マックス、爆発する
セブンスナイトの本部に使われているホテルの一室で、190センチを超えるがっしりとした短いクルーカットの男が、椅子に腰かけながら、ゴーティに整えられたあごひげをいじっていた。
男の名前は、ダイム・バリアント。マックス達が所属しているバイアム、セブンスナイトの団長だ。
「結局、例のフリゲートはリード軍曹の部隊が撃墜したってことか?」
「はっ、マクシミリアン・リード軍曹以下六名の小隊には違いありませんが、実際に撃墜したのは軍曹一人だそうです」
ダイムに執事のように付き従っているのは、こぎれいなスーツに身を包んだ背の高い四十を過ぎたくらいの男だった。
傭兵と言うよりもビジネスマンのような風貌の彼は、ソリッド・ビューロー。ダイムの秘書官であり、セブンスナイトの会計責任者だ。
「一人? 個人でフリゲートを撃墜したのか? 一体どうやって?」
セブンスナイトは陸戦を中心としたバイアムだ。
最高性能のパワードエクソスケルトンを持ち出したとしても、一人で航宙航空フリゲートを撃墜することなど絶対に不可能だ。
「簡単な聞き取りでは、基地にあった荷電粒子砲を使用したとのことでした」
「馬鹿言え。誰がそんな戯言を信用するんだ?」
ダイムは歴戦の傭兵だ。つまり、各種武器にも精通していた。
新興のデミタスコーポレーションが苦し紛れに開発して、何処にも相手にされずにうちまで流れて来たような武器が、フリゲートとは言え円熟期に達している航宙艦に傷をつけるなどと言うことを為しえるはずがないことは、百も承知だった。
「報告ではそうなっています」
「リード軍曹の軍歴は長い。人柄も実力も良く分かっているつもりだったが、まだなにか隠し玉があったと言うことか?」
バイアムに所属する傭兵は、そのバイアムのルールには従わなければならないが、そのルールが要求するものは、個々のバイアムによって異なっていた。
セブンスナイトは比較的ルールの緩いバイアムで、個々人の能力をすべて開示する必要はなかった。切り札は知られていない方が効果的で、生き残れる確率も上がるからだ。
ソリッドはその疑問に沈黙で答えた。彼は推測で物事を推し量るタイプの人間ではなかった。
「それで、リード軍曹は?」
「今朝からクレリア皇国のハロー砦司令部に呼び出されています」
ダイムはそれを聞いて渋い顔をした。
「聖地の件は拙かったな。あれを盾に何か言ってくると思うか?」
「不可抗力で押し通すしかないでしょう。あれは聖地の上にフリゲートなどを持ち出した挙句に撃墜されたイシュール側の瑕疵ですよ。リード軍曹にもそう念を押しておくべきでしたね」
「心配するな。あれで、頭は回る男だ。その辺は良く分かっているだろう」
「それにしてもフリゲート撃墜か。ボーナスが要りそうだな。ものはノーライア製だったって?」
昨夜の今朝で、すでにクレリアの調査隊は現地で活動を開始していた。もちろんセブンスナイトの護衛に紛れて調査スタッフも同道していて、ファストレポートが上がってきていた。そこにフリゲートの出所についても書かれていたのだ。
ノーライア帝国は八つの恒星系を支配する二大星間国家の片方で、支配域を広げるのに熱心な帝国だが、ここのところはもう片方のカーマイン共和国がその拡大を押しとどめていて、長い間小競り合いが続いていた。
そんな中、コストのかかる航宙艦の開発は、野心的な兵器メーカーが時折手掛けることもあったが、大部分はノーライア製かカーマイン製かのいずれかに集約されていた。
ノーライア製は国営の兵器企業が、カーマイン製は国の支援を受けている数社が入札で軍への納入を行っているのだ。
それぞれのメーカーの航宙艦は、それ以外の小国家の軍へも輸出されているわけだが、個人のしかも地上部隊に墜とされるような航宙艦はどこかしら欠陥があると思われても仕方がないだろう。
「ノーライア帝国も評判を落としたものです」
「しかもそれをなしたのが、陸戦が中心の俺達だ」
「これが人々の知るところになれば、我々の評価は鰻上りでしょうが――」
「航宙艦が出張ってくるような地上戦にばかり駆り立てられるのは御免だな」
ソリッドは黙ってダイムに頭を下げた。
場合によっては、コケにされたノーライアの連中が出張ってくる可能性もある。しばらくは用心深くしておいたほうがいいだろう。
