1 冴えないおっさんだって鼻歌の魔女になりたい
※注意:この作品は「鼻歌の魔女は異世界でアニソン歌手になりたい」の15話までのネタバレを含んでいます。
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逆にいうと「鼻歌の魔女は異世界でアニソン歌手になりたい」の16話はこの作品のダイジェストになっています。
https://ncode.syosetu.com/n5502ic/16/
★薫三十六歳
目覚めると、ベッドで布団をかぶっていた。
オレはよく知っている天井を見つめて考える。
おかしいな…。オレは昨日、ベッドに入らずにこたつでアニメを見ながら寝落ちしたような…。
何よりおかしいのは右手にも左手にも柔らかい人肌の感触があるということだ。おれは三十六歳の冴えないサラリーマンで一人暮らしなんだ。こんな暖かくていつまでも触れていたくなるようなやわらかい感触のものがベッドの左右にあるはずはないんだ。
それになんだか良い匂い…。すーすーという息づかいが左右から聞こえてくる。
オレは恐る恐る右に首を振った。すると、そこには女の子の顔が…。この世の者とは思えないほど綺麗な、人形のように整った白くて雪のような肌。朝日よりも眩しく輝く銀髪。
そして、オレが右手を入れているのは、女の子の…キャミソールと胸の隙間…。オレは慌てて右手を引っ込めた。すると、女の子の胸がぷるんと揺れて、女の子は「ああん…」ととても可愛くて色っぽいアニメ声を上げた。
オレは落ち着きを取り戻そうとして、顔を反対側に向けた。すると、そこには女の子の顔が…。この世の者とは思えないほど綺麗な、人形のように整った白くて雪のような肌。朝日の反射よりも眩しく輝く銀髪。って同じ女の子じゃんか…。双子かな…。
そして、オレが左手を入れているのは…、あああ、もう!なんで両手を双子の女の子のキャミソールの胸元に突っ込んでるんだ!
オレは左手を引っ込めて顔を天井に向けて考えた。アニメの見過ぎだろうか。昨日見ていたアニメの中には、そんなアニメもあったような…。ある日突然、可愛い女の子が現れて、彼女になってくれる系の展開…。これは夢なんだ。もう一度眠れば、次はこたつで目を覚ますだろう。今日は土曜日だ。このまま二度寝しよう。
しかし、次に目を覚ますと、右にも左にも信じられないほど美しい女の子の顔があった。オレは諦めて布団をはいで身体を起こした。
布団をはいであらわになった二人の女の子の全身。案外背は低い。小学校高学年くらいか。着ているのはキャミソールじゃなかった。ネグリジェかな…。こんな下着みたいなネグリジェ一枚で寝てるなんて…。
一応お尻が隠れるくらいの長さはあるけど、とても薄くて軽く透けていて、身体のラインが丸見えだ…。背が低くて童顔なわりには胸やお尻が大きくて、とても色っぽい体つきをしている。白人系だとこんなものなのだろうか。いやそれにしても大きい…。日本人の平均的な成人女性より凹凸の激しい体つきをしている…。背は低いけど脚は長くてとても色っぽい太もも…。
顔も身体も同じで双子にしか見えないけど、右の子の髪は腰くらいの長さで、左の子は足首くらいまでありそうだ。いや、右の子は前髪だけは短くしてるな。髪の長さ以外で区別できる要素がない。
右を見ても左を見ても銀髪の同じ女の子。仲良くオレを囲むように左右対称に寝ている。
鍵をかけたオレの部屋に入り込んでいるんだ。当然、魔法使いとか超能力者なんだろう。この可愛さならもしかして女神とか。なんでオレの部屋にいるんだろう。どんな子なんだろう。
オレが布団を出ても二人の女の子は目を覚まさなかったけど、寒かったのかぶるっと震えて、寝ぼけたままオレがいたところを手で探り始めた。そして、互いの手が触れあったとき見つけたといわんばかりに互いをたぐり寄せて…、そして抱き合った…。エロ可愛い双子の女の子が抱き合ってる姿…。絵になりすぎる…。思わずスマホでパシャってしまった…。
撮影を続けていると、二人の女の子の行動がだんだんエスカレート…。互いの胸に手を突っ込んで「ああん…」とアニメ声なのに色っぽいあえぎ声を上げて、しまいにはディープキス…。
本当にこの二人は人の部屋で何をやっているのかな…。目の保養をさせてもらってるから、不法侵入とかとやかく言うつもりはないけど…。
「ん、ん~…」
「あー…」
しばらくユリ双子姉妹を撮影していたら、やっと目を覚ましたようだ。片方は大きなあくびしちゃって…。
「知らない天井だ…」
髪が短い方…、短いっていっても腰まで伸ばすなんて世間的にはすごく長いんだけど、まあ短いほうの子がありきたりなセリフを吐いた。まさか、知らないうちに連れ込まれて襲われたとか言ったり…。
「昨日は疲れてここで寝ることにしたんじゃったの」
「ルシエラ…、昨日も言ったけど、なんで私の記憶から日本語を抜き出してまで、のじゃ子なのさ…」
「あの世界の口調を翻訳するとこうなるんじゃろ?」
「いや、だから、合わせる必要ないよね…」
髪が長い方は、まさかののじゃキャラ…。というか二人とも流ちょうな日本語だ。翻訳魔法だろうか。
「ほら、あやつが呆れておるぞ」
「あーごめんごめん」
二人はオレのほうを向いて言った。
「私はユリアナ」
「わらわはルシエラじゃ」
「オレは薫。真北薫だ」
二人はベッドに腰掛けてオレのほうを向いた。ネグリジェはとても短くて、二人ともパンツが丸見えだ…。
「あの…。なんでオレの部屋にいるのか聞いていいか?」
「簡単に言うと、死にかけてた薫を救うために来たんだ」
「えっ、オレ死にかけてたの?原因は?」
「えーっと…」
「死ぬ予定じゃなかったけど死んじゃったからお詫びに転生させてくれるとかじゃないのか」
「うーん、似たようなものだけど、まあお詫びはしてもいいよ…。死にかけたのはルシエラのせいだから」
「よく分からないけど、聞かせられないならそれでいいよ。救いに来たってのも信じる」
「信じてくれてありがと…」
「そんな簡単に信じてよいのか?わらわたちがおぬしを害するかもしれんじゃろう」
「二人は女神とかなんだろ?オレの知らぬ間に部屋に入れるんだから、どうせ寝首を掻くのも簡単なんだろう」
「わらわは女神ではないが似たようなものじゃな。たしかにいつでもやれるぞ。おぬし、潔いな」
「それでさ、お詫びって何してくれるんだ?チート能力をくれるとか、かっこよくしてくれるとか、異世界の可愛いアニメ声の美少女に転生させてくれるとか、二人とキャッキャうふふして暮らせるとか?」
「異世界のアニメ声の美少女に転生…」
「できるのか!?それで頼む!」
「いや、それはダメ…」
「じゃあチート能力とかっこいい容姿と、二人との生活は?」
「能力はあげられないけど、魔法のアイテムと容姿の変更…、あと一緒に暮らすくらいなら…」
「ひとまず、二人が一緒に暮らしてくれるなら、アイテムとかは後でもいいや。その…、二人は服とか持ってないのか…。その…、目のやり場に…」
さっきから二人のいろっぽい太ももやらパンツやらがチラチラと目に入って…。とくにルシエラの方が恥じらいがなくて、大股広げたりあぐらをかいたり…。
「ああ、もっとよく見たいか?ほれっ」
「あっ…」
「わああー!薫をからかわないで!」
ルシエラはパンツを脱ごうとした。それをユリアナが慌てて止めた。オレはそれを、斜めを向いて尻目で見てしまった…。
「ふんふん……♪」
ユリアナは高くて可愛いアニメ声で変イ長調の鼻歌を口ずさんだ。すると、ユリアナの側が蜃気楼のようにゆらゆらした。ユリアナはそこに手を入れると、ユリアナの腕から先が消えた。そして、ユリアナは蜃気楼から腕を出すと、手には二着のドレスがあった。
「アイテムボックス?」
「まあそんな感じ」
「魔法のアイテムにできる?」
「うん」
「やった!」
「この世界の人間は、これほどに魔法に明るいのか?」
「まあ、そういう空想物語がたくさんあるからね。実際には存在しなくても、こういうものがあったらいいなと考えてる人はいくらでもいるんだよ」
「ふむ」
「はい、ドレス」
ユリアナはドレスの一着をルシエラに手渡した。
ルシエラは着替え始めた。ネグリジェを脱いで…。
「わああ、オレ、洗面所にでも行くから待って!」
「見たいのじゃろ?」
「だから薫にそういうのやめてよ!」
「わらわが薫を殺しかけてしまったからのぉ。わびのつもりなんじゃが?」
「とにかくあからさまなのはダメ!」
「つまらんのぉ」
二人とも身長は低いけど、体つきはとても立派だ…。ルシエラがネグリジェを脱いだらもちろんノーブラだった。オレはじっくり見たいのを抑えて、洗面所に逃げ込んだ。
しばらくして戻ると、二人は中世風の簡素なワンピースドレスを着ていた。スカートは膝下まであるけど、胸元は大きく開いている。日本でこんなに胸の開いた服は一〇〇〇人に一人も見ない。外国人観光客くらいだ。ああ、この二人も外国人か。ならまあいっかな…。
まず、二人のことを聞いた。二人は人間の一〇〇〇倍の寿命があるエルフという種族で、オレの寿命程度では外見が変わらないらしい。髪に隠れていて分からなかったが、髪をかき分けると耳が少し長かった。だから女神とかではないらしい。
ちなみに、ユリアナは耳を見せるときに顔を赤らめて恥ずかしそうだった。なんだかとても可愛い…。
