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【大】魔導師様、目覚める!  作者: そういち
 第2章 大魔導師様、馴染む
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マックス、幽霊をもらう(前編)

 リンの両手が輝いてマックスの部屋が吹き飛んだお蔭で、せっかくせしめたボーナスも、少なくはなかった今回の報酬も、そのすべてが部屋の賠償金となって消えていった。

 宙を舞った硝子片による被害者は、落下被害を防止するフィールドが仕事をしたおかげでいなかった。不幸中の幸いだ。

 

 テロめいた事件を起こしておきながら、警察の取り調べが最低限で終わったのは、軍関係だったためと、マックスが事故としてホテルに金を払って示談にしたからだ。

 

 慌てた部下達がホテルへと到着したとき、マックスはすでに賠償金をがっぽりと毟られ事情聴取へと連れ去られた後だった。

 一応無事で、示談も成立していることをホテル側から伝えられた小隊の面々は一様に胸をなでおろした。彼は結構部下に慕われているのだ。

 

 簡単な聴取を終えて、警察から出てきたマックスは、寒空の下で震えながら公園のベンチに腰かけていた。


「おい、リン、悪かったよ。いい加減機嫌を直せよ」

「僕の性別も判らないようなダメダメなぐんそーのくせに、僕を慰めようと言うのか?」

「いや、その『僕』で間違えたんだって」

「だってぐんそーが……」

「分かった分かった、俺が悪かったって。ボクっ子も悪くはないが、ちょいとマニアックだからな。ここはフツーに『私』にしとけ。な?」

「私?」

「そうそう」

「そしたら、間違わない?」

「もちろんだ」

「じゃあ、そうする」


 少し機嫌が直ったのか、リンはベンチに腰掛け、足をぶらぶらさせていた。


「しかし、お前その格好で寒くないのか?」


 なにしろシャツを一枚貫頭衣のようにかぶって、腰を紐で括っただけなのだ。見るからに寒そうだ。


「なんだぐんそー。ダメなやつだとは思っていたが、環境調節の魔法も使えんのか?」

「環境調節の魔法?」


 リンの周りに手を突っ込んでみたら、そこはまるで春の日差しの中のように温かだった。


「おおおお」


 どうだと言わんばかりにどや顔のリンを捕まえると、早速膝の上に乗せて抱え込んだ。


「こ、こら! ぐんそー何をする!」

「あったけー。何って、湯たんぽ扱い?」

「湯たんぽ?! ……ってなんだ?」

「なんだよなんだよ、物知り顔をしてるくせに、湯たんぽも知らないのか?」

「むむむむむ……そんなもの私の時代にはなかったのだ!」

「わりーわりー。悪いが、環境調節の魔法も使えない俺のために、しばらくこうしておいてくれよ」

「お願いされてしまっては仕方がない。感謝するのだぞ?」


 リンがそう言うと、体全体が春の陽気に包まれたように暖かくなり、寒空の下にいることを忘れそうになった。


「おおお。するする、感謝するとも。これも魔法なのか?」

「うむ。この時代の魔法はどうにも衰退が激しすぎるようだな」


 この時代の魔法ね。

 軍の装備にもサーモグラフィーをかいくぐるために、表面温度を周囲と同じ温度にするアイテムがある。きっとあれに準じる温度調節系のアイテムだろうとマックスは思ったが、ここは話を合わせておいてやろうと、彼は「そうだな」と相槌をうった。

 それにしてもリンのやつ。あんな簡素の服装で、そういったアイテムをどこに身に着けているのだろうと、マックスは不思議に思った。まさか本当に生体インプラントなのだろうか。

 

「しっかし、容赦ねえなあ」


 マックスは自分のクレジットカードを取り出して残高を確認した。

 ホテルでごっそりと持っていかれた結果、そこには、27.4クレジットと表示されていた。もっともマイナスにならないだけラッキーだったとも言えるのだが、今回の報酬と、ボーナスとしての10万クレジットが入金されていなければとても支払えなかっただろう。


「子供の小遣いでも、もっと貰ってるぜ……」

「あ、あれはぐんそーが悪いのだぞ? 私は悪くないぞ?」

「分かってるって」


 とは言え、一仕事終わった後の所持金だと考えると、これはあまりにも酷い。次の仕事が始まるにしろ、金が入るのはずっと先の話なのだ。


「バンスを頼むと足元を見られるからな……」


 バンスは給料の前借りのことだ。

 

