マックス、出番なし
イシュール聖国の首都ハラシュにある小ライアコラ宮では、執務室とだけ書かれた部屋の奥に置かれた大きな机の向こう側に、大柄で以前は筋肉質だったことが伺える、豪奢なキャソックに身を包んだ男が尊大なポーズで座っていた。
その男の前には、瀟洒なスーツに身を包み、かき上げスタイルのアップバングにスタイリングされたニュアンスカールのハンサムな男が、突然その部屋に呼び出され、嫌な汗をかかされていた。
「猊下、これは何かの間違いです」
イシュール聖国に猊下と呼ばれる男は一人しかいない。イシュール教の総主教であり、イシュール聖国の王でもある、ハノーク・サマルカンドただ一人だ。
イシュール聖国は、イシュール教の総本山として成立している宗教国家で、強権を持ったハノークと呼ばれる王によって統治されている。
すべての王族は、王になるとともにハノークの名前を継ぐことになる。ハノークは王の名前であり、その立場の名称でもあった。
つまり、イシュールの王は、すべて「ハノーク・サマルカンド」を名乗るのだ。全にして一。それがイシュールの王だった。
イシュールの古い言葉で「神に捧げられたもの」を意味するこの言葉は、それが、神に捧げられ伴侶となった乙女のことであると解釈されている。ロマリアの初代国王は、この乙女と神の子なのだ。それがロマリア王国の正統な直系であることの証明でもあると、イシュールでは信じられていた。
クレリアの教皇は神に使えるものの代表であり、ユールは神に法を授けられた国家であるため、神の直系を自任するイシュールとしては、彼らが自分たちに仕えるのが当然だと考えられていた。
もちろん、クレリアやユールにとってみれば、イシュールは神の血族を僭称する不届き者と言うことになっている。
「ほう、間違い。ノーライアの密使殿はその報告がでたらめだというのだな?」
密使と呼ばれた男の前に展開されたホログラムには、先日行われた聖地奪還の戦闘の報告書が表示されていた。
そこには、ノーライアが安くない見返りと共にイシュールに提供した航宙航空フリゲートが聖地の丘の上に落下して、聖地そのものが消し飛んだ顛末が書かれていた。
だが、たかが辺境の地上戦で最新鋭のフリゲートが簡単に沈められたその事実が、密使の男にはどうしても信じられなかった。
あり得るとすれば運用の失敗だが、今回のクルーはノーライア軍から連れてきた航宙艦乗りのスタッフたちだ。練度が足りないなどと言うことはないはずだった。
「いえ、もちろん起こったことは事実なのでしょうが、我が帝国のフリゲートが、地上からの攻撃で簡単に沈むなどと言うことがあり得るとはとても……」
それを聞いたハノークは、皮肉な笑顔を浮かべながら軽く左手を振った。すると、密使の目の前のホログラムに、フリゲートからの最後の映像が流れ始めた。
「こ、これは……」
「まあ、密使殿が信じられないのも無理はない。それはフリゲートが攻撃を開始した際の記録だ。ぜひ最後まで見て行ってほしいものだ」
そこには、フリゲートが相手の陣地の上で、掩蔽壕破壊弾をばらまいている様子が映し出されていた。
敵陣からの攻撃はないか、ないも同然かと言った様子で、ブリッジにも焦りのようなものは一切感じられなかった。
何しろ縮退炉が停止しているとはいえ、航宙艦のシールドだ。通り一遍の地対空ミサイルや、対空レーザーでは艦本体に傷もつけられないどころか届きもしないだろう。
一方的に相手を殴りつけるだけのそれは、とても戦闘と呼べるようなものではなかった。
もしもこれを墜とせる相手がいるとしたら、同サイズ以上の航宙艦くらいなものだが、レーダー類には航宙艦どころか、戦闘機やドローン群すら飛んでいないことが示されていた。
「さて、そこだ」
ハノークの言葉に、密使は画面に一層集中した。
そして次の瞬間、地表に何らかの図形のようなものが描かれた気がした直後、カメラが大きく振動すると、パニックに陥ったような叫びや報告が飛び交い、明滅するスクリーンには徐々に地表が近づいて――
「映像はそこまでだ。それで、密使殿としてはどう思うかね?」
「攻撃を受ける前に、なにか地表に図形のようなものが見えましたが……」
ハノークは小さく頷くと、彼の前にその画像をクリーニングして明瞭にした拡大画像を表示した。