エルフなので外見の年齢はアテにならない。二人とも十歳くらいの身長しかないけど、ユリアナは六十四歳で、ルシエラは十六歳。ルシエラに手を出すのはちょっとマズいけど、ユリアナは合法ロリだ。合法ロリ巨乳だ。
二人は双子ではなくて、ルシエラがユリアナの娘だということだ。だけど、ユリアナの親はルシエラの前世だという。ということはルシエラの中身は十六歳じゃなくてユリアナより年上か…。カオス…。
二人は魔法のあるファンタジー世界からやってきた。さっきユリアナが鼻歌を口ずさんでいたけど、音楽が魔法の呪文になるらしい。二人は女神とかではないので、オレが魔法を使えるようにはできないけど、魔道具という魔法のアイテムを都度作ってくれることになった。
そして、これからのことを話し合った。オレの気が済むまで一緒にいてくれるらしい。オレが死ぬまででもいいとのことだ。二人は一〇〇〇年で人間の一歳分加齢するような種族なので、オレの数十年の一生なんて数日間に感じるらしい。なんなら若返ることも生まれ変わることもできるし、時間を行き来したりもできるらしい。
ぐ~~…。ルシエラの腹が鳴り響く。
「腹が減ったのぉ」
「ああ、コンビニサラダとカップ麺くらいしか置いてないけどそれでよければ」
「ご飯なら持ってきてる。ふんふん……♪」
「そこまで気が回らんかったわい」
ユリアナは時間停止のアイテムボックスから、できたてのステーキやらケーキやらを取り出した。ナイフやフォークなどのカトラリーも一緒に。
「うまっ!」
「美味しく育つ魔法のかかった素材を使ってるからね」
「すげー!美味しくなるアイテムは作れる?」
「そういえば、作物が美味しく育つ魔法は使ってるけど、できた料理を美味しくできるかは試したことなかったなあ」
ユリアナはアイテムボックスから空の皿とインク壺を出して、何やらふんふんとト長調のメロディを歌い始めた。
すると、インク壺からインクが飛び出ていき。皿の裏に同心円が描かれた。魔方陣というやつか。
「これでいいかなぁ」
ユリアナは慣れた様子で冷蔵庫を開けて、コンビニのサラダを取り出してきた。封を開けて、中身を魔法の皿に移した。指でキャベツを少々つまんで口に入れた。まるで自分のうちだ。
「うん。できたみたい。食べてみる?」
「うん」
ユリアナはまた指でつまんでキャベツをオレの口元に差し出してきた。手で受け取るんじゃなくて口で受け取れと…。
オレは耐えきれず、手を持ってきてキャベツを手で受けとってしまった。
すると、ユリアナは自分がやろうとしたことに気が付いたらしく、顔を赤らめてうつむいてしまった。
オレは自分の手にあるキャベツをほおばった。
「うまっ!」
「じゃあ冷蔵庫もそうしておくか」
「ありがと!」
「なあ、オレをイケメンにできるか?」
「うん。でも変えすぎると周りがびっくりするんじゃないかな」
「それなら、イケメンになったという事実を認識阻害すればよかろう」
「なるほど…。邪魔法ってそうやって使うんだ…」
ユリアナはふんふんと変ホ長調のメロディを歌い、オレは変化した。中年っ腹は引っ込み、スレンダーで足長。顔も整った。そして、認識阻害の魔法を封じた指輪によって、オレが平凡な男から美男子に変わったことを、オレを見た人間が考えられないようにしてもらった。オレが先日まで平凡だったことも、オレが今美男子であることも理解できるのに、平凡から美男子に変わったということを考えたり話にできないようにするらしい。
オレはもともとすごく太っていたわけではないが、腹が引っ込んだらズボンがずり下がってしまった。オレは慌ててズボンを上げたが、オレのパンツ姿を見ても二人はなんの反応も示さない。この二人は恥じらう乙女とかではないようだ。
「服を買いに行かないとだな…」
「ではわらわも連れてゆくがよい」
「あのさ、二人はどう見ても異世界人だとバレバレだよね」
「そうなのか?」
「銀髪なんていないし、万一、髪をかき分けて耳が見えたら、誰もがエルフって言うよ」
「それほどエルフがありふれておるのならよいではないか」
「うーん」
「ルシエラ、この世界ではエルフが空想上の生き物なんだよ」
「面倒じゃのぉ」
「さっきオレにかけた認識阻害で、銀髪がこの世界に存在しないことと、耳の長さと、エルフであることとか異世界から来たこととか、分からないようにしたらどうかな」
「なるほど。それで堂々と町を歩けるかな。ふんふん……♪どう?」
「何が?」
ユリアナは変ト長調のメロディを歌うと、髪をかき分けてオレに耳を見せた。だから何だというのだろう。いや、うなじがとても色っぽい…。
「あれ?認識阻害で耳に関してなんか分からないようにしたってこと?別に普通に見えるんだけど」
「なるほど、そういう風になるんだ」
「そうだ、外に出るならさ、そのお嬢様風のドレスはどうかと思うよ」
「あ…、それもか…。うーん」
「あ、ちょっと…」
ユリアナはまるで勝手知ったる自分の家であるかのようにクローゼットを開けて、引き出しを迷うこともなくオレのトレーナーを二枚取り出した。それを一枚ルシエラに渡した。
そして、またルシエラがオレのみてる前でドレスを脱いでパンツだけになろうとして、ユリアナに怒られていた。オレはそのうちに洗面所に逃げる。
「ああルシエラ、これはドレスみたいにカップがないからブラしないとダメだよ」
「そんなものいらんじゃろう」
「ダメだよ。とんがってるの見えちゃうよ」
「見せておけばよい」
「ダメだってば」
聞いてるだけでムラムラしてくる。
「もういいよー」との声で洗面所から部屋へ。二人は同じ声なので、口調が違うのはありがたい。のじゃキャラは盛り過ぎだけど。
部屋にはだぼだぼトレーナー女子が二人いた。首穴が大きすぎて両肩が出て大きな胸のところで引っかかっている。質素ではあるがブラジャーの上側の三角が首穴から顔を出しており、その細い紐が肩に掛かっていて後ろに回っているのがまたなんとも色っぽい。
胸元の開いたドレスでは外を歩きづらいから着替えたのに、胸の谷間がほんのり見えている。これだけ全体的にだぼだぼなのに、胸回りは意外に窮屈そうでお尻も形がよく見えている。
下にはズボンもスカートもはいてない。タイトルは幼妻といったところか…。
「あと、ルシエラはさすがに髪が長すぎるね」
「面倒じゃのぉ」
ユリアナははさみを出して、ルシエラの髪を腰のあたりからバッサリ切ってしまった。
「ユリアナと同じになってしもた…」
「また伸ばせばいいよ」
本当にこんなに可愛い女の子二人と同居していいのだろうか。十六歳のルシエラに手を出すのはマズいけど、六十四歳のユリアナならアリだ!六十四歳…っていったら萎えるけど、エルフの六十四歳だし、人間換算して見た目どおりの年齢だと思っておけばいいや。
「では行くぞ」
このアパートは、鉄筋コンクリートで三階建て。オレの部屋は二階の端の1DK。
玄関には十センチのハイヒールと、わりと普通のパンプスが揃えて置いてあった。ユリアナがハイヒールを履き、ルシエラがパンプスを履くと、身長差ができて親子のように見えるように…はならなかった。
玄関を勢いよく出たルシエラ。階段を降りて一階へ。
「で、どっちに行くのじゃ」
「もう…、こっちだよ…」
ルシエラはこの世界のことを知らないけど、ユリアナは知ってるっぽい?ユリアナは迷わずバス停に向かっている。そして、行き先の違うバスに乗ろうとしたルシエラに「これじゃないよ」と言ってバスをやり過ごし、ショッピングモールを通るバスに乗った。
そして、「次発車したらこれを押していいよ」とルシエラに停車ボタンを押させていた。たしかに、初めてバスに乗る子供に母親が乗り方を教えるようなシチュエーションだけど、どう見たって親子には見えない。
そして、ショッピングモール前で減速し始めたときに、
「ごめん、私たちお金持ってない。私たち小学生にしか見えないし、子供料金でいいよね」
「えっ、うん」
こんなに胸の大きな小学生はいないと思うけど、背丈は小学四年生くらいだな。行けるかな…。外人だし発育が良くても小学生で行けるよね…。
オレは子供二人分を追加でまとめて支払うことを運転手に告げ、スマホをタッチしてバスを降りた。運転手はユリアナたちの胸に目が行っていたけど、外人だし未成年だと納得したようだ。身長についても、ユリアナはハイヒールなので少し高かったけど、運転手はハイヒールを見るやいなや、身長差はないと判断。だけど。ハイヒールを履いている小学生ってどうなのかと考えているようにも見えたけど、深く考えるのを諦めて子供料金を認めてくれた。
「しかしおかしいのぉ。銀髪が珍しいことは認識阻害しておるし、耳も見せておらぬ。それなのに、周りがジロジロ見よる」
「うーん、異世界人ってバレてるのかな…」
「そりゃ二人が可愛すぎるからだよ」
「そ、そんなこと…」
「わ、わらわが可愛いのは当たり前じゃ」
両方ともうろたえてるけど、珍しくユリアナがツンデレっぽいことを言っている。
「可愛いのも認識阻害しちゃえば?」
「それはヤダ!」「それはできぬ!」
「あ、はい…」
性格の違う二人がシンクロした。二人の大声は注目をさらに集めた。
「「あっ…」」
そして赤くなって小さくなる二人。マジ可愛い。本当にこんなに可愛い二人とドキドキ生活だなんて、夢じゃないよな!
