第2話「三つの試練」
玉座の間の空気が、一瞬凍り付く。
「三つの試練」
父王の声が、静かに響く。
「それを乗り越えられれば、おまえの決意を認めよう」
アイリスは背筋を正す。
手の中の水晶が、かすかに温かみを帯びているのを感じる。
「第一の試練」
父王が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「再建に必要な資金を、自力で集めること」
群臣たちの間で、小さなざわめきが起こる。
莫大な費用が必要なはずの再建計画。
それを王室の援助なしで調達せよというのか。
「第二の試練」
父王の声は、厳かさを増していく。
「この半年以内に、五つの種族それぞれから、正式な支持を得ること」
(五つの種族...)
人族、エルフ、ドワーフ、獣人、そして魔族。
戦後の今でも、わだかまりの残る関係。
「そして第三の試練」
父王の目が、真っ直ぐにアイリスを見つめる。
「最後の試練は、時が来れば告げよう」
アイリスの胸に、不思議な予感が走る。
父の瞳に浮かぶ光は、どこか懐かしいものを感じさせた。
「これらの試練、受けていただけますか?」
宰相が前に進み出る。
その表情には、どこか余裕めいたものが浮かんでいた。
(無理難題のように見えて...)
しかし、アイリスの心は既に決まっていた。
水晶の中で、湯けむりが静かに脈打つ。
「はい、お受けします」
その瞬間、広間の片隅で、一人の老臣が小さくため息をつく。
それは、かつて母の側近として仕えた人物だった。
「では、第一の試練から始めましょう」
宰相が書類を取り出す。
「再建に必要な予算案を、三日以内に」
「お待ちください」
アイリスは、水晶を掲げる。
再び湯けむりが広間に広がり、そこに映し出されたのは──。
グラウスが描いた詳細な設計図。
エルフの薬師による薬草園の計画。
魔族の調査による源泉の状態。
獣人たちの手による資材調達の見積もり。
「これが、私たちの計画です」
宰相の表情が、僅かに強張る。
予想以上の準備に、言葉を失ったように見える。
「街の人々が、既に動き出しているのです」
アイリスの声が、自信に満ちて響く。
「私は、彼らの想いを、必ずや形にしてみせます」
その時、父王の口元に、
かすかな笑みが浮かんだような気がした。
「では、アイリス」
父王が立ち上がる。
「試練の行方を、見守らせてもらおう」
玉座の間を後にしたアイリスを、
夕暮れの空が優しく包み込んでいた。
(さて...)
アイリスは、王都の街並みを見下ろす。
(本当の戦いは、これからですね)
水晶の中で、湯けむりが静かに舞い続けていた。