「これは……」
「ノーライアにはそれに関する情報があるか?」
それは非常に精緻で複雑な文様だった。
現代科学の武器で、似たような文様を描くものはない。少なくともノーライアには。強いて言うなら、魔導士ごっこをするための子供のおもちゃに似たようなものが――
「まさか……まさか、魔導兵器?!」
魔導兵器は、ロマリア時代に作られたと言われている集合魔法を利用した兵器で、今では遠い伝説の中にしか存在しない幻の兵器だ。
とはいえ、現代兵器に匹敵するような威力があるかどうかは疑わしかった。つい今しがたまでは。
「密使殿は、ロマリアの遺産をご存じか?」
「ロマリアの遺産?」
長年にわたってカーマイン共和国と事を構えているノーライア帝国は、宗教を利用したカーマインの分断工作を実行に移そうとしていた。
外部に向かっては強固なカーマインだが、共和国と言う政治形態や民主制の発達に伴って、信教の自由や個人の自由が何よりも勝るなどと言う幻想が蔓延した結果、内部をつついてやれば簡単に崩壊するような社会構造が出来上がっているとノーライアは分析していた。
いくつかに分断さえしてしまえば、そのどちらかと協力して、残りの勢力を手に入れることは比較的容易だ。
最高に分断に利用しやすいのは、民族と宗教だ。どちらも盲目的に信じられている括りと言えるだろう。
そのために、彼らはもっとも峻烈な教えを受け入れているイシュールに目を付けたのだ。イシュールに大きな力を与え、それを取り込むことでカーマイン内に間接的なノーライア帝国を作り上げるために。
その研究の過程で、ロマリアの遺産についても、その存在だけは確認していた。
「それは、あの初代ロマリア王の手記に出てくる?」
「さすがはノーライア。三宗教の上層部にしか伝わっていない伝説をご存じとは」
ロマリアの遺産。
テラバウム標準歴七年に行われたロマリアの最初の首都――現在の聖地がある場所だが――の発掘調査で、いくつかの重要な宗教的な文書と共に、当時から見ても四千年以上前の簡素な本が発見された。その本こそが、パウレム・ロマリアヌム・ミレニウス――ロマリア王国初代国王――の書いた手記のようなものだった。
ロマリアの遺産は、それを手に入れさえすれば、簡単に世界を手に入れられるほどの何かだということだけが、その手記で言及されていた。
その時発掘された文章の宗教的な重要性から、件の手記も教会の上層部だけが閲覧可能な最高の秘文書として、三大宗教それぞれが持っている特別な書庫に収蔵されていた。何しろその当時、三大宗教は一つの宗教だったのだ。
「ではあれが? すでにクレリアが手に入れていると?」
「もちろん、それに見せかけたハッタリかもしれんがね」
しかし、もしもあれが武器だというなら、確かに強力な武器なのかもしれないが、それひとつで世界を手に入れることができるだろうか。いかに八千年前の話だとしても。
密使には、それが疑問だった。
「いずれにしても、あなた方の協力は役に立たないどころか、我が国を窮地に陥らせた」
次に密使の前に表示されたのは、クレリア皇国とユール共和国から別々に届いた、聖地喪失に関する弾劾の書類だった。
「その責任は取っていただけるのでしょうな?」
「せ、責任と申されましても……」
宇宙圏で一二を争う星間国家が、辺境の一惑星の、さらに一国家に迫られるという状況に焦りを覚えながらも、密使の男はめまぐるしく思考を回転させていた。
「そうだな。ロマリアの遺産が本当に見つかっているのかどうかを調べてもらおうか。そして、もしも見つかっているのだとしたら――それを手に入れてくれるなら、今回の失態は不問にしよう。あれは本来我が血筋が所有するべきものだからな」
「わ、分かりました。本国とも連絡を取ってから回答します」
「よろしく頼むぞ」
密使の男が頭を下げて足早に退室した後、ハノークは、フリゲートの最後の映像をもう一度表示した。
聖地の丘をクレーターにしたのは大問題だが、どうせ聖地などただの記念碑的な場所に過ぎない。
巡礼地にしたところで、こんな辺境までやってくる信者の数などたかが知れていて、大金になるわけではなし、たとえ失われたところで、聖地はそれぞれの心の中にあるのですとでも言っておけばどうにでもなるだろう。