ショッピングモールに着くと、ユリアナは迷わず「ユニシロ」という安い服の店に向かった。
「ちょっと待って、二人とも可愛いんだから、もうちょっとおしゃれなお店に入ろうよ…」
「はっ…」
さっきから見ていると、ルシエラは日本に来たのが初めてみたいだけど、ユリアナは場慣れしすぎている。だけど、ユリアナもおしゃれな店に行くという考えはなかったみたいだ。
「あ…、でも…、お金を使わせるのは悪いし…」
「いざとなれば宝石やら金やら作って売ればよかろうに」
「いや、そういうのはこの世界では売りにくいよ…」
「じゃあ、カネ自体を作ればよい」
「それもダメ」
「面倒な世界じゃのぉ」
「ほら二人とも、あの店はどう?」
オレは女の子の服のブランドのことは知らないけど、とりあえずおしゃれなお店を指さした。
「あ、あんな高そうな服の店…」
「あ、あんなちゃらちゃらした服…」
二人はショーケースの可愛らしい服を見て文句を言っているけど、顔を赤らめて着てみたくてしかたがない様子だ。二人ともツンデレなのか。
そして、オレが店に向かうと、二人も躊躇なくついてきた。
何着か見繕って試着室へ。しかし…、
「胸が入らぬ…」
「肩が広すぎ…」
二人は十歳の身長のわりには華奢であり、肩幅が狭くて腕が細い。一方で、日本の成人女性以上の大きなお胸とお尻を備えているので、平坦な日本女児向けのサイズでは合うわけがないのだ。
結局、直しをしてもらうことになったのだけど、サイズが合わなすぎて予想以上の金額に…。そして、今日すぐに着られるような服が手に入らなかった…。
ちなみに、パンツをプラジャーはユリアナが何枚も用意してきたようで、買う必要はなかった。ルシエラは持ってきていなかったようだけど、ユリアナと同じサイズなのでユリアナが用意してきたものを借りることになったようだ。
とりあえず巨乳美少女の下着選びに付き合う勇気はオレにはなかったので助かった。
服を選び終わったら十一時だった。
「混む前にお昼にしない?」
「あ、そっか。うん。いいよ」
「なんじゃ。この世界ではこんな時間にメシを食うのか?」
「うん。この世界では三食が基本だね」
「ふむ」
ユリアナは知らなかったというより忘れてたという感じだ。だんだんユリアナとルシエラの違いが分かってきた。
ユリアナはまた迷うことなくフードコートに行こうとする。
「ねえ、初めてなんだし、もっと良い店に入ろうよ」
「服が手に入っていればそれもありだったけど、こんな格好だからここでいいよ。それに、私はここの熊本ラーメンが食べたいの」
「わ、分かった」
常連確定じゃないか…。しかも可愛い顔して熊本ラーメンって…。可愛い顔してニンニク臭いのとか気にしないんだな…。
まあ、オレもこのチェーン店の熊本ラーメンは、他の場所でよく食ってるけど…。
ユリアナは当たり前のように箸を使ってラーメンをずずずずとすすっている。左手で髪を押さえているしぐさが色っぽい…。食べているものとのギャップが良い…。
ルシエラは箸を使えないようで、フォークで食べている。
「ねえ、ユリアナはもしかして、大学に時に付き合ってた彼女の生まれ変わりとか?」
「ぶーーーっ」
「汚いのぉ。こやつはおぬし……」
「ばっ!ダメっ!」
「んぐぐ…」
ユリアナはラーメンを吹き出した。そして、ルシエラの口を慌ててふさいだ。「おぬし」のなんと言おうとしたのだろうか。
とはいえ、オレの昔の知り合いが転生してユリアナになったに違いない。だけど、ユリアナはそれを言いたくないようだし、バレたら鶴になって去ってしまうかもしれないから、これ以上追求しないでおこう。
昼食を食べ終えたら、今度はオレのズボン選びだ。オレは迷わずユニシロに向かった。
「ねえ、薫もイケメンになったんだから、あっちのお店にしない?」
「そ、それもそうだな」
「おぬしらはそういうところ、そっくりじゃのぉ」
「あああ、もうそういうのいいから」
やっぱり、ユリアナはオレの過去の知り合いなんだろう…。
オレのズボンや服を買って帰路に就いた。
「なあ、時間の行き来ができるって言ってただろ」
「うん」
「未来のものを手に入れたりできる?」
「たぶん」
「じゃあさ、未来のパソコンとかスマホとか欲しい」
「いいよ。盗みはしたくないから、現代のお金で買える範囲になっちゃうけど」
「わかった」
すると、こたつの上にスマホ三台が現れ、やや時間を空けてノートパソコン三台が現れた。
「えっ、もう行ってきたの?お金は?」
「私は行ってないんだけど…。あ、手紙が付いてるよ。私が未来に行かないでも、七十二歳の薫と一緒に暮らしてる未来の私が送ってくれたみたい」
「マジか…」
「一〇二四コアCPUだって。すげー。本当はもっといいのがあるけど、これ以降のは六十四ビットアプリが動かないんだってさ。詳しくは中のリードミーを見てだって」
「分かった」
ノートパソコンの電源を入れてみた。指紋認証がついていたので触れると、ログインできた。
スペックを見ると、CPUは五ギガヘルツで一〇二四コア、メモリ三二テラ、ディスク十ペタ、ビデオカードは一〇〇ペタフロップス。
内蔵の無線は今の最先端の方式に対応してないので、かわりにUSBバージョン一二・〇の外付け式で今の最新式のものがついていた。
ソフトも充実。AIのモデルとかもたくさん入れてくれてる…。
「スマホは別の年代から送られてきたみたい。5Gに対応した最後のモデルだって。二〇五〇年で5Gサービス終了らしいよ」
「へー…」
スマホもCPUが三十二コアだったり、ストレージが三十二テラあったり。
「おぬしら、わらわにも分かるように説明せんか」
「えー、めんどいなぁ。ふんふん……♪」
「ぎゃー」
ユリアナが嬰ト短調の鼻歌を口ずさむと、ルシエラが悲鳴を上げて倒れた。うるさいから気絶させたとか…。けっこう過激…。
と思ったら、ルシエラはむくっと起き上がり、指紋認証でスマホを起動させた。
「なるほど。こんな道具があるのじゃな…」
ルシエラは慣れた手つきでスマホを指紋認証して弄り始めた。スマホが弄れるようになる能力付与…?
スマホは家の無線のSSIDにつながっている。何十年もパスワードを変えてないんだな…。だけど外に持っていくときは自分で契約してだってさ。未来から届けられたおもちゃに三人で夢中になって、だいぶ時間がたってしまった…。
「あのー…、二人とも、そろそろメシか風呂…」
「わかった」
ルシエラはだぼだぼのトレーナーの首穴に胴全体を通して下から脱ぐという荒技を試みている。胸を手で潰しながら首穴からぷるんっと飛び出させると、ばさっとトレーナーが下に落ちるかと思ったら、今度はお尻に引っかかった。
「通らん…」
お尻は予想以上に大きくて、オレのトレーナーの首穴に通らなかった。
「ちょっ、ルシ………」
「ららら……♪」
ルシエラが変イ長調のメロディと歌うと、ルシエラの姿が消えて、すぐ隣に瞬間移動した。トレーナーをその場に残したまま。そして、残したのはトレーナーだけでなくて……、
「ルシエラダメだってば!」
瞬間移動する際に残したのは、ブラジャーとパンツもだった…。ふわっと木の葉のように落ちるパンツとブラ…。解放されてぷるんと揺れるルシエラの胸とお尻…。
「行くぞ。ららら……♪」
「えっ」
ルシエラが悪ガキのように微笑み変イ長調のメロディを歌ったと思ったら、オレはルシエラと風呂場にいた。妙に開放感があると思ったら、オレも服を着ていなかった。オレは慌てて大事なところを手で覆った…。
「隠さずともよい。わらわはそれを気にせぬ」
「えっ…」
「わらわは男を好きにはならぬ」
「そんな…」
「じゃが、わらわはあと二〇〇〇年は妊まぬから、わらわのは好きに使ってよいぞ」
ルシエラは腰に手を当て、大事なところをでーんとさらけ出した…。
「ちょっ、それってどういう…」
「へたれじゃのぉ…。ほれ…」
「だ、だだだ、ダメだってばぁ…」
「むぅ、ホントにヘタレじゃ。こうしてやる!ららら……♪」
「えっ」
ルシエラが嬰ト短調のメロディを歌った。
そのとき…、ガツンっ!けっこうすごい音が鳴った…。
「痛いではないか!」
「ダメって言ったでしょ!」
ルシエラの後ろにワープゲートが出現して、ワープゲートからルシエラの頭にユリアナのげんこつが現れた。
そんなことよりも、ルシエラ…。なんか突然……。
身長も顔つきも幼くて可愛らしいのに、日本人の成人以上の体つき。胸はEカップくらいだろうか。じゅうぶん大きいけど、絶対的には巨乳といえるサイズではない。だけど、それを際立たせているのが、十歳よりもむしろ狭い肩幅や華奢な腕。大きな胸がところ狭しと窮屈そうにしているところが巨乳に見せている。それが、ユリアナげんこつを喰らったときに、ぽよんぽよんとバウンドした…。
それに細すぎるウェストの織りなすくびれの曲線美。その下に続く、大きくて綺麗な形のお尻。ユリアナのほうを向いて抗議してると、二つの正球が形を変えて揺れている。
それから太もも…。十歳にしてはちょっと太すぎるけど、脚がとても長いから様になっていて色っぽい…。身長一七〇センチのオレよりも脚が長い。
でも…、
「ダメだ!ルシエラは男を好きにならないんだろ!じゃあ、オレを女にしてくれよ!それならオレを好きになってくれるだろ!」
「よかろう。ら……」
「ダメだってば」
ガツンっ!ユリアナのげんこつ。
とんでもない音がして、ルシエラは崩れ落ちた。
「あっ…大丈夫…?」
「こんくらいじゃ死なないよ」
「どうしてもオレを美少女にしてはくれないのか…」
「ダメだよ…。薫がいなくなったら、なんのために助けに来たのか分かんないじゃん…」
「オレは生き残るんだからいいじゃないか」
「周りが困るでしょう…」
「それもそうか…。なあ、可能かどうかといえば可能なんだろ?」
「まあ、できるよ…」
「オレが突然いなくならなきゃいいんだろ。じゃあさ、オレが寿命を全うしたら、そのときにアニメ声の美少女にしてくれるか?」
「えっ…」
「オレが予定外に消えることが問題なら、消えるのが確実なときにやればいいだろ」
「確かに…」
「じゃあ、オレが寿命で死ぬとき、オレをアニメ声の美少女にしてくれ!約束な!」
オレはユリアナの両手を掴んだ。
「前見えてるよ」
「あっ…。ごめん…」
「いいよ。私も気にしないから」
「そ、そうか…」
ユリアナもルシエラも男には興味がないんだ。ルシエラはオレをからかって誘惑してくるけど、もしオレとそういうことをしてくれるのなら、本心から好きになってほしい。だから、寿命を全うしてアニメ声の美少女になるまでは、二人とそういうのはナシだ。
しかし、別々に風呂に入ったのはよかったが、そのあとユリアナの出してくれたご飯を食べて、二人は薄いネグリジェでなぜかオレを囲むようにベッドに入る。これから毎日こんなんで精神がもつだろうか。
★★★★★★
★ユリアナ六十四歳(薫三十六歳)
