マックス、約束を反故にされる
「それで、次の現場は、ネヴィル星系のアイスヴァンで、グアケーロ(密掘者)相手の攻城戦ってことらしいんですが」
マックスん家の居間には、副官のサージ伍長が、カリーナを連れて訪れていた。次の作戦の前打ち合わせのようなものだ。
リンは相変わらず近所を楽しそうにうろうろしているらしい、余計なことをしていないか、実に心配だ。
「どうやら、装備の関係でフォーマンセル1チームが最低構成だそうです」
「装備?」
「何しろあそこは極寒の地ですからね」
アイスヴァンは、下手をすればマイナス60度を下回る環境だ。二酸化炭素が三重点を迎え、クロロホルムが固体になりかねない。
当然ウォーカーもスペシャルな寒冷地仕様になる訳だが、そんなウォーカーを持っている傭兵はあまりいない。
結果として、寒冷地オプションを装備することになるのだが、高価な割に効果が薄いため無駄に多くの戦力を投入できないのだ。
それに、今回はグアケーロ相手だということで、敵の戦力がやや甘めに見積もられていた。
「うちだと、誰かひとりゲストを入れて2チームか?」
「いえ、ショートとフェリシアから休暇願が出ています」
「休暇ぁ?」
どうやら、3人余りそうな作戦だということで、そうそうに休暇願を出したらしい。
よく書類を見れば行先が同じだ。
「……あいつら付き合ってんの?」
「んー、どっちかって言うと、ショートがフェリシアの小間使いになってるっていうか。まあ、そんな感じですね」
マックスの驚いたような質問に、カリーナがそう答えた。
確かショートが23でフェリシアが22のはずだ。まあ、若者同士仲良くやってくれよと彼は心の中で手を合わせた。
「というわけで、ゲストなしじゃうちの小隊は1チームしか出せませんし、まだウォーカーの装備に金が掛けられない下っ端から休みを許可しておきました」
「金って……リンが魔改造しただろ?」
なにしろ宇宙空間でも快適に保たれるのだ。マイナス60度など屁でもないはずだ。魔力タンクが空にならなければ。
「そりゃそうですが、下っ端のウォーカーがやたら高性能だって、目を付けられちゃまずいでしょう?」
「そりゃそうか」
すでにリンが魔改造してしまったウォーカーは、セブンスナイトの装備部で整備する訳には行かず、そのままトゲトゲに搭載されていた。
おかげで、ますますソリッドの目が厳しくなっているのだが、そこはなんとかやり過ごすしかない。
「それで、軍曹にご相談があるんです」
カリーナが、居住まいを正すと、いつになく真面目な顔でそう言った。
「な、なんだよ、改まって」
「私、バイアムを辞めようかと思うんです」
「おいおい、そりゃまた突然だな。まあ、この世界は自己責任だから、契約が終わってれば辞めるのも自由だが……」
カリーナは、そこでぐいと身を乗り出して、マックスに顔を近づけ、上気するように顔をほてらせながら力説した。
「それでですね、軍曹のところで雇ってほしいんです!」
「はぁ?」
「こ、航宙士として!」
マックスは以前聞いたカリーナの話を思い出した。
彼女はもともと航宙士志望だったらしい。それなら目の前に航宙艦があって乗組員が居ないとなれば、そこに雇われたいと思うのは自然なのかもしれない。
「いや、そうは言ってもなぁ。トゲトゲは確かに商船扱いだが、メルシー商会は商売をしていないし、雇うと言っても給料が払えんぞ」
「むー」
いくら航宙士の仕事がしたいと言っても、給料無しでという訳には行かない。人間には生活というものがあるのだ。
もっともずっとトゲトゲの中で暮らすなら、生活費はゼロで済んでしまうのだが、さすがにそれを言うのは、カリーナもマックスも憚られた。
「なら、バイアムに所属したまま、作戦時はトゲトゲを使ってうちの小隊の後方支援を密かにやるってのはどうです? それなら軍曹が雇用しているのと、やることは大して変わないでしょう?」
サージがそう提案すると、カリーナは嬉しそうに顔を輝かせた。
「あ、いいですね、それ!」
確かに地上戦に航宙艦を持ち込んで戦線をやたらと拡大するのは拙いだろうが、後方支援ならそれほど目にもつかないだろう。
また、緊急時には直接的なサポートも期待できる。戦線の拡大と命を秤にかければ、そりゃあ命が重いに決まっている。特にそれが自分のだったらなおさらだ。
「しかしなぁ……」
問題はふたつ。
一つは、それをソリッドが小隊の行動として認めるか――つまり、トゲトゲをマックス個人が所有している武装として、ウォーカーなどと同様に認めるかということだ。
ソリッドのことだ。それが有効だと思えば、すぐにバイアム全体の後方支援として戦力に組み込む可能性が高い。そうなると、トゲトゲの管理はバイアムの司令部に置かれることになるだろうし、その異常性が広く知られることになりかねない。
