したのです」
レイチェルは、柔らかな表情を浮かべる。
「王妃様の夢は、今、殿下の中で生きている」
執務室の窓から、街の喧騒が聞こえてくる。
人々の声、商人の呼び声、子供たちの笑い声。
その全てが、希望の音色のように感じられた。
アイリスは立ち上がる。
母の日記と、街からの手紙を胸に抱きしめながら。
「お母様の夢、そして皆の想い」
「必ず、形にしてみせます」
朝陽に照らされた街並みの向こうに、
遥か彼方の月光の里が、
温かな光を放っているような気がした。