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【大】魔導師様、目覚める!  作者: そういち
 第2章 大魔導師様、馴染む
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マックス、幽霊をもらう(後編)

「なんだよ、ギリー? どうかしたのか?」

「こ、これ、ロマリ金貨じゃないか」

「なにぃ?」


 ギリーの言葉に、マックスはその貨幣をのぞき込んだ。


 ロマリ金貨は、ロマリア王国で使われていた金貨だ。それは古銭の中でもダントツの高価値を誇っていた。

 なにしろロマリア時代の貨幣は数がない。テラバウム連邦ができてから三千年、星間国家が成立してからでもすでに千二百年が経っているのだ。ロマリア時代の、しかも初期にしか使われていなかった貨幣など、大抵鋳潰されるか、そうでなければ摩耗して悪銭となっているかだろう。

 それが、まるで昨日作られたような輝きを放っていた。


「これ、本物なのか? それにしちゃあ状態が良すぎないか?」

「失礼だな、ぐんそー。もちろん本物だぞ」

「いやいやいやいや、どう見ても八千年前の金貨には見えねーよ」

「ああ、倉庫――収納魔法の中は時間が経過しないからな」

「収納魔法?!」


 リンが何をそんなに驚いているんだと言わんばかりにマックスの顔を見て言った。


「ぐんそーも使っていたではないか」

「いや、あれは亜空間にスペースを作り出す現代の機器で……言ってみれば科学の体系の中にあるもんだ。魔法なんかじゃないし、時間も止まったりしない」

「ほう。存外不便なのだな」


 不便って……もしかしてこいつ、本物のリングアなのか? とマックスは思った。そうとでも考えなければ、フリゲートを打ち落とした攻撃や物理障壁はともかく、ロマリ金貨を持っている理由が説明できなかったのだ。

 だが現代に伝わる伝承では、リングアは男だったはずだ。


 それまで黙って金貨を見つめていたギリーは、「だめだ、本物にしか見えん」とブツブツ言いながら、部屋の隅の機械にそれをセットした。あれで商人としては優秀な男で目利きも大したものなのだが、当然のことながら科学鑑定も利用する。

 しばらくたって、その機械が結果を出力した。


「仮に偽物だったとしても、うちの鑑定器じゃ歯が立たねぇな」


 鑑定器が出力した結果は『本物』だった。

 所詮は簡易鑑定だとは言え、今時の鑑定器を欺けるほどの技術となると、なかなか大したものなのだ。


「もしもこれが本物なら、最低でも200万クレジットは下らないぞ。出すところへ出せば1000万クレジットくらいにはなるかもしれん」

「そうか、ならこれくらいでいいか」


 そう言ってリンは、興奮してビールをあおっているギリーの前に、五十枚のロマリ金貨を並べて見せた。

 

「ぶーーー!?」


 それを見たギリーは、鼻から酒を噴き出した。そうして、まじまじとそれを眺めると、ゆっくりと顔を上げてリンの手を両手でぎゅっと握って「売った!」と言った。


「ただし正規の手続きは、こいつを鑑定に出して本物だという結果が出たらだ」

「ふーむ。まあ、仕方がない。それでいいぞ。代わりにしばらくあれを置かせておいてくれ」


 リンは倉庫の奥に置かれているプリックリーを指差して言った。


「ああ? まあ構やしないが、どうするんだ?」

「ちょっといろいろと試したみたいことがあるのだ」

「こんだけもらえりゃ文句はねえよ。五十枚くらいなら相場もそうは下がらないだろうしな。それで名義はどうするんだ?」


 リンは少しだけ考えていたが、にっこり笑うと、「ぐんそーでよろしく」と言った。


「おい! リン! お前何を考えてるんだ」

「だって、私の身分がこの世界に残っているはずがないだろう? 面倒なことはぐんそーにお任せだ」

「面倒なことって言ってもな……なあ、ギリー。航宙艦の個人所有者になったら目立つよな?」

「そりゃまあ、宙運局に登録されるだろうから、星間ネットワークで、どこからでも簡単に調べられるだろうな」


 それが、この世に一隻しか残っていないプリックリー級とくればなおさらだろう。

 そいつはまずい。何がまずいって、航宙艦を手に入れるための資金をどうしたのかが説明不可能だ。

 

「航宙艦を手に入れるための資金をどうしたのかが、絶対に問題になりそうなんだよなぁ……収入だって、詳しく調べりゃ簡単にばれるだろうし」


 バイアムには、冒険や仕事の結果得た、思いがけない報酬――例えば財宝の発見だ――に関する累進的な課税がないため、税金の支払額だけで収入を想定することは難しい。

 とは言え、各種の手続きは必要なので、調べる気になれば簡単に調べられるのだ。


「そうかー……ぐんそーが困るなら仕方がない。残念だが、買うのは止めておく――」


 それを聞いたギリーが、もの凄く焦った様子で手を振った。彼はこの厄介者を処分するチャンスを逃したくなかったのだ。


「ま、待て待て。そう言う事なら、俺がマックスに会社を一つ譲ってやるよ」

「会社だぁ?」

「ああ、メルシー商会って古い会社なんだがな――」


 メルシー商会は、テラバウムのT-COMが作られる以前から存在している会社だ。

 