 マックスはいままで利用したことがなかったが、こいつを利用すると、利息と称して報酬が削られたり、危険な役目を負わされたりすることもバイアムによってはままあることらしい。

 セブンスナイトがどうなのかは分からないが、使わなくて済むのなら使いたくはなかった。

 

 ここは、亜空間庫の中の物資を売り飛ばすしかないかと、彼はリンを膝の上から下ろした。


「しょうがねえな。リン、ちょっと物を売りに行くぞ!」

「売りに?」

「そうだ。ついでにお前の服も買ってやるよ。女の子っぽい奴をな」

「それはありがたいのだ。すぐに行こう!」


 さすがにその格好はあんまりだと自分でも思っていたのか、リンは大喜びで歩き出した。機嫌はすっかり良くなったようだ。


   ****


 クレリア皇国のハロー砦は、長く続く聖地紛争の最前線にある砦だけに、今では大きな街を形成していて、宙港には結構な規模の倉庫街が付属していた。

 正規の倉庫街は8番街までしかなかったが、その先に通称9番街(ナイン)と言われる場所がある。そこは様々なものが雑多に取引される一種の治外法権めいた場所になっていて、危険もそれなりに大きかったが、ほとんど何でも手に入れられる場所でもあった。金を払いさえすれば、だが。


 9番街には街灯がない。

 夜ともなると、そここにある倉庫の入り口に灯っている小さな灯りだけが頼りの、とても暗い通りとなっていた。


「ほら、リン。掴まってろ」


 そういってマックスが差し出す手を見たリンは、照れたような口調で、「仕方がないやつだな、ぐんそーは。迷子にならないように私が手を繋いでおいてやろう」と言って、少しためらいながらそれを握った。

 9番街に入ると、リンはそこここに人の気配を感じて、マックスを見上げた。


「誰かに見られているぞ」

「なんだ、今度は対人レーダーか? まあ、下手な動きを見せなけりゃ、何もしてきやしないさ」

 

 そう言って、4つ目の明かりがともる倉庫の前で立ち止まったマックスは、いかにも骨とう品だと思えるようなインターフォンのボタンを右手の親指の腹で押した。


「よう、ギリー。俺だ、マックスだ」

「マックス? まだ生きてやがったか」

「2か月前に会ったばかりだろ」


 ボロさを装った最新の生体認証インターフォンで、いくつかのやり取りをした後、七つのロックが外れる音がして倉庫のドアが開いた。

 

 倉庫の持ち主は、ギルバート・グレアム。

 真っ当な商売をしているグレアム商会の三男坊だが、ギリー・Gとしてこのあたりの裏の商売じゃ顔役の一人だ。通称はGG。傭兵も長年やっていると、そういう連中と仲良くなる切っ掛けにはことかかなかった。


 いつだったか一緒に朝まで飲んでべろんべろんになった時、ギリー・GのGは、GATAIのGだと言っていた。ギリー・ガタイ。それを聞いたマックスは思わず噴き出した。胃の中にあった、大量のアルコールと共に。あれは最低の夜だったと、マックスは今でも時々それを思い出すのだ。


「急ぎで悪いんだが、武器を売りたい」


 奥から出てきたのは、大きめの服に身を包んだ薄い茶色の髪をした小太りの男だ。育ちの良い、人のよさそうな顔の中で、眠そうな瞼の奥の瞳だけが何かを渇望しているようにぎらぎらと輝いていた。


「武器? いいぜ。ブツはなんだ?」


 マックスは広いテーブルの上に、資源庫から持ち出した資材を亜空間庫から取り出しながら次々と並べて行った。


「へー、あんたが亜空間庫を買ったってのは本当だったのか」

「どこから、そんな話を?」

「あれは今のところ希少だからな。購入者はちゃあんとリストになって、裏の世界で売られてるのさ」

「酷い話だな」

「せめて支払いは代理人にやらせろよ」

「バカ高い手数料を取られるだけで、結局高額のリストには名前が並ぶことになるんだろ?」

「違いない」


 そいつは確かに無駄だとばかりに、ギリーは肩を揺らして断続的に息を吐きだした。あれで笑っているのだ。


「まあ、せいぜい襲われないように気をつけな」

「ご心配痛み入るね」


 亜空間庫の所有者リストが裏で出回っているのだとしたら、ちょっとヤバいなとマックスは思っていた。


 なにしろ、相手に占領されることを前提に資材をパクったってのに、成り行きとは言え向こうの連中は、それをやらずに引き返してしまったのだ。クレリア側が再度前線へと兵を送れば、荒らされた資材庫は嫌でも目に付くだろう。

