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5 鼻歌の魔女の娘は鼻歌の魔女を越えたい

※注意:この作品は「鼻歌の魔女は異世界でアニソン歌手になりたい」の16話のパラレルワールドです。

https://ncode.syosetu.com/n5502ic/16/

★ユリアナ七十七歳、日本戸籍上二十七歳(薫四十九歳、葵〇歳)




 臨月だ。私たちの華奢な十歳の身体にはこのおなかは大きすぎる。


 そして、おそらく子宮から分泌されているホルモンか何かによる警告。身体が自分の胸をもっと大きくしろと警告している。このちんけな胸ではおなかの子を育てられないと。


 本来、マザーエルフというのは、魂の宿ってない依り代を産み、自分の記憶と魂を移すことで転生する。そして魂を失った母体は動かなくなるのだ。飲まず食わず死を待つ身体でも二年間生き続け、転生した自分に母乳を供給するために爆乳が必要なのだ。だから、本能は自分が爆乳になることを要求している。


 だけどそれは自分が転生する場合の話だ。私はルシエラを産んだときも死ななかったし、今回も死なない。魂の宿った身体で普通に食べて、赤ん坊に母乳を与えられる。その辺のところ、イレギュラーをやっているためか、本能さんは分かってくれないのだ。


 イレギュラーの発端は、ルシエラが使命を放棄するために、真北薫という三十六歳の冴えないおっさんの魂を召喚して、自分の魂の代わりに依り代に宿らせたことだ。これにより、本来二人いるはずのないマザーエルフが二人になってしまった。

 そのあとはマザーエルフどうしで交配したりしてやりたい放題だ。今ではマザーエルフだらけだ。



 向こうの世界では自分の屋敷で分娩していた。私はよく産婆をやっていた。胎盤にワープゲートをつないで、まず、赤子の肺に詰まった羊水を消滅させて、酸素を生成する。へその緒をレーザーメスの魔法で切って、治療魔法ですぐ治療。そして、念動で赤子をワープゲートに通して取り出すのだ。これがファンタジー世界の出産だ。


 でも、こっちの世界ではちゃんと病院に行って、産道を通して産まなきゃいけないんだよね…。というわけで、私たちは身体が小さいこともあって入院した。


 そして、二人、同時に陣痛がやってきた。自分には痛覚軽減でもかけておこう。赤子に治療魔法と防護強化をかけておこう。そうそう、赤子に祝福を…。ルシエラに安産祈願を。ルシエラからも安産祈願をかけてもらった。


 聖魔法でできるのは他人の幸福を実現することだけだ。私欲や悪事には使えない。でも聖魔法使いが二人集まれば、幸せの無限ループにできる。まあ、そんなことしなくても、多少多めに魔力をつぎ込めば、邪魔法で同じことができるんだけどね。


「うー、痛くなってきた…」

「軟弱じゃのぉ」


 向こうの世界で私は陣痛が来る前に無痛分娩してもらったので、この痛みは初めてだ。ルシエラは何度も自分を産んでいるので慣れているのだ。


 息みすぎて、おなかの子を潰さないようにしないと…。私は成人男性の十倍の力があるのだ。くしゃみでもしたら、おなかの子を発射してしまうかもしれない。まあ、ルシエラだって何回もやってるんだから、大丈夫だよね…。


 こうして私は二時間の格闘の末、無事出産。耳の長くない男の子だ。一応、病院で産むからには耳の長い子を見られるわけにはいかないと思っていたので、透視魔法でエコー検査してたんだよ。だから、耳が長くないことは知っていた。


 マザーエルフが人間女性に授けた子はハイエルフになる。ハイエルフが人間女性に授けた子はエルフになる。エルフが人間女性に授けた子はエルフか人間になる。

 だけど、人間男性からハイエルフやエルフに授けた子は、人間にしかならないことは分かっていた。だから、マザーエルフが人間男性から子を授けられても、エルフにはならないと踏んでいたんだよ。


 私はこの子に(あおい)と名付けた。


 そして、ルシエラの産んだ子も人間だった。こっちは女の子。水樹(みずき)と名付けた。


 葵は赤みがかった茶髪だ。水樹はプラチナブロンドだ。二人とも青とかピンクのファンタジーな色じゃなくて、地球人としてあり得る色なので、私みたいに魔法でごまかす必要がなくてよかった。

 向こうの人間の髪色は、魔力なしのニュートラル状態で灰色だ。そして薫はもちろん黒髪だ。だからダークグレーをベースに、魔法の属性のシンボルカラーを混ぜた色が、二人の髪色になっているようだ。


 葵の属性は火、時、邪の三つ。

 水樹の属性は雷、命、聖の三つ。

 人間の属性は三つが限界なのだろう。魔力もだいぶ小さい。小さいといっても、向こうの世界の王族級なんだけど。


 ルシエラを除けば、私が産んだ初めての赤ちゃんだ。生まれたときから筋力強化で筋トレするのじゃ子ではなくて、生まれたときは何も分からない赤ちゃん…。本物の赤ちゃん…。可愛い!母乳をあげていると、愛おしくてたまらない。

 私は転生したというのに、自分の前世の血を引いた子供のツラを拝めるとは思いもしなかったなぁ。


 葵と水樹を交換して、私が水樹に、ルシエラが葵の母乳をあげたりもする。産みの親からもらわなければならないことはない。そもそも、クローンである私とルシエラが同じ旦那から授かった子供は、生物学上二卵性双生児と同じで、どっちが親か区別が付かない。どちらも私の子で、どちらもルシエラの子だ。一応、水樹の親権は薫が持ってる。ルシエラは子育てしないので。いちおう、ルシエラから薫に養育費は払われている。


 二人は私とはあまり似てない。マザーエルフの遺伝子は子供の容姿にあまり影響を与えないみたいだということは向こうの世界にいるときから分かっている。だから、二人は白人と日本人のハーフというよりは、ちょっと外国人っぽい顔立ちの日本人という感じだ。

 だけど、改造前の薫とは違い、かなりのイケメンと美女だ。薫に「美しくすぐ成長する」をかけたとき、遺伝子レベルを意識した覚えはないのだけど。まあ、私には似てないけど、可愛さの数値は継承されたのかもしれない?


 日本では一夫多妻は認められていないから、ルシエラは結婚せずに子供を産んだことになる。だけど違法ではないようだ。ネガティブなことを言ってくるやつは魔法で黙らせるからいいよ。




 私は、結婚初夜に薫から子をもらったときから、なんだか薫のことを好きになってしまったみたいだった。TS転生者が男とベタベタするなんて考えられないとか思いながらも、薫のことがなんだか素敵に見えて…。


 ルシエラも同じだったようで、いつも大事なところを薫に見せつけて薫をからかっていたのに、逆に素肌を見せるのがは恥ずかしくなってみたいだ。まるで、初めて私と会ったときのツンデレルシエラみたいだ。あのときは、私の方が魔力が大きかったから、私が男役でルシエラが女役という配役ができあがり、ルシエラが私に一目惚れみたいになってしまった。今はルシエラの方が魔力が高いけど、それほど差がないためか、私は普段のルシエラに惚れるには至ってない。


 妊娠中の私たちは、その時のルシエラに似ていた。薫に魔力はないし、他の点でもたいした魅力はないのだけど、これは子供をもらったときの特別処置じゃないだろうか。薫を主人と認め、女役に徹するようにできているんじゃないだろうか。


 実際に、子供を産んでしまった後は、そういう気持ちが薄れていったのだ。もちろん嫌いになったりはしないけど、女の子として男を好きになるという気持ちがなくなってしまった。


 今思い出すと恥ずかしい。薫を慕う本物の女の子のような私…。いや、まあ本物の女の子になれたんだからいいじゃんか…。相手が男でも薫だったと思えばそれほど悪い気はしないし。




★★★★★★

★水樹六歳 (ユリアナ八十三歳、日本戸籍上三十三歳、薫五十五歳)




 私、真北水樹。今日から小学校に通うんだ。


 私にはユリアナ母さんとルシエラ母さん、二人の母さんがいる。二人は他の大人に比べるとだいぶ小さくて可愛い顔をしている。それなのに、大人として出ているところは出ている。最近、その体形を素敵に思うようになってきた。


 だけどある日、二人の母さんは異世界から来たマザーエルフという種族だということを父さんから聞かされた。マザーエルフは十歳から身長と顔つきが成長しなくなり、胸やお尻だけが成長していくらしい。だけど、私はマザーエルフではなくて普通の人間だから、そうはならないだろうと言われてかなりショックだった。


 それとは別に、私と葵は、小さいころから魔法が使えることを教えてもらっていて、鼻歌を歌うだけで思わず魔法が発動しないように訓練させられていた。もちろん、魔法の使い方も教えてもらっていた。


 魔法のメロディはおよそ一つ一つが人間の言葉に対応している。言葉を組み合わせて文を作って思いを伝えるように、魔法のメロディを組み合わせればやりたいことがどんどんできるようになる。そして、私は命魔法を使える!


「ルシエラ母さん、これはなあに」

「ららら……♪じゃ」

「それじゃあ、おっぱいのことはなんて歌うの?」

「ららららら……♪じゃ」

「お尻は?」

「らららら……♪じゃ」

「ここは?…この部分は?…身体のいい方、ぜぇんぶ教えて!」

「ここはらら…♪こっちはらら…♪……」


 ユリアナ母さんは、聞いても教えてくれないときがあるけど、ルシエラ母さんは何でもすぐに教えてくれる。

 こうして、私は身体の部分を表すメロディをすべて覚えていった。



 私は自分の部屋にこもって鏡を見ながら…、


「ふんふん……♪」


 私は「乳房がすぐに大きくなる」を歌った。お母さんたちと同じくらいの胸を思い浮かべて…。

 できた!おもっ!わあ…これが大人の胸…。服がきつくて破れそう…。でもなんだかそれが嬉しくてたまらない…。

 次はお尻!


「ふん……」

「これこれ、待つがよい」

「えっ、ルシエラ母さん?」


 いつの間にかルシエラ母さんが部屋にいた。


「それではユリアナに止められてしまうぞ」

「なんで?」

「前にも言ったであろう。魔法で急激な変化を起こすと怪しまれると。わらわとしては好きにやればよいと思うのじゃが、ユリアナはうるさいぞ。一度目を付けられたら、二度とやらせてもらえぬかもしれぬぞ」

「えええ…、やだ…。私、ルシエラ母さんみたいに小さくてもおっぱいの大きい大人になりたい」

「そういうのはな、分からない程度にゆっくりやるのじゃ」

「どうすればいいの?」

「『ららら(すぐに)♪』を『ららら(ゆっくり)♪』に変えてじゃな」

「うんうん」

「そうじゃな、十五歳ごろにわらわと同じ大きさになるように思い浮かべるのじゃ。十歳でこの大きさにしたらユリアナにばれるぞ」

「そっかぁ、ユリアナ母さん、口うるさいからなー」

「それからな、おぬしは十歳を超えると、わらわの背丈を超えてしまうじゃろう」

「えー、そうなの?私、ルシエラ母さんみたいに小さくて可愛いのがいい」

「十歳で急に成長を止めてしまうと、これまたユリアナにばれそうじゃから、今から背丈の伸びを緩めるのがよいじゃろう」

「うんうん!」

「あとは、顔つきじゃの。顔つきも今から成長を緩めるとよい」

「うんうん!」

「とにかく、十五歳でわらわと同じになるように思い浮かべながら魔法を歌うのじゃ」

「わかった!」

「ではその胸はとりあえず元に戻すがよい」

「ちぇー…。ふんふん……♪」


 さようなら、私の大きな胸…。また会う日まで…。しぼんでいく私の胸…。きつかった服に隙間ができていく…。それは私の心の隙間…。


「あとはな、わらわもユリアナも地獄耳じゃから、部屋にこもって小声で歌っても、この家におるかぎり聞こえてしまうのじゃぞ」

「えっ」

「幸い、今ユリアナは出かけておるからよかったが、家におるのがわらわではなくユリアナじゃったら、おぬしの計画はすでに潰れておる」

「げええ…」

「この部屋を防音の魔道具で囲ってやろう。……部屋の隅に、こうやって…、魔方陣を描いて…」

「わーい!ありがとう!」

「ではくれぐれもユリアナに見つからぬようにな」

「はーい!」


 すぐにルシエラ母さんのようになれないのは残念だけど、ユリアナ母さんに見つかって禁止されても困るから、ルシエラ母さんの言うとおりにしよう。



「ららら…♪ららら…♪ららら…♪………」


 私は十五歳のときにルシエラ母さんのようになることを思い浮かべながら、「乳房がゆっくり大きく美しくなる」「お尻がゆっくり大きく美しくなる」「くびれがゆっくり細くなる」「顔つきがゆっくり大人になる」「肩幅がゆっくり華奢で狭くなる」「腕がゆっくり華奢になる」「首がゆっくり華奢になる」「背丈がゆっくり大きくなる」「脚がゆっくり長くなる」「肌がゆっくり薄い色になる」を歌った。


 どうせなら、ルシエラ母さんよりも可愛くなっちゃおうかな。「顔つきがゆっくり可愛く美しくなる」を加えて、ルシエラ母さんよりも可愛くてちょっとだけ胸が大きくてくびれが細くて…を思い浮かべた。


 魔法はメロディを歌ってから時間がたつと効果が薄れるから、こういうのは毎日歌うといいらしい。




★★★★★★

★ユリアナ八十九歳、日本戸籍上三十九歳、薫六十一歳(葵十二歳)




 ユリアナとルシエラは、今日はライブの東京公演。

 楽屋で衣装の着付けが終わって、開演までのあと三十分の間、休憩していたところに薫からの電話があった。


『ユリアナ、今日のライブは見に行けそうにない』

「えっ、なんで?」


 今回は薫と葵、水樹をVIP席に招待していた。子供の二人はもう席に付いてると思う。薫はギリギリまで仕事をして来てくれる予定だったのだけど…。


『それが…』

「なに?べつに怒ったりしないから言ってよ」

『母さんが危篤なんだ』

マ・ジ・で…」


「マネージャー、ごめん!今日のライブ中止!」

「はぁ?なに言ってるんですかぁ!」


『(おい、ユリアナ!)』


 通話を切らないまま鞄に投げ入れられたスマホから、薫の声がこもって鳴っていた。


「ルシエラ、行くよ」

「慌ただしいのぉ」


 私はルシエラの手を掴んで楽屋を飛び出した。そして、ふんふんと加速魔法を口ずさみ、さらにワープゲートを出して、薫の会社に直行。


「あれ?もういない…?」


 私たちを追って廊下に飛び出したマネージャーの声を、私が聞くことはなかった。




★薫六十一歳




 薫が会社で仕事をしていたところ。妹の翼から電話を受け、母親が危篤と知らされた。


 それをユリアナに電話で伝えたのだけど、ユリアナは電話を切らずに話を終えてしまった。ライブの準備で忙しいのだろう。オレは実家に向かうために会社で帰る準備をしていた。そのときだ。


