マックス、火中の栗を拾う
「ここがテラバウムか」
ノーライア帝国第一方面軍第三師団第四大隊テラバウム派遣中隊の旗艦として、わざわざエゼキエル駐留艦隊旗艦ゴーファを持ち出してきた、ファースタル・ミローシュは、スクリーンに映る青いテラバウムを睥睨するようにそう言った。
「なんとも鄙びた星だな」
衛星都市が発達しているわけでも無し、最も高いビルでもせいぜいが数百メートルのその星は、広大な都市部ではない場所が広がっているくせに、資源はほとんどが枯渇しているという見捨てられた星だ。
「ミローシュ閣下。テラバウム中央協議会から、再三会談の申し込みが来ていますが」
「捨て置け。それより、件の分隊が停船させようとした船は、クレリアの教皇を乗せてカーマインへ向かった船で間違いないのか?」
「直接的な証拠はありませんが、イシュールの介入で分隊の元に誘導したのはその船で間違いありません」
「クレリア政庁――いや、教皇庁へつなげ」
「はっ」
教皇庁では、ポッペウスがいないため、やむを得ず宰相のユリウスが青い顔で額に汗を浮かべながら、スクリーン越しにファースタルと顔を合わせていた。
せっかくロマリアの遺産をほのめかしてノーライアにポッペウスの始末を押し付けたつもりだったユリウスは、なにがどうなればこんな状況に陥ることになるのか、まるで見当がつかなかった。
「ロ、ロマリアの遺産と言われましても、我々があの遺跡から持ち出したのは、いくつかの羊皮紙だけですが……」
「ほう。その羊皮紙には、何が書かれていたのかな?」
「それは――」
それは、八千年前リンが適当にメモした日常的な忘備録だった。
ロマリアのどこそこにある、どの串焼きが美味かったなどという文章を、ここで正直に言ったところで、相手が信じるとはとても思えない。研究者ですら、それは特殊な暗号で書かれた文献だと考えているのだ。
ユリウスは言葉に詰まった。
「どうした? やはり、何か秘密があるのだな?」
「あ、いえ、あまりに他愛のない事柄でしたので、どう説明しようかと――」
「ごまかしは無用だ!」
最初から復讐と殲滅のことしか考えていないファースタルにとって、渡りに船の反応に、彼は喜々として宣戦を予告した。
「二十四時間待とう。その間にロマリアの遺産とやらをこちらに引き渡せ。そうでなければ――」
「そうでなければ?」
ユリウスの額の汗が粒を増やして、彼の喉がごくりと音を立てた。
それを見て、満足げにほほ笑んだファースタルは彼を見下ろすようにして後を続けた。
「宇宙の平和を乱すものとして、天空から罰が下る事になる。宗教国家の終焉にはふさわしいだろう?」
「そ、そんなことをしたら、星間国家中にいるクレリア教徒が黙っていませんよ!」
「飼いならされた羊どもに何ができる? せいぜい涙して、居もしない神に祈りを捧げてみるのだな」
ファースタルは尊大に高笑いしながら通信を切った。
残されたユリウスは、歯噛みしながら、なんとかクレリアを脱出することを考えていた。
なにしろ、出せと言われたところで、出せる遺産などないのだ。二十四時間後にこの国が蹂躙されることは決定しているようなものだ。
「くっ、一体どうしてこんなことに……」
その後すぐ、ファースタルはテラバウムのビジョンネットワークを利用して、宣言を行った。
「我々は、平和の使者として、クレリア皇国に、彼の国が手に入れた『ロマリアの遺産』を公開するように求めた」
「世界をも統べる何かであるとされるそれを隠し続けるということは、宇宙の平和を乱す二心があると言わざるを得ない」
「よって、それがなされない限り、二十四時間後に、クレリア皇国に宣戦布告を行い、それを殲滅するものとする」
「クレリアに味方する国は、今のうちに手を上げればいい。――もちろん君たちも道連れだ」
「では、よき明日を」
もちろんすべての国がそれを因縁だと理解していたが、中央協議会ですら、協議中を理由にクレリアに加担しなかった。
