表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【大】魔導師様、目覚める!  作者: そういち
第1.5部 <魔導工学狂想曲>
34/39

- sequel 2 - その後のノーライア

分子プリンタで作ったものの制限について追記しました。

 その日の午後、玄関のビジフォンが柔らかな音を立てて、来客を告げた。

 

 マックスの家のビジフォンは、許可された人間か、登録してある人間以外の来宅を無視するように設定されている。彼はあくびをしながら、来客がサージであることを確認すると、そのまま居間にいることを告げてロックを解除した。

 

 居間に顔を出したサージは、開口一番面白そうに、ホログラムモニターを展開してマックスに見せた。


「軍曹! これ見てくださいよ!」

「なんだ?」


 そこにはノーライアが、魔導工学を復活させることを宣言した記事が載っていた。

 『魔導工学の研究者よ来たれ!』のあおりと共に、結構な待遇が書かれていて、人材を募集していたのだ。


「ロマリアの遺産とやらに振り回されたのが、よっぽど堪えたんですかね?」


 中隊規模の艦隊を地上からの攻撃で粉砕されたノーライアは、新鋭艦の性能を懐疑的に見られることになったため、全面的に新しいモデルに刷新するか、どこかの戦場でその性能を印象付けなければならない羽目に陥っていた。

 ここ数年で、モデルの刷新があったばかりだけに全面的な刷新は難しく、軍部はより攻撃的になっているとの噂だった。


「そうかもしれんな」


「てっきりあの後も、面子を守るために艦隊を派遣してくるかと思いましたけど、音沙汰無しですもんね」

「テラバウムの中央協議会も、ポッペウスが居れば強気に出るだろうし、あれを見たらさすがにカーマインだって介入してくるだろうからな」


 クレリアの『神の思し召し』は、カーマインの軍産にとっても他人事ではなくなっていた。

 彼らはノーライアの新鋭艦が張りぼてではないことを熟知していたし、ノーライアがああなるなら、カーマインも同じ目に合うことは確実だからだ。

 

 その秘密に近づくという恩恵があるというのなら、次の会戦には恩着せがましく艦隊を派遣してくることは確実だろう。


「しかし、来たれったってなぁ、今どき魔導工学の研究者なんているのか?」


 マックスはもう一度その募集記事を見てそう言った。


「何しろ今まではまったく金になりませんでしたからね。もしかしてアマチュアの趣味人なら」


「じゃあ、私が応募してやろうかな?」


 こちらに戻って来てから、妙に難解な専門書や論文を買いあさっては読みふけっているリンが、使っているブックリーダーから目を上げて言った。

 紙の本に慣れていたリンは、ホログラムによる読書をあまり好まなかったため、わざわざ高価な書き込みのできる本型のブックリーダーを購入して使用していたのだ。形だけでもということだろう。

 

 リンが使っているパーソナルデバイスは子供用で、親のIDを使うタイプだ。そのため購入した本のリストがマックにも届くのだが、そこには、凄い値段の、読んだら頭が痛くなりそうなタイトルばかりが並んでいた。

 もっともリンが以前振り込んだ三百万クレジットからみれば微々たるものなのだが。


「なに?」


 確かにノーライアはリンの顔を知っているわけではない。だからそれは、不可能ではないだろう。

 

「いや、魔導工学が普及するのはいいことだぞ? 今の世界は少し科学に偏りすぎだ」

「そう言う体系で世界が発展したんだからしょうがないだろ」


 科学の粋を集めて作られた航宙艦が、未知の体系である魔法の前になすすべもなく敗れ去ったのは、科学以外の体系に向けた対策が何ひとつなされていなかったのが理由であることは間違いない。

 

 もちろんそんなことをする必要は、リンが現れるまでなかったのだが。

 

「第一、お前は目立つからなぁ……初級の魔導書とかないのか? そういうのをどっかの遺跡で発見したって体裁で、ギリー辺りに手数料を渡して、ノーライアに高額で売りつけるとかにしたほうが良くないか?」