問題は、そこにあったはずの何かだ。
ハノークは、精緻な文様を描く魔法陣のようなものを表示すると、それを指でなぞるように触れた。
もしもクレリアがそれを手に入れていたのだとしたら、あの宰相がそれを利用しないはずがない。
前教皇の急死以来、どうにも行動が胡散臭い男だ。自ら教皇に成り代わろうとするくらいのことは平気でやるだろう。なにしろクレリアの教皇になるために必要なものは、ハノークと違って血ではないのだ。
あの宰相が動きを見せず、しかも本当に前線でそれが使用されたのだとしたら、それを手に入れたのはクレリアではなく――
「バイアムの連中かもしれんな」
ハノークは、軍務卿を呼び出すと、クレリアのバイアムとの繋がりを疑われたバイアムの連中に、探りを入れさせるよう命じた。
宗教家は権力の階段を上るたびに神から遠ざかる。
実にもっともなことだと、彼は実を落としてしまった庭のロートシドラ(香りのよい実をつける木)を見下ろしながらそう思った。
****
聖地の丘が平地になってから数日後、ユール共和国の首都サーレムでは、賢人会議と呼ばれる7人のメンバーが集まって会議を行っていた。
ユール共和国は、ユール教の総本山だ。
もともとは、聖地を追い出されて以来流浪の民となった人々が、力をつけて、いつか聖地を取り戻すのだと言う盲目的な目標の元に集まった国で、力とは経済だとの考え方から商売人が非常に多かった。
彼らの国では、大聖人は大商人なのだ。
政治は、賢人会議と呼ばれる7家のメンバーによって執られていて、議会が選挙ではなく推挙に基づいて構成されているため、事実上7家の独裁的合議制に近かった。
悪く言えば、七つのマフィアのファミリーがあつまって、国家を支配しているようなものだ。
その会議が行われているビルのロビーで、高価なスーツに身を包んではいるが、もっとアクティブなタイプに見える男が、線の細い貴公子然とした男に向かって毒を吐いていた。
「何が賢人会議だよ。賢人なら聖戦なんて儲からないことは止めて、放置しとけっての!」
「おいおい、イフターハ。いくらゴールドバーグの跡継ぎったって、言っていいことと悪いことがあるぞ?」
アクティブなタイプは、イフターハ・ゴールドバーグ。賢人会議の構成員である、ゴールドバーグ家の次期総領と目されている男だ。
貴公子然とした男は、ネイサン・ミスリラーシュ。こちらも同じ構成員である、ミスリラーシュ家の二男だ。
「聖地になんの価値がある? 一銭にもならないどころか戦費を食いまくって、肥え太るのはバイアムの連中だけじゃねーか」
賢人会議の行われているビルのロビーだけに、ほとんど警備の人間ばかりで誰もいないとはいえ、ビルの外にはマスコミの連中がうじゃうじゃたむろしている。
あまりにユール教の教義から逸脱している発言を聞かれては、彼の将来に禍根を残すだろう。
「その聖地だけど、平地になったってのは本当らしい」
「ざまーみやがれ。これが本当の天罰ってもんだ」
イフターハのあまりに子供じみた意見に呆れながら、ネイサンは言葉を継いだ。
「一応、事が発覚してすぐに、先行して弾劾の文書を送っておいたそうだ」
「そりゃそうだろう。大切な大切な聖地が破壊されたのは、どう考えてもイシュールとクレリアのせいだ。取れるものは取れるところから取れるだけ頂かなきゃな」
イフターハの信仰は、すでにカネの神に捧げられているようだ。ある程度ならユール流のジョークで済むが、度が過ぎれば異教徒扱いは避けられない。
これ以上この話を続けるのは拙いと考えた彼は、話題を変えた。なにしろロビーの硝子は透明だ。弾丸は通さなくても光は通過させる。彼の映像を読唇AIにかけられれば話の内容など筒抜けになる可能性があった。
それに彼は露出も多い。AIに修正学習させるのは容易だろう。ネイサンは、この幼馴染が非常に危うく見えて心配だったのだ。
「そう言えば、クレリアの聖都の競売会社から、うちの調査機関に鑑定の依頼が来たんだ」
「クレリアから? それじゃあ遺物関係か?」
いかに聖地を奪い合っているとはいえ、それは宗教の話だ。国家間の経済活動を完全にシャットアウトしている訳ではなかった。
そして、ロマリア時代の遺物鑑定にかけては、ユールの調査機関、特にミスリラーシュ保険の調査部が、星間一を自他共に認められていた。