時は遡り、日本時間午前零時。ユリアナとルシエラは丁度、真北薫がルシエラに魂を抜かれた時刻の日本に転移した。
「うぇっ…。めっちゃ疲れた…」
「うむ…。わらわが手伝わなかったら失敗していたかもしれぬ…」
魔石の魔力はじゅうぶんにあった。魔石の魔力があれば自分の魔力を消費しない。
だけど、魔石の魔力を使って魔法を使う場合、魔石の魔力を自分の身体に通す必要がある。そのとき、わずかながら疲労感が発生するのだ。
領民のすべてが魔力に目覚めたとはいえ、その魔力は少ない。でも発魔器が普及してからは安価な魔力を使えるようになったため、誰もがそれなりの規模の魔法を使えるようになっている。だけど、一度に流せる魔力は個人の魔力に依存するのだ。魔石から魔力をもらったとしても、魔力が少ない者が大量の魔力を魔石から吸って大規模な魔法を使うには時間がかかる。
そして、自分の魔力に見合ってない量の魔力を身体に流し続けると疲労感が貯まっていくのだ。あくまで疲労感であり、本物の疲労ではないので、疲労回復魔法では治せない。精神治療でも改善しない。
世界をまたいで移動する魔法は、とんでもない量の魔力を必要としたため、私とルシエラが力を合わせても、かなりしんどい作業だった。
「あ、そうだ。この部屋では靴を脱いでね」
「なぜじゃ」
「日本の家には泥を持ち込まないようにするんだよ。そうすればね、こうやって床で寝そべってても汚くないでしょ」
「なるほどな」
薫はこたつの中に入って寝そべり、アニメを見ながら寝落ちしていた。
私はハイヒールを脱ぎ、ルシエラはパンプスを脱ぎ、玄関に持っていって揃えて置いた。
「それにしても疲れたね…。今すぐ眠りたいところだけど、魂を抜いた身体っていつまで生きてるの?」
「さあ。わらわの身体は飲まず食わずで二年くらいは生きるが、普通の人間は知らぬ」
「まあ、今まで生きてたんだから、数時間は死なないよね…」
しかし、薫は待ってくれなかった。
「くさっ…」
「こやつ、クソを垂れおったぞ」
こたつの中から異臭が…。動いているのは心臓とかだけのようだ。うんちを我慢してる筋肉は自律神経ではないのだ。
「うう…」
前世の私…。惨めな姿…。手を持ち上げても力が全くなく、だらーっとしている。眠っているのとは違う。まるで死体。これはいただけない…。
しかたがないので、掃除して薫の身体をベッドに上げて、さっさと魂を戻すことにした。自分の身体に鞭を打って。
「ふんふん……♪」
異次元収納の中で時間が止まっている魂を薫の身体に移した。魂を移動させる魔法を使うときだけ青白い光が浮かび上がる。
そして薫がぴくっと動いた。足の裏をくすぐったら、足が逃げた。
「もう大丈夫かな…」
「もう限界じゃ…」
「汗びっしょり…。シャワー浴びてくる…」
「じゃあわらわも…」
私たちはシャワーを浴びながら、
「ルシエラ、日本語の記憶をあげるね。ふんふん……♪」
「うむ…」(ここまで異世界語。ここから日本語)「これでよいか?」
「うん。いいんだけどさ…」
「なんじゃ?」
「なんで違う言語なのに、のじゃ子のままなのさ…」
「これがわらわにぴったりなのじゃろう」
「もうちょっと範囲を限定した記憶を渡せばよかった…」
もう、疲れすぎてルシエラののじゃ口調の記憶だけ消すとかも面倒だ。
ネグリジェに着替えて、薫を挟むようにして眠ることにした。ヴィアチェスラフに触られたときと違って、薫にイヤな感じはしなかった。
さて、ここで少し、私たちのことや私たちが元いた世界の話をしよう。
私たちのいた世界にこれといった名前はない。薫のいる世界だって地球という惑星のある世界としか説明しようがない。私たちの世界はローゼンダールという国のある世界としておこう。もともと世界をまたぐことなんて想定してなかったんだから。
私、ユリアナと娘のルシエラはローゼンダール王国で育ったエルフの女の子。細かくいうとエルフじゃないんだけどとりあえずエルフということで。しかも、正確には一言で簡単に母と娘とは言いがたいのだけど、とりあえずここでは母と娘ということで。
ローゼンダールのある世界はハープで音楽を奏でることで魔法を発動するファンタジーな世界。
魔法には属性がある。魔法の属性にはそれぞれシンボルカラーがある。魔法の属性を持っている人は、そのシンボルカラーの髪をしている。
それに、魔法の属性は音楽の調と密接な関係がある。調というのはハ長調とかのこと。
属性とシンボルカラーと調と司る効果は次の通り。
火属性:赤色;ハ長調、イ短調;火、加熱
雷属性:黄色;ニ長調、ロ短調;電気、光
木属性:緑色;ホ長調、嬰ハ長調;植物操作
土属性:橙色;ヘ長調、ニ短調;土、固体操作
水属性:青色;ト長調、ホ短調;水、解熱、液体操作
風属性:水色;イ長調、嬰ヘ短調;風、気体操作
心属性:桃色;ロ長調、嬰ト短調;心・記憶・感情操作
時属性:茶色;変ニ長調、嬰イ短調;時間操作
命属性:白色;変ホ長調、ハ短調;肉体・人体・動物操作、治療
邪属性:黒色;変ト長調、変ホ短調;世の中のことわりの管理
空間属性:紫色;変イ長調、ヘ短調;空間・移動操作、念動
聖属性:金色;変ロ長調、ト短調;祝福、幸せ、加護
音楽と魔法に密接な関係のある世界だから、音楽に満ちあふれた素敵な世界かと思ったら大間違い。地球的な音楽をいちから教えるところから始めなきゃいけなかったよ…。
まあとにかく、そういう話は置いといて、私たちは空間と時と邪の大魔法を使って、ローゼンダールのある世界から世界線をまたいで日本までやってきたのだ。それも、薫がルシエラによって魂を抜かれた直後の時間に。
話が前後してしまうけど、そもそも私、ユリアナというのが、真北薫の魂を抜いて作られたものなのだ。ルシエラが薫の魂を日本から召喚してユリアナの身体に移した。私はそれを知らずに何十年もユリアナとしてすごしていた。
本来なら、魂を移しただけでは記憶までは移されないため、私は六歳までは原始人の村のただの少女としてすごしていた。だけど、六歳の時になぜか薫の記憶が蘇った。だから、私は薫が転生したというよりは、ただの六歳の少女に薫の記憶が後付けされた感覚に近い。
ある日、薫が死んだことによってユリアナに転生したのではなくて、ユリアナに転生したから薫は死んでしまったことを、私は知る。だけど、時魔法を使えば、タイムスリップでルシエラが薫の魂を抜いた直後に行き、薫の死を食い止めることが可能と知る。
こうして今に至る。私とルシエラは、薫の波長に合う魂を見繕って、薫が死んでしまうのを防いだのだ。私は前世の私が死んでしまうのを防いだのだ。
ちょっとカオスでわけが分からないかもしれないが、薫の転生した姿が私、ユリアナである。そして、今いる薫は、魂を抜かれて死にかけていたところに、代わりの魂を入れることによって息を吹き返した薫なのである。
今いる薫の持っている記憶は、私の持っている最初の三十六年分の記憶と同じ。私にはそこに六十四年分、異世界でユリアナとして生きてきた記憶がある。
そして、今のルシエラというのは、私の産んだ私のクローンであり、前世のルシエラというのはユリアナの産みの親なのである。まったくもってカオスなのだが、マザーエルフという種族についてはまた別の機会に。
「ん、ん~…」
「あー…」
「知らない天井だ…」
そうだ、夜中に薫の魂を戻して、魔力の流しすぎで疲れすぎて泥のように寝たんだった…。
気が付いたらルシエラと抱き合っていた。
薫が私たちを見て呆れていたので、薫に自己紹介。死にかけていた薫を救うために来たと説明。薫は私たちをすんなり受け入れた。まあ、寝る前に見てたアニメには、突然異世界の女の子と一緒に暮らす話もあったね…。
薫はアニメ声の美少女への転生を要求してきた。まあ、私も六歳のとき薫が宿ったときは、アニメ声であることがとても嬉しかったからね…。波長が合うというのはそういうのも含んでいるんだろう。
今の薫の魂と記憶をアニメ声の美少女に移したら、なんのために薫を救いに来たのか分からない。薫には天寿を全うしてもらわなければならない。しかたがないので、転生の代わりに、容姿を変えたり魔道具をあげたりすることにした。それと、薫が寿命で死ぬまで一緒にいてあげてもいい。私たちが飛んだ直後に戻れば、お嫁さんたちにとっては一瞬だ。そして、薫の寿命なんて、私にとっては十数日くらいにしか感じられないはずだ。
薫をかっこよく改造してあげたのはいいけど、それでは周りの人がびっくりするので、「容姿が変わったことを認識できなくする」邪魔法の魔方陣を描いた指輪を渡した。なるほど…、邪魔法ってことわりをねじ曲げる魔法だけど、威力を弱めるときはこうやって使うんだ…。
六歳で薫の魂を宿す前まで、私はここで暮らしていたんだ。つい三週間くらい前のことに感じる…。だからこそ、薫の気持ちが分かる。アニメ声のチート能力はあげられないけど、他にできることできるだけ融通を図ってあげたい。
話していたら薫が目を泳がせていた。そういえば私とルシエラはやや透けたネグリジェだった。なんか女装した姿を自分に見られてると考えたら、ちょっと恥ずかしくなってきた。だけど、私の前世が薫であることがバレなければ、恥ずかしいことなんてない。私はもう六十四年も女の子のユリアナとして暮らしてきたのだ。女装した薫ではない。もう、っていうか、最初からユリアナとして生まれたところに途中から薫の記憶が入ってきたんだよ。エルフ自体が女のツラをかぶった男なのではないかというのはさておき。
ドレスに着替えることにしたのだけど、ルシエラは全裸になって薫をからかう。ルシエラはまったく恥じらいがない。自分がからかわれているようでむずがゆい。
食べ物が美味しくなるお皿の魔道具を作った。できたキャベツを薫の口まで運んでしまった。なんだか薫が自分のような気がして…。よく考えたら薫は私とは別の個体なんだから、食べ物を手で摘まんで口に持ってくなんておかしい…。まるで恋人…。いや、私は男には何も感じないし、私の中の薫だって男とどうにかなりたいなんて思わない。だけど、不思議と薫には抵抗がない。
私が持ってきたドレスはシンプルな冬のワンピースドレスで、そんなにドレスって感じのものではないから日本でも大丈夫かなと思っていた。だけど、私は忘れていたので。ローゼンダールでは女子は十歳くらいから胸の露出がどんどん多くなっていくのが標準。それに対して、日本で胸を出してる人なんて東京を歩いていても一〇〇〇人に一人もみないだろう。たまに見かける外国人観光客くらいだ。
というわけで、クローゼットの引き出しに入っているトレーナーを二枚出して、一方をルシエラに渡した。一度やってみたかっただぼだぼトレーナー女子。首穴が大きすぎて、首穴から両肩が出てしまった。だけど、胸で引っかかった。それにちょっと胸の部分はきつい。軽く胸の谷間が出てるけど、よく考えたら私、外国人観光客みたいなもんだから、胸を出しててもいいかな?