「ふーむ」

「それにノーライアがトゲトゲを作ったりしたら、あっという間に世界が滅ぼされるかもしれないぞ?」


 少なくともカーマインとのバランスは崩れ去るだろう。

 現時点に限定するなら、カーマインの艦隊もノーライアの艦隊も、トゲトゲ一隻で殲滅することすら不可能ではなさそうだ。


「残念ながら、現代では手に入らない素材が沢山あるからな。トゲトゲを再現するのは無理だぞ」

「素材?」

「アベラビノニクスのエラとか、ソラティアールの被膜とか。もうテラバウムにはいないのだろう?」


 リンの話を聞いたサージが、それに答えた。


「化石の中にその姿を残すのみですね」

「だから無理なのだ」


「いや、お前はそれを持ってるんだろ? 化石からじゃ無理だろうが、構造さえ分かってれば作り出せるぞ」

「なに?」

「現代には分子プリンタがあるからな」

「なんだそれは?」


 分子プリンタは、一種の3Dプリンタで、分子構造を作り出すための機械だ。

 完全に解析された分子構造情報と原子カートリッジがあれば、素材そのものを作り出すことができるのだ。もっともそれなりの時間とコストがかかるのだが。

 

 例えば、分子プリンタを用いて、海水から金を作り出した場合、作り出された金の何百倍ものコストがかかることはよく知られていた。


「それは凄い! 欲しい! 欲しいぞぐんそー!!」


 凄い食いつきのリンに、マックスは苦笑して引きながら、それでも首を傾げた。


「だけどお前、フードクリエイターで似たようなことをやってるだろ?」

「あっちの方がよっぽど高性能って言うか、わけわかんないですよね」

「だよな」


 元がイメージだとは言え、実際に結果が物質としてそこに存在している以上、それを構成する原子はどこかから持ってこなければならないし、フードクリエイターは、それで有機化合物を簡単に作り出していた。

 自然界にある複雑な有機化合物の構造決定や合成は非常に難しい。分子プリンタで高品質の食品が作られないのは、コストの問題ばかりではないのだ。


「あれはテキトーだからな」

「適当?」

「んむ」


 リンは鷹揚に頷いて説明した。

 

 例えばレタスを作り出すとき、レタスAとレタスBは完全に同じ分子構造を持っているわけではない。

 フードクリエイターの場合、それを適当に再現して、レタスっぽいものができればそれでいい訳で、レタスを作り出しているわけではないらしい。


「まて。じゃあ、見た目と食感と、ついでに味がレタスなだけで、中身は全然レタスじゃないかもってことか?」

「そう言う言い方をするなら、その通りだ」

「それって栄養素はどうなってんだよ?!」

「ちゃんと体に必要なものに変換されるぞ? でなきゃ、これだけで生きていけるわけないだろ?」


 そう言って、リンは自分が作り出した、あの変なビスケットもどきの棒を取り出してマックスに見せた。

 この世界にも栄養食品はあるし、体に必要な要素だけをまとめたサプリメントもある。だがそれだけで長期間生きて行けるかどうかは別の問題だ。フードクリエイターはその問題も解消しているらしい。


「それはそれで凄いな」


「つまり、厳密に分子構造をコピーしているわけではないから、素材を作成するために利用するわけにはいかないってことかな?」

「そうだ。魔導工学とやらの素材に使う場合、テキトーではいかんのだ」


 どうやら、同じ像を作る際に、専門の芸術家が精密に作り上げたものと、素人が適当に作ったものくらいの差があるらしい。どちらも像だが、精緻さが違うということだ。


「しかし、そんな便利なものがあるなら、ロマリ金貨など作り放題だったのではないか?」

「あのな、完全に同じ分子構造を持った金貨なんて、鑑定時にすぐにばれるだろうが。それに分子プリンタを使って作られた物体にはマーカーが付くんだよ」

「マーカー?」

「そうだ。芸術作品や宝飾品がコピーされたら困るだろ? だからどのスキャナで作成されたモデルを使って、どのプリンタで出力されたのかが判るようになってるんだよ」


 それを聞いたリンは、不思議そうに首を傾げた。

 

