眠らない棺〜夜に謳う静謐〜
サラッとお読みください
あれからどれだけの時間が経ったのだろう。お父さんは?お母さんは?ああ……私達も、愛する人達も憎い人も皆んな死んだんだった……。あれ?でも何時も『私』の名前を呼んでくれてるのは誰?
名前……私達は誰?私達の名前……。
「もう、十分だよ。私が貴女達の想いを受け取ったから……もう眠ろう?貴女達の呪いを私が受け止めて眠らない棺として生きていくから」
『ああ……もう眠っても良いのね……やっと愛する人のところへ逝ける』
「逢えるといいね……それじゃあ、私のことを呼ぶ人達がいるからもう行くね」
『……ありがとう。どうか貴女だけは幸せに生きて……エリン』
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「……リン様。エリン様。……どうか目を覚まして下さい……」
お父さんとは違う、優しいテノールの声が私を呼び起こす。重たい目蓋を震わせながら目を開けると麗しの騎士さんが無表情で私の涙を優しく拭っていた。そんな麗しの騎士に笑って見せると、一瞬ホッとした様に息を吐いた。
「麗しの騎士さん、全部終わったよ。……約束通り名前を教えて?」
「第一近衛兵団団長、リュシール・ベルトルトと申します」
麗しの騎士さん、リュシールさんは拳を胸に当て跪く。私はお姫様じゃないんだから、そんなにかしこまらないで良いのに。
「今、マリコ様とダンベール様をお呼びしますので少しお待ち下さい」
「お母さんとお父さんね。ねぇ、私が眠りについてからどのくらい経った?」
「一年と半年でございます……お待ちの間、少しでもこの果実を口にしていて下さい」
「ありがとう、なんか急にお腹減ってきたから助かる」
リュシールさんが素早くお父さんとお母さんを呼びに行くと、私は渡された綺麗に切られた果実をちまちまと食べる。この死にゆく世界で、果実がどれだけ貴重か。それを毎日、お父さんもお母さんもリュシールさんも用意して私がいつでも食べられるようにしていた事を私は知っている。多くの愛し子達の感情が入り乱れる中、僅かに残っていた『私』がちゃんと覚えているから。
桃に似た果実をもぐもぐしていると、扉の向こうから走ってくる音が聞こえる。すると扉を壊す勢いでお父さんとシンプルなドレスを着たお母さんが入ってきて二人一緒に私を抱きしめる。お母さんなんて涙で顔がグチャグチャだ。お父さんは力強く私とお母さんを抱きしめてくる。
「よかった……!!エリン……!!」
「すまない……エリン。全てを背負わせてしまって……」
「……うん、起きるの遅くなってごめん。さてと、やる事やってしまおう!!」
抱きしめられたまま、ぐいっと背伸びをする。お母さんとお父さんの抱擁から抜け出し、床に足を下ろして自分の力で立ち上がる。一年半もベッド生活だったからフラフラするが歩ける、大丈夫だ。
「リュシールさん、街にある枯れた巨木があるでしょ?そこに連れて行って」
「リュシールとお呼びください、エリン様。……何故、巨木がある事を?」
リュシールは少し考えるように眉を寄せたのでリュシールに近づき、眉間の皺をグリグリと揉み解す。
「今までの愛し子の中に、この国の生まれの人が居たの。その人の記憶が教えてくれた」
ニシシと笑い裸足のまま私はドアに向かって歩き出す。一刻も早く『皆んな』の目を覚まさないと。
「お待ちください、せめて着替えだけでも。陛下にもお会いして頂けると幸いです」
「精霊達の目覚めと、王様……どっちを取るの?」
私はリュシールの目を鋭く射抜く。私は私の好きに生きる。誰の言葉も私を縛ることはできない。私はリュシールを睨みつけてからドアへとフラフラしながら向かう。
「お待ち下さい。申し訳ありませんでした……嫌でしょうが、私の背にお乗りください。街の枯れた巨木まで命を賭けてでもお連れします」
「うん、よろしくね」
一見可憐に見える背中だったが、おぶさってみるとかなりの筋肉がハッキリと分かる感触がした。私はリュシールの筋肉を指でなぞりながら堪能する。リュシールは何も言わず、スタスタと城の中を歩き出す。その後ろをお母さんとお父さんがついて来る。
お城の人達は私を見るなり次々と祈るように膝をつく。私ってはいつの間に有名人になったんだ?広い城の中をキョロキョロと見ていると、前から従者を連れた青年がやってきた。
「愛し子が目覚めたと聞いて、執務を投げ出し来てしまったよ。愛し子とまともに会話すらした事もなかったから気になってさ」
「殿下、申し訳ありませんが愛し子様の用件が先です。それでは」
リュシールは頭を下げ、殿下と呼ばれる青年の横を通り過ぎ様としたが、青年は私の伸びきった黒髪を強く掴んで来た。リュシールが直様止まり、私の頭に痛みを与えない様に振り返る。
「つれないなあ。愛し子は僕の妃となるかもしれないんだよ?少しくらい良いじゃないか」
『赤き青き炎よ、燃えあがれ』