「聞いて驚け。対象はロマリ金貨だ」
「ロマリ金貨?」
ロマリ金貨は、数こそ少ないが年に数枚は出物がある。
しかし、すでに世の中に出回っているそれは、どこかの鑑定書が付けられていて新たに鑑定するようなものではないのだ。
「つまり新規のってことか? 一体どこから?」
「それがな――」
ネイサンが声を潜めてした話によると、その金貨はまるで昨日作られたかのような状態だったらしい。
状態だけ見れば、どう見ても良くできたレプリカだったが、ミスリラーシュ保険が誇る、あらゆる科学的検査にパスしてしまい、結果として本物としか判定できなかったらしい。
「そんなバカな……年代測定は?」
「対象が、常磁性物質でもなければ有機化合物でもないし、起点――この場合は鋳造時だが――以降に置かれていた環境もはっきりしない。正確なところを判定するのは難しいね」
「それで、出所はどこなんだ?」
イフターハの質問にネイサンは少し躊躇したが、ここだけの話だと断ってから、彼にその出所を告げた。
「聖地の丘、だそうだ」
「……まさか、遺産か?!」
ネイサンは首を振って「分からん」とだけ答えた。
だが、新品同然のロマリ金貨が聖地の丘から出たとなると、遺産の話を知っているものなら全員がそれを想像するだろう。なにしろ『世界を手に入れられる何か』なのだ。
経済を力だとみなすユールの立場で言えば、莫大な財宝だと考えるのが一番しっくりくるように思えた。
「出品者は?」
「さすがにそれは鑑定会社に開示されないよ」
「そりゃそうか」
だが、これは調べる価値がある。
「そのオークションっていつなんだ?」
「次回の星間ネットオークションに便乗するそうだ」
「すぐじゃないか?!」
こうしちゃいられないとばかりに、イフターハは立ち上がった。
彼にとって、すでに聖地の丘の件にどのような判定がでようとどうでも良かった。
今はただ、遺産を受け継いだかもしれない誰かと話がしたかったのだ。
****
「資材庫が荒らされていた?」
ハロー砦の司令官であるキリエル中尉は、司令官室で秘書官から聖地調査隊の初期報告を受けていた。
聖地の丘の上にイシュールのフリゲートが墜落したのは確かだったようだが、当の現場にはそれ以外にも不可解な事柄がいくつか見つかっていたのだ。
「はっ。前線を調査したところ、確かにフリゲートは聖地に墜落、丘は丸ごと消失していました。そして、非常に古い書付などの痕跡が散らばっていました」
「痕跡?」
「おそらく書庫か何かが丘の内部にあったと思われます」
「そんなものが、フリゲートの墜落と爆散にもかかわらず残されていたのか?」
「専門家の話によりますと、非常に強固な保存の魔法がかかっていたようだということです」
「かかっていた?」
「さすがに、あの爆発ですから……大部分はそのエネルギーと相殺して、ただの羊皮紙になっていたそうですが――」
「原型はとどめていたのか?」
「はい」
もしそれが本当なら、誰が施したにしろ、信じがたいほど強固な魔法だったということになる。
「筆跡鑑定はやったのか?」
「教皇庁の連中が、宝物を扱うように持って帰ったそうですが、調査に当たった鑑定の専門家は、震えるような声で、かの大魔導士ではないかと言っていたそうです」
かかっていたであろう魔法の強固さと、その細く流れるような独特の筆致がそう思わせる根拠となったようだった。
「大魔導士? まさか――」
「はっ。リングア・インテレクトスその人です」
「なんと……」
報告を聞いて、キリエルは絶句した。
一般にリングアは架空の人物だとされているが、実は彼が書き残したとされている断片もいくつかは残されているのだ。
もちろん現代にまで伝わっている彼の伝説が、すべて本当のことではないにしても、聖なる丘の地下から彼のしたためたものが大量に出て来たとなると、もしかしたら今までの常識がひっくり返る発見があるかもしれない。
「ともかく丘はそのようなありさまでしたから、それに恐れをなしたのでしょうか。どうやらイシュールの連中はそのまま退却していったようなのです」
「つまり聖地を守っていた前線基地に、敵は来なかったということか?」
「はっ。大勢でやって来た確かな痕跡はありませんでした」
