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【大】魔導師様、目覚める!  作者: そういち
 第1章 大魔導士様、ご近所で活躍する
35/39

マックス、心配する

 ノーライア帝国、軍務尚書メイガン・ショーはその報告を聞いて耳を疑った。


「マジックミサイルが売りに出された?」

「はっ、おそれながら」


「それは本当に魔法の、あのマジックミサイルなのか?」

「マジックミサイルの特徴として掲載された検証映像では、実際にそれを発射する機器が作られていて、ビーム用バリアフィールドを透過していますので、おそらく」

「透過? ……それは、例の?」

「はっ、クレリア教皇の放ったものと同じような効果があるようです」


「映像が創作だという可能性は?」

「簡単な調査では、その証拠は発見されませんでした」

「ではそれを遮るフィールドを開発すれば――」

「御意」


 正体が分からないから対処ができないのだ。それを調べることができるというのなら――

 あのクソ生意気な連中に、一泡吹かせてやれる可能性に、彼女は歯を見せて獰猛な笑みを浮かべた。

 

 ノーライア帝国始まって以来、初めて女性で軍務尚書の地位に付いた彼女には、省内にも敵が多かった。

 たかが中隊規模の損失とはいえ、そのあまりのふがいなさをIVNに中継されてしまったばかりに、ノーライア新鋭航宙艦の価値は地に落ちた。そうして、その責任を問う声は、日増しに大きくなっているのだ。

 

 軍部がクレリアに報復をしないのもその原因の一つではあったが、蹂躙された原因も解らず解決策も提示されていない現在、そんなことが安易にできるはずがないことを責める側も十分判っているのだから質が悪かった。

 

 メイガンに言わせれば、あれは指揮が悪いのだ。

 

 最初の一撃で十二艦が沈んだとき、百隻程度に、一気にクレリア本土へと激突するよう命じれば、おそらく艦隊の半壊程度でケリがついたはずだ。

 

 もっともそんな命令を実行する艦長が、百人も旗下にいる部隊があるとは思えないし、そんな提督には誰もついて行かないだろうから、彼女の言う指揮も、机上の空論には違いない。

 

「手に入るのか?」

「それが……」


 秘書官の説明によると、金銭はそれほどでもなかったが、プラスしてとある物品が求められていたのだ。


「分子スキャナだと?」

「はっ」


 メイガンは一度乗り出した体をどさりと椅子に預け直すと、忌々しいとばかりに手を振った。


「論外だ。そもそもあれは各国の機密だろう?」

「機密なのはスキャンソフトです。そこは、基本ソフト部分だけで構わないそうですが――」

「スキャンの技術供与は不要ということか?」

「御意」


 分子スキャナのハードを製作している会社は、特殊な会社だ。

 

 たとえソフト無しとはいえ、最高性能の分子スキャナは、国家からの注文しか受け付けられない仕組みになっている。

 その代わりに国家からメーカーにメンテナンス料という補助が毎年支出されているという、一種の半公半民のような会社なのだ。

 

 誰にでもばらまかれては困る技術なのは、各国共通の問題なので、そういう取り決めができたらしい。


 可能か不可能かで言えば、提供は可能だろう。

 ノーライアのあるカーストル星系にも、二台のスキャナが設定されているはずだ。仮に一台を譲渡したとしても、次のスキャナが納入されるまでに困ったことになる確率は限りなく低い。

 しかし――


「売り手は?」

「GG商会と名乗っております」

「聞いたことがないな」

「調査によりますと、グレアム商会の三男坊が先日立ち上げた商会であるとか」

「新興か? それが国家相手に商売だと?」


 秘書官によれば、グレアム商会は、テラバウム発祥の老舗で、現在では大規模とまではいかないがそこそこ大きな商会ということだ。

 ならば、いかに三男とはいえ、適当な星の支店を任せるくらいが普通の展開だろう。

 

 それが新興の商会を立ち上げたあげく、いきなり国家相手に商談を持ちかけるとというのは――


「裏にいるやつを炙りだせ。意図が分からんことには軽々しいこともできん。だが、この技術を他の国に渡すことは許さん」


 秘書官は黙って頭を下げて退室していったが、心の中ではきっと「無理言うな!」と叫んでいたことだろう。


   ****


「と、まあ。そんな感じで吹っ掛けておいたぜ」


 先日マックスから連絡を貰って、素材が足りなさそうだと告げられたギリーは、目をむいて驚愕した。

 

 なにしろ、言われた通りに商船に縮退炉を搭載するために、尋常じゃない金がかかっていた。

 それもこれも、トゲトゲ級に準じた船が手に入ることを前提に無理やり目をつぶっていたのだ。にも関わらず、それがパーになりそうだと聞けば、彼でなくても焦るだろう。

 