 T-COMは惑星全土を覆うネットワークで、今の星間ネットワークのモデルになったシステムだが、規格が古すぎて、星間ネットワークと統合するよりも別のネットワークとして作成した方がコストが遥かに安く上がることがはっきりしていたため、テラバウム上では、ネットワークが二重化されることになった。

 

 いずれは、T-COM上のデータも星間ネットワーク上に移されるだろうと、関係者は安易に考えていたのだが、T-COMを使う限り問題になるようなことはほとんどなかったため、なんとなく放置された挙句、未だに完全な統合は果たされていない。

 

 それでも、星間ネットワーク構築以降のデータは、星間ネットワーク側が利用されたたため、T-COMには星間ネットワーク以前のデータのみが残されることになった。

 結局、星間ネットワーク上から、それ以前の特殊なデータにアクセスするためには、T-COMに対して特殊なリクエストを送って、TーCOM側で調査した後、星間ネットワークに送り返されるという面倒な手続きが必要になったのだ。


「そんな面倒な手続き、すぐに修正されなかったのか?」

「テラバウム上で活動していた企業は、大部分が首都星移転の際、クリムゾンに登記移転したんだよ」


 クリムゾンは首都星移転の際に新しい首都星とされた星で、現在はカーマイン共和国の首都星となっている。

 

 大部分が登記移転した結果、テラバウム上ではいわゆるグローバルに活動しておらず、大企業の下請けでもなかった小さな企業だけが、T-COM上に残されることになったらしい。

 その結果、T-COMに対して星間ネットワーク側から問い合わせがあるような企業は、ほぼ皆無だった。

 当然だが、需要のない場所に大きなコストは掛けられない。その結果、現在の状況のまま千年以上が経過してしまったらしい。


「さらにメルシー商会は、T-COMより古いからな」

「それが?」

「T-COM設立時にも、同じような問題が持ち上がってたんだよ」


 惑星上の法務局に登録されている膨大なデータをT-COMに入力する作業は困難を極めた。

 そのため、T-COMへの入力に先駆けて紙の書類からマイクロフィルムが起こされ、問い合わせがあったものから入力していくという随時入力方式が取られたらしかった。


「結局、T-COMに登録されていない会社の情報は、登録地方の法務局に保管されたマイクロフィルムを確認するしかないのさ」

「だが、その地方の興信所あたりに問い合わせれば調べてくれるだろ?」


 マックスの疑問に、ギリーは、仕方なさそうに肩をすくめて笑った。


「あのな、マイクロフィルムの期待寿命は、大体五百年なんだよ」

「いや、その前に複製するだろ?」

「何百年も需要のなかった情報を、コストをかけて複製? 働いている連中には、おそらく複製をするという意識すらなかっただろうな」


 そうして何千年もの時間が過ぎ去ったのだろう。

 

 前例がないため忘れられた作業に予算は付かない。

 それはつまり、TーCOM完成後、五百年間問い合わせのなかった企業の情報は――


「存在していない?」

「馬鹿言え。お役所が、管理している企業の情報を失くしたりするはずがないだろう? 保管はしているさ。だがそれだけだ」


 ネットワーク上と違って、問い合わせに対する物理的な検索には時間がかかる。おそらくは()()の時間が。


「ひでぇな」

「ま、そういう会社をホーンテッドコーポレーションつってな、一部じゃ有名な話なんだ。メルシー商会もまたその一つってことさ」

「幽霊会社ね。しかし、これって会社がないのと同じことじゃないのか?」

「違うね。コーポレートIDは割り振られているし、ネットワーク構築以降に会社としての活動があった場合、税務の記録は残っているのさ。国が税を受け取ったってことは、その会社の存在を認めてるってことだろう?」

「つまり?」

「コーポレートIDがあるから会社としては存在している。だが、そのIDを入力しても、ネットワーク上にはデータが存在しないんだ。ちゃんと会社として存在していて税務処理も適切に行われているにも関わらず、詳細がわからない会社のいっちょ上がりって訳だ」

「仮に登記のある場所の法務局に問い合わせても――」

 

 ギリーはひょいと肩をすくめただけだった。

 何千年も前の、時代の隙間を突いたものだとは言え、あまりにずさんすぎないか、それ?