「だが、できるのは同じものなのだろう?」


 仮に区別できるようになっていたとしても、本物のダイアと、分子プリンタで作られたダイアの何が違うのか、リンには理解できなかった。


「そりゃそうだ。しかし、本物には本物の価値ってのがあるのさ」

「同じものなのにか?」

「同じものなのにだ」


 頭の上に?マークを浮かべているリンを面白そうに見ながら、サージが付け加えた。


「それ以前に、芸術作品の分子モデルなんか作れませんけどね」


 そりゃそうだと、マックスは頷いた。

 

 なお生命体の生産はタブー視されている。

 もっとも、仮に分子モデルが用意できたとしても、生成途中で死んでしまうので無意味なのは明らかなのだが。体が半分の人間が生きられるはずがない。

 移植用の臓器生成は研究されているらしいが、そちらも生成以上に分子モデルの作成が困難を極めるため実際に行われた例はなかった。


「ともかく、ギリーに言えば、分子プリンタは都合してくれるだろうが――」

「おお!」


 リンはその情報に顔を輝かせた。


「問題はサイズと分子モデルの生成だな」


 現在の分子プリンタの主要な用途は、開拓先での部品の調達だ。

 

 なにしろ原子カートリッジと分子モデルさえあれば、どんなものでも生産できるのだ。

 どのくらい必要なのか分からないパーツをたくさん積みこむよりも、どんなパーツでも作り出せる機械を一台積み込んだ方が有利なのは火を見るよりも明らかだ。

 必要になる各種部品の分子モデルは、あらかじめ作成されたものが記録されていた。


「分子モデル?」

「作成するものの設計図みたいなものかな。分子モデルがないものを作る場合、まずは分子モデルを作る装置が必要なんだよ」


 一般的に必要なものの分子モデルは単体で販売されている。価格はピンキリだ。


「分子スキャナというんだが、有機化合物をスキャンして、原子の絶対立体配置まで決定できるような代物は、そんじょそこらじゃ手に入らないぞ」

「ええ? 欲しいのだ!!」

「そうは言ってもなぁ……」


 なにしろ、分子モデルさえ用意してしまえば、分子プリンタを使うことで、大抵のものは分子レベルで複製できてしまうのだ。

 いくら作成時にマーカーがつくといっても、最高性能の分子プリンタの場合、目で見てそれと判断できるものではない。

 

 つまりは芸術作品なんかの分子モデルをホイホイ作られてはこまるため、当然のようにスキャナの売り先も限定されているわけだ。

 もっとも、工業製品と違って、そう言ったものの分子モデルを作るのは、並大抵の技術では不可能なのだが。


「専門の会社に依頼して、分子モデルを作ってもらうくらいですかね」

「べらぼうに金がかかる上に、モデルの流出は覚悟しなきゃならないがな。あと下手すりゃ、年単位で時間が掛かる」


「むぅ。ギリーに言ってもだめか?」

「ソフトウェアが国家機密級だからなぁ……」


「デバイスと基本ソフトさえあれば、あとはホムホムがなんとかしてくれると思うのだが」

「デバイスねぇ……」

「機密部分のソフトなしなら、売ってはくれるんじゃないですか?」

「そりゃそうかもしれんが、そもそもそんなレベルのデバイスは受注生産だろ? 製品が余ってるなんてことはありえない世界だから、それこそ国家レベルじゃなきゃ、すぐには無理――」


「よし! ノーライアから貰ってくるのだ!」

「は?」


 まるで、ノーライアまで行って、なにか魔法的な手段で強奪してくるつもりのようなリンの言葉に、マックスは、今度は倫理と言うものを教えなきゃいかんのかよとため息をついた。