 オレのうしろからふんふんと変ニ長調のアニメ声が聞こえたと思ったら、周りの人の動きが突然止まったのだ。

 今のは時を止める魔法のメロディだった。もちろん、振り向くと蜃気楼のようなワープゲートから出てきたのは、


「ちょっ、ユリアナ、ルシエラ!って衣装…。ライブは?」


 二人はライブ衣装を着ていた。ユリアナは純白の天使のようなミニスカートの衣装。ルシエラは漆黒の悪魔のようなホットパンツの衣装。


「薫、病院の場所、教えて」

「えっと…、この場所だ」

「OK。ふんふん……♪」


 ユリアナはかなり早口で言った。加速してるんだろう。

 ユリアナは緯度と経度を確認して、地図アプリに載っている航空写真やユーザーが撮影した写真をちょっと見てから、変イ長調のワープゲートを口ずさんだ。


「ろく風景を思い浮かべられてないから、変なところに出たらごめん」

「えっ」


 オレはユリアナに手を引っ張られてワープゲートを通った。防護強化の魔道具がなかったら手が抜けていたかもしれない。



★ユリアナ八十九歳



 ワープゲートを出ると…そこは病室だった…。そうか…、私は母さんを思い浮かべたのだ。だから母さんのいる病室に出たのだ。座標がある程度あっていて、母さんを強く思っていたから、母さんのいる場所に当てはまったんだ。


「午後八時二十四分、死亡確認」


 医者が時計を確認して、何か書類に書き込んでいる時だった。

 私はその言葉に涙が溢れてきてしまった。


「かあさん!」


「うぅ…、うぅ…、って、えっ?アナ・エラ?来てくれたんだね!」


 顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた翼。だけど、私たちを見るなり涙を止め、目を丸くした。


「えっ、アナ・エラちゃん?」


 父さんも涙を流していたが、私たちを見て驚いている。アナ・エラちゃん…。


「ご家族の方ですね」


 医者は警戒している。


「ちょっ、アナ・エラよ!キャー!」


 看護師は感激している。


 本来なら突然現れた私たちのことを医者と看護師が不思議がったり警戒したりするはずだ。だけど、私たちに関する不思議は取るに足らないことであり、考えるまでもないように認識阻害されているので、たんに家族が遅れてきたと考えたり、人気アニソン歌手がやってきたことに感激したりすることしかできない。


「ふんふん……♪」


 私は医者と看護師の時間を止めた。


「母さん…。会えなかったか…。うぅ…」


 母さんの亡骸を見て涙を流す薫。薫も会いたかったよね…。


「えっ、兄ちゃん?さっき電話したばっかなのに…」

「薫なのか?」


「うぅ…母さん…、うぅ…ああぁぁ……」


 私は母さんの亡骸に覆い被さって泣き崩れた。


「ユリアナは母さんのために泣いてくれるんだね…」


 翼も同様に私たちに関する疑問は認識阻害されているので、なぜここにいるのかは疑問にならない。だけど、薫に関してはなぜ、となる。


「ふんふん……♪ふんふん……♪ふんふん……♪」


 私は母さんの時間を十分間だけ戻した。そして、治療魔法で話ができる程度に回復させ、意識を覚醒させた。痛みや苦しみを感じないように心を操作した。


「ん…、ん~…」


「母さん、分かる?」

「天使がお迎えに来たのかい。おや、悪魔もいるね」

「あっ…そうだった…」


 私たちはステージ衣装のまま来たのだった…。


「母さん!」

「おや、薫も来てくれたのかい」

「かあさあぁん…」


 薫は母さんに抱きついて、顔をぐしゃぐしゃにして泣き崩れた。


「なんだい、まだ死んでないよ」

「うぅぅ、かあさぁん…、あああぁ…」


 間もなく死んでしまうと分かっている自分の母親…。時魔法で戻した、かりそめの時間。治療魔法で少しだけ回復させたかりそめの命。


「母さんが生き返った…」

「母さん…」


 目の前の不思議な現象に驚いている翼と父さん。


「母さん、薫は幸せだよ」

「そうかい。ありがとうね、天使様」


 天使様だなんて、母さんはボケてしまって、薫と結婚したユリアナのことをよく覚えてないかもしれない。でも私は母さんから生まれた息子だ。今の私は薫ではないけど…。私はこの世界の薫の命を救って、薫に幸せになってもらうことで、母さんに私は幸せだよと知らせようとしていた。それでいいんだ…。


「薫も天使様に幸せにしてもらってよかったね」

「ううぅ…、うん……」


「さあ、天使様。私を迎えに来たんだろ。最後に薫に会わせてくれてありが……」


 母さんは事切れた…。


「「かあさああああぁぁん…」」


 母さんに抱きついてふたたび泣き崩れる私と薫。


「かあさあああぁぁん」

「母さん…」


 翼と父さんには、二度も死に目に会わせてしまって申し訳ない…。


「ユリアナ…、母さんに会わせてくれてありがとう」

「うん…」


 でも、薫を母さんに会わせてあげられてよかった。

 そして、私も母さんに会えてよかったし、薫が幸せなことを伝えられてよかった…。



「ユリアナとルシエラ、母さんに会いに来てくれてありがとう」


 認識阻害されている翼は、とにかくどうやってきたとか気にしない。衣装が場違いなことも気にしない。


「おい、ユリアナ、おまえ、ライブをほっぽり出して来たのか?」

「あっ、そうだ!えーっと…、まだ始まってない!あと三分!ふんふん……♪ふんふん……♪」


 部屋の時計を見ると、開始前三分だった。

 私はワープゲートを二つ出した。


「薫、こっちはVIP席へのゲートね」

「わ、分かった」

「えっ、もしかしてライブに行けるの?」

「まさかおまえ、行きたいとか…」

「いくいく」

「マジか…」

「父さん、後よろしく」

「えっ、いいなぁ」


 おいっ、おまえら、母さんが亡くなったばっかだってのに薄情な奴らだな!いや、認識阻害してるからちょっとおかしくなってるのかな…。


「なあ、この医者たちと、会社の人たちはどうなるんだ?」

「私たちが離れて五分くらいで動き出すと思う」


 医者と看護師は時間が止まったままだ。会社の人間は、もう五分たってるから動いてるかもしれない。薫の付近を除いて空間の時間を止めちゃったから、パソコンの時計が狂ってるかもね。


「じゃあ、いっか。行くぞ、翼」

「うん!」


 ルシエラはららら♪と邪魔法や心魔法を口ずさんでいる。いろいろとおかしな状況に疑問をいだかないように操作してくれているのだ。まさか、翼がライブに行きたくなるようにそそのかしたりしてないよね。


 というわけで、薫と翼はVIP席へのワープゲートを通って行った。

 私とルシエラはステージの上の方に開いたワープゲートを通った。



★翼五十七歳



 真北翼は少しふわふわとした気持ちで、蜃気楼のような何かを通った。そこは、ざわざわと観客が騒ぐ、ライブ会場だった。


 今回は母さんの調子が悪いから、ライブツアーについて行くのは見送ってたんだ。だから、まさかライブを見られるとは思ってなかった。それに、何ここ!VIP席じゃん!めちゃくちゃよく見える!


「父さん、やっときた。ねえ、どうな……」

「翼さん…なんで…」

「葵くん?水樹ちゃん?久しぶり」

「「えっ、お久しぶりです…」」


 VIP席には葵くんと水樹ちゃんがすでに座っていた。


 観客席からは、アナ・エラが行方不明で、ライブが中止になるかもという声が聞こえていた。そりゃそうだ。アナ・エラは今まであたしといたんだから。


 でも、もう来るはずだ。ほらっ、来た来た!


 舞台の上の方から不思議な光が差し込んだ。白い光と…、黒い光だ!黒い光じゃなくて、そこだけ光がないんだ!闇だ!悪魔の降臨みたい!


 そして、光の中からは…ユリアナだ!ユリアナが舞い降りてきた!純白の天使のようなミニスカートの衣装!さっき見たから知ってるよ!

 それから、闇の中からはルシエラが舞い降りてきた!黒い悪魔のようなホットパンツの衣装!こっちもさっき見たとおりだね!


 すごい!何この演出!観客も大歓声だ!


 しまった!あたし、ルシエラのコスプレしてきてない…。なにこのだっさい格好。急だったからしかたがないね…。


 そして、アナ・エラは数々の曲を可愛いアニメ声で奏でて、ライブは最高潮のうちに幕を閉じた。



 あたしは気が付くと、いつのまにか病院にいて、誰も寝ていないベッドの側の椅子に腰掛けていた。


「翼、起きたのか」

「あれ…、父さん…」

「おまえは疲れて眠ってしまったんだよ」

「あれれ…、悪魔のルシエラと天使のユリアナは…」

「テレビで生中継を見ていただろ」

「あれれれ…」


 テレビを見ながら眠っていた?


「そうだ!母さんは?」

「霊安室だ」

「そう…。今会える?」

「ああ」

「行ってくる!」



「母さん…」


 霊安室の母さんの顔にかかった布をどけると、母さんは安らかに眠っていた。最後に薫にも会えたしね。あれ?薫がまだ来るわけないじゃん。さっき電話したばっかだよ。あれれ?


 それに、あたしは母さんそっちのけでテレビでライブを見て、疲れて寝ちゃったの?夢の中でもライブを見てたのかな?やけに臨場感のある夢だったな。


 ごめんね、母さん。でもなんだか母さんも嬉しそうに眠っているし、あたしもなぜか晴れ晴れしい気持ちでいられるんだ。母さんもあたしが落ち込んでるよりそっちの方がいいよね。だから許してね。



★ユリアナ八十九歳



 ユリアナとルシエラはライブの打ち上げを終えて、家に帰ってきた。


「ただいまー」「今戻ったぞ」

「お帰り…。お疲れだったな…」

「うん…」

「記憶操作と認識阻害のオンパレードじゃったぞ」

「ごめんね、ルシエラ」

「ライブが終わってからタイムスリップしてくればよかったじゃろうに」

「今思えばそうだったね。どうせ間に合わなくて時間を戻しちゃったからね…」

「次はもっと計画的にやるのじゃな」

「次か…」

「父上殿の死期を未来視しておくがよい」

「そうするよ…」

「次は父さんだよな…。分かったらオレにも教えてくれ…」

「うん…」


 私は薫が一〇二歳で死ぬことは調べているのに、他の家族の亡くなる日は調べてなかったな。亡くなる予定の日に仕事を入れないようにしよう…。


「でも、本当にありがとうな。母さんに会わせてくれて」

「うん」

「それに、実の親でもないし、毎年正月だけの付き合いなのに、オレの母さんのためにあんなに泣いてくれてありがとう」

「あ、うん…」


 あれは私の母さんでもあったんだよ…。死んでも言えないけど…。


「葵たちは?」

「何時だと思ってるんだ。もう寝てるよ」

「そっか、そうだよね」


「明日、実家に送ってくれ」

「うん…」

「もうそんな悲しい顔するな。会えたんだから」

「そうだね」



 その四年後に、父さんにお迎えが来た。仕事を入れない理由が、父親の亡くなる日だからってのは言えなかったけど、とにかくオフにしておいた。だから、私も薫も、ちゃんと意識不明になる前に父さんに会えた。そして、父さんは笑顔で旅立っていった。


 父さんは、薫よりも私とルシエラに会えて嬉しいようだったけど。




★★★★★★

★葵十二歳 (ユリアナ八十九歳、日本戸籍上三十九歳、薫六十一歳)




 オレは真北葵。今日から中学一年生だ。


 オレには秘密がある。オレは魔法使いなんだ。

 炎を操る火魔法。

 少し未来を見たり、過去に戻ってやり直したり、速く動いたりできる時魔法。

 世の中の断りをねじ曲げる邪魔法。


 ユリアナ母さんは他にも九つの属性の魔法を使えるけど、それは母さんが人間ではなくてエルフだからだ。人間が使えるのが三属性までらしい。オレもエルフでキャラメイクしたかった。


 魔法を使うときは、腕を交差させて、両腕の腕輪に描かれている魔方陣を触れあわせる。すると、自分の声が半半音下がって、自分にしか聞こえなくなる。この状態で魔法の音楽を口ずさめば魔法の発動だ。


 腕輪には他にもいろいろな効果がある。オレが魔法を使っているところを見られても、魔法だとは思われないようにする邪魔法とかだ。


 オレは小さい頃から魔法の訓練をさせられた。そして、学校の音楽の授業では、魔法のメロディにならないように中途半端な音程で歌わないように心がけた。喉を加速させる魔道具を使った上で正しく聞こえる音程では、魔法が発動しないからだ。だけど、音程がずれたりして、魔法を発動させるのに必要な音程に近づいてしまうと、魔法が発動してしまう可能性もあるのだ。



 オレには腹違いの妹の水樹がいる。実質、双子の兄妹みたいなもんだ。ユリアナ母さんと双子のルシエラ母さんから生まれたんだから。でも、オレたちが本物の双子だったら、普通はどちらが先に出てきたかで兄か姉かが決まると思う。だけど、母さんたちは寸分狂いなくオレたちを同時に産みやがったから、上下関係がないんだ。まあ、オレたちは上下関係を争うことなんて全くない。


 水樹が持っている属性も三つだ。

 電気や光を操る雷魔法。

 力を強くしたり傷を治したりできる命魔法。

 他人に幸せを与える聖魔法。


 オレの魔法は悪役っぽくて、水樹の魔法は正義の味方っぽい。それに、水樹は筋力強化を使えるので、オレなんかよりもずっと力が強くて活発なんだ。けんかをするときは、水樹の動きは素で速いので、オレは時魔法で先読みしたり加速してやっと対等に戦える。


 一応、力を強くする魔法はルシエラ母さんがオレの腕輪に組み込んでくれたんだ。でも腕の力がメインで、脚はあまり力加減がうまくいかない。

 魔道具を使ってるオレと自分の魔法を使える水樹とじゃ、力の強さも細かい制御も水樹の方が上なんだ。



 水樹は小柄でとても可愛い。母さんたちはマザーエルフという種族だから十歳で身長の伸びが止まってしまったらしいけど、水樹は普通の人間のはずだ。十二歳になったいまでも八歳くらいの身長しかない。それなのに、出るところは出てきている。それもかなり。このまま行くと、十五歳ごろには母さんたちと同じくらいの体形になりそうだ。人間だけど、マザーエルフの血を引いているから、そういう体形になりやすいのかな。


 オレもマザーエルフの血を引いてるんだけど、男だからそういう風にはならないんだな…。まあ、胸が大きくなっても困るけど…。



 オレと水樹はユリアナ母さんに内緒でやっていることがある。変身ヒロインだ…。プリ・ヒラっていう、小学校高学年の女の子がハイヒールを履いたヒロインに変身して悪と戦うっていうアニメがあるんだ。それのマネだ。小学四年生の頃からやってるけど、これがなかなか楽しい。


