入学初日の出会い
某魔法学校を彷彿とさせたらすみません
異世界もの書きたいなと思って走り書きしました
カツカツカツ、と軽快な靴音だけが、廊下にこだまする。
西洋の城のような造りの建物は、明るい色のレンガが積み上げられるだけで、近道できるような場所も特に見つからない。
梳かし切ってない淡い茶髪を揺らしながら、ルアルトは大広間へと駆けていた。
理由は単純明白、遅刻だ。遅刻と言うのも、電車に遅れ、森の道に迷い、更には学校に入るのにも一苦労だったからである。
ぜぇぜぇ、と息を切らしながら、ルアルトは大広間近くの広い廊下に出た。
ここまで来たならもうすぐ、恐らくあの大きな扉が大広間へ繋がる扉だ。
ルアルトは更にスピードを上げその大きな扉の真ん前まで来た。少しばかり息が上がっているが、ピシッとローブと襟を正し、その扉を開ける。
まだ見えはしないが、中からはガヤガヤと人の声が沢山聞こえた。
やはりここだ、胸の内でほっとしながら、ルアルトは扉の先へと足を踏み込む。
「なぁ、あれ新入生じゃね?」
そんな言葉がちらほらとルアルトを見て発される。
あれって……、刺されるような視線に耐えていると、後ろからの気配に全く気が付かなかった。
「新入生か? どうしてこんな所にいる」
野太い声が、背後から発される。
振り向けば恐らく、先生とおもしき人物と、自分と同じ立場であろう生徒達が続いて沢山並んでいる。
どうやら新入生は、まだ大広間に着いていなかったようだ。
ルアルトはすみません、と小さく呟いて俯きながらその列に混じった。四方向から、クスクスとバカにするような笑い声が聞こえる。初日から遅刻した上に規律違反なんて、そりゃバカにされて当然だ。
ルアルトはまた小さく、くそ、と呟いて進んでいく列に着いていくのだった。
「これより新入生の組み分けを行う、名を呼ばれたものから順番に前に出ろ」
そう言った先生らしき男の手には、長い羊皮紙があった。おそらく名が綴られて要るのだろう。
そして1番目を見張ったのは、何よりもその隣の机の上のものだった。兎?らしき不思議な生き物が、机の上に座っている。
ルアルトは目を凝らしながら、その生き物が本当にそこにいるのかどうか確かめる。どういう顔になっていたかは分からないが、隣のヤツに笑われていたので、酷い顔だったのだろう。
「なんで笑ってるんだよ、失礼だな」
ルアルトはまっすぐ隣の男に言う。するとその男は驚いたのか、メッシュ入りの長い赤髪を揺らしては、ルアルトに答えた。
「悪い悪い。そんな目でウサギ見るやつ初めて見たからさ」
やはり可笑しいのか、ルアルトよりも一回り小さな男は、笑っている。
「だってこの場面で兎だぞ!? 誰でも驚く!」
「俺はそんなにびっくりしなかったけど……」
「おいそこ、静かにしなさい」
ルアルトが声を荒らげて言うと、目の前の男が返している途中で先生が2人を叱り付けた。
またもや大衆の面前で恥ずかしい思いをしたルアルトははぁ、と大きなため息をこぼしているが、目の前の男はあまり気にしていないのか飄々としていた。
「ミリラ・シュバイ」
「俺じゃーん」
先生の声を節目に、名を呼ばれた先程の赤髪の男が前へと上がる。少しだけ段差があるのを知らずに、転けそうになっていたミリラを、ルアルトがクスッと笑ったのは別の話。
「名前と、年齢を言いなさい」
大人の男の人のような、落ち着いた低い声が、真っ白い兎から発される。見た目と声とのギャップに、ルアルト以外の生徒もギョッとしていた。
「今名前呼ばれたよ、てかそんな声なんだ」
ミリラは物怖じひとつせずに兎に返す。
「自分で言うことに意味がある、答えなさい」
「へーへー、ミリラ・シュバイ。15歳だよ」
面倒そうにそう答えるミリラを、少し奥に座っている先生達が品定めするように見ている。ミリラはそれに気が付くなり、少し上を見上げながら言った。
「あ、なになに俺の事気になるんすか? 自己紹介ってここでしていいんすか?」
にこにこして頭の飾に触れようとするミリラを、またもや兎の声が止めた。
「落ち着きたまえ、組み分けが済んでいない」
「そうでしたねー! んじゃ、チャチャッと頼みますね」
言い表すならば、不遜。その態度に大広間全体がざわめく。
「……君は、全てを兼ね備えているね。素晴らしい才能の持ち主だ」
「あ、分かっちゃいます?俺天才だから」
こんな態度のやつと仲良く話してたのか、ルアルトは今すぐにでもウインクを決めそうなミリラを見つめながらそう思う。
「だがしかし、人付き合いが苦手なようだ」
兎のその一言で、ミリラは固まる。ミリラはキッ、と淡い水色の瞳を静かに兎に向ける。ルアルトはその変化を、他とは違って見逃さなかった。