それに、イシュールがノーライアにフリゲートを売ってもらえたという事実は重い。ノーライアの思惑は分からないが、このままだとクレリアとユールは困ったことになるだろう。
「聖地もなくなったことだし、ぼちぼち引き時かね」
ダイムは誰に言うともなくそう呟いた。
****
「では、殿を任された君は、イシュール軍のフリゲートを見て、仲間を助けるためにテスト用兵器として貸し出されていた荷電粒子砲を使ったと言う訳だね?」
大きな机の向こうに座っている、五十がらみの恰幅の良い立派な髭をたたえた男は、ハロー砦の司令官でクレリア皇国軍事部門のお偉いさんだ。確か、キリエル中将とか言う名前だったなと思いながら、何度か繰り返された質問に、マックスは実直そうな顔をして、はきはきと答えていた。
「はっ、そうであります!」
ハロー砦に帰還したマックス達は、セブンスナイトへ軽い報告を終えた後、仮眠の時間もそこそこに、昨日の顛末の聞き取り調査のためにクレリア側の司令部へ呼び出されていた。
幸いリンは迎えに来たサージに懐いていた――やたらとはしゃいで質問攻めにしてくるリンを、サージ以外はまともに相手をしなかったとも言うが――ので、後でいつもの店で落ち合うことにして、彼女に観光でもさせておいてくれと預けておいた。
「ふむ。落ちた場所は少々どころではなく問題だが、責任はあの領域へ、そんな強力な兵器を持ち込んだイシュール側にあると言える」
「恐縮であります!」
バイアムの一員にしては、きちんと殊勝な返事を返すマックスに、正規軍のお偉いさんは友好的な目を向けた。そのおかげもあって、それほど厳しい突込みもないままに、査問は雑談めいた話へとシフトしていた。
「しかし、デミタスコーポレーションの荷電粒子砲に、フリゲートを打ち落とす威力があったとはな。とても信じられんよ」
「通常は無理でしょう。幸運でした」
さりげなく当たり所が良かったんですよとマックスが主張した。
そもそも航宙艦の表面は強力なシールドで守られている。フリゲートとは言え、地上設置の荷電粒子砲などというふざけた武器でそれを貫けるとはとても思えなかった。
もしもこの戦果をもとに、防空装備として件の荷電粒子砲が大量発注されたりしたら、後々とんでもない問題を引き起こしかねない。
この会見は記録されているはずだ。後で問題にならないよう、彼は細心の注意を払って自分の発言をコントロールしていた。
「詳しいことは大体分かった。他の連中の証言との間に矛盾もないし、殿を引き受け部隊の損耗を最小限にとどめただけでなく、フリゲートまで持ち出してきたイシュールをたった一人で撤退させるとはあっぱれな働きだ」
「恐縮であります!」
「正式な褒賞は追って連絡するが、当面のボーナスとして10万クレジットが与えられる」
「はっ! 謹んで拝受いたします!」
星間国家の通貨はほぼ完全に電子化されていて、単位はクレジットだ。一食当たりの金額が、通常3~10クレジット程度と言えば、大まかな価値は分かるだろう。
10万クレジットと言えば、普通なら年間の収入に匹敵する金額だ。今回のバイアムの報酬も含めれば、亜空間庫で空になった彼の口座もなんとか一息つけるようになるだろう。マックスは内心ほくそ笑んでいた。
司令部の門を守る軍人の敬礼を受けながら、マックスは、そろそろ日も落ちようとする繁華街へと足を向けた。
「お偉いさんの話は、どこもくっそなげーんだよな……」
彼は、大きく伸びをして首をゴキゴキと鳴らしつつ、ネクタイを緩めると、シャツの一番上のボタンをはずして一息ついた。
服は着られりゃ何でもいいと思っているタイプのマックスだったが、礼装にくっついているネクタイだけはどうにも慣れなかった。なんというか首輪をつけられている気分になるのだ。
「お姉さん相手なら大歓迎なんだがね」と独り言ちつつ、サージ達が待っているはずの食堂に向かった。
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その食堂は、三階建ての中々大きな店構えで、今どきレンガ造りのレトロな建物だった。
一階は、言ってみれば大衆食堂で、定食などを比較的低クレジットで提供していた。二階は居酒屋めいた作りで、三階はやや敷居の高い高級将校ご用達の店舗となっていた。
「いらっしゃい! おやマックスじゃないか。ご無沙汰だね」
「あー、前線でこき使われてたからな。サージ達が来てるだろ?」
「ああ、二階の奥にいるよ! 2Bだ!」