もちろんスカートなんてものを薫が持っているわけないので、トレーナーの下にはスカートもズボンもはいてない。だけど、トレーナーはかなり長い、というか私の胴が短すぎるので、めくれてパンツが見えたりはしないだろう。ちょっと残念。じゃなかった、ちょっと安心。
いや、一度子宮を加齢してルシエラを産んでから、どうも自分好きがこみ上げてくる。自分を客観的に見てエッチな目で見たくなるのだ。これも両性具有という不思議な生き物の本能なのか…。
今思えば、私は六歳で薫の記憶が宿ったときから自分のことを客観的に好きだった。自分のアニメ声で歌って自分で癒されているのだから。
その時はまだ鏡もなくて自分の姿に見惚れることはなかった。自分の身体全体を本気で好きになったのは、やっぱり子宮を成長させて子供を産めるようになってからだな…。自然に自分と交配するようにできているんだろう…。
ルシエラがまた全裸になろうとしたので叱った。そして、ノーブラでトレーナーを着たので先端が…。エルフだって一応葉っぱ水着で隠してるでしょう…。
それから、ルシエラの髪は足首まで伸びていて、座ったら床に擦ってしまう。ローゼンダールでは人が少ないのであまり問題にならなかったけど、日本ではそうもいってられないだろう。ということで、残念だけど、ルシエラの髪を私と同じくらいの腰のあたりで切ることにした。髪の長さも同じにしてしまったけど、私は前髪が短いし、ルシエラはハーフアップなので、まあ区別がつくだろう。
だぼだぼトレーナー女子の双子と薫でショッピングモールにバスで向かった。なんかルシエラが初めてのバスにはしゃいでいたので、ショッピングモールのところで停車ボタンを押させてあげた。
私たちはお金を持っていないので薫に運賃を出してもらった。小学生料金と言ったら運転手は私たちの胸を見て悩んでいたけど、身長を見て小学生と認めてくれたようだ。まあ、ルシエラは十六歳だから詐欺だけど、私は六十四歳だからシニアパスを買ったらいいだろうか?
自分たちに認識阻害の魔法をかけて、銀髪が珍しいとか、異世界人とかいう発想に至らないようにした。しかし、なぜか私たちは注目を浴びている。それは、私たちが可愛いからだと薫に言われた。たしかに私はわりと可愛いと思っていたけど、ローゼンダールではみんな可愛かったし、有象無象だと思っていた。だけど、子宮の年齢を二〇〇〇歳にしてからというもの、たしかに自分はかなり可愛いんじゃないかと思うようになってきた。だからといって、改めて言われるとなんだか恥ずかしい…。ルシエラはなんだかツンじゃないデレだし…。
私は薫だったころのノリで、安い洋服を買いに行こうとした。だけど、薫に可愛いブランドのお店を勧められた。そういえばローゼンダールでは可愛いドレスをデザインしても、スヴェトラーナが全部エロいドレスにして流行らせちゃうから、あまり可愛いドレスって作れなかったな…。でも、ここにある服は普通に可愛いのばかりだ…。なんかテンション上がってきた!
だけど、私たちは日本人にはあり得ない体形をしている。既製の服は何一つ入らなかった。結局その日はオーダーして帰るだけになった。
お昼はフードコートで熊本ラーメンを食べた。ローゼンダールでは肉料理とかスイーツは広めたけど、あんまりいろんなメニューを流行らせてないな。せっかくだからこっちの料理をいろいろ調べて、レシピをローゼンダールに持ち帰ろう。
私があんまり日本人じみたことばかりやっていたからだろうか。私は、大学の時に付き合っていた彼女の生まれ変わりじゃないかと、薫に指摘されたら、ラーメンを吹き出してしまった。さらに、私が薫の生まれ変わりであることをルシエラがばらそうとしたので、とっさに口をふさいだ。
薫が安い店にズボンを買いに行こうとしたときもそうだ。私たちは元は同じ人間なのだから、自分の容姿に興味がなく、癖で安い服の店に入ろうとするのだ。そこでもまた、ルシエラが私たちを似てると言う。薫には私が薫の転生した姿であることは知らせたくないので、そういうことを言わないでほしい。
薫に魔法とかアニメ声のチート能力をあげることはできないけど、便利な魔道具を与えることはできる。さらに、タイムスリップで未来のパソコンやスマホを仕入れることにした。仕入れようと思った時点で、未来の私がそれを送ってきた。出発前に未来の私が時魔法の性質について教えに来てくれたのと同じだ。将来、過去に対して何かを送ろうと決心すると、未来の自分がそれを実行してくれる。
スマホを触ったのは六十四年ぶりだというのに、つい三週間くらい前のことのように「しばらく弄ってないな」程度に感じながら、ローゼンダールに持ち帰るレシピとかを検索していたら、あっという間に時間が過ぎてしまった。
ルシエラにもスマホの弄り方を心魔法で教えてあげたら、夢中になっていた。
薫は未来のハイスペックパソコンに興奮している。ソフトもいろいろ入っているようだ。
夜になってルシエラがまた裸になって薫を誘惑した。いい加減にしろとげんこつを喰らわせて気絶させてしまった。
薫も薫で、私たちが男を好きにならないのであれば、自分をどうしてもアニメ声の美少女にしてくれと。それじゃ薫が死なせないようにした意味がない。そもそも、薫は死んだのではなくて、私として生きてるのだから、問題なのは薫が突然死んでしまって皆に迷惑をかけることだけだ。今の薫は、体裁を整えるためのコピーロボットのようなものだ。その薫をアニメ声の美少女にするなんてなんの意味もない。
だけど、それなら寿命が尽きて消えるのが自然になったときに、アニメ声の少女に転生させろと…。たしかにそれなら問題ない…。その発想はなかった…。私は明確な返事を避けたのに、薫は約束したつもりになってる…。アニメ声の美少女に対する執着心…。波長が合う魂って、このユリアナになりたいかどうかも含まれているのだ…。薫に合う魂はルシエラとも合うから、今の薫もユリアナになりたいんだ…。
★★★★★★
★薫三十六歳
翌日。日曜なので薫はお休み。
「ねえ。カラオケ行きたい」
「いいねぇ。ユリアナの歌声を聞かせて」
「うん」
三人でバスに乗ってカラオケに向かった。ユリアナたちの服はまだなので、だぼだぼトレーナー女子だ。幼妻だ。いや…どう見ても娘だ。
「なあ、昨日より注目を浴びておるぞ。わらわが可愛いのはしかたのないことじゃいとうのに」
「いや…、悪意センサーが反応してる…。ふんふん…♪」
ユリアナは嬰ト短調のメロディを歌った。
悪意センサーというのはなんだろう。そういう魔法だろうか。
「なんか誘拐とか穏やかじゃないことを考えてる人が…」
芸能界やモデルにスカウトしたいくらいならまだしも…。
「なあ、わらわ、ネットにアップされておる」
「えっ…」
「わらわは可愛いのぉ。この世界には姿を映す魔法のような機械があるんじゃのぉ」
ルシエラとスマホをのぞき込んでいる。二人のスマホは未契約だから、オレが常にテザリングしている。
「私たちが可愛すぎるから…」
「それも一理あるがな、ここを見よ」
「銀髪の異世界美少女現る…。魔法が効いてない…」
「わらわはおぬしにインターネットのことを教えてもらったばかりなのでよく分からぬが、ここに映っておるわらわたちを見ても、魔法は発動せんのではないか?」
「あっ…。魔法は私たちを見たときだけ効果があるんだ…。動画を見ても魔法は効かないから、動画を見ると異世界人ってバレちゃうんだ…」
「最初はCGキャラをとかAIグラビアだと思われておったっぽいぞ。わらわは信じられぬほどに可愛いからの。創作物だと思われてもしかたないの」
「実物を見たって人が増えるにつれて、本物と認知されるようになったか…」
こんなときに不謹慎だけど、二人がキャピキャピ言っているのを聞いているだけでオレは癒される。
ひとまずバスはカラオケの最寄りに到着した。カラオケボックスに入って作戦会議。
「せっかくのカラオケなのに歌えない…」
「わらわがおぬしのレパートリーを歌ってやろう。ららら…♪」
ルシエラは嬰ト短調のメロディを歌った。嬰ト短調、好きだな。調に何か意味があるのだろう。
ルシエラは曲の本から曲を選んでリモコンで番号を入力していく。
「ルシエラはカラオケ来たことあるのか?」
「今ユリアナの記憶に聞いたのじゃ」
「そっか、じゃあユリアナは日本で暮らしたことがあるんだな」
嬰ト短調は心を読む魔法かな。
ユリアナはふんふんと変イ長調のメロディを口ずさみ、異次元収納から紙とインク壺を取り出して、魔方陣を描いている。
その間に、ルシエラの歌が始まった。
「私の心、水の流れのように~♪…ぎゃあああ」
ばしゃーん。どこからともなく水が降ってきた!