 この世界に魔法のような力を持った悪はいないけど、犯罪者はそれなりにいる。オレたちは変身して犯罪者をとっちめたり、時魔法を使って事故を起こらなかったことにしたりして、人々を救っているのだ。


 ユリアナ母さんはあまり魔法で目立つことをするなって言うけど、ルシエラ母さんは面白ければ何でも協力してくれる。オレたちの衣装には邪魔法の認識阻害が組み込んであって、顔が丸出しなのに本人だと認識できないようになっている。正体が誰なのかとかも追求されないようにっている。顔丸出しなのに正体がばれないで戦い続けるのは変身ヒロインの嗜みだからな。


 だからこそ、オレはヒーローじゃなくてヒロインをやってるんだ…。スカートをはいて、ハイヒールを履いて…。でも、やってみると、けっこう気に入っていたりして…。

 オレはイケオジの父親と、この世の者とも思えないほど可愛い母親から生まれたハーフなので、けっこう女装がイケるのだ…。でも中学になったから、そろそろ限界かも。声変わりも始まったし…。


「なあ、ルシエラ母さん。オレを女にしてくれ」

「うむ、よかろう。らら……」


 ガツン。ルシエラ母さんはユリアナ母さんからげんこつを喰らって崩れ落ちた。


「なんで止めるんだよ!」

「急に女の子になったら、周りがびっくりするでしょ!」

「じゃあ、父さんが死んだら、オレもアニメ声の美少女にしてくれよ!」

「えっ…、どこでそれを…」

「ルシエラ母さんが言ってた」

「ルシエラぁ……」

「なあ、いいだろ」

「葵も寿命を終えたら向こうの世界に連れてってあげようとは思ってたの」

「そのときにアニメ声の美少女に転生!」

「ダメ」

「なんでだよ…。父さんばっかりずるい…」

「葵には向こうの世界でやってもらいたいことがあるの。それが終わったら、好きなものになっていいよ」

「何をやらせるんだよ」

「子供をたくさん作ってほしいの」

「マジか…」

「水樹もね。絶対音感を持つ二人の遺伝子を広めてほしいんだ。向こうの世界に行ったら、二人ともまず赤ん坊に戻してあげる。それで、成長したらお嫁さんをいっぱい用意してあげる」

「マ・ジ・で…」


 異世界でハーレムを作ってくれるなんて…。でもオレはハーレムよりもまず、アニメ声の美少女になりたいなぁ。水樹もけっこう可愛い声をしてるんだよな…。いいなぁ…。




 後日、ユリアナ母さんに見つからないように、ルシエラ母さんにまた相談した。


「ユリアナはうるさいのぉ。ではまず、アニメ声になれる魔法を腕輪に組み込むか」

「おお!すげー!」

「よく考えたら、おぬし、時魔法使いじゃろう。自分の喉のこの辺りを加速するがよい」

「それでいいの?ななな……♪(ここからキンキン声)うわっ、何これ」

「やり過ぎじゃ。一・四一倍でよいのではないか?半オクターブ上がるぞ」

「(キンキン声)ななな……♪(ここからアニメ声)どうかな…。おお!母さんたちの声みたい!」

「半オクターブ上がっておるから、魔法を使うときは半オクターブ高めに歌うがよい。ハ長調なら変ト長調じゃの」

「鍵盤で六つ上がるってこと?」

「そうじゃ」

「こんな簡単にアニメ声になる方法があったなんて…」


 オレの魔力は母さんたちに遠く及ばないから、ずっと魔法を使い続けているのは厳しい。だけど、発魔器の魔道具をもらっているので、発魔器でためた魔石の魔力を使えば、永遠にアニメ声でいられる。だけど、急にアニメ声になったら、みんなが驚くだろう。ヒロインをやっているときとカラオケくらいでしか使えないかな。はぁ…、やっぱり本物のアニメ声の美少女になりたいな。母さんたちみたいな。




★★★★★★

★水樹十二歳 (ユリアナ八十九歳、日本戸籍上三十九歳、薫六十一歳)




 私、真北水樹。今日から中学一年生。変身ヒロインやってます!


 私は六歳の時から体形をいじる魔法を使ってきたこともあって、かなり理想的な体形になってきた。いまだに八歳くらいの身長で、童顔で可愛い顔つき。肩幅や腕は華奢で子供みたい。それなのに、出るところは出てきていて、胸もお尻もクラスでいちばん大きい。


 クラスのみんなにはうらやましがられてるけど、私は金髪のハーフだからで通してる。顔つきは日本人に近いんだけどね。


 ユリアナ母さんにも、私が魔法で体形をいじってることはばれてない。ルシエラ母さんの言ったとおり、ゆっくりやってきてよかった。六歳で始めて十五歳で完成させる計画も、ようやく三分の二が終わった。そろそろ顔つきの成長は止めてもいいかも。母さんよりも幼くて可愛い。「顔つきがゆっくり大人になる」を「顔つきの成長が止まる」に変えよう。



 中学の制服が手に入ったら、まずスカートを股下ゼロセンチに改造した。股下ゼロセンチのスカートは、ユリアナお母さんの象徴だもの。私はユリアナ母さんみたいなエロ可愛い女子中学生を目指すんだ。


 私の魔法って、人を癒したり祝福したりって、マジでプリ・ヒラみたいじゃない?なんでこの世には悪の魔法使いがいないんだろう。聖魔法っていったら、浄化とかできそうなのに。あ、浄化は心魔法使いの仕事かな?


 まあ、変身ヒロインなんて夢みたいなことをいうのはそろそろやめて、大きくなったら、母さん譲りのアニメ声でアニソン歌手になるんだ。



「ねえ、ルシエラ母さん」

「なんじゃ?」

「私にルシエラ母さんの音楽スキルをちょうだい」

「おぬしは自分で勉強したりはせぬのじゃな?」

「私は母さんたちの上を目指すんだ。母さんたちが学んだところからスタートしてもいいじゃない?」

「そうじゃな。人間の寿命は短いから、わらわと同じことを学ぶ時間はもったいないな。よかろう。ららら……♪」

「ぎゃー」



 私は気絶していた。目覚めると頭が痛かった。膨大な量の記憶を移されたからだ。ルシエラ母さんは、ユリアナ母さんの心を頻繁にのぞいていて、ユリアナ母さんの記憶まで持っていた。音楽大学での四年間とアニメ専門学校での二年間。そして、アニソン歌手として活動している今までの十五年間。知識と経験、慣れとか、ありとあらゆるスキル。

 ユリアナ母さんの恥ずかしい失敗談みたいなのもあった…。教訓のつもりなのか、ただのいたずらか…。



「ルシエラ母さん、作ってほしい魔道具があるんだ」

「言ってみるがよい」

「声帯を速度と声量を、それぞれダイヤルで好きな速度と音量に変えられるボイスチェンジャー」

「よかろう」

「やった!ルシエラ母さん大好き!」

「似たようなものを葵にも頼まれたのぉ」

「そうなんだ…」


 私の声はユリアナ母さんよりも少し低い。声量もかなわない。なので、魔道具でドーピングだ。


 しばらくして、私の腕輪にボイスチェンジャーの機能を組み込んだものが完成した。


「ありがと!試してみるね」

「うむ」


「ふんふんふん…♪」


 私はハミングしながら、腕輪のダイヤルを回した。腕輪が二重になっていて、外側のが回る感じだ。周るリングは二つ付いていて、片方が音程で、もう片方が音量だ。まず、私が回したのは音程の方。


 喉の具合を変えてないのに、高く、そして可愛くなっていく私の声。


「わー!」


 六半音くらい上げると、ルシエラ母さんと同じくらいのアニメ声になった。いつもと同じ高さの声を出しても、アニメ声っぽさが違う。

 さらに上げると、さすがにボイスチェンジャーっぽくなってしまう。


「うっふーん…」


 今度は四半音下げてみた。するとアニメ声から少し大人っぽい声に。すでにルシエラ母さんでは出せないような色っぽい声だ。

 さらに四半音下げるとおばさん声に、さらに六半音下げると男の声に…。自分が嫌いになりそうなので、ここまでダイヤルを回してはいけない…。


 ああ、葵は声変わりしてきて、こういう気持ちなんだね…。それで私と同じくボイスチェンジャーが欲しかったんだ…。


 この魔道具は、普段使っている半半音上げる効果とは別に発動する。それと、ダイヤルは中途半端なところでは止まらないようになっているから、ダイヤルを半目盛り分回して半半音ずれていたものを正しい高さに補正するようなことはできない。


 それから、今度は拡声器の方。ダイヤルを回すと、ささやくような声でも大きな声でた。ああ、同じ音量でもハスキーボイスとかできるかも?アニメ声からは離れるので、あまり好きではないけど。




★★★★★★

★葵十五歳 (ユリアナ九十二歳、日本戸籍上四十二歳、薫六十四歳)




 オレは葵。今日から高校生だ。オレは完全に男声に声変わりしてしまい、ボイスチェンジャーで高くしても、もう可愛いアニメ声にはならなくなってしまった。


 オレはユリアナ母さんに使命を押しつけられて、寿命を終えてもすぐにはアニメ声の美少女に転生させてもらえないとわかってから、オレの夢を水樹に託すことにした。オレはオレで今できることをやるんだ。


「ルシエラ母さん、オレに父さんのITスキルをコピーしてくれ」

「ふむ。どうするのじゃ」

「オレたちは心魔法を使えないから、自ら他の人のスキルを盗むことができない。だから、スキルを電子データにして、電子データ経由で自分のものにする魔道具を作りたいんだ」

「なるほど。よかろう。夜、薫が帰ってきてからな」

「ありがとう」


 その夜、ルシエラは父さんからIT関係のスキルを抜き出して、それをオレに植え付けてくれた。



 父さんは小さなソフトウェア会社のプログラマー。四十代に見えるイケオジだけど、あと六年で定年だ。AI関連は専門じゃないけど、ある程度は扱える。オレもそう言うのに興味があって、中学に入ってからプログラムの勉強をしていた。


 ルシエラ母さんから教わった心魔法で得た記憶の出力方法は、今のところ、他人の脳にコピーするか、水魔法か土魔法で紙に印刷するか、雷魔法でプロジェクタ投影するかだ。音の記憶なら、風魔法で鳴らすこともできるらしい。だけど、映像でも音でもないものは脳にコピーする以外に出力方法がない。


 問題は、魔道具を使った場合は心魔法で吸い出した記憶の行き先を脳にできないことだ。吸い出した記憶は、基本的に術者が得るものだからだ。だから、術者のいない魔道具で得た記憶は、すぐに映像化することしかできない。魔道具でスキルをコピーする装置は作れていないのだ。


 そこで考えたのが、記憶データの電子化だ。何らかの形態を経由して、記憶を電子メディアに出力できれば、自分の脳にコピーする方法も作れるんじゃないかと。


 そこで頼りになるのがAIだ。父さんのパソコンは数十年先の未来から入手したもので、未来のAIソフトも入っている。AIなら、映像と音以外の記憶を電子データに変換して元に戻す方法を作れるとふんでる。


 とりあえず父さんのITスキルをもらったけど、父さんの知識ではたいしたことは分からない。


「ルシエラ母さん、情報系の大学や企業に潜入して、パソコンやAI関連のスキルを盗んで来てくれないか」

「おぬしは何を急いでおるのじゃ」

「オレは水樹に夢を託したんだ。水樹に音楽関係のスキルを世界中から集めてもらうんだ。そして、寿命を終えて異世界に行ってユリアナ母さんの使命を果たした後は、オレもアニメ声の美少女に転生させてもらって、その時に水樹のスキルをもらうんだ」

「なるほど。水樹にスキルコピーの魔道具を使わせるのじゃな」

「そうだ。あいつはすでに、ユリアナ母さんとルシエラ母さんの音楽スキルをもらってるんだろ?そこからさらに音楽スキルを身につけるのを目指してるんだ。だから、後三年間で水樹が大学に入るまでに、この魔道具を完成させたいんだ。水樹には海外のすごい音楽大学に留学してもらって、海外の偉人のスキルを盗んできてもらいたいんだ」

「なるほど。ユリアナもおぬしに厳しいことを言うのぉ。おぬしがこんなにもおなごになりたがっておるのじゃから、おなごの身体を与えて、邪魔法で元からおなごじゃったようにことわりを変えてしまえばよいものを」

「そうなんだよな…」

「よかろう。おぬしの魔道具作り、協力しようではないか」

「ありがとう!ルシエラ母さん!」

「わらわは情報系の大学や企業というのは分からぬから、スマホに場所を送っておくがよい」

「うん!」


 こうして、水樹最強化計画は始まった。


 オレが情報系スキルをルシエラ母さんに盗んできてもらったように、水樹の音楽スキルも盗んできてもらえば済む話かもしれない。だけど、ルシエラ母さんは父さんの死とともに異世界に帰ってしまうんだ。ルシエラ母さんがいないとスキルをコピーできないのでは困る。

 それに、スキルコピーの魔道具は、将来オレの子供も使うことになると思うんだ。オレの子供はオレよりもさらに属性数が少なくなるだろう。そうなったら、ルシエラ母さんがいなくなったときに、使える属性が本当に限られてしまう。




 そして、ルシエラ母さんがある程度のITスキルを盗んでオレにコピーしてくれて、しばらくしたときに、一台のノートパソコンと一台のスマホがオレの机に突然現れた。DOLLというロゴの一般的なパソコンメーカーのパソコンと日本のAV機器メーカーのSunnyのスマホだ。


「これはいったい…」


 パソコンにはメッセージカードが付いていた。「自分の夢のために使ってくれ。真北葵。二〇八〇年九月二〇日」


「マジか…」


 未来のオレだ。オレが今やろうとしていることを実現するために役立つソフトを入れてくれたに違いない。


 パソコンはオレの指紋でログインすることできた。中に入っていたのは…、心魔法で読み取った記憶を電子データに変換するソフト…。欲しかったものそのものじゃないか…。


 だけど、中のリードミーにはこう書いてある。このソフトは完璧じゃない。これをもっと良いものに改良する志を忘れないこと。そして、良いものができたときは過去にそれを送ること。


 これは再帰的な技術の進化をさせようとしているのだろう。未来の技術を得たオレは、これを進化させて未来のあるときから過去に送る。すると、それを送られた過去にオレは、さらに進化した技術を手にすることができるのだ。だけどそれを手にするのはオレじゃない。別の世界線のオレだ。


 時魔法による過去改ざんはタイムパラドックスが起きないようになっている。未来の情報を持ち込んで改ざんされた過去は、新たに作成された世界線にすぎない。新たに作成された世界線は、過去に情報を送った世界線とは無関係だから、過去に送る情報を作った世界線は過去改ざんの影響を受けたりはしないのだ。だから、オレが受け取った技術を進化させて過去に送りつけるというのは、オレのためじゃなくて、他の世界線の真北葵のためのものだ。