「分かった。ついでにエールを1パイント持ってきてくれ」
「なんだよ、前線帰りなんだろ? もっといい酒を頼めよ」
ここの二階クラスの店のいい酒って言うのは、度数の高い酒って意味だ。
「飯がまだなんでな。そりゃ後にするよ」
傭兵のくせに酒が弱いとなると、ちょっと下に見られる傾向がある。それなりの教育が行き届き、科学技術が発展していても、こういうところは原始的だよなあと、あまり酒が強くないマックスは心の中で苦笑しながらそう答えた。
2Bの席では、すでに小隊の連中が半分以上出来上がっていて、席に着いたマックスはフリゲート撃墜の称賛を一手に引き受けさせられた。
「いやー、さすがは軍曹ですね!」
大きなジョッキをいくつも空にして、調子のよさそうなことを言っているクルーカットの鋭い目つきの男は、アダムス一等兵だ。
彼は、ウォーカーとかエクソスケルトンと呼ばれる、いわゆるパワードスーツ操縦の専門家だ。
「いやそんなことはねえよ、たまたまさ」
「またまた、謙遜しちゃって。で、軍曹。その子はいったい何者なんです?」
ピクルスとハムが刺さったピンチョスを振り回しながら、アルコールで仄かにほほを染めた小柄な金髪の女性――フェリシア二等兵――が、頬杖をついて、マックスの隣にちょこんと座って次々と料理を口に放り込んでは、ハムスターのように頬を膨らませているリンに目をやりながら訊いた。
フェリシア二等兵はカリーナ一等兵のバディで、共に狙撃を得意分野にしている。
見るもの聞くものが、珍しいものだらけだったリンは、マシンガンのごとくサージに質問をしながら観光(?)をしていたそうだ。
それを聞いたマックスは、ここは奢ってやろうと心にメモをした。最初から奢ると言えば、遠慮がなくなる連中だから、それを言い出すのは最後の会計時と相場が決まっていた。ここは珍しく食後会計システムが採用されている店なのだ。
口の中のものを、ごくりと飲み込んでから、リンはフェリシアに向かって言った。
「僕を保護することが、彼の願いだというので、恩を返すために保護されている魔導士だ」
「へ?」
リンのセリフの意味が良く分からなかった彼女は、気の抜けたような声を上げてマックスに助けを求めた。
「俺にもよくわからんが、まあそう言うことらしい。だが、このままって訳にもいかんな」
マックスは腕を組むと、人差し指をちょいちょいとまげてサージを近くに呼び寄せ、小声で彼に指示を出した。
「なんでしょう?」
「近隣諸国で、セレブリティ――まあ金を持ってる奴らだな――から、子供の捜索願いが出されていないかどうか調べてみてくれないか」
「了解しました。政庁へ問い合わせればすぐに分かると思います」
サージは、表ざたになっているものでしたら、と付け加えた。誘拐には表ざたにならないものも多いからだ。
「それと、クラウン級アンドロイドの盗難届もチェックしてくれ」
「クラウン級?! そんなの全宇宙にも数えるほどしか――まさかリンちゃんが?」
「いや、そうでないとは思うんだが……」
死ぬほど飯も食うし、リンにその気配はない。
とは言えクラウン級とはそう言うもので、人間と区別するのは困難だということだ。もちろん見たことなどないのだが。
何も持っていなさそうなのに、とんでもない性能の武器やバリアを使うことの説明には、生体インプラント技術か、そうでなければアンドロイドと言うのが分かりやすい。
「ま、念のためってやつさ」
サージにそう訊かれたマックスは、隣で頬を膨らませているリンを見ながらそう言った。
「じゃ、頼むぜ」
マックスがサージに念を押したとき、口の中のものを、んぐんぐと両手で持ったコップの中の水で飲みこんだリンが、次の肉を口に運ぶ前に彼に質問した。
「そういえば、ぐんそー」
「なんだよ?」
「どうしてあんな何もない場所を取り合ってるのだ? あそこらへんにあった資源はロマリアの開国直後に掘りつくされて何も残っていないはずだが」
「なんで、お前がそんなことを知ってるんだよ?」
「なんでって、僕が調査したからだ」
「あー、はいはい」
そのやりとりを見て笑いながら、パウエル兵長がリンに説明した。
「あそこはね。とある大きな宗教の聖地なんだよ」
彼は、不動のパウエルの二つ名を持った、大柄で折り目正しい男で、その名の通り防衛戦のエキスパートだ。