もっともフリゲート墜落のあおりを受けて、塹壕の半分以上は消し飛んでいた。
とはいえ、奴らがやって来たのだとしたら、それはフリゲートが墜落する前ではありえない。もしもそうだとしたら、リード軍曹たちは地上戦に巻き込まれていたはずだが、そういった報告は受けていなかった。
「なのに資材庫が荒らされているのか?」
「はっ」
状況を鑑みるに――
「バイアムの連中の仕業だと言う事か?」
「証拠はありません。ですが、状況的には真っ黒です」
もちろん少人数の敵部隊が、誰もいなくなった基地に潜入して、それを漁っていった可能性もありますが、と彼は補足した。
「それと……」
「なんだ? まだあるのか?」
「例の荷電粒子砲ですが、確かに露わにはされていたのですが――」
「どうした?」
「使用された形跡がありませんでした」
「なんだと?」
リードとか言う軍曹の報告では、フリゲートを沈めた兵器は、そこにあった荷電粒子砲だということだった。だがそれに使用された形跡がないという報告を受けてキリエルは首を傾げた。
もしも荷電粒子砲でないのだとしたら、いったいあのフリゲートはどうやって沈められたと言うのだろうか。
「荷電粒子砲が複数あって、使用したものはフリゲートの下敷きになって吹き飛んだと言う線は?」
「その可能性は否定はできません。拠出された台数に関しては現在デミタスに問い合わせていますが、試験用の大型兵器を複数持ち込むことはあまりありませんから……」
「もしも荷電粒子砲が使われていなかったとしたら、あのリードとか言う軍曹は、どうやって敵のフリゲートを沈めたのだ?」
「軍の専門家の分析によると、あそこにあった兵器では、すべてを束にしてもフリゲートのシールドを貫くことは不可能だそうです」
「……つまり、彼のバイアムがそれを可能にする兵器を持ち込んでいて、秘密兵器としてそれを隠匿しているということか?」
セブンスナイトは陸戦に特化したバイアムだったはずだ。それが、もしもそんな強力な兵器を持ち込んでいたのだとしたら、どうしていままで使用しなかったのだろう。
なにしろフリゲートが沈められる兵器なのだ。イシュールやユールの軍勢を焼き払うことくらい造作もないことなのではないか。キリエルはそれを参謀に尋ねてみた。
「単なる可能性ですが――」
参謀はそう前置きをして続けた。
「例えばそれが、完成したばかりの兵器で、たまたま今回初めて持ち込んでいたということが考えられます」
「それはまた都合のいい偶然だな」
「は。後は、利用するのに莫大なコストがかかるため、通常の利用が認められておらず、命に関わるときだけ利用できるようなバイアムの法に縛られている可能性もあります」
「ふむ」
連中は戦争のプロだ。それがかける保険としては、いかにもありそうな話だった。
いずれにしても、あのバイアムには、フリゲートを沈めることのできる何かがあるのだ。しかもそれは、分厚いヴェールの向こうに隠されている。
キリエルは、それが何であるかと言うことについて、非常に大きな興味を覚えた。
それに、どうにも今回の戦闘は怪しいことが多すぎる。
バイアムの連中はフリゲートを見て撤退したと言うが、フリゲートが出てくる前に撤退を開始したとしか思えない程退却の手際が良かった。もちろん犠牲は出ていないようだ。
怪しいと思って状況を見直せば、大した被害もなく、計ったように数か月に一度聖地の所有国が変わるなどと言うのは、その最たるものだった。
お蔭であの場所は、どの国にとっても所有を主張することなどできず、法的には無主地として宙に浮いている状態だ。
「いずれにしろ、連中が向こうのバイアム連中とつながっている可能性は否定できません」
「バイアムの連中に食い物にされるのは嫌だな。どうだ、ここらで一度、和平を進言してみるというのは?」
「聖地もなくなったことですし、丁度良い頃合いかもしれません」
その数日後、三つの宗教による歴史的な和解が行われた。
そうして、大切なものを失うことで初めて和解が成立したそのありさまは、後世に長く寓話として語り継がれることになるのだった。
その物語の中で、一人の軍曹が重要な役どころとして登場し始めるのは、丁度それが星間ムービーの題材になり始めた頃だった。