 じゃあ、自分のためにならないことなんてしなくていいじゃないかと思うだろう。だけど、そんな考えでいたのでは、オレはこの未来のパソコンを送ってもらえなかっただろう。このパソコンだって、他の世界線の親切なオレが送ってくれたものなのだ。多くの世界線の真北葵が他の世界線の真北葵のためにパソコンを送ってやろうと考えていなければ、この再帰的な技術進歩は実行できない。


 今回送ってもらったソフトは、一五四二回、再帰的に真北葵が進化させたものらしい。相当洗練されたものになっているはずだ。オレ数十年でこれを進化させて、一五四三人目の真北葵に送ってやらなければならない。


 この計画を最初に考えた真北葵は、きっと三年間ではスキルコピー魔道具を完成させられなかったに違いない。もしかしたら死ぬまでにできなかったかもしれない。それでも、次の世界線の真北葵が夢を実現するために、これを託したんだろう。




 スキルコピーの魔道具の原理はこうだ。人間の記憶を映像以外も含めて、雷魔法で一次元の電圧レベルにシリアライズする。ここに、AIを使わなければ変換できない膨大な変換ルールがあり、バカみたいな量の魔方陣をAIで生成するプログラムが用意されている。


 電圧レベルに変換された記憶は、A/D変換されて電子データに変換される。これで記憶を電子メディアに保存することができる。


 電子データをふたたび電圧レベルにD/A変換して、それを雷魔法でキャプチャする。それをAIで生成した、これまたバカみたいな量の魔方陣で記述した変換ルールで、心魔法で扱える形式に変換する。あとは、普通の心魔法で脳に書き込むことができる。


 ただ、AIによる変換ルールは完全ではない。扱えない記憶のパターンがあるのだ。未来の真北葵は、その部分を改良して次代に託せと仰せだ。




 パソコンの中には、他にもとんでもないプログラムが入っていた。


 風魔法で録音した言葉、または心魔法で得たイメージを魔方陣に変換して、それを雷魔法でプロジェクタ投影して、言葉やイメージ通りの魔法を発動するというものだ…。魔力も発魔器で作り出したものでいいらしい。魔力を持つ魔法使いが音楽を奏でることで魔法を発動させるという原理の根幹を破壊している…。


 ただし、あくまで魔道具なので、いくつかのことはできない。本来なら心魔法の魔道具で読み取った記憶は魔道具では人の脳にはコピーできないが、今回はその部分をAIで作ってあるので、それだけはできる。


 そうだ、スキルコピーの魔道具にも、誰のどういうスキルを抜き出すと指定するには、その辺りまで魔方陣に記述する必要がある。でも、言葉やイメージを魔方陣にする魔道具があればそれも簡単だ。


 ちなみにスマホにも同じソフトが入っていた。スマホもCPUやディスクのスペックが同じなんだけど、どういうことだ?

 それに、CPUの周波数こそ五ギガヘルツで、現代のものと大差ないけど、CPUのコア数が六五五三六個って何かの冗談だろうか…。ビデオカードも一〇二四枚入ってるらしいし…。




 それから、全種類の魔力を無尽蔵に作り出す発魔器の魔方陣もあった。今まで、心、邪、聖の魔力は、発魔器で作れていなかったのだ。


 原理は簡単。魔力を消費した魔石の時間を時魔法で戻すだけ。電池の電気を放出したら、放出前に時間を戻すだけでいいのだ。酷いバグ技だ。


 父さんに聞いた話だけど、昔からモンスターを育てるゲームというのがあるが、まだインターネットがなかったような時代、携帯ゲーム機のケーブル通信機能で、育てたモンスターを交換するというシステムがあったらしい。相手にモンスターを渡したら、当然元のゲームソフトからはモンスターは消える。だけど、消えた状態がセーブされる前に電源を切ってしまえば、相手にモンスターが渡っているのに、元のゲームソフトでモンスターを持っていた状態を復元できるのだ。こうやって、同じモンスターの複製を作ることができたという。


 時魔法でやっている魔石の魔力の無限回復は、それと同じ原理だな。あれ?魔石の魔力に限らず、物体でそれをやれば、いくらでも物体を複製できるんじゃないか?ある空間から物体を取りだして、空間の時間を物体のあった時間に戻してしまえば、あら不思議、物体が二つになっているじゃないか…。


 本当にひどいバグ技だ…。魔法を作った神様、大丈夫?突然アップデート来て修正されたりしないよね。


 時魔法はオレの十八番だ。オレの魔力ではそれほど長い時間を戻したりはできないけど、物体を取りだして元に戻すだけの時間なら数秒なので、魔力にはまったく問題がない。オレの時魔法は物体複製魔法になった!



 ちなみに、発魔器に使う時の魔力自体は、ある空間の時間が経過することを回生することで得られるので、時間を戻すための魔力を心配する必要はない。


 そうだ、スキルコピーの魔道具には心の魔力が必要だ。せっかくスキルコピーの魔道具があっても、ルシエラ母さんなしで心の魔力を補充できないのでは、ルシエラ母さんたちが帰った後には使えなくなってしまう。でも、心の発魔器ができたのなら話は別だ。



 あれ?スキルを電子データにできるのなら、それを未来から送ってくれればいいのに…。なぜパソコンにそれが入ってないんだ。


 もしかしてこの発想に至った真北葵はオレが初めてなのか?さっき、スキルコピーの魔道具を最初に発案した真北葵のことを考えたけど、偉人のスキルを電子化して過去に送ることを考えたのはオレが最初なのか…。


 いいだろう。オレがスキルコピーの魔道具を水樹や使わせて音楽の偉人のスキルを集めて、それを別の世界線の真北葵に送りつける最初に真北葵なってやろうじゃないか。

 どうせなら音楽以外の分野に関しても世界中の偉人のスキルを集めて、異世界に革命を起こしてやろう!そうだ!オレの子孫も巻き込んで、手分けしてスキルを集めるんだ!



 これらを公開する時期はユリアナ母さんと異世界に行ってからよく話し合うこと。だそうだ…。


 しかし、どうしよう…。本当にとんでもない技術が目白押しだ…。しばらくはオレの胸に秘めておこう…。




 オレは水樹の部屋を訪れた。


「なあ水樹。話がある」

「なに?」


 部屋に通してもらい、床に座った。


「おまえ、ユリアナ母さんたちの音楽スキルをコピーしただろ」

「バレてたか」

「この前カラオケに行ったとき明らかに違っただろう」

「えへへ」

「それで、おまえはさらなる上を目指すんだろ?」

「うん」

「じゃあさ、ユリアナ母さんたちのスキルからスタートするんじゃなくて、世界最高のスキルからスタートする気はないか?」

「えっ、どういうこと?」

「スキルをコピーする魔道具を作ったんだ」

「うそっ!魔道具にはできないはずじゃ?」

「それができたんだよ」

「マジか…」

「それで、おまえにはまず音楽のスキルを仕入れるだけ仕入れてもらいたいんだ」

「なるほどね」

「海外の音大に留学して、偉人のスキルをコピーしまくってきてほしい」

「いいよ。私、どんな手段を使ってもいいから、世界最強のアニソン歌手になる」

「それでいい」


 こうして、オレたちの異世界改革計画は始まった。地球中の知識やスキルを集めて、異世界の文明を進めるんだ。





 オレたちの道は決まった。オレはまず、高校教師のスキルをパクって、どんな大学でも通用する基礎学力を身につけた。もちろん、電子データとしても取ってある。


 だけど、これがけっこう容量を食うんだ…。未来のノートパソコンとスマホは信じられないような容量のディスクを積んでたけど、高校教師十人分も入れられればいいところだ。


 じゃあ、ノートパソコンじゃなくて自分の頭に入れておけばいいかというとそういうわけにもいかない。頭の容量も人生経験豊富な人の十人分くらいのデータしか入らないようなのだ。あまり入れすぎると、頭が痛くなってきて、痛みが収まらなくなる。


 オレはすでに、ルシエラ母さんからIT偉人のスキルを二十人分以上コピーしてもらったのだけど、頭が痛くなって途中でやめたのだ。しかたがないので、頭の中を整理して、取捨選択して十人分程度まで減らしたら、ようやく痛みや圧迫感がなくなった。


 ルシエラ母さんはそんなことなかったみたいだから、これは種族の違いなんだろうな。オレも早くアニメ声のエルフ美少女になりたい…。



 まあそれはさておき、これじゃ世界中の偉人のスキルを集められない。ノートパソコンとスマホの二台でも限界がある。


 しかし、ここでオレが思いついた物体複製魔法がある。ノートパソコンを机の上に置いて、三秒間で机の上から他の場所に移動させ、そして机の上を三秒前に戻す。するとあら不思議、ノートパソコンが二つになった。これで容量の問題は解決だ。なんか空間の体積に対してかなり魔力消費が大きかった気がするけど、三秒戻すだけなら何の問題もない。


 前の世界線の真北葵は、このバグ技に気がついていなかったのだろうか。だから容量の問題でノートパソコンにスキルを入れて送ってくることはしなかったのだろうか。いや、それだったらもうちょっとたくさんノートパソコンを買えば、開発初期に役立つスキルくらいは詰め込めただろうし、やはりスキルをノートパソコンに入れて送ること自体に気がついていなかったんだろうな。だから、スキルを次の世界線に引き継ぐのも物体複製魔法も、この世界線のオレが第一号なんだ。


 そうだ、このノートパソコンとスマホは何十年も後の信じられないようなスペックだから、何十年も使うことになるだろう。でもバッテリがそれほどもつとは思えないので、複製してマスターとして時間停止のアイテムボックスに入れておこう。


 ちなみに、バッテリの時間を劣化前に戻すという方法もあるけど、ノートパソコンもスマホも移動して使うから、空間の時間を戻す魔法ではやりにくいな。

 空間ではなくて物体の時間を戻す魔法というのもある。だけど、物体の時間を戻す魔法は、物体が分離されていたり、エネルギーを放出していたりすると、なくなっている部分の時間までは戻してくれない。

 やはり、マスターを時間停止して置いておくのがいいだろう。



 ちなみに、社会科とか覚える系の学問に対して、数学は容量が少ないかなと思ったらそうでもなくて、計算の慣れみたいなものには意外に容量を食う。知識よりも慣れの方が言葉で表しにくいということか。そういうのはAIが変換ルールを作っているので、細かいところまでは手を入れにくい。

 まあ、ノートパソコンとスマホはいくらでも複製できるし、一人の脳みそがノートパソコンの容量を上回ることもなさそうだから、多少容量が大きいくらいなんとかなるだろう。




 せっかくノートパソコンをコピーできるんだから、中がどうなっているか知りたくて、壊すの覚悟で開けてみた。すると…、中は魔道具になっていた…。異次元収納に繋がっている。メンテナンスモードというボタンがあったので押してみると、異次元収納のゲートが広がったので、中に入ってみた。すると、中は巨大なスーパーコンピューター室になっていた。これはノートパソコンじゃなかったのだ。


 どおりでCPUが六五五三六コアもあるわけだ…。ビデオカード一〇二四枚も本当なんだろう…。


 異次元収納の中はちょっと寒くてからっとしている。コンピューター室は冷房をガンガンに効かせておくものだ。空間冷却の魔道具がいっぱい並べられている。


 コンピューター室にはディスプレイモニタもいっぱいあった。魔方陣は何かに表示しないといけないので、魔方陣描画のプログラムは、いちおう外側のディスプレイにも魔方陣を表示できるのだけど、量が多すぎる場合は、中のディスプレイに表示しているようなのだ。


 もちろん、異次元収納を使った魔道具には必ず発魔器が入っている。魔石の時間を戻す原理の発魔器だ。大量のコンピューターやディスクは雷の発魔器の魔力で発声させた電気で動いている。


 発魔器にはメンテナンスフリーシステムが組み込まれている。魔方陣だって風化するのだ。だけど、ときどき魔方陣自体の時間を劣化前に戻すことで、風化による故障を防ぐようになっている。


 それと同じ仕組みがコンピューター自体にも施してあった。まず、コンピューター自体が同じもの三台の冗長な構成になっていて、すべてに同じデータが書き込まれている。そして、一定時間がくると、他の二台をそのままにして、一台の時間を戻して新品同様にリフレッシュする。リフレッシュが終わったら、他の二台からデータを書き戻すのだ。RAIDシステムで故障したディスクを交換する仕組みに似ている。それが定期的に自動で行われるのだ。


 じつは、コンピューター全体を時魔法で一〇〇〇倍に加速しているらしく、そのおかげでとんでもなく高速処理ができるのはいいが、そのかわりに劣化が速いらしい。だからリフレッシュも一日ごとに行っているようだ。一日で三年分劣化するんだもんな。


 なるほど。マルチコアを活かせない処理も、なんだかめちゃくちゃ速いと思っていたんだ。実はCPU単独でも五ギガヘルツじゃなくて五テラヘルツ相当だったのだ!



 ちなみに、スマホの方にもSIMカードスロットの中にメンテナンスモードのボタンがあって、パソコンと同じように異次元収納の中にスーパーコンピューターが置いてあった。通りでスマホがパソコンと同じスペックなわけだ…。



 それにしても、二〇八〇年のノートパソコンとしては、さすがにちょっとディスク容量が大きいと思ってたんだ…。


 あれ…、時間魔法による物体のコピーは、異次元収納の中にも及んでいたのか…。小さな空間を対象にしたわりには、やけに魔力の消費が大きいと思っていたんだ。中の空間までかってに含まれていたんだな。



 とはいえ、バッテリの劣化とか考えるまでもなく、メンテナンスフリーにする仕組みは最初から入っていたということだ。そのおかげでコンピューターの大きさにたいして容量は三分の一しかない。


 そうだ、ノートパソコンをコピーするんじゃなくて、中のスーパーコンピューターを増やそう。コンピューターは簡単に連結できる構成になっている。電源とか冷房も増やさないとな。異次元収納はほぼ密室なので、発熱が冷却能力を上回らないようにしないといけない。魔法はエネルギー保存の法則を平気で無視できるので、雷魔法で生み出した電力エネルギーが冷却魔法で奪うエネルギーを上回ってはならない。冷却の魔道具は、温度を二十度に保つようにフィードバック式になっているみたいだから、冷却の魔道具を多めにしておけば間違いないだろう。


 CPUやビデオカードもまるごと、デイジーチェーンで増やせるようになっている。六五五三六コアのCPUを簡単に一三一〇七二コアにできる。AIの処理はビデオカードがあればあるほど速くなる。


 水樹にも渡すんだから、たくさん渡してどれに何のスキルが入ってるかとか煩わしい管理をさせたくない。ひとつのパソコンにいくらでも入れられるようにしておきたい。


 スーパーコンピューターをコピーするには空間から移動させてから空間の時間を戻さないといけない。残念ながら、オレの持っている筋力強化魔道具ではキャスターが付いていても移動させるのはしんどい…。


