マックス、帰る
イシュール聖国が、満を持して投入したフリゲートは、半分に折れながら落下していた。
後ろ部分は、エンジンのシャットダウンが行われても反重力機構が機能しているのか緩やかな速度で落ちて行ったが、前半分は自然落下に近い形でまさに墜落していた。
目の前で起こった出来事を上手く消化できなかったマックスは、棒立ちでそれを見上げていた。
前半分はどうやら聖地である丘を直撃しそうな勢いだ。
「おい。あの前半分……やばくないか?」
「さすがは僕を助けようとしただけはある。メテオを越える大きさのものが落ちてくるのに恐れもしないとは」
そのセリフに我に返ったマックスは、彼女を抱えると再び全速力で駆けだした。
どうせあれが地上に到達するまでに移動できる距離はたかが知れている。それでも、すぐ先にある、最も頑丈に作られた塹壕に身を隠すことができるなら、無防備な状態よりも多少はましだろうと考えたのだ。
聖地である丘を直撃した前半分は、その大質量をもって丘の奥深くへめり込んだ。そうして、その後に発生した小規模な爆発が、掩蔽壕破壊弾と同じ効果をもたらした。
地面が短時間で盛り上がり、めくれ上がったそれは、周りに連鎖するように広がって行った。次々とめくれ上がる地面は円形に広がり、最終的には大きなクレーターを作り出すことになるだろう。
「ぬおおおお?!」
いかに頑強に作られた塹壕とは言え、地面そのものが衝撃でめくれ上がってくるのだ。今度こそ命運も尽きたかと彼女を抱きかかえながら目を閉じたマックスに感じられたのは突然の浮遊感だった。
「おおおお……お?」
目を開けた彼は、周囲を吹き荒れる土砂の嵐を見た。
再び不可視の球体が浮かんでいる二人の周りを覆い、それが土砂の嵐を完全に遮っていた。それにあたる岩などが、チュインと物理タイプの銃弾のような音を立てているところから見ても相当の速度で土砂が吹き荒れているのだと感じられた。
「お、お前の物理障壁、すげえな……」
彼女は鼻腔を膨らませて、ちょっとどや顔をしながら「そうだろう」と自慢げに言った。
土砂の嵐が過ぎ去った後、丘のあった場所には予想通り大きなクレーターが残されていただけだった。
三国が長い間奪い合っていた聖地は、寓話の結末のごとく、誰のものにもならずに未来永劫失われることになったのだ。
****
「お前。一体何者だ?」
マックスは、自分が拾った子供と一緒にハロー砦への短くない道のりを歩きながら、いくつかの疑問をぶつけていた。
「僕か? 僕は、リングア・インテレクトス。魔導士だ」
「あー、はいはい」
リングア・インテレクトスは、傭兵のマックスですら知っている歴史上の人物で、ロマリア王国にいたと言われる大魔導士だ。
良い伝説も悪い伝説も、様々なおとぎ話になって伝わってはいるが、そのあまりの内容に架空の人物だったのではないかというのが現代の定説だ。もちろん彼は今でも子供達のヒーローだ。
マックスは、子供がリングアごっこをして遊んでいたんだろうと思った。奇しくもそこは、彼が活躍したロマリア王国の首都の跡地だったからだ。
しかし紛争地帯まで連れてくるとは、親は傭兵だろうか? それにしては、まだ発売の噂すら流れてこない個人用の物理障壁や、フリゲートを破壊するほどの威力のある謎の武装など、所有しているアイテムが異常すぎた。
どこかのメーカーの開発関係者かとも思ったが、いくら何でも若すぎる。後は金を持っている連中だが、子供を紛争地帯へ放置するというのはいかにもおかしかったし、誘拐されてきたと言う風にも見えなかった。
マックスは自分の想像の埒外にいるその子供を、どう扱うべきなのか迷っていた。
「すげえアイテムを持っているところを見ると、どこかの大金持ちのお坊ちゃんなんだろうけどよ。一体あそこで何をしてたんだ?」
アイテムではないのだがとリングアは思ったが、そういったアイテムを持っていることも事実だし、大金持ちであることも間違ってはいないので、この男はそれをどうやって知ったのだろうと少し首を傾げただけだった。
「何をと言うと難しいが。端的に言うと、寝てた」
「なんだと?」
「寝ていたのだ」
まあ、確かに子供は寝る時間だったかもしれないが、あんな場所で眠るなんて、なんて非常識な奴だろうとマックスは呆れていた。
その時、マックスのパーソナルデバイスに着信があった。
「リード軍曹だ」
「あ、軍曹! 無事でしたか!」
それはサージ伍長からの連絡だった。連中も無事にハロー砦へと逃げられたのかとマックスはほっとした。
