エピローグ
「で、お前、一体なにをやらかしたんだ?」
庶民向けの居酒屋めいた店で、格好良く着崩した服を身に着けた、がっちりとした大柄な男が、良く冷えたピルスナーを口にしながらマックスに尋ねた。
この砕けた姿だけを見て、彼がバイアムのトップだなどと言うことに気が付く者はいないだろう。
マックスが本部になっているホテルへ、依頼の完了を報告に行くと、すぐにダイムに表へと連れ出されたのだ。
つまりは本部ではできない話をするという事だろう。
それにしても、あの戦争の騒ぎの中、クレリアを離れずにそのままそこにいたとは、肝が据わっているというか、危機感がないというか。
不思議なことにそれがうまくいくのが、ダイム・バリアントという男だった。
「何をって、なんのことだ?」
テーブルに肘をついて、揚げた小魚をつつきながら、マックスは訊き返した。
プライベートな関係なら、いつもの堅苦しいポーズは無しでOKだ。
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マックス達は先日、わずか数日で、教皇庁のトップ周辺の人事が大幅に刷新された教皇庁へと呼ばれて、教皇に謁見した。
そこで、今回の褒美としてクレリアの貴族位を与えようという話が出たのだ。
もちろん彼は大いに焦った。
バイアムのメンバーが貴族位など貰っても役に立たないし、そもそもなぜそんなものがもらえるのか理解できるものはほとんどいないだろう。痛くもなくもない腹を探られるのは勘弁してもらいたかった。
そもそもがガラじゃないのだ。
「どうだろう、マクシミリアン・リード。この話を受けてもらえないだろうか」
「大変光栄なのですが、台下。クレリア皇国の貴族と申しますと枢機卿だと聞き及んでおります。あ――つまり、俺ら信仰がありませんから」
あまりの言い草に、列席していた大司教の面々は、一瞬怒気をあらわにしたが、ポッペウスだけは、そう言うだろうと分かっていたようにくすくすと楽し気に笑っていた。
「ならば仕方がないな」
「契約金もいただいてますから、お気になさらずに」
「あれはカーマインへの往復の旅費だろう?」
「台下の御身を守るのも、サービスの一環ですよ」
「それは重畳。しかしそれだけだというのも――」
「いえ、もう十分。お腹いっぱいであります。幸い今回の依頼では、スケさんという仲間を得ることもできましたし」
「え?」
「残念ながら本日は来庁しておりませんが、いずれお会いすることもあるでしょう」
「そうか、仲間か――そうか!」
マックスがこっそりとしたウィンクに、ポッペウスは喜びの表情を浮かべて、その日の謁見は終わった。
マックスたちが帰った後、新しく宰相の地位に付いた男に、ポッペウスは楽しそうに言った。
「どうだ、面白い人達だろう?」
「まあ、本質はいい人間なのかもしれませんが――」
男は、鹿爪らしい顔をして言った。
「――あれを目指すのは止めていただきたいですな」
その言い草を聞いてポッペウスは思わず噴き出していた。彼はポッペウスの教育係だったことがあるのだ。
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「貴族位を蹴っ飛ばしたねぇ……馬鹿だな単に年金だけ貰っとけばいいものを」
「え? 義務とかないの?」
「名誉貴族にそんなもんあるかい。ただの褒賞だよ、褒賞」
「うわっ、もらっときゃよかったかな」
ダイムは、その言い草を聞いて納得したように頷いた。
「それで、列聖なんて話が出たのか」
「は?」
「いや、クレリアの教皇庁から、マックス小隊の列聖のための調査依頼が来ててな」
「はぁ? いったい何の冗談だ?」
「それが、マジなんだよ。俺も驚いたぜ」
「それって、断れるのか?」
「向こうが勝手に調査して、勝手に列聖するんだから無理だな」
「うそだろ……」
こんな年で聖人なんかに祭り上げられるのは嫌だと、マックスは本気で澁面を作った。
しかも聖人には貴族と違って年金なんてあるはずがない。どこかの教会の聖餐を行う主祭壇の下で、没後の人生を歩むのは勘弁していただきたいと、彼は本気で思っていた。
それを面白そうに見ながら、ダイムは言った。
「知ってるか、マックス」
「何を?」
「クレリア教の列聖には、殉教か、そうでなければその人物の取次による奇跡が必要とされてるんだ」
「取次による奇跡?」
「ま、そいつが奇跡を起こしたか、そうでなけりゃ、そいつが奇跡を見つけて報告したかってところだな」
「しかも列聖される審査は、早くても死後十年、場合によっては数百年前なんてことも珍しくない。そもそも生きている間に列聖の調査が入るなんてことは、長きクレリア教の歴史上一度もなかったんだよ」