 ああ、そうだ。オレには思い浮かべるだけで魔方陣を作ってくれる魔道具とソフトがあるんだ。


 オレは異次元収納の外に出て、パソコンに入っている魔方陣作成魔道具のソフトを起動して、念動でコンピューターを移動させるイメージを浮かべた。すると、パソコン画面に無数の魔方陣が出現。コンピューターをどこからどこに移動するとか、イメージがそのまま魔方陣のメロディ言語に変換されている。次々に切り替わる魔方陣。それと同時に異次元収納の中をのぞくと、コンピューターが移動していた。

 すげー…。オレ、全属性使えるじゃんか…。


 それから今度は自分の時魔法で、コンピューターの置いてあった空間の時間を三十秒戻した。これでコンピューターの数が二倍になった。


 スーパーコンピューターの配線を接続して、スーパーコンピューターの数が二倍になったぞ。

 同じことを繰り返して、スーパーコンピューターの数を四倍、八倍…、そし六十四倍に増やした。


 途中で異次元収納の空間が足りなくなったので拡張。時魔法で扱う空間も自分の魔力ではまかなえなくなってきたので、魔方陣作成の魔道具に頼ることにした。


 これで一〇〇〇人分のスキルは入れられるかな。足りなくなったらまた増やそう。

 スマホの方でも同じ作業をやった。スマホにも一〇〇〇人分入る。


 物体を増やす魔法は未来では思いついてなかったんだろう。これもオレが世界線初なんだろうか。最初にあったスーパーコンピューターは普通にお金で買ったんだろうな。




★★★★★★

★水樹十五歳(ユリアナ九十二歳、日本戸籍上四十二歳、薫六十四歳)




 私、水樹。十五歳になって私の身体は完成した。母さんたちと同じ、ロリ巨乳美少女だ。いや、母さんたちよりも胸を大きくしちゃったし、背丈も九歳相当で止めたし、顔も八歳の童顔で可愛いし、くびれも細くしたし、母さんたちよりもロリ巨乳美少女だよ。


 でも、私はユリアナ母さんたちが髪の毛やお肌の手入れをしているところを見たことがない。私は髪の毛や肌に治療魔法をかけたり、日焼け止めやコンディショナーを使って手入れしてるのに、母さんたちは治療魔法すらかけているところを見ない。


 それをルシエラ母さんに聞いてみたところ、エルフは何の手入れをしなくても髪も肌も傷まないらしい。髪は櫛でとかすこともなく通るし、日差しの下でずっといても日焼けしないらしい。なんだと…、エルフめ…、死すべし…。


 でも、魔法でなんとかする方法をルシエラ母さんが考えてくれた。髪はまっすぐになるとかで行けそうだ。日焼けは、ただ白く美しくなるというメロディだけじゃなくて、メラニンがどうとかこうとか、生物学に基づいて魔法を使えば、治療魔法で行けるんじゃないかと。


 とはいえ、私が魔法で身体をいじってることについて、ユリアナ母さんはなんとかだまし通せた。エルフから生まれた人間の娘も、そういう体形になることはあるんだなって。むふふ。



 そんなロリ巨乳美少女の私は、高校をすっ飛ばして、飛び級で令和音楽大学に入学。私はすでに母さんたちが大学で学んだことを脳にコピーしているから、音楽知識と歌唱や楽器演奏の技術を示して、飛び級入学を許可してもらったのだ。


 しかし私には令和音楽大学を卒業できるだけの知識と技量がすでにある。だけどまあ、ユリアナ母さんは歌唱技術については自分で磨くことにこだわっていたから、他の人からスキルを盗んでいないようだ。他にも、楽器演奏や音楽センスみたいなものは盗んでないみたい。


 私は入学して間もなく、葵からスキルコピーの魔道具とスマホを渡され、音大の教師のスキルを頭にコピーしていった。まあ、母さんたちが卒業してから二十年で教師の大半は替わってるし、多くの人からスキルを取り入れた方がいいだろう。


 と思っていたのだけど、あまりたくさんの人のスキルを取り入れると、頭が痛くなってくることが発覚。重複やいらないスキルは取捨選択して、葵がくれたスマホに待避しておくことにした。


 ルシエラ母さんはいくら人のスキルを盗んできても頭が痛くならなかったみたい。私はすでに母さんたちを超えるロリ巨乳美少女で、音楽スキルも見境なく盗んできて母さんたち以上だけど、それが限界ということか。


 葵はしきりに転生したがってたけど、私も異世界に行ったらエルフに転生したいな。だけど、私も異世界でたくさん子を産めって使命を課せられたんだよね…。ユリアナ母さん…鬼畜…。



 母さんたちは頑張っても十二歳程度の幼い声しかでないけど、私はボイスチェンジャーの魔道具を使ってあらゆる年齢の声を出せる。

 令和音楽大学では、私は、二十四年前に現れた双子の天才少女の娘だと認識されているけど、親の七光りなんて思われることは全くなく、親のレベルを余裕で超える鬼才と謳われるようになった。


 私は令和音楽大学に入学して間もなく、新たに取り入れた力を示すことで、オーストリアのウェーン音楽大学への留学切符をゲットした。

 もちろん、英語スキルもパクっていったよ。


 ウェーン音楽大学には世界の巨匠と名高いような指揮者や演奏者がたくさんいた。まずは人を選ばず魔道具でスマホにスキルをコピーしていった。だけど、人間の脳には経験豊富な人の十人程度のスキルしか入れられないので、令和音楽大学で盗んだスキルを、本当に必要な部分だけ残してスマホに待避しつつ、ウェーン音楽大学の巨匠のスキルを盗んでいった。一年間であっという間にウェーン音楽大学の最高峰上り詰めた私は、ウェーン音楽大学の卒業資格を得た。



◆水樹十六歳



 そして次にアメリカのジェリアード音楽大学に留学。ここでもまず全員のスキルをスマホにコピーしつつ、自分の頭のスキルを取捨選択して残し、より高いスキルを身につけていき、一年間でジェリアード音楽大学の卒業資格を得た。



◆水樹十七歳



 十七歳になった私は日本に帰国。世界の音楽の頂点に上り詰めたというのに、今度は日本アニメ専門学校の歌手コースに入学。日本アニメ専門学校は日本の最高峰のアニメ専門学校なのだ。ここでは私は、四十四歳になった今でも超絶な人気を誇るアニソン歌手、アナ・エラの娘として認識されている。


 私はすでにルシエラ母さんがアニメ専門学校で学んだことも、アニソン歌手として活躍した経験ももらっている。スタートは今のアナ・エラのレベルだ。最初から「もう教えることはない」と言われるのは重々承知でここに来たのはまあ、スカウトされるためなのと、音楽以外のアニメ関連技術も盗んでいこうと思ったからだ。


 異世界にはアニメがない。だから、異世界でアニソン歌手になりたいというのは、何のテーマソングでもない、あくまでアニソンっぽい曲の歌い手になりたいということなのだ。

 だけど、そうじゃなくて、どうせなら異世界にアニメ文化をもたらそうと思うのだ。だからアニメ製作関連の技術も全部もらっていこうかなと。


 頭の中に全部は入らない。音楽大学で盗んできたスキルはスマホに全部コピーしてあることだし、あまり使わなそうな楽器のスキルを削除して、アニメ製作関連の知識を少し入れておこう。もちろん、頭に入らない分もスマホにもらっていく。



◆水樹十八歳(ユリアナ九十五歳、日本戸籍上四十五歳、薫六十七歳)



 そんなこんなで、日本アニメ専門学校でも飛び級で卒業資格を得て十八歳で卒業。そして、晴れて、天才アニソン歌手としてデビューしたのだ。


 怒濤の三年間だった。でも人間の寿命は短いのだ。いや、寿命を延ばす命魔法くらい知ってるのだ。だけど、私たちは寿命を終えたら異世界に行きたいので、寿命を延ばすつもりはない。


 だけど、容姿が老化しないくらいは弄ろうと思う。ちなみに、この三年間だって、身長や顔つきが成長しないようにするとか、折れそうなウェストを維持するとか、私の身体は弄りまくりなのだ。でも、ネイティブで超絶可愛い母さんたちに対抗するには、魔法でもなんでも使うしかない。


 ちなみに、胸の大きさに関しては三年間止めていなかったので、さらに成長した。母さんたちはEカップだけど、私はFはある。私はすべてにおいて母さんたちを超える存在になるんだ。



「おめでとう、水樹。今日から同業者だね」

「よくぞ頑張ったな。褒めて使わす」

「ありがとう、ユリアナ母さん、ルシエラ母さん」


 デビューソングは母さんたちとの共演。いいのかな。私と共演すると、母さんたちがかすんじゃうよ?まあ、名声はもらってあげるよ。


 私は飛び級で海外の音楽大学を卒業してきたことなど、経歴を公開した。早くも親を超えるスーパースターの登場と噂されている。


 私がスキル盗み放題なのを何も知らないユリアナ母さん。人から盗んだスキルで母さんの上に立つことに後ろめたさはない。母さんは最初からマザーエルフというチート種族なのだから。


 私がやってきたことをすべて知っているルシエラ母さん。今もこっそり私の心をのぞいてるかもしれない。ルシエラ母さんはすべて知った上で、私のことを応援してくれる。


 私の女神はルシエラ母さんだ。ユリアナ母さんは悪魔だ。二人の衣装は、いつも逆だけどね。



 こうして私はアニソン歌手としてデビューを果たした。アナ・エラと共演したデビューソングは、アナ・エラのベストヒットを更新。


 母さんたちは歳を取らない。身長差があるから姉妹くらいには見えるかな。いや、母さんたちは白人だけど、私は日本人にかなり近いハーフなことも相まって、親子にも姉妹にも見えないかもね。

 


 その後、私はアナ・エラとはめったなことでは共演しなかった。私の歌の順位はアナ・エラと拮抗している。


 アナ・エラは双子ユニットという強みがある。同じ声質で完璧なハモリをしたり、片方が少女声でもう片方が幼女声になったりと、トリッキーなワザを駆使してくる。


 私だって技術では負けない。私はボイスチェンジャーの魔道具で、母さんたちには出せない大人の声も出せるのだ。母さんたちよりも幼女な容姿で大人の色気のある声で歌ったりして、ギャップ萌えなども駆使して母さんたちに対抗してる。


 ボイスチェンジャーの魔道具は腕輪に付いたダイヤルを回して高さや音量を調節していたのだけど、葵がイメージしただけで調節できる魔道具に改造してくれた。魔道具にイメージは反映できなかったはずなのに、葵、すごい!

 腕輪自体に認識阻害がかけられてるから、腕輪のリングを回していても不思議がられることはなかったけど、思い通りの高さにできるってのはやっぱり違うね。



 それから、母さんたちはいつもアニメ作品の一話だけ声優としてゲスト出演しているらしいけど、私は声優も本業の一つにした。アニメ専門学校でアニメ製作スキルも盗んできたくらいだもの。当然や声優や演技のスキルも盗んできたよ。


 ボイスチェンジャーを使えば、色っぽい大人キャラもできるし、可愛い乳児だってできる。もう、アナ・エラのゲスト出演はいらないよ。私がすべてのアニメに出演するから。




★★★★★★

★葵十八歳(ユリアナ九十五歳、日本戸籍上四十五歳、薫六十七歳)




 高校の三年間に、オレは盗んだITスキルで論文を書いた。それから、未来のパソコン入っていたAIのアルゴリズムなどをごく一部公開した。それがお偉いさんの目に止まり、十八歳で高校卒業と同時に、世界のIT企業Geegleに就職が決定。


 オレはアメリカにあるGeegle本社で働くことになった。もちろん、英語スキルもパクっていった。


 周りはITスキルの高いヤツばかりだ。オレの頭には十人分しかスキルを入れられないから、頭のスキルはどんどん入れ替えつつ、ノートパソコンには全部のスキルを蓄えていった。


 ちなみに、会社からはパソコンを支給されたけど、オレには未来のノートパソコンがあるのだ。未来のノートパソコンに認識阻害をかけて、支給されたパソコンに見せかけるようにした。

 そのときに気が付いたのだけど、ノートパソコンには最初から「未来のパソコン」には見えない認識阻害の魔道具が組み込んであった。まあ、もともとどこにでもありそうな安いパソコンの外観をしているのだけど。



 他の大手IT企業であるAmezonとかMacrosoftとかに出張する機会が得られた。オレはスマホを片手に、見かけた人間のスキルを全部パクっていった。


 もちろん、他のIT企業には普通スマホなんか持ち込めないので、スマホの存在を認識阻害して持ち込んだ。オレはこれでも邪魔法使いなのだ。



◆葵二十~二十二歳



 オレが二十歳になったとき、Geegleの日本支社に出張する機会があった。そのとき、日本支社のインテリな女性に一目惚れしてしまったんだ…。外見も眼鏡をして、タイトスカートをはいてハイヒールを履いて、いかにもできる秘書みたいな服装をしている。だけど、服の中身が十二歳くらいの幼い少女なんだ…。そのくせ、Cカップくらいのけっこう大きな胸をしている…。


 オレは適当な理由を付けて日本支社に出張するようになった。


 名前は七瀬春奈。少女にしか見えないけど二十五歳らしい。自分の容姿にコンプレックスを持っていて、少しでも強くかっこよく見せたいと思い、デキる秘書の格好をしている。実際に、かなりデキる女性だ。

 そんな背伸びしてでもがんばっている彼女を応援してあげたい…。守ってあげたい…。


 オレたちは互いに惹かれていった。仕事のパートナーとしても、そして、恋愛のパートナーとしても…。

 そして、あっという間に、


「春奈さん…、結婚してください」

「はい…」


 オレは片膝をつき、春奈さんよりやや低い目線になり、婚約指輪を渡した。


 翌年、オレには一人の息子、瑠衣ができていた。

 さらにその翌年、オレには一人の娘、優奈ができていた。




★★★★★★

★水樹二十~二十二歳




 水樹があるアニメのアフレコをしていたときのこと。


 このアニメの主人公は七歳の少年で、私は主人公に付きまとう同い年のヒロイン役。まずは役者どうしで挨拶。


「主人公役の天宮(あまみや)(たけし)です。よろしくお願いします」


 えっ、この子、女の子じゃないの?じゃなきゃ十二歳くらいの声変わり初期の少年にしか見えないんだけど。いや、やっぱり少年のフリをしてるボーイッシュな女の子にしか見えないんだけど。


 若い少年役っていったら、中性的な声を持つ女性が多いけど、剛って男だよね?めっちゃ強そうな名前だけど、この声で男なの?