私がそう唱えた瞬間、私の掴まれた髪が炎に包まれた。殿下と呼ばれた青年の手も炎に包まれ手を焼いていく。だが私の髪は私を守るように燃えずにそのままだ。青年は痛みで手を離すが顔は面白い玩具を見つけたように笑っていた。
「わあ……君、本当に愛し子みたいだね。今度お茶でもしようよ」
「うざい、失せろ変態」
「殿下、今はお下がりください」
お父さんが私達の間に入りこれ以上揉めないようにしようとする。すると私をおぶるリュシールの腕に力が入った。どうしたのかと後ろからリュシールの顔を覗くと、今まで見たことの無かったリュシールの怒りを我慢する表情で、私は内心びっくりしたことは内緒だ。
「うん、今日はここまでにしておくよ。世界の方が大事だしね。それにリュシールをこれ以上怒らせない方が良いみたいだし」
ヒラヒラと火傷をした手を振り、殿下さんは去って行った。お父さんはホッとした顔をしていたが、リュシールだけは殿下さんの背を睨んだままだった。
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終わらない光の中、外に出ている人間は少なく、皆が下を向きその瞳には光が無い。終わらない朝を皆んなはどう思っているのだろうか。精霊が眠りにつき、雨も降らず、大地は枯れ、微風すら吹かない。それを魔法でなんとか生き残ってきた人々。愛し子達を忌避し、殺し続けた人間達の子孫。
本当に救う価値はあるのだろうか。
「坊主!!今度こそ許さねえぞ!!」
「許してください……!!お母さんが……!!このままじゃお母さんが死んじゃう!!」
「お前の母親なんぞ知った事か!!」
目の前で男の子が泣きながら商人の男に縋っている。ああ、どこまでいってもこの世界は同じ事を繰り返すのだ。
「リュシール、降ろして」
リュシールは何も言わず、私をゆっくり降ろした。裸足のまま殴られても泣き縋る男の子に近づき、声をかけた。
「ねえ、そこの男の子。……この世界は誰のせいでこうなったと思う?」
「……?……お母さんが言ってた。皆んなが闇の愛し子様を虐めたからだって……手を差し伸べなかったからだって……」
「その闇の愛し子が悪いって思わないの?」
男の子は涙をゴシゴシと拭き、少し考えるように下を向いた。私は次に商人に問い詰める。商人は息を荒げ息をして私を睨みつけてきた。
「なんなんだ、女!!お前が此奴が盗もうとした薬草の金を払うのか!?」
「ねえ、貴方はどう思う?こんな世界になったのは誰のせい?何をしたせい?」
「そんなの愛し子って馬鹿らしい奴らのせいだろ!!」
「……そっかあ」
「違う!!お母さんが言ってたもん!!愛し子様は何も悪い事してないのに、皆んなが虐めたからだって!!だから僕達は罰を受けてるんだって!!だから……お母さんが光病になったのも精霊様達からの罰なんだって言ってたんだ!!」
「……君みたいな人ばかりだったら良いのにね。そんな願いを込めて、私が君に贈り物をしよう」
私は枯れ果てた巨木の前に立ち、大きく息を吸い目覚めの唄を謳う。
『
赤き青き炎よ、命の灯火を讃え踊り、時に全てを燃やし尽くせ
優しき流れる水よ、恵みの雨を降らせ、時に全てを流せ
癒しの風よ、世界の全てを廻るそよ風となりて、時に刃を向けろ
豊穣の土よ、生命に実りを、時に枯れ果てろ
その手が拓く未来に、闇に手を伸ばす
静寂に微睡み、夜に謳う静謐
柔く 光散りて闇の去り行く暁
闇へと進む虚ろな己を欺いて
紡ぐ理
光去り行く黄昏
選ぶのは正しき道、全ての嘆きも笑顔も 悔いも夢も きっと行く末に迷い疲れきっと
狭間へ沈みゆく彷徨い揺蕩う魂よ、眠れ
狂い果ててゆく我が意を誰が知るや
』
謳い始めると、枯れた巨木が命を取り戻すかのように巨大な若木へと変わり、地面からは大量の草木達や花が咲き乱れる。淡い光達が地面から浮かび上がり自由に踊るかのように空を飛び回る。
朝焼けだった光が沈み始め、空が綺麗な黄昏色になる。何が起こったのかと家に閉じこもっていた人々が次々と外に出てその光景に目を奪われ、喜びの声をあげる。
「愛し子様が……愛し子様が精霊様達の目を覚まさせてくれたんだ!!」
「許されたんだ……許されたんだやっと!!」
「夜がくる!!やっと夜がくるんだ!!」
「精霊様!!どうか、どうか恵みを!!」
私は足の下に生えた草を引っこ抜き、先程の男の子に渡す。男の子は驚いた顔をしながらも、草を握りしめた。
「さっきの薬草ってこれだよね?そこら辺にいっぱい生えてるから持っていきなよ。タダだし?」
男の子は目を見開き涙をポロポロと流す。私は笑って男の子の頭を撫でて、そっと背中を押してあげる。
商人の男は我先にと薬草を乱暴に引き抜いていたので、飛び回る光もとい、妖精さんに商人の男に悪戯をするように頼んだ。
「エリン様……一つお聞かせ下さい。最後の『狂い果ててゆく我が意を誰が知るや』……とは?何か意味があるのでしょう」
「……さあ?女の秘密。それより今度ちゃんとデートしてね?」
ありがとうございました!