パワードエクソスケルトンが普及した現在、体格はさほどのアドバンテージにならないが、それでも極限状態では頼りになる男だった。
「聖地? あそこが?」
「そうそう。でもって、同じ場所を同じように聖地だと考えている星間規模の宗教が3つもあってさ。それらがそれぞれ聖地奪還を目指して聖戦とやらを繰り広げているんだ」
リンの返事を受けて、汚れたような灰色の髪のショート二等兵が言った。
彼は、非常に器用な男で、その道のエキスパートには敵わないまでも、どんなことでも大抵はうまくこなした。だがそれと階級の低さが災いして、雑用を言いつけられることが多かった。
この席にいる、サージ伍長、パウエル兵長、カリーナ一等兵、アダムス一等兵、フェリシア二等兵、ショート二等兵の6名が、現在のマックスの小隊を構成する部下達だった。
「変わった宗教だな。自分達の聖地とやらを戦場にしても平気なのか?」
「いや、まあ……そうだよねぇ」
リンの素朴な疑問に、ショートも簡潔に答えることができなかった。実にもっともな疑問だったからだ。
「しかし、あんな大掛かりな空飛ぶ船まで作っていると言うのに、人間が大勢でぶつかり合っているとは。どうして戦争は大昔のままなのだ?」
マックスは、奇妙なことに興味を持つ子供だなと思いながらも、それに答えた。
「宇宙での戦闘みたいに戦闘艦でガンガン撃ちあってりゃいいってのと違って、占領や支配には、いまだに陸兵なんてものが必要だからだな」
「さすがに剣や弓で戦ったりはしませんけどね」とサージが茶々を入れた。
「ふーむ。なるほどな」
リンは、目の前にある四角くカットされた肉のブロックにフォークを突き刺して、口に入れた。
「んぐっ。それと魔法が衰退しているようだが……八千年の間に何かあったのか?」
八千年? とサージが怪訝な顔をしたが、マックスが気にするなと首を振った。
大ぶりのワイングラスで、それを楽しんでいた赤毛のカリーナがそれに答えた。
女性にしては背が高く、鍛えられ引き締まったモデルのような体形で、少し胸が重いことに不満を持っている彼女は腕のいい狙撃兵だ。そして、どういう訳か工学にも精通しているようだった。
「聞いた話じゃ、ロマリア後期には魔導工学もそれなりに盛んだったらしいですよ。ただ――」
魔導工学は、それまで発展していたこともあって研究の結果が出るのが遅かった。科学の方が発達するスピードが速かったのだ。
研究者は新しい成果を次々と出していくその快感に身をゆだねた。そして、誰にでも取り扱える科学の方が、特殊な才能を要求される魔法よりも大多数に支持されたのだ。
「そのうち科学でも魔法以上のことができ始めたってこともあって、魔導工学そのものが衰退していったそうです」
「はー、なるほどな」
同じことができると言うのなら、特殊な才能が必要な魔法よりも、誰にでも取り扱える科学の方が便利に決まっている。もちろん高度な領域で、まったく同じことをするのは不可能だろうが。
「しかし、魔法と科学が融合していないのは不思議だな」
リンが、カリーナが美味しそうに飲んでいるワインに手を伸ばそうとして、マックスがそれを取り上げた。
リンは不満そうに彼を見たが、マックスは首を横に振って取り合わなかった。仕方なく彼女は、隣にあったピッチャーから、柑橘系のジュースを自分のグラスに注いだ。
「うーん。昔はいろいろあったって聞きますけどね……」
なにしろ魔導工学の研究者と科学の研究者は仲が悪かったらしい。さもあらんと言うやつだ。
「ここまで街を見てきたところによると、魔力に依存する魔法文化と電力に依存する科学文化と言った感じなのだな」
「まあそうね」
「魔力・電力間の相互変換はなしえなかったのか?」
「魔力・電力変換?」
唐突にリンに聞かれて、カリーナはきょとんとした。
なにしろ魔力が主力だった時代は電力などなんの役にも立たなかったし、電力が主力になった時代は魔導工学などとっくにすたれた後だった。つまり相互変換をおこなう必要性も、それを為すためのモチベーションも、どこにもなかったのだ。
「確かにあれば便利かもしれないけど、今では体系がまるで違うし……魔法の衰退が電力の普及と被っていたからあまり研究されてないんじゃないかな」
「そうか。だが、空飛ぶ船に搭載されていると言う、縮退炉とやらの出力で魔力を絞り出して魔法を使ったりしたら、どんな強大な魔法が使えるか分からんぞ。夢があるではないか」