「問題はないのかよ?」

「そのままじゃ、バンクから金を借りたり、投資家を募るのは無理だな」


 なにしろ実態がはっきりしないのだ。それは無理だろう。だが――


「航宙艦を一隻所属させるにはもってこいってことか」

「辿れるのはメルシー商会が所有しているってところまでだな。商会の持ち主を探そうとすると――」

「永遠に待たされる羽目になるってことか」


 世界は広がりすぎた。

 歴史の影に法の隙間を潜り抜ける謎の会社が生まれていたとしても、それをどうにかするためのコストは、どうにかしたときの利益と比較して、圧倒的に大きいのだろう。


「所有者移転の手続きはどうなってるんだ?」


 新たに所有者を登録するとなると、それが星間ネットワークに登録されることになるだろう。つまり意味はなくなるのだ。


「その当時の非上場会社は、コーポレートIDに対応するパスワードを持っている奴の所有なんだよ」


 はるか昔には、無記名の株券というものがあったそうだ。無記名である以上、誰であろうとその株券を持っているものが会社の所有者だ。それと似たような意味合いを持っているようだった。


「というわけで、パスワードの変更をすれば、メルシー商会はマックスの会社ってことだな」


「一応確認しておくが、犯罪履歴があったりしないだろうな? 後は借金とか」


 そうして数千年分の利息がくっついていたりする訳だ。


「心配するな。借金はない。資産もないがな。犯罪履歴は――まあ、俺が時々支払い元に使ったくらいだが、それ自体は犯罪ってこともないだろう」


 マックスは、その話に納得すると、リンに確認を取った後、自分のパスワードを登録した。


「よし、これでこの会社はマックスの会社だ。ロマリ金貨の真贋が確認されたら、プリックリーもここに登録しておくぞ」


 結局リンのプリックリー、――船名は『トゲトゲ』だということだ。どうしてこうなった――は、個人用のメガヨットとして登録すると資産税がやたらと高そうだという理由で、メルシー商会所属の商船として登録されることになった。

 しかも、世の中には、商船に税がかからない国がある。船籍をその国にすることで無駄なお金を一切払う必要がなくなるとは、ビバ、タックスヘイブン!ってやつだ。

 

 そして、オーナーのマクシミリアン・リードはこの瞬間、商人にクラスチェンジした。しかしてその実体は――別段何にも変わらないのだが。


「船体に税は掛からないが、その他の諸経費は掛かるからな。忘れずにメルシー商会の口座に入金しておけよ」

「あれの経費を、俺が払うのかよ?!」


「金のことなら心配するな」

「おお、さすがお嬢様! 太っ腹だねぇ」


 ギリーがさらなる揉み手でそれに答えた。だがリンの言葉は当たり前すぎて拍子抜けするものだった。


「稼げばいいのだ」

「誰がだよ!?」


 マックスはその言い草に頭を抱えながら、別のことを考えていた。

 なにしろリンは、ここでロマリ金貨で買い物をすることを学習したのだ。あれをほいほいあちこちで出された日には、歓迎すべからざる未来が訪れることは間違いなかった。


「なあ、ギリー」

「なんだ?」


 マックスはギリーにリンのクレジットカードをどうにかできないか相談した。一人で買い物をするとき、それがなきゃ巨大なトラブルに見舞われることは間違いない。


「偽造できないこともないが、発覚したら口座ごと取り上げられるからおすすめはしないぞ」

「だよなぁ」

「お前の家族カードを作って使わせればいいだろ。口座は同じになるが、手続きは最も簡単だしな」

「やっぱりそれか……うーん、家族ねぇ」


 マックスはプリックリーを楽しそうに見上げるリンを遠目に見ながら、腕を組んだ。

 

「ほら、少し型遅れが多かったが、多少は色を付けといたぜ」


 そう言ってギリーが、買取の明細をマックスに渡した。合計は28万2千クレジットだ。


「あれの経費ってどのくらいかかる?」

「そうだな。当面は取得に関わる手続きに関わるものくらいだろうから――5万もあれば大丈夫だろ」

「じゃあ、8万2千はメルシーに入金しといてくれ。俺が振り込んだんじゃ、隠してる意味がないしな」

「わかった。税金やその他の船の維持に関する連絡は、コーポレートIDに関連付けられているアドレスに来るはずだから、マメに確認しておけよ」


 登録すれば通知も自動でやってくるが、個人と結びつけてしまうと、こんな面倒なことをした意味がない。少なくともプリックリーを手に入れられる程度の金を手に入れるまでは。


 そう言って、ギリーは28万2千クレジットをマックスとメルシーの口座にチャージした。

 ご丁寧にあちこちの星系にある32の商会を経由した振り込みになっていて、取引日付もばらばらだ。たとえ調べられたとしても、こいつを追いかけるのは骨が折れるだろう。


「サンキュー」

「またの取引をお待ちしております」


「あ、そうだ」

「なんだ?」

「船のおまけに、あいつの服をいくつか見繕ってくれ」

「……しょうがねえな」


 即答する彼の様子に、マックスは、裏の取引所に子供服があるのだろうかと訝しんだが、ギリーはグレアム商会の正規ルートでそれをたっぷりと送ってよこした。

 船の値段を考えれば子供服なんか百着もらったところで誤差のようなものなのだが、リンはそれを見て大喜びしていた。


ロマリアの遺産を巡る各国の思惑(勘違いともいう)が明らかになる第8話「マックス、出番なし」は明日18時スタート!

続く第9話「マックス、飲んだくれる」は、19時予定です。


明日もリンは元気なのだ!

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― 新着の感想 ―
[一言] 読み始めて期待感は続いていましたが、この話の幽霊企業のあたりから俄然面白くなってきました。
[良い点] 順調に船を入手。 これからジャンルの通りに宇宙に出るんでしょうか? 続きが楽しみです。
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