どうせどうにもならない事案だ。犠牲になるのは少ないほうがいい。触らぬ神には祟りもないのだ。
****
「どうやらまだ始まっていないようですよ」
艦隊の位置を捉えていたカリーナが、衛星の影ぎりぎりにショートワープさせた後、一仕事を終えたようにそう言った。
「状況はいったいどうなってるんだ?」
「どうやら、ノーライアは、クレリアにロマリアの遺産を要求しているようです。それを差し出さなければ叩き潰すと宣戦布告を行ったようですね」
「タイムリミットは?」
「あと――二十七分ってところですね」
その時間を聞いた瞬間、誰かが吹いた口笛がブリッジに小さく響いた。
「ぎりぎり間に合ったか」
「ここからでも状況は確認できますが、どうやら、IVNがライブ中継を行っているようです」
IVNは、星間ネットワークTVの最大手で、正式名称は、Interstellar Vision Networkだ。
「よし繋げ」
マックスがそう言ったとたん、全天球スクリーンに、地上の様子が表示された。上空からクレリアを拡大した映像だ。
集まってきた人々は、何かを祈るように、皆がひざまずいていた。
「歌?」
微かに聞こえる何かを耳にしたマックスの呟きに、トゲトゲがボリュームを上げた。
皆がひざまずいて口にしていたのは、一つの歌だった。それを聞いた台下は息を呑み、その目からは涙がこぼれ落ちた。
「台下?」
「……受難の讃美歌です。『おお、血と涙にまみれし御頭』、偉大なる大バッハの和声です」
今にも国家が蹂躙されようとしているときにやることが、皆で跪いて讃美歌を歌うこと?
マックスは、呆れたような、感動したような、なんとも割り切れない気分で頭を掻いた。その感覚は理解できなかったが、それが殉じるという事なのかもしれない。
「軍曹。リミットまであと1分です」
アダムスの報告を聞いた彼は、立ち上がって、中継を仰ぎ見ていたポッペウスの傍まで行って肩を叩いた。
「いいか、スケさん」
「え?」
「これからお前を謁見広場の真ん中へ送り届ける」
「どういう意味ですか?」
ポッペウスは、涙をごしごしと袖で拭きながら、そう訊いた。
「いいから聞け! おまえは気が付いたら謁見広場の真ん中にいるから、何事もなかったかのように格好良く立ち上がって、空に向かって両手を上げるポーズを取れ」
「ポーズ?」
「そう。格好良く決めろよ。そしてポーズを取ったらインカムで連絡しろ。そっから先の行動は、インカムを通して指示する」
「え? ええ?!」
「時間がないんだ! いいから行け! いいぞリン!」
「よし、トゲトゲ、所定の座標に転送なのだ!」
「アイ、マム」
「え! ちょっと待っ――」
その瞬間ポッペウスは、その場から消えてなくなった。
「よし! 後は打合せ通りだ!」
全クルーがそれに応えると、マックスはいたずら心を出してリンに耳打ちした。
「そうだ、リン。ついでに精霊も出して格好良く演出してやれよ」
「ええ……ぐんそーは、魔導士使いが荒いぞ」
「まあまあそう言うなよ。星間三大宗教のトップに貸しを作っておくと、今後なにかと便利だろ? な、頼むよ」
「仕方ない。ちょっとは世話になったパウレムの子孫だし、子分二号だしな!」
****
ユリウスは、教皇庁の建物から、謁見広場の様子を忌々し気に眺めていた。
ノーライアの宣言が放送された直後、クレリアからの出国便はすべてがすぐに飛び立って、外国へと逃げるための交通機関は完全にマヒした。
各国が自国の人間を救出するための特別便も、猶予が二十四時間ではどうにもならなかった。
結局、彼は逃げ出すことができなかったのだ。時間になれば、教皇庁のシェルターに逃げ込むしかない。それが最後の望みだった。
途方に暮れた人々は、救いを求めて教皇庁へと押し寄せて来ている。
「馬鹿どもが。現実の脅威に、祈りが何の役に立つというんだ」
吐き捨てるようにそう言った彼は、シェルターへと向かうエレベーターへと歩いていった。
あと数分で、地上には地獄が訪れるだろう。天国はどうだかしらないが、地獄はあるのだ、確実に。