 今から返しに行くってのも大変だし、なにしろ金がない。早めに捌いて亜空間庫を空にしておくことで、しらばっくれるしかないかと腹をくくった。


「しかし、この量は……もしかして、マックス。昨夜のフリゲート墜落事件と何か関わりがあるのか?」

「耳が早いな」


 マックスは簡単に昨夜のことを話して聞かせた。


「じゃ、あんた達があのデカブツを落っことしたのかよ?!」

「そこは、ご想像にお任せするよ。さて、査定を頼むぜ。今の情報料も加味してくれよ?」


 並べ終わった資材を前に、マックスが両腕を広げて促した。


「そりゃいいが、ありゃあんたのガキか? 危ねーもんもあるからな、むやみに触らせないでくれよ」


 リンは、倉庫の中にあるいろいろなものを、珍しそうに眺めて歩いていた。


「だとさ。リン」

「分かった。任せておけ」


 こちらを見もせずに片手をあげて答えたリンを見て、ギリーは躾がなってるんだかなってないんだか、今時なのかねと頭を振りつつ、並べられている資材の査定を始めた。

 マックスはギリーの邪魔をしないように、倉庫内をいろいろと見て歩いているリンに近づいた。


「ほえー」

「なんだリン、馬鹿みたいに口を開けて」

「馬鹿はぐんそーだろ。だが、あれはいいな」


 リンが指さす先、倉庫の奥の薄暗いところにそれはあった。


「なんだありゃ?」


 たしかにギリーの倉庫は広い。だが、そんなものが置かれているのは完全に予想の外だった。なんとそれは航宙艦のように見える船だったのだ。


 全長はスタンダードなフリゲートよりもさらに短い艦影で、細長い楕円体にリングがひとつくっついていた。しかし、見た目は完全に航宙艦のようだったが、いかんせん小さすぎた。全長は100メートルもないだろう。


「どっかの好き者が注文した、航宙艦のミニチュアか?」

「ああ、あれなぁ……」


 査定が終わったのか、いつの間にか二本のビールをぶら下げて後ろに来ていたギリーが、1本をマックスに渡すと、自分の瓶の蓋をねじって開けた。こういう部分は科学が進歩しても大して変化しない。何千年も前から同じ仕組みで作られて続けていた。

 シュワっと泡がこぼれる音と共に、それを一口あおると、その艦を見てギリーはため息を吐いた。


「ありゃ、アルミテージ社が作り出した最新で最後の船だ」

「アルミテージ? というと、あいつが星間世界最小の駆逐艦ってやつか?」


 小型高性能を売りにしたメーカーが社運をかけて開発した、80mそこそこしかないくせに駆逐艦分類だというぶっとんだ船だったので、兵器の見本市で一時期話題になったのだ。