「……今関係なくない? それ。バカにしたのなら謝るし、早くして」
明らかに雰囲気が変わった。この場から抜け出したい、そういう声色。
「すまないすまない、君の反応を見たくてね。つい……それではたずねよう少年よ。君は黒と白、どちらの道を進む?」
兎がそう言えば、大広間全体はしん、と静まり返る。皆が、この時を待っていた。ルアルトはそんなこと知る訳もなく、何故こんなにも静かなのかはよく分からなかった。
「そんなん、黒一択でしょ」
「ふむ……君は、ブラックドーミトリーだ」
また兎の一言に、大広間がざわめく。おもには左側に集まった2つの寮から。この時ルアルトは「寮って4つあるんだなぁ」と呑気に思っていた。
「んじゃあね〜、ウサギのおっさん」
長い赤髪を揺らしながら、ミリラは真ん中の台から降りていった。相変わらず、生意気な態度は変わらないようだ。ルアルトは黒いローブに身を包んだ集団の中に紛れていく赤を、じっと見つめてからまた前に向き直った。
それからルアルトが数人の組み分けを見て学んだことは、2つある。
1つ、寮は4つ存在していること。
1つ、魔法は白と黒に別れ、黒い魔法はあまり良くないということ。
今のルアルトに分かることは、恐らくそれだけ。
そんなことを呑気に考えてこんでいると、いつの間にか残りはルアルトだけになっていた。おっ、とルアルトは身構える。
しかし名を呼んでいた先生は、ルアルトの名を呼ぶのではなく長い羊皮紙を包んでしまった。
「え、俺の名前は?」
つい、間抜けな声が出てしまった。
「お前の名はここには載っていない」
告げられた一言に、また大広間全体がざわつく。
確かにルアルトは、入学招待を受けてここに来た。
真っ黒なローブの奥側から、小さな赤が身を乗り出してこちらを見ているのに気がついた。
「ひゅー! ルアルトお前、ほんとに新入生かよ?」
とても楽しそうにミリラがルアルトを見つめる。
周りはそれどころでは無いようで、ルアルトよりも場を乱したミリラを見ている。
しかしそこにすかさず、またあの兎が口を開いた。
「ルアルト・ヴァーン、前へ」
びくりと体がはねるが、すぐさまルアルトは兎の前へと出る。慌てすぎて段差に転けたルアルトを、乗り出して見ていたミリラが死ぬほど笑ったのは、また別の話。
「あ、あの……俺の名前が載ってないって……」
「ルアルト、落ち着きなさい。君にははっきりと入学招待を送らせてもらった」
その言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。ではなぜ、ルアルトは兎に問いかける。
「ならどうして……」
「君は推薦入学者だ、特別用紙に君の名を綴らせてもらっている」
兎の言った言葉に、ずっとざわついていた大広間が揺れた。
「ルアルト・ヴァーン、黒か白か、どちらの道を進む?」
「……俺は……」
全体の期待の瞳が、ルアルトに集まる。
その中にはミリラや先生たちも混じっていて、ルアルトはとてつもないプレッシャーに襲われた。
ふぅ、と小さく息を吐いてルアルトは答えた。
「……黒、俺はそっちに憧れた」
ただ一言、憧れたと伝える。
兎はその言葉に瞬きひとつせず、優し声で伝える。
「君は――ブラックドーミトリーだ」
そしてまた、大広間へはがっ、と揺れた。どの寮も拍手喝采の様子だ。ルアルトはカチコチになった体を動かして黒いローブの集まる席へと向かう。
「幸運を祈るよ、ルアルト少年」
兎の一言に気が付くはずもなく、ルアルトはそのまま端っこの席に座った。
「おいルアルト! お前すげーじゃん!」
ズズ、と大きなグラスからりんごジュースを飲んでいたルアルトを、ミリラは隣に座ってげしげし背中を叩いた。
「いてっ、力強いよ……。めちゃくちゃ焦ったんだからな……」
「あはは! ありゃ俺でもびびる! 初日で退学者が出るかと思ってちょっと浮かれちまった」
楽しそうに愉悦の笑みを浮かべるミリラを、蔑むようにルアルトの目の前に座っていた白髪の男が口を開く。
「……静かにしてくれないかな、そんなに不吉なこと、あまり言うもんじゃない」
「あ? 別にお前に関係無いだろ」
ばち、とお互いの瞳から火花が走る。
ルアルトはまぁまぁ、と2人をたしなめながらりんごジュースの入ったグラスを置いた。
「俺も全然気にしてないし、入学早々喧嘩は内申にヒビ入るぞ?」
その言葉を聞くと、白髪の方はすまなかった、と口を閉じた。一方のミリラは、あまり腑に落ちていないようだが、口をキュッと閉じた。
波乱万丈な気がする魔法学校生活、だがルアルトは、少しだけワクワクしていた。
一応言っておくけど、これは俺が憧れたかっこいい魔法使いになるための、学校初日だ。