「うわっ、魔方陣があぁ」
「うわっ、なんだ!」
「ううう…。『みずのな』(ソラシド)はイカンな」
「ソラシドが水を出す魔法なのか?」
「うむ。飲み込みが速いのぉ」
「ト長調が水全般とか?」
「さすがじゃな」
嬰ト短調が記憶で変イ長調が異次元収納で、あと変ホ長調が身体を弄る魔法か。おもしろいな。オレならすぐに覚えられそうだ。チート魔法能力くれないかなぁ。
ルシエラはリモコンでキーをめちゃくちゃ上げた。ト長調の曲が変ロ長調になった。すごく高いけど、ルシエラには余裕のキーだ。
「私の心、みずのな(シ♭ドレミ♭)がれのように~♪…うむ。これなら大丈夫じゃな」
なるほど。調を変えれば魔法は発動しないんだ。変ロ長調の魔法はないのかな。
「ルシエラ…その前に、テーブルと床が水浸し…」
「うるさいのぉ。ららら…♪ららら…♪」
ト長調のメロディとイ長調のメロディ。水が霧状になって、一気に消えた。ついでにコップの中に入っていたコーラの水分も消えてカラメルだけが残った。
ルシエラはカラオケの曲がうるさく鳴ってる中でも的確に調を使い分ける。ルシエラは絶対音感持ちだ。
ルシエラが一曲終えたら、また曲の本をめくってリモコンで番号を入れた。変ロ長調になるようにキー付きで予約だ。
「なあ、さっきから選曲が最近のアニメばっかりなんだけど」
「ユリアナのいちばん新しい記憶をたどったら、これが出てきたのじゃ」
「そうなんだ」
ユリアナは最近死んで転生したのだろうか。いや、六十四歳だと言っているし、未来のユリアナからものが送られたりもしたから、実際にいつ死んだかとかよく分からないな。
それにしても、ルシエラの声はマジモンのアニメ声だ。歌うときまでアニメ声を維持できる声優はなかなかいない。めちゃくちゃキーを上げているのに、ファルセットもめったに使わない。
いつもタブレットで子守歌代わりに流していたアニメの歌を生で聴けるなんて…。それも、本物よりうまいし可愛いよ…。なんだか涙出てきた…。
「なんじゃ?」
「感動した」
「うむ。存分に感動するがよい」
ルシエラは最近のアニソンから徐々に時代を遡っていってるようだ。歌い終わってから入れていては時間がもったいないので、オレが適当に入れていくことにした。歌えなければスキップしてもらえればいい。だけど、ルシエラはすべての曲を完璧に歌ってくれた。
「できた!」
カラオケにフリータイムで入って、六時間が過ぎていた。
「なあ、メロディが魔法の呪文なら、その魔方陣は楽譜だったりするのか?」
「えっ、そうだよ。よく分かったね。まあそうだよねー」
ユリアナは「やっぱり分かるよねー」みたいな顔をしている。
魔方陣っていったって、十三個の同心円が描いてあって、円と円の間に放射方向の線が等角度間隔に刻まれている。これは音符だ。十三個の同心円を横方向に引き延ばせば、ほぼ音ゲーだ。音の長さは示されていないが。
「じゃあさ、歌から楽譜を起こして円状に線を並べるアプリで印刷してあげようか?」
「その手があったか…」
「っていうかね、パソコンとスマホの中にそれらしきアプリが入ってたんだよ」
「えっ…」
「未来のユリアナとオレが作ったんだろうな」
「私の苦労はいったい…。もうヤダ!歌いまくる!」
そのあとはユリアナの独壇場で、さっきまでルシエラが歌っていた歌をおさらいしていくのであった。同じ声なのだけど、ユリアナの方がちょっと可愛いな…。それに、本物に近いような歌い方をしたりする。
そして、朝から歌い続けてとっくに昼は過ぎているので、カラオケ屋の高くて量が少ないメシを注文した。オレとルシエラはそれを食べながらユリアナの歌を聴いていたけど、ユリアナはひとときも休むことなく歌い続けていた。
「もう帰ろうよ…」
「ヤダ」
すでに日をまたいでいた。カラオケ屋の高くて量が少ないメシを頼んだのも二回目だし、ドリンクバーも何往復したことやら。
「明日仕事なんだよ…」
「わらわが疲労回復と治療をかけてやろう。ららら…♪ららら…♪」
ルシエラの可愛いアニメ声のロ長調と変ホ長調のメロディ。心も体もマジで癒される。オレはそのまま眠ってしまった。
起きたときには午前三時。ユリアナはまだ歌い続けた。オレも大学のときは朝六時に追い出されるまでよく歌ったものだ。でも社会人になってからはこれが初めてだ…。
「ユリアナ、もういいかな…」
「うん。満足した」
「こんな時間にバスないよ…」
「ひとけのないところでワープゲートを開くよ」
「世界を超えられるんだからそれくらいできるか…」
カラオケ屋を出て、路地裏に入り、ユリアナの変イ長調のメロディで開いたワープゲートで直接部屋の玄関へ。ワープゲートは異次元収納と似ていて、人間大の長方形状の蜃気楼のようだった。
オレはシャワーを浴びて一時間だけ眠り、ユリアナとルシエラにロ長調と変ホ長調のメロディで癒してもらい、かつてないほど万全の状態で出勤することができたのだった。
★★★★★★
★ユリアナ六十四歳
起きたら薫は出社していた。ブラックとはいわないけど、いつも忙しいソフトウェア会社の冴えないサラリーマン。薫はもはや私ではないけど、楽をさせてあげたい。なんとか楽にお金を稼げないか。金やダイヤを生成することはできるけど、足が付かないように売るにはどうしたらいいかな…。
「これなんかどうじゃ」
「競馬?競輪?」
「うむ」
「あっ…なるほど…」
予知能力者の金儲け…、ギャンブルか…。
「それならこっちだ!」
株だ!私は株なんて人の気分次第で勝ち負けの決まるギャンブルくらいに思っていたので、人の気持ちの分からない私は手を出したことがない。薫というのは、私の嫁のセラフィーマほどではないけど、物覚えが悪く人付き合いの苦手な人間だったのだ。せっかくだからここはチート能力でお金稼ぎしよう。
聖魔法か邪魔法を使えば、もっと簡単にお金が手に入るだろう。金運の魔法で教会の運営費をバカみたいに上げたくらいだ。具体的なことをお祈りすれば薫の給料をアップできるだろう。でもそんなことをしたら本当に邪な魔法だ…。いや、もう面倒くさいし、やり過ぎない程度にやっておくか…。仕事運の魔法で昇進させて、金運の魔法で昇給。健康祈願の魔法で残業を減らしてもらおう。ついでに、恋愛成就とか汎用の祝福とかもかけておこう。
「ふんふん……♪」
聖魔法で前世の自分を祝福するってどうなんだ…。まあそれとは別に、株もやっておくか。またマッチポンプじゃないか。
聖魔法というのは、私欲には使えないし、邪悪なことには使えない。他人の幸福を願うことにはよく使っているのだけど、いつも願いを叶えているのは私なんだよね…。
「そういうのはわからんから、わらわは競馬に行く」
「じゃあ、これ持っていって」
「昨日作っておったやつじゃの。んじゃぁの」
ルシエラに腕輪を渡した。私とルシエラを目にすると、「異世界」とか「魔法」とか定番のキーワードを忘れてしまう。それから、誘拐とか危害を加えようとしたことも忘れてしまう。撮影もできない。
邪魔法はことわりを管理する魔法。この世界で銀髪が当たり前という風にするにはさすがに膨大な魔力が必要になるけど、私たちを見たときだけに限定すればそれほどでもない。
薫のパソコンにログイン。指紋認証が登録されていた。株なんて初めてだけど、未来視できるし失敗したらタイムリープしてやり直せばいい。強気で行こう。
未来視で近いうちに上がりそうな株を買えばいいんだっけ?未来で常に株価のページを開いておいてくれないと、未来視しても株価を見られないよ。まあ、私が今そう考えた時点で、未来の私はそうしておいてくれるだろう。
そして数時間後、ルシエラは…
「ほれ」
「マジで…」
一〇〇万円くらいありそうな札束を五つばさりと落とした。
「おぬしはヘタレなのじゃ。もちろんあやつもヘタレじゃ。わらわが脱いで心魔法で性欲を三倍にしてやったのに、わらわに手を出さんかったぞ」
「そんなことしてたんだ…」
「向こうの世界でもそうじゃ。毎日もっと嫁を可愛がってやれ。あれだけ誘惑しておるのに、おぬしは何を我慢しておるのじゃ。嫁も可哀想じゃ」
「そうなのか…」
「もっと好きに生きるがよい」
「考えとく…」
私ってへたれなんだ…。でも強大な魔力を持つ私が欲に身を任せて生きたら、魔王になってしまうんじゃないかな。ヘタレくらいで丁度いいんじゃないかな…。
その日、薫は残業をせずに帰ってきた。さっそく健康祈願の祝福がかなった。
薫は携帯回線を二つ契約してきてくれた。これで私とルシエラの携帯を外で使える。
「なあ…、この札束…、何…」
「五〇〇倍の駄馬に時の流れの加速魔法をかけたのじゃ」
「未来視じゃなくてドーピングさせたんだ…」
その手もあったか…。ルシエラの方がチート魔法の使い方をよく知ってるな…。
「何これ…。株なんて始めたの…?」
「うん。あっ、今何時?これって売り時なのかな?やった!半日で一〇〇万!」
「マジか…。二人はオレの年収を一日で稼いだのか…。っていうか、オレのアカウントとかカード番号とか…」
パソコンで株価のページを開きっぱなしにしていたら、未来視で見た時刻に見たとおりの株価に上がっていた。
「おぬしを死なせかけたお詫びじゃ。気にするでない」
「う、うん…」
なんか、向こうの世界で領地経営で金策していたのがアホらしくなってくる。だけど、あのころは貴族の義務とかもあったしね…。今は自分の欲望に忠実に生きてるだけだしね…。
薫のいない平日は、生活を便利にするための魔道具を作った。異次元収納で部屋を拡張して、発魔器を設置。発魔器というのは魔力を生み出す魔道具で、発電機のようなものだ。燃料は不要で永久機関だ。
電気は雷の発魔器の魔力で生み出す。水は水の発魔器で発声させた魔力で生み出す。ガスは使わない。マシャレッリ家で開発したコンロはIHクッキングヒーターのようなものだ。お湯は火と水の発魔器で。暖房は火の発魔器で、冷房は水の発魔器で。光熱費ゼロだ。