「そちらの状況はどうなってるんです? こちらじゃ、向かって来ていたフリゲートが突然消えたことで混乱しているんですが」
現代の惑星上の兵器は、ステルスとレーダーの果てしない追いかけっこが行われた結果、レーダーが大して役に立たない状況に陥っていた。
正確な情報を得るためには光学的な観測が必要だったが、いかんせん今は夜だし、遠距離からはよくわからなかったのだろう。最新の科学が、戦闘行為自体を光学観測に頼っていた大昔へと逆戻りさせたと言うのは、実に皮肉な話だった。
「あー、あれな。落ちたぞ」
「落ちた?」
「しかも見事に、聖地の丘とやらの上に」
「はああ?!」
今の話を聞いて、通話器の向こうは、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
「ま、まさか軍曹が?」
「あー、えーっと……」
あれを落としたのはリングアを名乗るこのガキだ。しかし、そんなことを言ったところで誰が信用するだろう。逆に信じられたりしたら、こいつがどんな目に合うことやら……
仕方がない――マックスはそう考えた。
「軍曹?」
「ああ、まあな」
「スッゲー! いったいどうやったんです?!」
「いや、それはまあ――ともかくそういうわけでイシュールの連中は撤退していった。でな、こっちもハロー砦に向かってるんだが、なにしろ乗り物がないんだよ」
「とほほってやつですね」
「あほか」
「了解。すぐに迎えを送ります」
「頼んだぜ」
マックスはそう言って通信をオフにした。
彼は、これで、何十キロも歩かなくて済んだなとほっとしていた。自分はともかくこのガキにはきついだろう。
「ぐんそーってなんだ?」
「あ? 俺の階級だよ」
通常傭兵は現場で体を張るのが仕事だ。だからその組織には、ほぼ下士官しかいない。現場に出るトップが中尉か大尉だと考えてよかった。
雇用地における階級は、傭兵のトップに割り振られた階級から自動的に決まる。
今回は中隊単位の仕事で、中隊長が中尉の階級を割り振られたため、それに従って、マックス達の階級も自動的に決定された。それが、たまたま元の傭兵内部の階級と同じだったのだ。
「階級? つまり貴様のことでいいのか?」
「まあそうだな」
「了解した。ところで今は一体いつなのだ?」
「いつって?」
「何年なのだ?」
その奇妙な質問に、マックスは、こいつどっかで頭でも打ったんじゃないだろうなと訝しんだ。
「……星歴1204年だが」
「星歴? それはロマリア歴だと何年になるのだ?」
「ロマリア歴だぁ?」
首都が星間国家の中心に移転したとき星歴が制定された。それ以前はテラバウム標準歴が使われていたが、ロマリア歴となるとさらにそれよりも前の話になる。
こいつがリングアになり切っているとしたら、その質問も分からないでもなかったが、ずいぶんマニアックな奴だなと彼は呆れるよりも感心した。
とは言え、突然尋ねられたところで、歴史の専門家でもない普通の人間には簡単に答えられるような質問ではなかった。
「ええっと。確かテラバウム標準歴の3026年に星間国家が成立して、星歴元年になったはずだよな……テラバウム標準歴ができたのはロマリアの……何年だっけ?」
「ぐんそーって馬鹿なのか?」
「やかましい! ちょっと待ってろ! 確か、大体4000年だか4100年だかのはずだから、ざっと……8300年ってところだな」
もっともテラバウム標準歴までは、テラバウムの公転時間が1年だったが、星歴は新首都星の公転時間を基準に決められたため厳密に言えば少し違うだろうが。
「何ということだ。8200年以上も経っていたとは」
「何が?」
「いや、僕が寝ていた時間だ」
「あのな……まあ、厨二病ってヤツは大人になっても治らないことまであるくらいらしいから仕方がないか。で、お前本当の名前は何て言うんだよ?」
「本当の名前? 真名というやつか? あれは名前ごときで自由になる程度の弱者のためにあるものだ。僕ほどの大魔導士になれば名を隠す必要などないからな。だから、リングア・インテレクトスで構わない」
「はぁ……まあいいや。じゃあ、お前のことはリンって呼ぶからな」
「リン? いいではないか。許可しよう」
「ほんと、偉そうなやつだな。俺のことは――」
「ぐんそーだろう?」
知ってるぞと言わんばかりにいい笑顔でそう言われて、マックスは内心苦笑して頭を掻いた。
「ああ、もうそれでいいよ」
「わかったぞ、ぐんそー」
リンは機嫌良さそうにそう答えると、手足を大きく振って元気に歩き始めた。
無事に拾われましたので、明日から第2章です。