「まずはどこにあるのかを調べないといけませんよね」


 サージも同じことを考えたのだろう、そんなことを言い出した。


「いや、サージ。何を追従してるんだよ。ドロボーはいかんだろう。推奨できんぞ」

「どろぼー?」

「違うのか?」

「違うわ!」


 リンは憤慨したように椅子から飛び降りて仁王立ちになった。


「魔導工学の知識と引き換えに貰ってくるのだ!」

「引き換え?」

「そうなのだ!」

「いや、いくら向こうが欲しがってるからって、最高性能の分子スキャナに釣り合う魔導工学の知識って、一体なんだ?」

「どうせ戦争に使いたいのだろう? なら、マジックミサイルと、シールドでよかろう」

「え、それ、まずくないか?」


 もしそれを元に絶対あたるビーム砲を開発されたりしたら、カーマインとの差が広がりすぎるだろう。

 シールドだってそうだ。


「くっくっく、ぐんそー、マジックミサイルは派手で人に見せるにはいいが、なにしろ威力がないのだ。シールドだって物理シールドにしておけばばっちりだ!」

「いや、威力がないって、トゲトゲの絶対当たる砲にも使われてるだろ?」

「いいか、ぐんそー。トゲトゲのキモは、科学のエネルギーと魔力の変換部分とキャパシタなのだ。仮に武器ができたところで、人の魔力だけでそれを航宙艦のレベルで発動させようと思ったら大変だぞ?」


 魔導工学がすたれた理由の一つは、それを扱える――つまり魔法が使える素質がある――人間が少なかったことだ。


「じゃあ、仮にマジックミサイルを解析して、それを利用したビーム砲や、それを防ぐためのシールドを開発したとしても実用化できないってことか?」

「魔力を作り出すことができなければ、難しいな」

「魔力が作り出せたら?」

「人類が飛躍できて良いではないか」

「飛躍ね」


 マックスは思わず苦笑いした。

 リンにとって、ノーライアだとかカーマインだとかは、どうでもいいことなのだろう。魔法の研究ができさえすれば、それで幸せなのだ。

 

 考えてみれば、魔法というカテゴリーで言うなら、どちらも初歩の初歩にすぎない訳だ。それが復元できたからと言って、どうなるものでもないのかもしれなかった。

 そう簡単に大魔導士様などと呼ばれるようにはならないのだ。


「しかし、それをうまくプレゼンして、交換までもって行けますかね?」


 サージが難しそうな顔でそう言った。


「確かにその交渉は難しい」

「ですよね」

「だがな、ほら、ギリーの船って、結構でかかっただろ?」


 ギリーは、リンに魔改造してもらうベースになる航宙艦を購入して、縮退炉を搭載中だ。


「ああ、キロメートル級ではないですけど、その半分以上はあるそうですよ。それが?」

「だからさ、ギリーの奴に、お前の艦の改造に必要な素材が足りなくて、それをを作り出さなきゃならないって煽ってやれば、本気出すんじゃね?」

「おお! さすがはぐんそーだ! 素敵に黒いぞ!」

「いや、黒いのが素敵って……」


「よし! 早速デモンストレーション用の道具を作るのだ! ぐんそーは、ギリーに連絡してくれ」

「あいよー」


 そうしてリンの素材作成計画が発動した。結果がどうなるのかは、神のみぞ知るというやつだ。


初めての魔道兵器にぼこぼこにされた科学兵器も、それを目の当たりにした結果、今後は対策してくるに違いありません。


第二部「水の檻」は十二月中には始めようと思います。


それまで、ブクマしてお待ちいただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 魔法工学で使用される素材なら、普通に考えて物理的な性質ではなくて魔法的な性質による効果が必要になると思うので、物理的な複製は意味がないという論法になりそう
[一言] 魔導兵器対策のためにも、魔導工学の情報が欲しいわけで。 魔導工学の情報が皆無である以上、獲得合戦が過熱する。 これだけで1つ書けそう?
[一言] フードクリエイターで合成した食品を電子顕微鏡で 視ると細胞壁が見えないとかそういう話で合ってる? つまり物質特性そのものは【炭素】だけど原子物理学上では『物体X』的な?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