うっとりとそんな話をするリンを見て、マックスは嫌な予感を覚えた。
例え厨二病の子供と言えども、あの物理障壁やフリゲートを打ち落とした攻撃は本物だ。自分の足のことは未だに信じられないから幻覚だと思いたいが……
もしかしたらリンは兵器開発の天才なのかもしれないし、そんな奴に勝手をさせると何をしでかすか分からない。
「おい、リン。お前、何かよからぬことを企んでるんじゃないだろうな?」
「な、何も企んでなどいない。ほ、本当だぞ?」
目をきょどらせてそう言う彼女のセリフには、説得力の欠片もなかった。
****
二次会へ行くと息巻いていたサージ達を尻目に支払いを済ませたマックスは、査問の都合で司令部が取ってくれたホテルの一室へ、リンと共にチェックインした。
テラバウムでは、首都星のような千階を超えるような超高層は存在しない。古き良き時代といった、せいぜいが百階程度のビルが立ち並んでいるだけだ。
その部屋は、高層ホテルの三十二階にある、なかなか見晴らしのいい小振りのスイートだった。どうやらクレリアの連中が奮発してくれたらしい。
大きく息を吐いて、部屋のソファにどさりと腰かけたマックスは、査問のためにしていたネクタイを外してテーブルへと放り投げた。
「いろいろあって大変な一日だったぜ」
何しろ昨夜から軽く仮眠しただけで、まともな睡眠もとっていない。職業柄三日くらいの徹夜は平気だとは言っても、疲れるものは疲れるのだ。
「まあ、ともかく今日は疲れた。風呂にでも入って一晩ゆっくりしようぜ」
「風呂?」
「そうだ。ほら、一緒に入るぞ。さっさと脱げよ」
部屋の中のあちこちを興味深げに見まわっていたリンが、そのセリフを聞いて固まった。
「な、な、な、なにを言っているのだ。いくら恩返しと言ってもそれは……」
「なんだよ、ガキンチョのくせに照れてんのか? まだ毛も生えそろっちゃいないだろ?」
「け、けー?!」
「ほら、疲れてるんだから早くしろ。こりゃ、明日は服も買ってやらなきゃだめだな……」
そう言って、腰の引けているリンの貫頭衣のようなシャツをむんずとつかんで、すぽっと脱がせると――
「あqwせdrftgyふじこ!」
「うっるせーな、なんて声を……んん?」
両手を持ってぶら下げていたリンの体のとある部分には――想像していたものがついていなかった。
「……おま、まさか……まさか、女の子なのかよ!?」
「当たり前だ!」
「ごはっ!」
思い切り振られたリンの足の先が、マックスの顎を綺麗に捉えると、そのまま彼は部屋の中央へと吹き飛ばされた。
「い、いやだって、お前、『僕』って……ええ?」
「それはぐんそーがそう言えと言ったのだろうが!」
涙目で訴えるリンを見ながら、そう言えば確かに「ワシだぁ? ガキんちょなら、ガキんちょらしく、ボクとか言ってやがれ!」って言ったような気がする……とマックスは思い出していた。
「いや、ちょっと待て。つまり僕の前は儂だったわけで、それなら大差ないような気も――」
「くっくっくっくっ、ぐんそー。世の中にはな、取り返しのつかない過ちと言うものがあるのだ。覚悟はいいな?」
「お、おい! 覚悟ってなんだよ! いや、そのまえに服を着ろ。なっ?」
「死ね」
リンがそう言った瞬間、街に大きな爆発音が響き渡り、高層ビルの中ほどの階から煙が噴き出して、ガラスの破片がきらきらと美しく宙を舞った。
その頃街へ繰り出して命の洗濯をしていた、マックスの部下達は、少し離れた場所からその爆発を眺めていた。
「おお? なんだなんだ? 今どきテロか? 珍しいな?」
「きれー」
きらきら光るガラスの破片を見ながらフェリシアが言った。すでに酔っ払いのようだ。
「いや、あそこって司令部ご用達のホテルですよ。しかもあの辺って……軍曹の部屋があるあたりじゃないですか?」
なにしろ現在この街にいる人間の中で、もっともテロの標的になりそうなのはマックスだ。
イシュールの船を落としただけではなく、不可抗力とは言え、聖地の丘まで台無しにしたと思われていたからだ。聖地を平地にしたなんて、文字通り洒落にならない。
「おい、それって……」
「まさか、イシュール聖国の意趣返し?!」
「そういや昔は自爆テロが横行してたって聞いたことが――」
一気に酔いの覚めた六人は、青い顔でホテルのあるビルを見上げた。
「「「「「「ぐ、軍曹ー!」」」」」」
長いので本日は1話。
なお、1クレジットは100円くらいです。