「次、水樹ちゃんよろしく」

「あ、はい。ヒロイン役の真北水樹です」


 主人公役の剛くんについて考えをめぐらせていたら、自己紹介が遅れてしまった。

 なんだか剛くんのことが気になる…。


 私たちはそれからよく話すようになった。剛くんはこんなナリでも二十五歳。小柄で高い声にコンプレックスを持っている。だけど、親から声優の道に進むしかないと言われ、今に至る。


 服装はすごく男らしいんだけど、中身がとても可愛らしい少年だ…。いや、少年のフリをしている少女だ…。私に小柄とか可愛いとか言われたくないと思うけど…。

 そんな剛くんを応援してあげたい…。守ってあげたい…。


「ねえ、剛くん、結婚しよっ」

「えっ!」


 その翌年、私は娘の愛奈を産んでいた。

 さらにその翌年、私は息子の怜央を産んでいた。




★★★★★★

★薫七十一歳(ユリアナ九十九歳、日本戸籍上四十九歳、葵二十二歳)




 オレがユリアナと結婚して二十三年。オレはもう七十一歳だ。


 オレは小さなソフトウェア会社に務めていて万年平社員だった。でも平としては最高の位に就いていたし、後輩が昇進して幹部社員になってもオレのことをむげに扱ったりはしなかったから、とてもすごしやすかった。それもこれも、ユリアナが聖魔法で祝福してくれたおかげだ。そんな会社勤めも去年で終わり。七十歳で定年退職した。


 ユリアナと結婚してからはいろいろなことがあったなぁ。まず、ユリアナが息子の葵を産み、ルシエラが娘の水樹を産んだ。二人ともユリアナたちにはあまり似ていないけど、それはマザーエルフの性質によるものらしい。


 だけど水樹は体形だけはユリアナたちそっくりに育った。二十二歳になった今でも九歳くらいの身長と幼い顔立ちで、大きな胸にお尻、折れそうなウェストをしている。

 マザーエルフがそういう体形なのは十歳で身長と顔立ちの成長がゆっくりになってしまうからであって、それはエルフ全般にいえることなのだけど、人間でも同じ体形になるものなんだなぁとユリアナは不思議がっていた。


 そんな水樹は体形だけじゃなくて学校や職業もユリアナたちと同じ道に進んだ。十五歳で飛び級で音大に入学。しかも、海外の有名な音大に留学して、さらに帰ってきてアニメ専門学校入り、十八歳でアニソン歌手としてデビューした。音楽の知識も歌唱技術も世界が認める最高峰のものを持って、アニソン歌手としてアナ・エラの良きライバルとなっている。


 声優は副業のユリアナたちと違って、水樹は声優も本職としている。演技力も声のレパートリーも、ユリアナたちを超えている。ポンコツなオレの娘とはとても思えないほど優秀だ。



 息子の葵だって負けてない。


 まず、中学からパソコン関係に興味を持ち始め、あっという間にオレのプログラミングスキルを超えてしまった。

 高校生でありながら、論文を書いたり、AI技術の水準を進めたりする天才。大手IT企業の目に止まり、そのまま就職してアメリカに行ってしまった。


 今では世界のAI技術を支えているのは葵だという。本当にオレの息子なんだろうか。



 そんな天才の水樹と葵も、おととし二十歳のときに結婚して、今では二人ともそれぞれ二児の母と父だ。つまり、オレに孫が四人できたのだ。

 おれは四十八歳で結婚したというのに、七十歳で孫のツラを拝めるとは思わなかった。水樹も葵も飛び級して、本来大学に行っているような年齢で結婚してしまったからな。


 水樹の第一子は愛奈(あいな)(♀)。第二子は怜央(れお)怜央(♂)。

 葵の第一子は瑠衣(るい)(♂)、第二子は優奈(ゆうな)(♀)。


 水樹と葵はハーフであるにもかかわらずそれほど日本人離れした顔ではなかった。だから、孫の四人はなおさら普通の日本人顔をしている。まあ、幸いなことに美男・美女揃いではあるのだけど。


 だけど、困ったことに、四人の中には地球人としてあり得ない髪の色になってしまった子がいるのだ。愛奈の髪が緑がかっていて、優奈の髪が青みがかっているのだ。つまり、愛奈は木属性の魔力を持っていて、優奈は水属性の魔力を持っているということだ。


 ちなみに、怜央はほんのり赤みがかっている茶色で、瑠衣はほんのり黄土色っぽい茶色だ。この二人は火属性と土属性を持っている。茶色なら外国人で普通にある色だからいい。だけど、緑系とか青系の色素というのは地球人には存在しないのだ。


 幸いなことに、二人は魔力が低いので、ほとんど黒に少しだけ色が付いているという感じだ。だけど、強い光りがあたると、しっかり緑と青に見える…。こりゃ、銀髪よりたちが悪いかもしれない。


 結局、愛奈と優奈の髪は常に黒髪に染めることになった。その上で、生え際が少し緑がかったりして怪しまれるのを防ぐために、二人にはユリアナたちが使っていた認識阻害の魔道具を持たせることになった。二人の髪に関することについては、誰も考えられないようになるのだ。


 まあ、孫のことは、水樹と葵が考えることだ。認識阻害の魔道具は葵でも作れるのだ。


 仕事もなくなったオレは、あと三十一年間、娘と息子の出ていった家で一人、人気アニソン歌手の妻二人の帰りを待つ日々を送るだけなのだ。




 ちょっと話が前後するけど、さかのぼること数年。オレとユリアナは、過去の自分にパソコンとスマホを送ったのだ。


 ユリアナたちが日本にやってきてからすぐ、ユリアナに未来に行ってパソコンを調達してくるようお願いしたんだ。そうしたら、未来に行くまでもなく、未来からパソコンとスマホが送られてきたんだ。つまり、未来のオレたちが過去に送ってくれたのだ。だから、オレたちは過去にパソコンとスマホを送らなければならないのだ。


 スマホとパソコンを送った年代は別だ。スマホは先に、当時の最先端であった通信方式の5Gサービスが終わってしまったのだ。だから、5Gサービス対応の最後の端末を送る必要があった。


 一方でパソコンの方は、USBコネクタに挿す外付けの無線アダプタをあらかじめ買っておいた。USBのバージョンもどんどん上がっており、無線アダプタのUSB十二に対応している最後のパソコンを送ることになったのだ。


 パソコンには当時の最新ソフトや最新AIモデルなどを入れた。過去にオレが受け取ったパソコンに入っていたAIモデルよりも、当時のものは進化していた。葵が高校生のとき、AIモデルに関する技術を発表した後の話だ。


 葵が発表する前までは、オレのパソコンに入っていたAIモデルが世間に発表されたばかりで、オレは未来からもらったものをそのまま送ればいいと思っていたのに。でも、葵が新しいものを発表したから、急遽それを入れて過去に送ることになったんだ。


 やっぱり、オレにパソコンを送ってくれた世界線と、オレのいる世界線は別だということだ。オレは過去に違うものを送ることになったのだから。




★★★★★★

★ユリアナ一一〇歳、日本戸籍上六十歳(薫八十二歳、葵三十三歳)




 今日は私たちアナ・エラのさよならライブ。私は向こうの世界で生まれてから一一〇年になるのだけど、高校に入るときに偽造した戸籍上でも六十歳なのだ。私たちはもう、孫のいるおばあちゃんなのだ。だけど、私たちはいつものようにミニスカートとホットパンツで舞台に上がったのだ。


 声優とかアニソン歌手って、あまり顔を出さなければ永遠の十七歳でいる人も多い。だけど、私たちはけっこう顔を出しまくっていて、しかも永遠の十歳。突然しわを増やすのもおかしいし、第一、自分たちのおばあちゃんの姿を見たら自殺してしまうかもしれない。


 エルフにはよくある話らしい。エルフは五十歳で成人したら、二五〇歳まではずっと二十歳前半の容姿や体力をキープしているのだ。だけど、二五〇歳をすぎると人間と同じペースで老化して、三〇〇歳前には寿命を迎える。だけど、老化して醜くなっていく自分に耐えられなくて、自殺してしまうエルフも多いらしい。


 ちなみに、ハイエルフの場合は、成人が一七〇歳で、老化が始まるのが一〇〇〇歳くらいらしい。まあ、ハイエルフになると、自分の年齢をちゃんと数えている人はいないらしいからかなり適当だ。

 マザーエルフだと、たぶん成人が八〇〇〇歳くらいで、老化開始が五万歳くらいだと思うのだけど、私が現れるまで唯一のマザーエルフだったルシエラは、もちろんそんなに細かく数えたことはない。超適当だ。


 というわけで、ファンを騙すために、魔法を使っておばあちゃんコスプレなどしようものなら、ファンではなくて私たち自身ががっかりして自殺してしまうかもしれないので、絶対にできないのだ。だから、できることは、私たちはいつもの姿のまま、認識阻害や記憶の改ざんなどによって、「アナ・エラは歳をとってもう歌えなくなった」という事実を植え付けることだけだ。今日のライブはそのためのライブだ。


 もちろん、ライブに来ているファンなんてごく一部なのだけど、植え付けた印象をネットに拡散させるように洗脳もした。




「ユリアナ、ルシエラ。おかえり」

「ただいまぁ」「帰ったぞ」

「本当にお疲れ様。歳なのによく三十曲も歌いきったな」

「うふふ。私たちが歳?」

「えっ?えーっと…。ユリアナたちは今日六十歳で…。あ、でも、マザーエルフだから…、あれあれ、まだ人間の十一歳にもなってないんだっけか」

「うん。そうだよ」

「あれ…、なんで歳だから引退なんて思ったんだろう…」

「ごめんね、今日は認識阻害とか記憶改ざんで、そう思わせるようにしてあったんだ」

「なるほど…。そうだよな…。二人はずっと十歳だもんな。引退するのがおかしい」

「そうそう。だけど、ずっと歳を取らないまま人前に姿を出し続けるわけにもいかないんだよね」

「そうだそうだ、そういうことだった。思い出した」

「後はね、認識阻害で世紀の大スター、アナ・エラだってことを隠して、薫とのんびり過ごすよ」

「そっか!そうだよな!」

「薫の寿命まであと二十年だよ」

「まだそれだけあるのかぁ。でもようやくゴールが見えてきた!」

「それまで、好きなことして暮らそうね」

「おう!」

「じゃあ、明日はまずはカラオケ行こっか!」

「それはいいな。引退してもアナ・エラの曲を聴き続けられるのはオレだけだ」

「そうでしょう、そうでしょう。あとね、水樹の歌も歌っちゃおうかな。あの子の歌、超難しいんだよ」

「ユリアナが言うなんて相当だな」


 あと二十年かぁ。きっと一週間くらいにしか感じないんだろうな。一週間くらい、ずっとカラオケ漬けでもいいなぁ。




★★★★★★

★葵三十四歳(ユリアナ一一一歳、日本戸籍上六十一歳、薫八十三歳)




 オレは葵。春奈と結婚して十三年がたった。

 まさか、水樹も同じ年に結婚するなんて。水樹は結婚して姓を天宮と改めた。


 息子の瑠衣は十三歳、娘の優奈は十二歳だ。

 それから、水樹の娘の愛奈は十三歳で、息子の怜央は十二歳だ。


 オレと水樹は小柄なパートナーを選んだこともあって、子供たちもやや小柄に育っている。可愛い限りだ。


 優奈は春奈と同じで、ロリ巨乳な感じに育ってくれそうだ。もちろん、魔法でいじった水樹みたいに極端なレベルでないけど、小さいのに胸が大きくて理想的な体形だ。


 それに、愛奈の方も同じくロリ巨乳な感じだ。水樹の夫、剛は男だから分からないのだけど、剛の母親がロリ巨乳らしい。だから剛はロリ巨乳の遺伝子を持っているのだ。水樹のロリ巨乳センサーは遺伝子レベルでロリ巨乳を検知できるなんてすごいな。



 オレはGeegleのアメリカ本社勤めなのだけど、妻の春奈は日本支社勤めだ。別居状態かって?そうじゃない。日本に家を建てて、アメリカのアパートの部屋とワープゲートの魔道具で繋いであるんだ。オレは毎日、日本の家に帰って、可愛い妻と子供たちの顔を見ている。


 もちろん、春奈には魔法や異世界のことは話してある。水樹の旦那に対しても同じだ。


 水樹の一家とはご近所さんだ。オレたちは魔法使いなので、協力し合って生きている。


 オレと水樹の両家の人間は、寿命が来たときにユリアナ母さんに異世界に連れていってもらえることになっている。それは、互いの配偶者も同じだ。だけど、息子たちが世帯を持ったときに、その配偶者や子供たちまで連れていくかは現時点で未定だ。



 息子たちの魔力はオレの半分くらいだ。だけど、持っている属性は、瑠衣は土、優奈は水、愛奈は木、怜央は火だけだ。邪属性と時属性を使えるオレのようなトリッキーなことはできないのだ。それに、まだ魔方陣を描画して任意の魔法を使えるアプリのことも教えていない。


 息子たちには、異世界で知識チートできるように、地球で知識と技術を磨くように言ってある。オレはITスキル、水樹は音楽スキルを集めているから、できれば他の分野で。将来の伴侶も、できれば違う分野の人間がいい。


 そんなわけで、息子たちが高校を卒業したあかつきには、瑠衣には電子工学系、優奈には農業系、愛奈には医学系、怜央には機械工学系に行ってもらうことにした。




 それから時はすぎ、瑠衣が中学二年生のときにスキルコピーの魔道具と、魔方陣描画アプリを四人に渡した。それぞれの分野のスペシャリストになってもらうべく、良い高校に行かせるためだ。


 まずはオレが高校で教師から集めた基礎スキルを四人にコピー。ひとまず、受験勉強はほぼしなくていいだろう。


 高校に入る前から、集められるスキルは集めさせた。


 優奈には、学問とはちょっと違うかもしれないけど、とりあえず畑や港に行かせて、農家の人や漁師のノウハウを集めてもらった。

 愛奈には総合病院や大学病院に潜入させて、医者のスキルを集めさせた。


 他は、スキルの持ち主に堂々と会いに行けるようなところにはいない。怜央にはとりあえず、自動車のディーラーで少し離れたところから整備士のスキルをパクらせたりした。

 瑠衣には電子機器メーカーの前で出入りする人間を片っ端から漁らせた。


 オレも探してるけど、Geegleではハードウェアを扱っているようなところはあまりないし、オレのセキュリティカードではそういう区域には入れない。


 まあとりあえず、優秀な人物のスキルではないけど、その道でそれなりに経験を積んだ者のスキルを集めて、四人は大学に天才として入学。大学で知識人のスキルを集めまくった。


 さらに、海外の有名な大学へ留学。留学先では偉人のスキルを集め終わったら、今度は別の大学院でスキルを集めた。そして、その道の世界一のスペシャリストと言われるほどになった。



 四人はそれぞれ、世界の名だたる企業に就職したり、名門の大学で教授となったりした。


 瑠衣は世界一のCPUメーカーのOutelで、怜央は日本でトップシェアの自動車メーカーの富田自動車だ。


 優奈は大学院でスキルを集めるだけでなく、世界中を飛び回って、いろんな種類の植物を時間停止のアイテムボックスに集めて回っている。

 愛奈はアメリカで世界最高の外科医となり、ドクターIと呼ばれている。MRIもレントゲンもびっくりな、透視を使った病気の診断と、ときどき治療魔法を交えた強引な切除。間違えたらタイムリープでやり直せるから強気も強気。それらを時魔法による加速で人外の速さで行う。口癖は「私、失敗してもやり直せるので」。