 ギリーは、あわててシェードまで飛んでくると、マックスの家へと突撃した。

 

 しかしそこで聞かされた大商いに、大いにやる気になった彼は、グレアム商会とギリー・Gの両方のコネをフルに活用して、各国の軍部へと渡りをつけたのだった。


「俺はちょっとギリーを見直したぜ。お前結構凄い商人だったんだな」

「9番街に倉庫を持ってた時点で気付けよ!」


 ハロー砦の9番街には、普通の商人では倉庫を持てない。

 もっとも真っ当な大商人は、そんな場所に倉庫を持たないのだが、裏の顔のない大商人も同じように存在しないのだ。

 

「で、首尾は?」

「今のところ、ノーライアもカーマインも静観の構えだな」


「食いつかなかったのか?」

「心配するな。目の前でルアーを振られて、どっちもウズウズしてるっての。今頃は俺のことを必死で調べてるだろうぜ」


「ホーンテッドコーポレーションを使ったのか?」

「バカ言え。歴とした国家相手の取引だぞ? そんなのが相手にしてもらえるかよ。真っ当な商会を立ち上げたに決まってるだろ!」


「お前が真っ当な商会ねぇ……」

「失礼な野郎だな!」


「じゃあ、『ギリー・G』は店じまいか?」

「ふっ。星間で活躍している大商会には、すべからく裏の顔がくっついてるもんさ」


 マックスは、まだ支店の一つもない、船の一隻も完成していない商会のくせに、なにが大商会だよと吹き出したが、志は大きいほうがいいに決まってる。そもそも、彼には大商会になってもらった方が都合がいいのだ。


「はー、怖い怖い。で、どうするんだよ? 連中が動き出すまで黙って見てるのか?」

「バカ言え。時は金なりっていうだろ。そんな悠長なことをしててどうするんだよ」

「と言うと?」


「いいか? こいつは、たかが惑星国家にすぎないテラバウムの一小国が、星間大国であるノーライアを手玉に取った技術なんだぜ?」


 いささか大げさだが、世間的にはそう思われているということだ。


「で?」

「小国家群に営業を掛けるのさ」


 小国家群――

 それは、自治領や恒星国家と呼ばれる、一恒星系から構成された国家の集まりだ。

 

 開発されている惑星は、大抵ひとつかふたつで――三つ以上の惑星を開発しているような恒星国家は、二つ目の恒星を支配して星間国家となることが多い――普段は巨大な星間国家に翻弄されている国々だ。


「いいか? ノーライアの領土は八星系に及んでいるし、カーマインは十二星系を従えている。まあ、大国と言えば言えるが、一恒星系のみを支配する小国家群は、主なものだけでも三十一もあるんだぜ?」


 人類の版図は、当初冒険野郎どもによって広がって行った。企業にしろ個人にしろ、冒険家になって一発当てようといった山師然とした連中が多かったのだ。

 

 無数にいたそういう連中のうち、たまたま幸運に恵まれた連中が居住可能な惑星を発見した訳だが、ここで彼らが見つけた惑星は、彼らが所属していた国家から見れば、ただの財物であって、言ってみれば自らが所属している国家よりも広い巨大な私有地だった。

 

 すでに高度な教育を受けた国民と民主主義的な政体からなっている法治国家が、それを勝手に取り上げるわけにもいかず、距離がありすぎて統治も困難であることから、都合、社団が復活することになった。

 つまりその惑星は、所属国家から一定の特権を与えられ、地域的共同体として独立性を認められることになったのだ。

 

 後は、封建社会から主権国家への移行よろしく、一気に発見者による王政に近い政体が出来上がる。専制君主制然としてはいるが、気分は家制度のようなものだ。

 それがそのまま大きくなると、力をつけた星々が次々と国家としての独立宣言を行うことになる。

 

 何しろ宇宙は広いのだ。一つの星が独立を宣言するくらいなら、主星テラバウムの戦力で押しとめることも可能だろうが、まるで申し合わせたかのように地理的にまるで関係のない場所が同時に独立を宣言した場合、それを一度に征伐することは困難だし、一つ一つそれを成そうにも、結託してる惑星の軍がそのまま手薄のテラバウムを攻めてくることだってあり得る。

 

 テラバウムは仕方なくそれらの独立を認め、ある程度有利な通商条約等を結ぶことで落としどころとした。

 そして、植民地を失っていくスペインや大英帝国よろしく、テラバウムは力を失っていくのである。

 

