マックス、出番なし
§マックス、出番なし
「来た、キタ、キタアァァァァ!」
ポルケウス星系のメルクリアでは、灰色の長いひげを生やした老人が長い眉毛に隠れた目を見開いて、その求人を見ると、踊りださんばかりに浮かれていた。
目の前のホログラムモニターには、『魔導工学の研究者よ来たれ!』と書かれた広告がでかでかと表示されていた。
ポルケウス星系は、ノーライアの支配下にある星系だ。
主星の第3惑星テラリウムは、人類がテラバウムを出て初めて開発した惑星で、テラバウムにちなんでテラリウムという名前が付けられた、星間国家の中ではテラバウムに次いで古い星だ。
もっとも発見当時は冒険野郎ばかりだったこともあって、彼らはすぐに他のゲートへと旅立った。
そして、惑星開発計画が実行に移される前に、ゲートの先に多数の居住可能惑星が発見されたビームスや、ローズ、そしてカーストルといった星系が発見されたため、宇宙開発のハブとしても置き去りにされ、ノーライアやビームスの初期開発を支える橋頭保として資源の採取や工場惑星として発展した星だ。
メルクリアはポルケウス星系の第二惑星で、惑星改造の結果、温帯地域は農業惑星として牧歌的な雰囲気を持っている精密機械工業が発達した星だ。
そんな星の山小屋然とした建物の、怪しげな研究室めいた部屋で、その老人――ダグラス・ボー・カヤックがこぶしを握り締めていた。
「苦節半世紀! ついに儂の時代がやって来たのじゃ!」
「もー、ダグ爺、何を騒いでるのよ」
声を掛けられたダグラスが、隣の家の庭を振り返ると、ショートカットの活発そうな少女が呆れたように腰に手を当てて、庭で小躍りしていたダグラスを冷めた眼差しで射抜いていた。
「お、おお、ミラ嬢ちゃんか」
ミラ・アネットは、ダグラスの隣に住んでいる夫婦の娘だ。
彼女が、近所からは変なおっさんだと思われていただけのダグラスが、実は魔法使いだと知ったのは五歳のころだった。
もっとも魔法使いだとは言っても、趣味で魔導工学の研究をしていて、簡単な魔法が使えるだけだったのだが、小さなミラには、それが世界の凄い秘密のように感じられた。
以来、二人は楽しく秘密を共有して、彼女はダグラスの理解者になっていた。その彼女も、もうすぐ十六の誕生日を迎える。
ダグラスも爺さんと呼ばれてもおかしくない風貌から、いつのころからか彼女にはダグ爺と呼ばれるようになっていたのだ。
「もう。いいかげん嬢ちゃんは止めてよ。で、一体なにをやってるわけ?」
流石に爺さんが、住宅街の庭で小躍りしていては、奇異に見えない方がどうかしている。
「ふっふっふ、いいかねミラ。世界はとうとう儂を必要とすることになったのじゃ」
「いや、その爺さん喋りはいいから。似合ってるけどさ。ダグ爺って、まだ50代でしょ?」
彼女が初めてダグラスと出会った時、彼は40そこそこだったはずだ。あれから11年が経ったから、まだ50代の前半のはずだ。それにしては老けて見えるが、どうやら大昔の魔法使いをリスペクトしたファッションらしい。
「知っているなら、爺は止めい」
「気に入ってるくせに」
「むぅ。どうもミラ嬢ちゃんは、儂のことを誤解しているような気がしてならんのだが……」
「いいからいいから。それでダグ爺、どうしたっていうのよ?」
「これを見よ!」
彼が携帯デバイスからホログラム表示した画面には、大きくノーライアの求人広告が表示されていた。
「え、なにこれ?」
「ついに、つーいーにー! 魔導工学が復活する日が来たのじゃ! そして重要なのはココじゃ!」
彼が指差したその場所には、雇用条件例が記述されていた。そこにはちょっとした大手企業の役職付きよりも高額な報酬が掲載されていたのだ。
「おおー?! すごいじゃん、ダグ爺。これで、ぐーたら爺さんだの、無職の変わり者だの言われなくて済むようになるね!」
「誰じゃ、そんなことを言っているのは?!」
「まあまあ。でもそうすると、ダグ爺、ノーライアに行っちゃうの?」
ミラが子供のころのように、可愛らしく小首をかしげながら、少し不安そうに言うのを見て、ダグラスは思い出に浸りつつ、目を細めながら、つい言ってしまった。
「ミラも来るかね?」
「え。ええ?! うーん。ダグ爺のこと嫌いじゃないけど、あと30年、せめて20年若かったらなぁ」
「何を言っとるのだ君は」
よく考えてみれば、ミラもこの十年の研鑽で、簡単な魔法が使えるようになっていた。応募資格としては十分だろう。
「でも学校があるからなぁ……」
学校よりも先に父母のことを考えろよとダグラスは思ったが、この年頃なら友達優先でも仕方がなかったかなと、自分の過去を振り返ってみた。
その学校だが、ノーライアの国家研究所の研究員になるようなレベルなら、全部スキップで卒業資格がもらえるはずだ。
「ノーライアの国立研究所の研究員じゃぞ? 合格したら学校の卒業資格なぞ、全部スキップしたことにしてもらえるに決まっとる」
「え? 本当?」
「ああ、合格できればじゃがね」
だがこの世界でまともに魔法が使える人などほとんどいない。ダグラスが知る限りでも、まともに魔法が使えるのはダグラス本人とミラだけなのだ。落ちるはずがないと彼は考えていた。
「勉強しなくていいのかぁ……じゃ、ちょっと両親に相談してみる!」
いや、勉強はしなきゃダメだろと、ダグラスは言おうとしたが、それよりも早く、彼女は踵を返して自分の家へと駆けて行った。
「ふふふ。しかし、ついに、つーいーにー!」
そう感動しながら、欲望丸出しでノーライアの求人の雇用条件を眺めていたダグラスは、時を置かず、ノーライアの国立魔導研究所の主席研究員に抜擢される。
そうして、そのアシスタントとして選抜された研究員名簿には、ミラ・アネットの名前も掲載されていた。
こうしてノーライアは、趣味の人とはいえ、曲がりなりにも魔法が使える魔導工学の専門家をスタッフに加えたのだった。