それから、異世界に持って帰りたいものを買いあさったり。ものを持って帰ってもただのオーパーツになってしまうから、できれば作れるようにしたいのだけど、電子機器なんて作れるわけもない。いや、今買っても、薫が寿命で死ぬ頃には骨董品だな…。
次の土曜日、オーダーメイドした服が届いた。
「こんなひらひらなの着られんのじゃ…」
「ど、どうかな…」
「二人ともすごく良いよ…」
ルシエラは自分で試着して選んだのを、ツンデレらしく喜んでいる。
私はドレスも好きだけど、普通の日本の女の子をやってみたかったんだ。
普通のミニスカートをはいてみたかったんだ。ローゼンダールではスカートの長さは年齢によってだいたい決まっていたからね。それでもスヴェトラーナにシースルーのスカートを見せたら、ミニスカートとシースルーのロングスカートを流行らせてしまったけど。でも、ここでは本物のミニスカートをはけるんだ。
ちょっとかがんだりしたら見えちゃうかもって、なんだかすごくドキドキする…。っていうかむしろ見られたい…。これはマザーエルフのさがなのだろうか…。一度妊娠してから子宮年齢を元に戻してもずっと、自分大好きちゃんは変わらず残っており、自分を他者のエッチな視点で見たくなるのだ…。自分でパンチラしてみたいとか変態だ…。でもエルフってみんなけっこう露出狂みたいだし…。ルシエラの言うとおり本能に忠実に生きてみたいと思う一方で、日本人の常識が邪魔をする…。
しかし、スカートが短くなった一方で、胸元が見えないのはなんだか違和感がある…。日本じゃなくてアメリカとかに行けば、もっと堂々と胸チラもパンチラもできるだろうか。
私とルシエラが外を出歩いても、私たちを見た者は異世界人だとか魔法だとかいう目線で私たちを見ることができない。とても可愛いと思ってくれるだけだ。でもカメラを向けることができないように魔道具を設定してある。私たちを無断で撮った動画は次第に減っていった。だけど、私たちが住んでいる地域はもう割れてしまっているので、私たちを一目見ようとか、誘拐しようとかいう者は後を絶たない。しかし、一目見た時点で悪意を忘れてしまうのだ。ただ可愛いと見惚れて帰るだけだ。
「うーん…。どうやったら普通の女の子になれるのかな…」
「わらわは可愛すぎるから普通のおなごなどにはなれそうにない」
「そうか…。ひとまずカラオケでも行こうか」
「うむ」
薫が仕事の日は暇だ。部屋の改築も終わってしまった。ならば、全アニソン制覇でもしよう。
「ちょっとお嬢ちゃんたち。いや、エクスキューズミー?」
「えっ…」
ルシエラと駅前のカラオケに向かって歩いていたら、後ろから呼び止められた。悪意のある者は私たちに話しかけられないはずなのに…。と思ったら、おまわりさんだった…。悪意はなかった。たんに、小学生が平日の真っ昼間からぶらぶらしてるから職務質問してきただけだった…。
「あっ、私たち、日本語分かります」
「そうかい。キミたち、お母さんは…」
子供に話しかけたつもりが、私たちの胸を見て、それで正しかったのか再考の必要性に迫られた様子…。後ろ姿の大きなお尻とか腕からはみ出している胸とかは見慣れないので判断材料にはなっていなかったようだ。
「わ、わわわ、私たち…」
「ららら…♪わらわたちはこれでも成人しており、旅行中なのじゃ」
私が言いよどんでいると、ルシエラが嬰ト短調の洗脳のメロディを口ずさむとともに、堂々と言い放った。たしかにそうなんだけど。質問に答えてないし、パスポートで国籍や年齢も確認されなかった。でも洗脳の魔法によって、それだけで済ませたのだ。
「そうですか。失礼しました」
おまわりさんは去って行った。
うーん…。美少女とか銀髪とか抜きにしても、ロリ巨乳少女というのはバツが悪いなぁ…。少女なんだか大人なんだかよく分からない…。銀髪を曖昧にしてるのもよくないか。これが金髪なら、遊びに来てる外人でイケるのかな…。いや、少女じゃやっぱりダメか…。
なにげにあっちの世界の方が少女がほっつき歩いていても平気なほど平和になっていたんだなぁ。って私がそうしたんだけど。
そして、カラオケでルシエラとカラオケ本のアニメジャンルのページを総ナメにして帰ったのであった。総ナメっていっても、可愛いアニメ声専用の歌ばかりだけど。
ちなみに、リモコンのアカウント登録はもちろん、リモコンの検索もしないのは、薫がそういう脳みそのインデックス構造をしていたからだ。
私がローゼンダール王国に置いてきたお嫁さんの一人であるセラフィーマは、人の名前を覚えられない子だ。何十年も私のことをユリちゃんと呼び、ここ数十年は、やっとユリアちゃんと呼んでくれるようになったけど、フルネームを覚えるには至っていない。薫はそこまで酷くはないが、名前をインデックスにしてものを覚えるという脳みその構造をしていない。そのため、歌いたい曲の名前が頭にあって、リモコンで名前を入力してというやりかたになじめないのだ。
というのは、あくまで薫のやり方であって、転生して脳みその構造が変わった私はそれに従う必要はないのだけど、なんとなくこのやり方が好きなんだよ。それに、どうせ総ナメにするんだから、ランダムアクセスじゃなくてイテレートできればいいんだよ。
★★★★★★
★薫三十六歳
ユリアナとルシエラがやってきてから一ヶ月がすぎた。二人が来てからオレの生活は激変した。
二人はチート能力でいくらでもお金を稼げるようだけど、あまり極端に世界のバランスを崩すようなことはしたくないみたいだ。だから、オレは今も普通に会社に通勤している。
普通っていったらおかしいな…。オレは冴えないおっさんだったのに、細身で足長のイケメンに変えてもらったんだ。だけど、オレがイケメンに変わったこと誰も認識できない。オレがこの間までおっさんだったことと、今イケメンであることまで分かっているのに、おっさんからイケメンに変わったことは分からないんだ。いや、分かっているけど、「だから何?」という状態だ。だから、なんで急におっさんからイケメンに変わったのかとか、どうやったらイケメンに変われるのかっていうことは話題にならないのはもちろん、かっこよくなったよねーとかも言われない。誰がどう考えても魔法のような不思議な力で変わったとしか思えないのに、そういうことは考えられないようになっているんだ。
オレはかっこよくなったけど、チート能力をもらえなかった。だけど、チートアイテムはもらった。まず、いろいろなバフを付与するブレスレットとアンクレット。自動HP回復。自動疲労回復。筋力強化三倍。防護強化三倍。
満員電車で押し合いへし合いしても身体が痛くならないし、乗り換えでホームをめちゃくちゃ速く走れる。だけど、あんまりムリしすぎると、翌日に筋肉痛になる。これは超回復なので、魔法で回復してしまうと筋肉が鍛えられないので、よほどでなければ魔法で回復してくれないらしい。ただ、力加減が難しくて、いろいろなものを壊してしまいそうになる。
それから、両腕にはめた腕輪をクロスさせると発動する能力に時の流れの加速三倍というのがある。まあ、これを使えば、軽く走ってるつもりでも、ものすごく速く走れるんだけどな。
そして、擦り傷が自動で治ったり、食べ過ぎによる内臓へのダメージが自動回復したりもする。さらに、万が一、車にひかれて胴体が泣き別れになっても自動で回復するような強力な魔法がかかっているそうだ。もちろん、そんな奇跡のような現象を誰も不思議に思わないように認識阻害されている。
オレの仕事はほぼ一日中パソコンに向かってプログラミングすることなんだが、以前は忙しくて遅くまで残業が続いていた。だけど、ここ一ヶ月は急に仕事が減ってきて、定時上がりできるようになったんだ。大口だけど納期の緩い仕事が入ったんだ。おかげで、会社に余裕が生まれたんだ。仕事は楽になったのに、昇進もできた。
それもこれも、ユリアナのかけてくた健康祈願と仕事成就の祝福のおかげだ。ユリアナとルシエラは、いったいどれだけの魔法を使えるんだろう。ワープしたり、未来からものを取り寄せたり、人の心を読んだり、とんでもない魔法をたくさん使える。
そんなユリアナが魔法じゃなくて、普通に手をかけてオレに作ってくれたものがあるんだ。
昼休みになって、オレは鞄から一つの小さな風呂敷を取り出した。これはもう、毎日ユリアナが作ってくれているものなのだけど、最初にこれを作ってくれたときのことを思い出した……。
オレが朝起きると、オレのいつもの感触があるのは左手だけで、右手にはそれがなかったんだ。つまり、ベッドにはルシエラしか寝てなかったってことだ。
オレが起き上がると…
『あ、おはよー』
『おは…、ちょっ、ユリアナ!なんて格好…』
『えへへ』
1DKの小さなキッチンには銀髪の幼妻が立ってたんだ。それもエプロン姿で。エプロンだけまとった姿で。
『エプロンするときは脱がないとだよね』
『いやいやいや…』
前から見ると、胸の谷間とか、太ももが見えるくらいだけど、後ろや横から見ると何も着てないように見える…。角度によっては大事なところが上も下も見えちゃいそうだけど…。
でも、ユリアナにとっては、オレに対しては大事なところだけ守ればよいと思っているようで、それ以外の部分は基本的に無防備だ。とはいえルシエラはすべて無防備なわけで…。
ああ、オレは朝いつも必ず二人の胸に手を突っ込んでいるんだった…。二人はなぜ気が付かないんだろう…。っていうか、なんで毎朝そんなことになってるんだろう…。
それはさておき…、
『何やってるの…』
『見て分からないの?』
『弁当?』
『そうだよ』
『誰の?』
『薫のに決まってるでしょ』
『えっ…』