◆葵五十歳(優奈二十九歳、ユリアナ日本戸籍上七十七歳、薫九十九歳)



 そんな息子たちも、それぞれの場所でパートナーを見つけた。パートナーは同じ分野のエキスパートが多い。


 愛奈の夫、翔馬は医学博士。

 優奈の夫、英一は遺伝子工学博士。

 瑠衣の妻は、OutelでCPUの設計をやっている。

 怜央の妻は、スマホのハードの設計者らしい。

 

 もちろん、パートナーにも魔法と異世界のことを話してスキル集めに協力してもらっている。


 中でも、遺伝子工学博士の英一がエルフにたいして多大な興味を持っており、ルシエラ母さんに会って遺伝子のサンプルを取っていた。もちろん、優奈やオレも遺伝子サンプルを提供させられた。オレたちは魔力を持っているだけの普通の人間ではないのだ。オレの髪は赤茶で水樹はブロンドだけど、どうやら地球外の色素でできている。青髪や紫髪の子供たちと変わらないのだ。


 医学博士の翔馬もエルフに興味を持っていて、しきりにルシエラ母さんを解剖したがっている。でも透視で我慢してもらった。透視映像の撮影のとき、ルシエラ母さんは平気で脱ぐし…。脱がなくても丸見えだってば…。


 ちなみに、透視も心魔法と同じで、魔道具では自分の頭に情報を送ることができなかったが、心魔法を同じ原理で電子データにできるようにして、スマホで録画できるようにしたのだ。



 息子たちにはそれぞれ、男の子と女の子がひとりずつ生まれた。今やオレも八人の孫持ちだ。八人の孫の中には、やっぱり青系の髪が生まれてしまったので、黒に染めるとともに認識阻害の魔道具を持たせることになった。


 息子たちは全員一属性持ちの魔法使いだったが、孫たちは半分しか魔法使いにならなかった。魔法使いになったのは瑠衣の息子、優奈の娘(雪菜)、怜央の娘、愛奈の息子だ。瑠衣の娘、優奈の息子、怜央の息子、愛奈の娘には魔力が発現しなかった。


 だけど、本人の持つ魔力はもう、あまり関係ない。オレたちには魔方陣作成のアプリがあるのだ。もともと魔力を持たないパートナーにも未来のスマホとパソコンを渡して、魔法を使わせているくらいだ。魔力もいらないし、イメージもAIがよしなに補完してくれる。


 ひとまず、孫(ユリアナのひ孫)の代にも魔法使いが生まれてしまったので、魔力を持っていない子にも魔法を隠し通すのは難しい。孫の代も全員、異世界に連れていってもらうことにした。




★★★★★★

★薫一〇二歳(ユリアナ一三〇歳、日本戸籍上八〇歳、葵五十三歳、優奈三十二歳)




 今日はオレの誕生日だ。


「薫、おめでとう」

「これ、どうすんだ…。一〇二本も立てやがって…」


 ユリアナの味がするケーキも、これで食い納めだ。それにしても、今回に限ってロウソクを一〇二本も立てるものだから、それに合わせてケーキも特大なのだ。


 まあ、こんな特大のケーキを用意してくれても、一〇二歳のオレの身体は受け付けない。魔道具のおかげで、主立った病気もないのだけど、老化には勝てないのだ。というか、勝たないようにしているのだ。


 オレはよぼよぼのじじーで、筋力強化を使ってやっと立てるような状態だ。そして筋力強化で力を使うと、すぐに筋肉が破壊されてしまうので、自動HP回復と疲労回復もセットだ。昔なら筋肉を鍛えるために治療魔法は控えていたが、今はもう自然回復力がほぼなくて、ムリに使った筋肉は二度と戻らない。


 それと、脳みそだけはハッキリしている。オレはもともと記憶力の悪いポンコツだけど、一〇二歳になった今でもボケてない。これもユリアナが何か魔道具に仕込んでくれているんだろう。



「そういや、オレが死ぬのは何月なんだ?」

「二月だよ」

「あと三ヶ月か…」

「二時間くらいに感じられるよ」

「だからそれはマザーエルフの感覚だろ」

「薫もそのうちそうなるよ」

「えっ、オレはマザーエルフになるのか?」

「うん。ルシエラの前世の身体をあげる」

「マジか…」

「ふんふん……♪ほらっ」

「うわっ」


 ユリアナが異次元収納から眠っているルシエラの身体を取りだした。ユリアナよりも少し大きい、そしてかなりの巨乳…。髪は身長の何倍もの長さがある。これがルシエラの前世の身体?そういえば、高校のときにこれくらいの胸にしていたことはあったな。


「おぬしはわらわの身体で遊び過ぎじゃ」

「大事に使っていると言って。この身体を若返らせて、薫の依り代にするんだ。リサイクルだよ」

「そ、そうか…」


 オレはルシエラ…、つまりユリアナと同じ姿になるのか…。なんだかとても嬉しい!ユリアナこそ、元祖ロリ巨乳少女だ!オレはユリアナになれるんだ!


 ユリアナは再び異次元収納にルシエラの身体をしまった。ルシエラの身体には魂がないので、放置していると飲まず食わずでそのうち死んでしまうからだ。それでも、とても生命力が強いらしく、二年は生きるらしいが。



 そして二月に入った。


「あと何日なんだ?」

「それがね、未来を見ちゃうと世界線が変わっちゃうから、結果が数日ずれたりするんだよね。もうだいぶブレが少なくなってきたけど、今朝見た限りだと、あと十五日」

「そっかぁ」

「一週間くらい前になったら、魂を抜いて危篤状態ってことにするね」

「んー。もう二週間なんだからいいだろ」

「どうせ一週間って十分くらいに感じるから、もうちょっと待って」

「だからそれはマザーエルフの感覚だろ」



「あと何日だ」

「七日」

「よし、もういいだろ。オレの魂を抜いてくれ」

「そうだね…。これでもちょっとは寂しいんだよ。次の身体みは魂も記憶も受け継ぐけど、薫の身体は火葬しちゃうんだよ…。タイムスリップすれば会えると分かってても、お別れはやっぱりつらいんだよ」

「それもそうだな…。悪かった…。でも異世界に行ったらオレは新しい身体で生き返って、ユリアナとまた会えるんだろ。寂しくないだろ。なっ?」

「そうだよね…。まあ、火葬は見たくないから、薫が死んだら私たちも死んだことにして、この世界をさっさと出ていくよ」

「ああ、そうしてくれ」

「それじゃあ、寝っ転がって」

「ああ」

「またね」

「またな」

「ふんふん……♪」


 オレはユリアナのロ長調のメロディを聴きながら、安らかに………。




★★★★★★

★ユリアナ一三〇歳、日本戸籍上八〇歳(葵五十三歳)




 ユリアナは重いスマホを取り、葵に連絡を取った。


『ユリアナ母さんか。そろそろだな?』

「うん…。救急車呼んだ」

『じゃあ、段取りどおりだな』

「うん。よろしく…」


 魂を失った薫は、呼吸をしているし心臓も動いているけど、意識が全くない。


「なんか臭い…」

「こやつ、クソを垂れおったぞ」

「あっ…」


 六十六年前と同じじゃないか…。自律神経で動く筋肉以外はすべて緩んでしまうから、うんちが漏れてしまった…。食べないでおいてもらえばよかった…。まあいいや…。この方がリアルだし…。


 でも…、


「う…、うぅ……」


 涙がこみ上げてきた。魂と記憶はお別れじゃないのに…。本人は転生できるのが嬉しくて笑顔をしていたのに…。それでも死を見るのは悲しいんだ。


「軟弱じゃのぉ。泣くでない。こやつはおぬしが全うできなかった前世を、代わりに全うしたのじゃろう。おぬしが全うさせたのじゃ」

「そうだよね…。でも…、今は泣かせて…」

「しかたがないのぉ…」


 薫を救いに来たのは、周りの人間のためだった。父さんと母さんと翼、それから会社の同僚とか友人を悲しませないため。

 母さんが亡くなるときに、私が幸せにやっていることを告げる代わりに、この薫が幸せであることを告げて、心安らかに逝ってもらった。父さんなんか、薫よりも私に会えるのが嬉しそうだった。


 目的は果たした…。日本に来て六十六年間。まだ二十四日くらいしかたってない感覚だけど。


 薫の魔道具を外した。自動回復はもうしないから、徐々に身体がほころび始めるだろう。


 救急車がやってきて、薫を運び入れた。私とルシエラは付き添う。もう目覚めないと分かっている薫に呼びかける演技をするのは、とてもつらかった。



 病院に運び込まれた薫は、点滴を打ったりして、なんだかんだいって予定どおり一週間で心停止した。自分で息の根を止めたのに、本当に悲しくて、私は薫の亡骸にずっとしがみついていた。

 べつに、それを意図してやったわけじゃないのだけど、私たちはもともと、薫の死がショックで、一緒にぽっくり逝ってしまうという筋書きになっている。私は空っぽになったように振る舞い…、いや、本当に空っぽになってしまった。


 知っていたよ、未来視で見ていたから。私が薫の亡骸の胸に顔をうずめて泣き崩れているシーンを。

 未来視で見る日にちをずらしながら、薫が搬送されるはずの近い総合病院の病室を透視であさって、薫がベッドにいる最後の日とか、いなくなる日を探していたんだ。そしたら、薫がベッドからいなくなる日の前日、泣き崩れている私を見つけたんだ、でも、それは偽装だと思っていたんだ。まさか本当に泣き崩れてしまうほどの気持ちになるなんて…。


「さあ、もう行くぞ」

「えっ…、うん…」


 私たちは、擬装用の遺体…、といっても、高校の文化祭でギンギツネとギンイロオオカミのコスプレに使った、銀色のケルベロスの毛の塊を自分たちに見立てて、薫が寝ていたベッドのそばでぽっくり逝ってしまったことにした。もちろん、認識阻害の魔法を強力にかけてあり、それが息の止まった私たちに見えるようになっている。


 私たちはこれでも、戸籍上八十歳なのだ。ぽっくり逝ってもおかしくないのだ。まあ、おかしいことでも邪魔法でおかしくないことにしちゃうのだけど。


「葵…、喪主よろしく…」

「ああ…。迎えに来てくれよな」

「うん。ふんふん……♪」


 私たちはワープゲートで薫とすごした家に戻った。もちろん、向こうの世界に持っていくべきものは今日までに異次元収納に入れてある。薫と結婚して五十三年すごしたこの家にお別れを告げに来ただけだ。


「さて、もう行くぞ」

「うん…」

「あのな、わらわは考えたのじゃが…………」

「なるほど…。それでいいよ…」

「ららら……♪」


 ルシエラが私と手をつなぎ、変ニ長調のメロディを歌うと、私たちは家から姿を消したのだった。




★★★★★★

★葵五十三歳(ユリアナ一三〇歳、日本戸籍上八〇歳、優奈三十二歳)




 葵は、薫とユリアナ、ルシエラの合同葬式の喪主を勤め上げ、帰路に就いた。


 父さんが一〇二歳で亡くなると同時に、ユリアナ母さんとルシエラ母さんが異世界に帰るのは、オレが幼い頃から聞かされてきたことだ。でも、オレたち子孫はオレの孫(ユリアナのひ孫)の代まで異世界に連れていってもらえる約束をしている。オレたちのそれぞれの命日に、ユリアナ母さんたちが迎えに来てくれるのだ。


 父さんの遺体は普通に火葬するけど、母さんたちの遺体は、異世界の魔物の肉や骨に防腐処理を施して、銀色の魔物の毛を被せたものに、母さんたちの強力な認識阻害をかけて、遺体に見えるようにしてある。


 オレは偽装がバレないかヒヤヒヤしながら、葬式の喪主を勤め上げた。


 悲しくなんかない。これはスタートだ。父さんは異世界でアニメ声の少女に転生させてもらえるんだ。うらやましい。オレなんて余計な使命を終えてからじゃないと転生させてもらえないのに。


 でも、悲しんでいるように見せないと怪しまれる。涙など出ないけど、涙を拭うフリくらいはしておいた。

 水樹は盛大に泣いている。だけどアレは演技だろう。演技スキルも世界一なのだから。



 世界のバランスを気にしてオレたちをなにかと縛り付けてきたユリアナ母さんはいない。オレたちはこれから好きにやるんだ。まあ、家を出てアメリカに行ってからは、かなり好きにやっているけど。


 でも、二つ返事でオレたちに協力してくれたルシエラ母さんもいない。オレたちは限られた魔法の属性しか持たないけど、魔方陣描画アプリがある。


 魔道具では。情報取得系の魔法が使いづらかった。記憶の読み取りや透視などだ。たいていは術者に知覚させるものであるため、術者がいない扱いの魔道具では、映像として出力するくらいしかできなかった。


 だけど、未来から送られてきた記憶の電子化プログラムのおかげで、たいていのものを任意の人間じ知覚させられるようになった。記憶の電子化プログラムを改造して透視映像も電子化できるようにしたのだ。


 もうルシエラ母さんがいなくても、オレたちはすべての魔法を使える。ユリアナ母さんがいないから、多少世界のバランスを崩してもお咎めもなし。




★★★★★★

★水樹六十歳(怜央三十九歳)




 私は世界に誇るアニソン歌手、水樹。六十歳。


 母さんたちが引退したのは六十歳だった。歳を取っても外見が変わらないことに疑問を持たないようにできるのは、ライブで直接母さんたちを見た人だけだったからだ。これは、本人を見た人に認識阻害の魔法がかかるようにトリガー発動させていたから。だからモニター越しに見た人には効果がなくて、いろいろと論議があった。それに限界を感じて、六十歳で引退することにしたのだという。


 認識阻害の魔法の基本的な使い方は、「その事実がありふれているものであることに変える」というものだ。ありふれたものは気にもとめない。道ばたに落ちている木の葉のようなもの。だから、六十歳なのに十歳の外見をしていることを、気にとめなくなる。ただし、人間の葵の魔力で使える認識阻害では、その効果範囲はかなり狭いし、あまり大それた事実もねじ曲げられない。


 だけど、葵はやってくれたのだ。魔方陣描画アプリと、無尽蔵に生み出せる邪の魔力で。この地球全体で「歳を取っても十歳程度の外見を保つ人種は、いるにはいるらしい」という事実を、邪魔法で作り出してしまったのだ。


 正確には、そういう事実のある世界線を新たに作って、葵と私の魂と記憶が移動したことになるらしい。この事実を知っているのは、魔法を使った葵と、そのとき一緒にいた私だけ。だけど、あまり大それた事実改変をしたり、自分や自分の祖先がいなくなってしまうような事実改変をしてしまうと、転移先の身体がなくなって自分たちが消滅してしまうから、気をつけなければならないらしい。

 タイムパラドックスが起こらない時魔法と違って、邪魔法による事実改変は、とても危険なのだ。だけど、生きて魔法を使える状態でさえあれば、元の世界線に戻ることもできるらしい。