しかし、建前上とはいえトゲトゲはメルシー商会の船だ。それを、マックスが借りようと、バイアムが借りようとメルシー商会にとっては同じことのはずだ。だから、マックスがそこを強制的に横取りして自分の小隊のためだけに使った場合、他の小隊から文句が出る可能性が高い。
ならお前達も自分の小隊で航宙艦を融通しろよと言い放つことはできるが、それはバイアムが借り上げて運用することを邪魔して独占することの言い訳にはならないのだ。
それに常識的に考えれば、小隊への給与だけで航宙艦が運用できるはずがない。外から見ればマックス小隊は常に赤字に見えるはずだ。
にもかかわらず、バイアムの借り上げを妨害してまでそうする理由が他人には理解できないだろう。下手をすればバイアムへの背信行為ととられる可能性まである。
ダイムはそういうところがおおらかで、結果さえ出れば何でもOKだから問題ないだろうが、ソリッドはそう言う部分がとても細かい。もっともそうだからこそ、バイアムの経理を任されているのだが。
「後ろ指を指されるのは構わんが、後ろから撃たれるのはなぁ……」
「なら、クリムゾン行きがどのくらいかかるか分からなかったから、1年のリースにしたとか言っとけばどうです?」
「それなら、仮に全体のバックアップをやらされたとしても、うちの小隊で運用できますね!」
「それ、金の流れが怪しいぞ?」
マックスとリンが、税金の支払いで受け取れなかったクレジットは二百万だ。
隊員への支払いは、ソリッドにばれているだろうから、リース料で支払ったと主張できるのは、個人の資産プラス二百万ってことになる。
「二百万で、トゲトゲを一年も借りられるか?」
「そこは、ほら、なにかの弱みを握ってたとかどうです? 軍曹が、にやりと悪人っぽい笑顔を浮かべて意味深なことを言っとけば、ソリッドさんも納得しますって」
「カリーナ。お前は俺にどういうイメージを持ってんだ?」
「ええ?! かっこよくないですか?」
カリーナは、少しノワールな男に憧れているようだった。
「それで乗り切るにしても、カリーナが居なくなるのはキツいな。それに今回はフェリシアもいないんだろ?」
問題のもう一つは、小隊からカリーナが失われることだ。
カリーナのロングキルの能力はかなりのもので、それが小隊から失われるのは少々どころではなく痛かった。
フェリシアも育っては来ているが、まだまだカリーナの域には達していないし、今回の作戦には不参加だ。
「フォーマンセルですからね。いずれは補充することになるでしょうが、今回のところは、必要になったら軍曹が担当すればいいじゃないですか」
「俺?!」
「そりゃそうでしょ。カリーナを仕込んだのは軍曹じゃないですか」
「いや、それはそうだけどな」
世の中には才能というものがあるんだけどなぁと、マックスは苦笑した。
「どうせ今回はアンブッシュとかありえませんし、ロングキル用の武装が使われるときは、それほど指揮とか必要ありませんって」
「うーん……まあ、そう言う構成で行くなら上にトゲトゲがいるはずだから、その情報を元にサージが指揮を執ることもできるか」
緊急時の判断や、情報が欠落している場合の行動はマックスの独壇場だったが、正確な情報があれば、サージの指揮も悪くないどころか、マックスに勝るかもしれなかった。
「じゃ、次回はそんな感じでテストしてみるか。だがフォーマンセルからはみ出すから、カリーナの作戦参加分の報酬が出るかどうかはわからんぞ」
「そこはMVPのボーナスで私の分もゲットしてくださいよ」
「んじゃ、取れたらそれは五等分するか」
「ええ~?」
「なんだよ? まだ前回の百万クレジットがあるだろ?」
「それはまあそうですけど……仕方ありません。それでお願いします」
「じゃあ、アイスヴァンの作戦は、軍曹と俺、後はガードのパウエルと斥候のアダムスで参加して、カリーナは上空でトゲトゲによるこっそり支援って構成ですね」
サージがそうまとめたとき、マックスは、つけっぱなしにされていたTVの画面に、どこかで見たような風景が映し出されているのを見て、そちらに注意を向けた。
『今日はちょっと面白い話題をお伝えしたいと思います』
ローカルニュースの画面の中で、若い女性のキャスターがにっこりと笑いながら戸外でマイクを握っていた。
それが最初に話題になったのは、ネットワークの中の動画サイトだった。父親が、自分の娘がやっていることに驚いて、それを撮影したものをアップしたのが始まりだったらしい。
それがニューススタッフの目に留まり、取材がやってきて、それを再現してもらったのだとか。
「おいこら、待て! なんじゃこりゃあ?!」
「な、なんです、軍曹! いきなり?!」
カリーナが、マックスの剣幕に驚いて言ったが、マックスはそれどころではなかった。
何しろそこには、『先生との秘密』だったはずのゴーレム操作を喜々として行っているミリーが映っていたのだ。