幼妻の作ってくれた愛妻弁当…。いや、愛がないのは知ってるんだ。ユリアナはこういうごっこ遊びをしてるだけなんだ。だけど、オレを喜ばせようとしてくれてるのは本気なんだよな。それって、愛っていえるんじゃないかな。
『うう…。ありがとう…』
『泣かないでよ。たいしたものは作れないからさ』
『ユリアナの料理は何でも美味しいさ』
ハンバーグ、とんかつ、唐揚げ、玉子焼き。タンパク質ばっかり。
まあ、マリネもちょっと入ってる。あとはおにぎり。デザートはリンゴ。
ユリアナの作ってくれる料理のほとんどは、時間停止のアイテムボックスに入っている異世界の素材らしい。その中には野菜だけがないそうだ。だから、ユリアナたちはスーパーに野菜だけ買いに行ってる。米はちょっとタイ米っぽくてパサパサだけど気にしない。
基本的に、すべて美味しくなる魔法がかかっているので、文句なしに美味しい。もちろん、そんな魔法なくても、幼妻の出した料理なら、紫色のどろどろだろうと、生なのに焦げ焦げだろうと、口の中で爆発しようと、喜んで食べるのだ。だけど、ユリアナの料理はそんな心配が全くない。ちょっと胃に重たいものばかりだけど、オレには疲労回復があるから内臓疲労も怖くない。
だけど、ユリアナがオレより早く起きるようになってしまったので、オレが朝起きたときに手を突っ込んでいる胸元はルシエラのだけになってしまった。右手の感触が寂しい。
と思ったら、ユリアナは一度に何日分も作って、時間停止のアイテムボックスにため込んでいるようだ。だから、翌日から普通にオレはユリアナの胸に右手を突っ込んでいた。
逆に、裸エプロンを見られなくなったのはちょっと残念。
まあ、そんなことを思い出しながら、オレは彼女の作った弁当の包みを開けている。
「なあ真北、それっておまえが作ってきてるのか?」
同僚の西田が話しかけてきた。
「そう見えるか?」
「まあな」
「ラインナップ的にそうかもしれないんだけど、別の可能性だってあるだろ」
「母親でも来てるのか?」
「別の人物かもしれないだろ」
「妹がいるんだっけか…」
「いるけどそうじゃない」
「後は誰が…」
オレはユリアナのことを頭の中でかってに幼妻とか言ってるけど、実際のところなんだろ…。同棲してるけど、ユリアナはオレのことを好きなわけじゃないし…。
まあ妻じゃないのは当然として、彼女ともいいがたいけど、世間的には彼女ということにしておくか。
「早く言えよ」
「はぁ…。彼女だよ」
「な・ん・だ・と…。もう一度頼む…」
「彼女だってば」
「何をどうやったらおまえに彼女ができるんだ」
しまったなぁ。設定を考えてなかった。まさか異世界からオレを助けるために来たとか言えないし。
「それは言わない」
「んじゃそれよこせっ」
「あっコラっ!」
西田はとんかつを指でつまんでほおばった。
「何これ、うんまっ!もいっこくれっ」
「ダメだ」
オレは弁当に伸ばされた西田の手を払った。筋力強化のおかげで、かなり速く動ける。だけど、力加減を間違えないようにしないと怪我をさせそうだ。
「ちっ…。冷凍食品じゃないみたいだな…。まさかの手作り…。紹介しろよ」
「しねーよ」
こんなアホにユリアナを紹介できるわけがない。いや、十歳くらいに見える子を彼女として紹介するなんて犯罪すぎる。
こうして、オレに彼女がいることが広まった。話したくなかったけど、彼女がいる人間といない人間ではやっぱり余裕が違うというか…。大学の時にオタクな彼女がいたときは、なんだか優越感があったけど、別れてからはオレには二次元の彼女がいっぱいいるからいいんだとか心の中で言い訳をしていた。
それが今はどうだ。三次元どころか別次元だ。まあ、結婚はできないけど、転生したあかつきには好きになってもらえるはず…。
しかし、そんなオレの気苦労をよそに、ある日、噂の彼女は訪れたのだ…。
「薫ぅ、弁当忘れたでしょ」
オレがパソコンに打ち込んでると、最近聞き慣れた甲高いアニメ声が後ろから聞こえたのだ。
「ちょっ、ユリアナ、なんでこんなところに…」
この会社は三十人規模の小さな会社だけど、だからといってなんでここまで入ってきてるんだ。弁当を渡しに来たのだとしても、受付に渡せば済むだろうに。
「おい、真北…、この子がおまえの言ってた彼女なのか…」
「そうだよ」
「こんな幼い外国人の子が…」
「幼く見えるけど、この国の人種は小柄だから、これでも成人してるんだ」
「あっ、西田だ」
「えっ、オレのこと知ってるの?」
「あっ…、えーっと、名札に書いてあったから…」
なんで呼び捨てで、知り合いがいた、みたいな言い方するんだ。
「ごめんなさい、私、日本人じゃないから、かってが分からなくて…」
「いいよいいよ。明日からオレの弁当も作ってくれれば」
「イヤです!薫だから作るんです!」
「ちぇー」
ユリアナ…。いつもとキャラ違う…。思いっきりオレの彼女を演じている…。だって、オレの腕を両手で抱きしめて「薫だから作るんです」なんて…。
ユリアナはオフィスを軽く見回して、遠い目をした。どういう意味?
「それじゃ、仕事の邪魔になるし、またね」
「ああ、またな」
「「「気をつけるんだよー」」」
この世の者とも思えないほど可愛くて、幼い感じのユリアナに、男も女もデレデレだ。
その後、オレはまたユリアナとのなれそめを問われることになったが、答えられないものは答えられない。オレがユリアナたちと一緒にいるかということを認識阻害してもらった方がいいだろうか。いや、可愛い彼女がいるってのは優越感に浸れて良いものだ。多少のバッシングは甘んじて受けよう。
オレは帰宅してユリアナに問い詰めた。
「まさかオフィスに顔を出すとは思わなかったよ…」
「えっ、えーっと、弁当なくて困ると思ったから…」
「いつもコンビニか近所の食堂だったんだよ」
「ほらっ、薫も彼女がいるって自慢できてよかったでしょ」
「そりゃ、まあ…。うん…。でも、会社の場所がよく分かったな」
「そ、そそそ、それくらい調べれば分かるよ」
「まあ、魔法で何でもできるもんな」
ユリアナはオレに彼女がいることを知らしめたくて、来てくれたってことか。オレが喜ぶことを何でもやってくれるんだよな。
だけど、ユリアナはオレのことを好きなわけではないから、オレが手を出したらオレのことを嫌いになるかもしれない。オレが寿命を終えてアニメ声の美少女に転生させてもらえるまでは、オレからユリアナに手を出すのはナシだ。
さて、ユリアナたちがやってきて初めての年末だ。だけど…、
「さすがに彼女として紹介するわけにはいかないよな…」
「それなら、わらわを妻として紹介するがよい」
「幼妻ってとても魅力的なんだけど…」
「なんなら初潮を早めて、デキ婚というやつでよいぞ」
「ちょっ…」
がつん。ユリアナがルシエラにげんこつを喰らわせた。
ユリアナたちはエルフの中でも頂点に君臨するマザーエルフという種族。その寿命は人間の一〇〇〇倍。十歳までは普通に成長するけど、それ以降の内蔵の成長は、身長と顔つきと一緒で、一〇〇〇分の一らしい。だから、人間の十二歳相当になる二〇一〇歳くらいに初潮が来るらしい。
だけど、一〇〇〇分の一なのはあくまで身長と顔つきと内臓だけであり、十八歳までは体つきは普通に成長するらしい。だから、ユリアナたちは十歳の身長で童顔なのに、大人の体つきをしているのだ。
そんなロリ巨乳なユリアナたちだけど、とにかく二〇一〇歳くらいまで初潮は来ないので、ルシエラは魔法を使ってそれを早めようかと言っているワケだ…。
「バカ言ってんじゃないよ!」
「わらわは本気じゃ」
「仮に子供を作るにしても、結婚してからだよ!」
「面倒じゃのぉ。おぬしらは本当にヘタレじゃ」
仮に子供を作るか…。そうだよな…。オレの今世ではオレとは結婚してくれないんだ。
「今回は諦めるよ…。オレ一人で実家に帰る。二人は好きなことしててくれ」
こうしてオレは、ユリアナたちナシで実家ですごすことになった。
「ただいま」
「お帰り。あれ…、兄ちゃん…イケメンだね…」
「あ、うん…」
妹の翼だ。独身の三十二歳。実家でバイトと穀潰しをやっている。
「あら薫、おか……えり……」
「ただいま、母さん…」
「おかえり、薫…」
「ただいま、父さん…」
去年までのオレが冴えないおっさんで、今のオレがイケメンだってことが分かるのに、オレが変わったってことが分からないんだ。面影がなくなるほどじゃなから、オレだって認識してもらえてるけど、ちょっと何を言ってるのかわからないよな。
うーん。そのうち慣れるかな。
ああ、ユリアナたちを彼女って紹介できたらなぁ。
■ユリアナ(六十四歳)
キラキラの銀髪。ウェーブ。腰の長さ。エルフの尖った耳を隠す髪型。身長一四〇センチ。
■ルシエラ(十六歳)
前世はユリアナの産みの親。今世はユリアナの娘。
キラキラの銀髪。ハーフアップ。腰の長さ。エルフの尖った耳を隠す髪型。身長一四〇センチ。
■真北薫(三十六歳)
冴えない独身サラリーマンだったが、魔法で美男子に変えてもらった。
■西田
薫の会社の同僚。
◆魔法の属性:シンボルカラー;音楽の調;効果
火属性:赤色;ハ長調、イ短調;火、加熱
雷属性:黄色;ニ長調、ロ短調;電気、光
木属性:緑色;ホ長調、嬰ハ長調;植物操作
土属性:橙色;ヘ長調、ニ短調;土、固体操作
水属性:青色;ト長調、ホ短調;水、解熱、液体操作
風属性:水色;イ長調、嬰ヘ短調;風、気体操作
心属性:桃色;ロ長調、嬰ト短調;心・記憶・感情操作
時属性:茶色;変ニ長調、嬰イ短調;時間操作
命属性:白色;変ホ長調、ハ短調;肉体・人体・動物操作、治療
邪属性:黒色;変ト長調、変ホ短調;世の中のことわりの管理
空間属性:紫色;変イ長調、ヘ短調;空間・移動操作、念動
聖属性:金色;変ロ長調、ト短調;祝福、幸せ、加護