それで、何をやらかしたのかって質問になったのかと、マックスは理解した。
しかし、いくら相手がダイムと言えども、ここで、本当のことを言う訳には行かなかった。
ダイムは黙って探るような目つきでマックスを見た後、唐突に訊いた。
「……お前、ロマリアの遺産を掘り出したりしてないだろうな?」
「あんなの眉唾だろ」
「ほう、ロマリアの遺産を知ってるのか」
ダイムは面白そうにそう言ったが、マックスはまともに取り合わなかった。
「そいつのお蔭で、二回ほど命の危険に巻き込まれたんでね」
「そいつは初耳だ」
「作戦中じゃないよ」
作戦中の出来事なら、彼はそれをダイムに報告する義務がある。
正確には2回目は作戦中だったような気もするが、ま、あれはパーソナルコントラクトだったし、リンが資材集めにやったことだから、プライベートだと言い張ろうとマックスは思った。
どうにも頑なな感じのマックスを見て、こうなったらこいつは何も言わないかと諦めたダイムは、大げさにため息を吐いた後、体を起こして頭の後ろで手を組むと、突然話題を変えた。
「しっかし、記念日はどうすんのかね」
「記念日?」
「聖人の記念日は――まあ、大体命日だな」
「縁起でもねぇ!」
マックスは、少なくとも百年くらいは調査が続くことを心の底から祈っていた。
****
気分よく酔っぱらって、トゲトゲへと帰還したマックスは、マックスの部屋でちょこんと座って、何かの本を読んでいるリンの肩越しにその本を覗き込んだ。
「なんだぐんそー、酒臭いぞ」
「まあ、たまにはな」
「ダメダメな大人だな。解毒してやろうか?」
「そう言うなよ。解毒は――いや、しばらくこの気分でいるかな」
彼女が読んでいた本は、航宙艦のエンジン工学の専門書だった。
内容は初心者向けとは言えず、マックスにも理解する自信がなかった。
「ふーん。すげえの読んでるな」
「面白いぞ」
そう言って読書に戻る彼女を、ベッドに腰かけならが見ていたマックスは、しばらくして、ぼすんとベッドへ仰向けに倒れると小さく呟いた。
「お前がロマリアの遺産ねぇ」
「ん? なんだ、ぐんそー。ロマリアの遺産に興味があるのか?」
それを聞いたマックスは、がばりと体を起こした。
「もしかして、お前それが何か知ってるのか?」
「もちろんだ。パウレムが隠してたのを、無理やり覗いたのだ。あやつ、顔を真っ赤にして怒りおってな」
リンがロマリアの遺産じゃない? しかも、それが実在している?
マックスは、急速に酔いがさめて行くような気がした。
「まさか、それがどこにあるのかも?」
「以前のままなら知っているぞ。ただなぁ――」
本をぱたんと閉じると、マックスの方を振り返ったリンは、眉根を寄せた。
「パウレムの名誉のためにも、あれはそっとしておくべきだな」
「名誉だぁ?」
マックスが聞いたその遺産の内容は――
「パウレム・ロマリアヌム・ミレニウスがやらかした恥ずかしいことの証拠だぁ?」
「子供のころのことだから笑い話で済ませればいいのに、妙に大人びた子供でな」
つまりは彼の黒歴史ってことのようだった。
「つまりそれを見つけられて脅されれば、彼は言いなりになるしかないと?」
「ま、そういう思い込みで作ったんだろうな。だからロマリアの遺産などとたいそうな名前を――えーっとなんて言ったかな?」
「?」
「そうそう。ぐんそーが言うところの、厨二病というやつだ」
「ああ」
当時ロマリアは世界最大の強国だ。そのトップにいる男の弱みを握れば、なんでもかんでもやりたい放題だったに違いない。
例えば、子供のころに書いたポエムを公開される恐怖。そう言うものは、今も昔も、ついでに太古も変わらないのかもしれなかった。
「それで、そいつを手に入れば、世界が手に入るほどの何かってことか」
「パウレムも若かったからな」
「そいつを掘り起こしちゃかわいそうだな」
「まったくだ。未来永劫そっとしておいてやろう」
そう言って笑う大魔導士様の笑顔を見て、マックスは、いろいろと酷い目にもあったが、俺も幸運を拾ったのかもしれないなと、そう思うことにした。
「神は天にいまし、ね」
マックスは小さくそう呟くと、夢の世界に身を任せることにした。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
これにて、第一部は終了です。
そうそう。誤解があるかもしれませんが、リンはもともと女です。TSではありません(タグにもないです)単に、伝説が間違って伝わっていただけです。TSならぺろんで驚かないですw
一旦完結扱いにしますが、第二部にするか、シリーズものにするか、終了するかは状況に応じて考えようと思います。
今後とも、リンとマックスをよろしくお願いします。




