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チカのこと  作者: 秋月カナリア
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 よく晴れた秋の日だった。

 何かの学校行事があって、授業は午前中で終わった。

 私はお弁当を食べて、図書室で勉強をしていた。窓から心地よい風が入ってきていた。気温はまだまだ高かったが、夏のような湿度はなく、爽やかな気候だった。

 次の日は休日で、テストもしばらくはない。どことなく、うきうきとした気分になった。籠もって勉強だけするのは惜しくなった私は気晴らしに、美術部を覗きに行くことにした。

 渡り廊下を通るときグラウンドのある方角を見た。姿は見えないがサッカー部が練習しているのが声でわかった。かけ声とボールの微かな音が聞こえた。だがすぐに、吹奏楽部のホルンの音の方が、大きく耳に届いた。

 薄暗い建物に入り、美術室に向かう。

 私は美術を選択していなかったので、美術室にはこうして友人に会いに行くときにしか入らない。

 美術室では友人が一人、自分の身長よりも大きなキャンバスに絵を描いていた。異国の女性がシタールを奏でている油絵だった。

 私はたびたびその友人のもとを訪れれていた。くだらないことを喋りながら、友人が絵を描く姿を眺めるのが好きだった。

 もう完成しているように見えるのに、友人はキャンバスにいろいろな色をのせていくし、思いつきで、鳥を描き加えたりしていた。

 私は部活に入っていなかった。学年は二年生になっていたし、これから入ろうとは思っていなかった。入ったとしても一年も経たずに引退しなければならない。

「こんなに見に来るなら、美術部に入れば良いのに。教えるよ」

「いいよ。こうして見ているのが好きだから」

 見ているのが好き、と口に出してみてから、チカのことが頭に浮かんだ。

 ゴール前、両手を腰にあて、俯いて、足のすぐそばにはボールを見ている。運動部にしては少し長めの髪が風になびいて、煩わしそうに手ではらう。

 そういえば授業中も、同じように髪を手ではらっていた。

 髪を結ぶためのゴムでもプレゼントしようかと考えて、それもなんだか妙だと思い直した。

「なにニヤニヤしてるの?」

「ニヤニヤしてた?」

「鏡みてきなよ」

 幸せそうな顔だよ。友人はそう付け加えた。

 そうか、幸せそうな顔か。

 私はチカを眺めていると幸せなのかもしれない。

「どうしたの?」

「世界の真理に触れた気がして」

 私が大袈裟に言うと友人は笑った。

「そういうのはすぐに消えちゃうから、大事にしときな」

 のんびりした声でそう言い、私に背を向けると絵の続きを描き始めた。

 私はもう少しその背中を見ていたかったが、友人を邪魔しすぎるのも悪いかと思い、声をかけて美術室をあとにした。

 大事にする、大事にする。

 日記にでも書くか、それとも小説や、詩にするか。

 恥ずかしい考えだと思いながら階段を降りて、再び渡り廊下を通った。相変わらず吹奏楽部の音は聞こえるが、サッカー部のかけ声は聞こえない。練習は終わったのだろうか。

 私は図書室へ戻るのをやめて靴を履くとグラウンドへと出てみた。

 陽光が眩しくて、しばらく立ち止まり目を閉じる。頬に日が当たって刺すような暑さだが、風が冷たくて心地よい。

 目を開ける。まだ少し眩しかったがそのまま歩き出した。

 空の色が夏のころより淡く感じる。

 完璧な一日、というものがあるとしたら今日のような日ではないだろうか。

 遠くでチカを見つけた。

 他には誰もいない。

 私は校舎を振り返った。

 視界の範囲には誰もいなかった。

 遠くでトランペットの音がした。微かに人のざわめきも聞こえた。

 注意深く周囲を見渡す。

 まだ多くの学生が学校に残っているはずなのに、今、この瞬間、この場には私とチカしかいなかった。

 もう一度チカの方を向くと、大きな声でチカの名前を呼んだ。

 チカが気づかないものだから、私は何度も名前を呼びながら、チカに駆け寄った。

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