「ああ、アルミテージ倒産のあおりを受けて、全部で3艦しか作られなかったプリックリー級の一隻だ、現存しているのはおそらくそいつだけかもな」

「プリックリー? 酷い名前だな」


 プリックリーには、『棘だらけ』だとか、『厄介で面倒な』と言った意味がある。


「アルミテージは、『相手にとって』という意味で付けたんだろうが、今やそいつ自身がプリックリーと来たもんだ」


 縮退炉は、質量をエネルギーに変換するエンジンだ。その性能は、単位時間あたりに取り出されるエネルギーの量で測られる。

 何の制限も設けずに、一気にエネルギーを取り出すと爆発と変わらないわけで、いかに安全に大きなエネルギーを短い時間に取り出せるかが性能を測るポイントなのだ。


 プリックリー級には、アルミテージが超縮退炉と呼んだ高性能な縮退炉が搭載されていた。だが、そのために居住部分がまるっきりなくなってしまった伝説の船らしい。

 一体何を考えてアルミテージはこんな船を作ったのだろうか。それは今でも業界の語り草になっていた。


「超縮退炉を売りに出したいだけなら、小型化する必要はなかっただろうになぁ……」


 ギリーがしみじみとした声でそう言った。

 アルミテージは自らを、技術のアルミテージと呼んで、何でもかんでも小型化するのが使命のように、そうすることに入れ込んでいたらしい。


「アホだな。で、何でそんなものがここにあるんだよ」

「まあ、渡世の義理ってやつでね」

「はあ?」


 いかにギリー・Gの名前の隠された由来だとは言え、何億クレジットもする商品を、渡世の義理で引き取るような男だったかなと、マックスは首を傾げた。


「ま、色々あるのさ。どうだマックス、買わないか? 安くしておくぜ」

「馬鹿言え、俺は陸戦の傭兵だぞ。何に使うんだよこんなもの。航空仕様なのか?」

「いんや。まあ、惑星上じゃ、使えないこともない、くらいだな」

「余計使い道がないだろ」

「無限のエネルギー源?」


 縮退炉は、質量を100%エネルギーに変換する炉だ。確かにそういう用途にも使えるかもしれないが――


「惑星上じゃ、不安定だって聞いたぞ?」


 それが惑星上に縮退炉が作られて運用されない理由だった。

 縮退炉も搭載している航空仕様の航宙艦は、大気圏内を飛ぶときは、反重力システムとサブのエンジンで飛んでいるのが普通らしい。つまりは余計に金がかかるってことだ。


「こいつはその問題を大幅に軽減してるって話だぞ」

「ならなんで、地上にそれを作らない?」


 ギリーは「さあね」と片眉を上げて肩をすくめた。


「倒産したからじゃないの?」


 あまりにあまりな言い草にマックスは思わず噴き出した。そんなものが作れるなら、航宙艦なんか作ってないで地上縮退炉を量産すれば倒産なんかするはずがないからだ。


「第一、航宙艦の維持費を払うくらいなら、まともに電気代を払った方がはるかに安くつくだろ」

「だよなぁ」


「大体こいつは軍艦なんだろ。それ以外の用途に使うのは無理なんじゃないの?」


 軍艦を個人で所有するためには、いろいろと面倒な手続きが必要になる。保険にも入れないから、保険がないと寄港できない商業港などには結構な保証金を積まなければ寄港すらできない。

 軍なら自前のドックがあるだろうが、しがない個人に、そんなものは望むべくもないのだ。もっとも、しがない個人は航宙艦を買ったりはしないだろうが。


「いや、武装はそのまんまだが軍籍はもうないから、ホビーユースでも……やっぱだめだと思うか?」


 作りが軍艦でも、戦闘のために使われないのであれば保険に入れる可能性がある。そうすれば維持費もぐっと下がるのだが、銃を持っていればそれを撃ちたくなるのが人情だ。保険会社はそういうところを結構気にする。


「武装がそのまんまじゃ、当局の許可が出るとは思えないな」

「困ったもんだ」


 俺たちのやり取りを黙って聞いていたリンが、突然ギリーに幾らだと訊いた。


「はあ? それを聞いてどうするんだよ」

「いや、なかなかに面白そうなおもちゃではないか」

「おもちゃってなぁ……」


 彼女はサージ達と話したせいで、現代の科学にとても強い興味を抱いていた。

 この世界では魔導工学の消滅で実現していない、魔力と科学によるエネルギーの相互変換を始めとする科学の魔法への応用が、新しい研究の素材として八千年ぶりに彼女の興味を掻き立てていたのだ。


「お嬢様! お目が高い!」

「おいおい……」


 ギリーが商売人の顔になって、パンと手を打ち合わせると、揉み手でリンに説明を始めた。


「特殊な技術力では、どんな大手企業もかなわなかったアルミテージ社が、倒産するほど総力を挙げて建造した最新鋭の高速駆逐艦! 新品なら5億4千万、中古でも2億8千万クレジットのところ、今ならなんと1億クレジットで結構です! お買い得ですよ」


 駆逐艦が1億クレジットなら、もの凄く安いかというと微妙だ。通常のタイプなら大体1億5千万クレジットくらいだからだ。

 だがプリックリーとしては激安なのだろう。それでも売れずにここに置かれているところが、プリックリーの特殊さを物語っているのだが。


「言っとくが、そいつに金はないぞ」

「ええ?」

「失礼な。これは今どのくらいの価値になるのだ?」


 そうしてリンが懐から取り出したのは、1枚の金色に輝く貨幣だった。

 

「はぁ? 今どき貨幣なんか……」


 そういってそれを受け取ったギリーが、大きく目を見開いて小さく「げぇ」と声を上げた。


後編は1時間後に!

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