 そんなわけで、私は、六十歳になっても外見の変わらない人種のルシエラの娘だと認識されて、晴れて、魔法とか異世界人とかいう疑問を持たれずに済むようになったのだ。もちろん、珍しいには珍しいけど、確実にいる種族の末裔であることが事実になっているので、それ以上追求されない。


 なので、私は六十歳になっても九歳の可愛い巨乳少女で堂々と人前に立ち、歌い続けているのだ。そして、アニメにも出演し続けている、永遠の九歳だ。


 だけどまあ、変わらないようにしているのは外見だけ。体力の衰えは感じる。筋力強化で鍛えてるから、まだまだ余裕だけどね。


 こうして、私は八十歳まで歌い続けた。踊りや振り付けはだんだん減らしていったけど。


 未来視で見た私の命日は一〇〇歳。どうやら、自ら治療の魔道具を外して、命を絶ったようなのだ。歌えないのなら生きてる意味がないし、早く次のステージに行きたいから、そうなるのも当然だよね。




★★★★★★

★葵八十歳(優奈五十九歳)




 孫(ユリアナのひ孫)たちも結婚して、それぞれ子をもうけた。オレももうひ孫持ち(ユリアナの玄孫)のひいじいさんだ。だけど、脳みそは老化防止してあるし、自動回復もしているから、まだまだしっかり歩ける。


 ひ孫たちは魔法使いにならなかった。属性数も、本当は整数じゃなくて少数で管理されていて、孫の時点で一を切っていたということかもしれない。


 孫たちには悪いけど、ひ孫の前では魔法や異世界のことを秘密にしてもらった。魔法を持たないひ孫たちは、異世界に連れていかないのだ。もし会いたければ、異世界でいろいろやらかした後に世界線をまたいでくればいい。


 実際のところ、魔方陣描画アプリを使えば、異世界に行けるかもしれないんだけど、母さんたちの異世界の座標というか場所のようなものや、時代を指定するすべがない。ワープゲートを開ける場所が緯度・経度情報よりも、その場所のイメージが重要なように、異世界に行こうと思ったら異世界のイメージが必要になる。ルシエラ母さんの記憶をもらっておけばよかったと今さら後悔した。

 まあ、後悔はいろいろある。でもタイムリープしてやり直す気なんてない。オレたちには第二の人生が待っている。


 後悔は、ノートパソコンに入れて、過去に送りつけてしまえばいい。物体複製魔法を考えたのも、スキルや記憶をノートパソコンに入れて過去に送りつけようと考えたのも、この世界線の真北葵が初めてだというのが悔やまれる。オレは他の世界線の真北葵に教訓を送って、手助けすることはできても、他の世界線の真北葵の教訓を受けとって失敗を避けることはできなかったのだ。


 オレはまずノートパソコンの異次元収納の中にあるスーパーコンピューターの数をさらに六十四倍に複製した。息子たちの集めたスキルを一つのパソコンに集結させるためだ。

 息子たちはそれぞれ、スキルを限界に近い容量まで集めていた。中には。個人でスーパーコンピューターを複製して、オレが渡した時の容量よりも多く集めている者もいた。


 息子たちは他人のスキルを集めるだけじゃなくて、それらを駆使した自分なりのスキルもパソコンに入れている者もいた。オレも自分で培ってきたスキルやノウハウを詰め込んでいる。オレが今までやってきたスキル集めの計画を入れてやることで、次の世界線の真北葵はもっと効率よく計画を進められるだろう。


 オレがパソコンに入れたスキルの分野には、息子たちは進まないかもしれない。そうなったら、大学や職場で出会ったパートナーには出会わないかもしれない。そして容姿や性格の違う孫が生まれるかもしれない。何かの偶然でひ孫にも魔法使いが生まれるかもしれない。まあ、他の世界線はIFの世界だ。他の世界線の真北葵や息子たちは、その世界線の真北葵と息子たちだ。よろしくやるだろう。


 オレはノートパソコンのデータの整理を終えた。スマホの中のスーパーコンピューターも拡張して、同じ内容をスマホにもコピーした。ノートパソコン自体とスマホ自体を複製した。


 そして、複製ではない方のパソコンの魔方陣描画アプリを操作して、六十五年前のオレにノートパソコンとスマホを送った。次の世界線の真北葵、がんばってくれ。

 ちなみに、オレの家ではなくて、実家に送らなければならないので、空間魔法との合成魔法だ。



◆葵一〇〇歳(ユリアナ一三〇歳)



 オレは一〇〇歳になった。未来視で見ていたけど、オレは腕輪の魔道具の治療魔法の効果を外して、自らほころびていくようだ。もう地球で生きている意味はあまりないし、早く転生したいんだから当然だな。あとは、心魔法で苦しむことなくいけるようにプログラムしておこう。


 妻の春奈、水樹と剛にもこのことを相談したら、三人とも同意してくれた。オレたちは治療の魔法が切れて、あっというまに身体がほころびていった。


 そのとき、それは現れたんだ。


「葵…だよね?」

「母さんたちか」

「老けたね…」

「母さんたちは変わらないな。マザーエルフは四十七年くらいじゃ変わらないか」

「そうじゃなくてね、私たち、向こうの世界に帰らないで、ただ地球で四十七年未来に飛んできただけなの」

「わらわの世界はこことは別の世界線なのじゃ。わらわの世界で四十七年やり過ごすことには何の意味もないのじゃ」

「なるほど」

「だから、さっき喪主を務めてもらった葵のこんな姿を見るのはつらいね…」

「父さんも言っていただろ。異世界で転生できるんだから、ハッピーなんだよ。まあオレは余計な仕事を与えられてるけどな」

「うっ」

「さあ、もういいだろ。オレは早く魂を抜いてもらって、異世界で目覚めたいんだ」

「わ、わかった…」

「荷物はそこな」

「はい…」


 もう、いつ連れてってもらってもいいように、荷物は異次元収納にまとめてあるんだ。


「おい、春奈!ユリアナ母さんが迎えに来てくれたぞ」

「はーい」


 オレはベッドに横たわった。


「オレたちのあとは、水樹と剛をよろしくな」

「うん…」

「それじゃあ頼む」

「いくね。ふんふん……♪」


 この歌声も久しぶりだな…。なんだかんだいって、母さんたちの声は好き………。




★★★★★★

★ユリアナ一三〇歳(水樹一〇〇歳)




 葵の魂を抜いて異次元収納に入れて時間停止させた。魂を抜く心魔法抜いた魂は、抜く時だけ青い光の玉が見えるけど、すぐに薄くなりながら天に昇ってしまうのだ。だから時間を止めておかなければ再利用できなくなってしまう。


 葵は転生させるんじゃなくて新生児に戻すだけだから、魂を抜く必要はないのかもしれない。だけど、危篤を装うのに魂を抜くのは丁度いい。それに、どうせ死亡したときに魂が出てきてしまうと思うのだけど、それは魔法で抜く場合と違って青い光の玉に見えないから捕まえようがない。それから、さすがに一〇〇歳から〇歳に戻す作業を意識があるままやるのも、本人がびっくりするかもしれない。そんなわけで、一度魂を抜くのだ。


「ユリアナ義母さん、ご無沙汰しています」

「春奈さん?」

「はい」


 葵のお嫁さん、春奈さんはもともと十二歳くらいに小さかったけど、いや、私に小さいといわれたくないと思うけど、歳を取って十歳くらいに小さくなっていた!私と同じくらい!可愛いおばあちゃんだ。

 さすが葵。私の息子だ。よくぞこの子を選んだものだ。


「私も一緒に逝かせてください」

「うーん、一緒に危篤になったらおかしいような」

「わらわたちがこの世界でおかしいのはいつものことじゃ。おかしいことは邪魔法で修正すればよい」

「そうだね。もい準備できてるんだね?」

「はい」

「それではベッドに」

「はい」


 春奈さんは意識のない葵の隣で横になった。


「もう、私にことわりもなく先に逝くなんて、よほど早く異世界に行きたいんですね」


「そうですね…。それでは。ふんふん……♪」


 春奈さんの魂を抜いて異次元収納に入れた。


 葵たちはもういい歳なので、この家にはお年寄りの監視システムがあり、しばらく活動がない場合は息子の瑠衣と娘の優奈に通知が行くようになっている。それに、命日のことは瑠衣たちも知っている。とはいえ、あらかじめ瑠衣たちに電話で知らせておくことにした。



 瑠衣の通報により葵と春奈さんは救急車で運ばれた。そして、一週間で死亡。


 葬式だ…。今度は遺体を回収しないといけないから、建物の外から透視でしっかり見ておかなきゃ…。火葬場に棺が入れられるのなんて見たくないね…。


 私は時魔法で加速して、火葬場の扉を閉じた瞬間を見計らって、ワープゲートで火葬場の中へ。そして、葵の遺体を異次元収納に回収して、代わりにダミーの魔物の遺体を置いた。もちろん認識阻害の魔道具も一緒に。不燃物だよ。そして、ワープゲートで脱出。再び透視に切り替えて、魔物が燃やされたのを確認。


 遺体の火葬が終わると、スタッフが「これは頭蓋の部分です」とか言って、骨を遺族で骨壺に入れる作業がある。だけど、出てきたのは魔物の骨なので、どこの部位かよくわからない。認識阻害されているので、「まあ、骨粗しょう症でもろいから原型をとどめなかった」くらいにしか思っていない。適当に粉々の部分を指して「この辺りが頭蓋でしょう」などと言った。瑠衣たちはこれが魔物だと知っているので、合わせてうなずいているだけだ。骨壺に謎の魔物の骨を入れ終わって、葬式はつつがなく終了。


 あと、水樹と春奈さん、剛さんで同じことをやらないとだね…。


「っていうか、ルシエラお願い…」

「軟弱じゃのぉ。死んでしまった者を回収して生き返らせる作業じゃのに、なぜそんな顔をする」

「葬式という儀式をけがしてるからかな…。人の死をもてあそんでいるというか…」

「しかたがないのぉ」


 後の三人はルシエラにやってもらった…。


 だけど、この後、瑠衣の命日に飛んで、瑠衣たちも回収しないといけないのだ。今度は八人だよ…。


 あっ、ひ孫を回収するところまでは決めてあったけど、玄孫をどうするか、葵に聞くの忘れた。瑠衣の命日に飛んで、瑠衣に聞こう…。


 私とルシエラは時魔法で瑠衣の命日に飛んだ。


 一〇〇歳になった瑠衣曰く、私の玄孫たちは一人も魔法使いがいないので、魔法や異世界のことを教えていない。だから、異世界に連れていくのはひ孫の代までと決定した。瑠衣たち孫の代はパートナー入れて八人もいるし、ひ孫の代は十六人いるのだ。玄孫まで行かなくてよかった。っていうか、玄孫なんてしらないし。



 ところで、ひ孫の代の回収中、ひ孫の家で見つけたものがあった。大手AVメーカーSunnyの一〇〇万くらいするカメラだ。私が高校一年のときに、未来から届いたカメラと同じ型だ。じつは、ひ孫が作ったらしい。ひ孫の魂を抜く前に、それを過去に送ってくれと頼まれた。


 カメラの内部ソフトウェアから魔道具を操作するようになっていて、カメラを念動で動かして手ぶれ防止したり、被写体追従したりする機能を組み込んだらしい。もちろん、そんなものを世に出したわけではなく、試作機をもらってきて、自分でソフトを組み替えて作ったらしい。


 しかも、遠視の魔法を使ってとんでもない倍率のズーム撮影したり、透視の魔法を使って人の家の中や、服の中をのぞいたり…、ってそりゃヤバいでしょ…。そんな機能は送られてきたカメラにはなかったはず…。ああ…、私たちが未来から送られたカメラをベースにして、さらに進化させたのか…。あの水着バトルを薫に盗撮させる気か…。まあ、違う世界線のことだから、もうどうでもいいや…。


 それにしても、透視や遠視まで魔法を使ったら、もはや五〇万のレンズも一〇〇万のカメラも関係ないじゃん…。




 ようやくひ孫の代の回収を終えた私たち。


「それではわらわの世界に帰るか」

「ちょっと待って。もう一人」

「なんじゃ、まだおったかのぉ」

「翼を連れていきたいんだ」

「好きにせい」

「それじゃあ、ふんふん…♪」


 過去視を使って翼の命日を調べて飛んだ。未来視じゃないから、見た時点で世界線が作成されて、結果が変わってしまうということはない。だけど、未来の情報を持った私たちが過去に移動したら、その過去の時点で世界線が新たに作成されて、私たちがいた未来とは違う世界線になってしまう。


 とはいえ、翼の遺体を火葬場から出して魔物の遺体と入れ替えたなんてのは誰も知らないことだ。もし未来で骨壺を開けたら、本物の翼の骨が入っているか、魔物の骨が入っているかという違いしかない世界線だ。


 それはさておき、翼の遺体を回収した。さあ、これで地球のある世界線でやることはすべて終えた。このあとローゼンダールある世界線に帰って、みんなを生き返らせたり転生させたりするのだけど、そのためにみんなの死を見なければならないのはつらかったなぁ。これが長寿の種族の定めということか。

■ユリアナ(六十八歳、日本戸籍上十八歳)

 キラキラの銀髪。ウェーブ。腰の長さ。エルフの尖った耳を隠す髪型。身長一四〇センチ。


■ルシエラ(二十歳、日本戸籍上十八歳)

 前世はユリアナの産みの親。今世はユリアナの娘。

 キラキラの銀髪。ハーフアップ。腰の長さ。エルフの尖った耳を隠す髪型。身長一四〇センチ。


■真北薫(四十歳)

 冴えない独身サラリーマンだったが、魔法で美男子に変えてもらった。


■真北翼(薫-四歳)

 薫の妹。


■薫の父、母


■真北葵(薫-四十九歳)

 薫とユリアナの息子。


■真北水樹(薫-四十九歳)

 薫とルシエラの娘。


■葵の子、水樹の子

 男女二人ずつ。計四人。


■葵の孫、水樹の孫

 男女四人ずつ。計八人。


■葵・水樹の配偶者、葵と水樹の子・孫の配偶者

 計十四人。



◆魔法の属性:シンボルカラー;音楽の調;効果


火属性:赤色;ハ長調、イ短調;火、加熱

雷属性:黄色;ニ長調、ロ短調;電気、光

木属性:緑色;ホ長調、嬰ハ長調;植物操作

土属性:橙色;ヘ長調、ニ短調;土、固体操作

水属性:青色;ト長調、ホ短調;水、解熱、液体操作

風属性:水色;イ長調、嬰ヘ短調;風、気体操作

心属性:桃色;ロ長調、嬰ト短調;心・記憶・感情操作

時属性:茶色;変ニ長調、嬰イ短調;時間操作

命属性:白色;変ホ長調、ハ短調;肉体・人体・動物操作、治療

邪属性:黒色;変ト長調、変ホ短調;世の中のことわりの管理

空間属性:紫色;変イ長調、ヘ短調;空間・移動操作、念動

聖属性:金色;変ロ長調、ト短調;祝福、幸せ、加護

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