「独立時の成功体験を、その歴史に刻んでいない小国家は少ない」


 ギリーは過去の歴史に思いをはせるように、人差し指を立てた。


「そいつらが、大人しくしていた理由はたったひとつ。戦力の基盤を大国連中に握られていたからさ。ところがここへ来て、一小国がノーライアを追い返した」


 彼はパンと手を打ち合わせると、楽しそうに言った。


「その技術の源泉が売りに出される? 食いつかない国があるはずがないだろ」


「いや、それは分かるが、実際問題、最新の分子スキャナを持っている小国家群はないだろう?」


 ギリーはそれを聞いて、にやりと笑った。


「だからな、カーマインは十二星系だが、小国家群は三十一星系なんだって」

「おい!」


 マックスは、ギリーの考えていることに思い至って、思わず腰を浮かせた。


「お前……お前、まさかこいつをネタに小国家群を連邦あたりにまとめるつもりなんじゃないだろうな?!」

「半分が参加しても十五星系。宇宙最大の連邦国家の誕生だな」


「そんなバカな……」


 そりゃ、連邦国家設立の立役者ともなれば、御用商人は確実で、あっという間に大商会へと成り上がれるだろう。だが、そんな動きをカーマインはともかくノーライアが黙って見ているはずがない。


「地理的に無理だな」


 それまで黙って聞いていたリンが、最近お気に入りのウォーターメロンのジュースに入っている氷をストローでカシャカシャとつつきながら言った。


「ロマリア時代も、小国が連携するなんて話は結構あったが、やはり飛び地は飛び地なのだ。まとまって安全を確保できない国は、結局囲まれて順番に蹴散らされたぞ。補給も援軍も難しいしな」


 ずずずとそれを吸い上げるリンを見て、ギリーが、面白そうに言った。


「さすがは嬢ちゃん、その通りだ」

「はぁ?」


 ギリーがリンの意見をあっさりと認めたため、マックスはギリーが何を考えているのか分からなくなった。

 もっともそれが、ろくでもないことだろうということだけは、間違いないように思えた。


「なんだよマックス。分子スキャナとプリンタがなきゃ、俺の航宙艦が完成しないんだろ?」

「あ、ああ、まあそうだな」

「なら、俺の航宙艦のために、小国家群には働いてもらわなきゃな」


 分子スキャナは、一恒星国家程度ではだめだが、ある程度の大きさがある星間国家なら購入できる。そういうルールなのだ。

 

 今ここに、世界を震撼させた魔道技術の基礎がある。ノーライアとカーマインはそれを欲しているが、分子スキャナの譲渡には消極的で様子を見ている。

 

 もしも緩やかな連邦国家を形成できるなら分子スキャナを購入できる権利が発生し、それと引き換えに、ノーライアの最新鋭艦隊を一蹴した技術が手に入るかもしれない。

 

 大国によって抑圧されている小国家群が本気でそう思ったらどうなるだろうか。


「ま、実際はそううまくはいかないだろうからな。そいつを当て馬にして、ノーライアかカーマインから分子スキャナを巻き上げるのさ」

「お前、めっちゃ悪人だな」


「いや、俺は人並みに善人のつもりだぜ。ただな、他人の幸せよりも俺の幸せの方が重要なだけさ。普通の人間はみんなそうだろ?」


 何を当たり前のことを言っているんだとばかりに、ギリーが肩をすくめた。


「それともマックス。お前、俺の幸せのために不幸になってくれるか?」

「絶対、嫌だね」

「だろうな」


 ノーライアはクレリアにこっぴどい目に合わされたが、それに対して沈黙を守っているし未だに報復さえ行われていない。あのノーライアが、である。

 

 小国群のトップたちが、その秘密さえ手に入れれば、バラ色の未来が開けると考えてもおかしくはない。

 

 金銭的なやりとり――例えばオークション――等なら、そもそも財布の大きさが違う星間国家に敵うはずもなかったが、ここで売り手が求めているのは金銭ではない。彼らが色めき立ったとしても仕方のないことだった。

 仮にそれを手に入れた後、それを利用することができるのかどうかは別の問題なのだが、溺れる者は藁をも掴むものなのだ。


「しかし、そんなにうまくいくものかね?」


 マックスは、壮大で実現可能そうに見えるだけで、張子の虎にしか思えないその計画に、小国家群が乗って来るとはとても思えなかった。

 

 そもそも分子スキャナのために連邦国家が作られるなんて、冷静に考えてみればあまりにおかしな話だからだ。


魔導工学の奪い合いで話が書けるかも的なご指摘を感想でいただいて、ちょっと膨らませてみた話。

第2部を書きつつ書いているので、1.5部としていますが、もし長くなるようなら、「水の檻」の前の部として、あとからタイトルを変更するかもしれません。


2部と並行して作成しているので、更新は、週3くらいで考えています。

では、お楽しみください。



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― 新着の感想 ―
[一言] >彼女の言う指揮も、机上の空論には違いない。 机上の空論以前に『未知の方法で攻撃されても突攻で片が付く』と考えてる時点でねぇ…
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