ユリウスが窓際から去った後、厳かに讃美歌が広がっている謁見広場の中央に、突然青く淡い光が灯った。
それは上空から見れば、魔法陣だということが分かっただろうが、その場にいた人たちの目にはただの柔らかな光にしか見えなかっただろう。
「え?」
一心に祈りを捧げていた、年老いた女の目には、青白い小さな魂が地上から立ち上るように感じられて、思わず顔を上げた。
そうして、それは起こった。
青白い光が収束して、そこには、光の衣をまとう教皇が現れたのだ。
「お、おお……」
地上からあふれる光は、フットスポットの如く彼を照らし、それはまさに奇跡の顕現と呼ぶことにふさわしい光景だった。
彼女の目からは、温かな何かがあふれ出し、ほほを濡らした。
****
クレリア政庁の上空はドローンの飛行禁止区域だ。侵入したドローンはコントロールを失って軟着陸させられることになる。
そのエリアぎりぎりで、何台ものドローンを飛ばしているのは、業界最大手の星間ネットワークTV、IVNのクルーだった。
彼らは中継艦で、それらを巧みに操っていた。あと僅かで始まるであろうクレリアとノーライアの戦争を映像に残そうと、そこで粘っていたのだ。
気分は戦場カメラマンというやつだ。
「お、おい! ありゃなんだ?!」
謁見広場に集う人々をロングで捉えていたカメラが、その真ん中、いわゆる謁見が行われるスペースに、何かが描かれ、そこに光る衣を身につけた何者かが顕現するシーンを捉えていた。
彼らは最高のシチュエーションに、驚愕しつつも歓喜していた。
「目いっぱい拡大しろ! 飛行禁止エリアを囲むようにドローンを四つ回して、あの人間っぽい奴から目を離すな!」
「映像来ます! え……これは……」
オペレーターが急いでその人物を照会した。
「ポッペウス・クレリオール……教皇本人です!」
「教皇だぁ? どうやって現れたんだ?」
「分かりません。映像を見直しても、突然現れたとしか……」
「そんなバカな。場所が場所だ、何らかのトリックがあるに違いないが……そいつは後だ、こいつは、何かが起こるぜぇ」
****
「よっし、こっちも行くぞ。二連続ショートワープ用意。合図が来たらショートワープでテラバウムと敵艦の間にジャンプ。全砲門を敵艦に向かって発射したら、すぐにショートワープで衛星の影に離脱する」
転移するのはノーライア艦隊からは衛星の影になり、クレリアからは直接見通せる位置だ。
「ターゲットは、敵主力級戦闘艦。とにかくでかいやつから手当たり次第撃沈しろ」
そう言った瞬間、敵艦隊の動向を監視していたショートから、慌てたような声が上がった。
「軍曹! 敵艦隊、一斉にビームを発射するつもりですよ! エネルギー増大中!」
「なんだと?! いきなり、国ごと焦土にするつもりかよ!」
いくらなんでも、いきなりそんな攻撃に出るなんて、マックスは予想もしていなかった。
もう少し穏便な展開で、数隻沈めてこちらに注意を向けてやれば、あとは何とでもなると思っていたのだ。
「ダメです、阻止するために攻撃をするにしても、砲の数が全然足りません!」
その報告にマックスは焦った。ポッペウスに格好つけた手前、ここで諦めるわけには……
その時、ぽんぽんとリンがマックスの足を叩いた。
「お困りかな?」
「くっ。300発以上くるぞ?」
「任せておけ」
「軍曹! 発射されます!」
「頼む! 何とかしてくれ!」
「叶えよう!」
リンがコンソールに置いた腕が力強く輝くと、縮退炉が全力で出力を高め、購入したばかりのメモリサーバーがフル稼働していることを表すランプが次々と点灯していった。
全天球スクリーンには、光り輝く魔法陣が次々と展開されていく。地上から見れば、きっと星々が増えて行くように見えたことだろう。
「すげぇ……」
それを見上げていた誰かのセリフが小さく聞こえたとき、我に返ったマックスはインカムに向かって大声で叫んだ。
『ポッペウス! 上空に向かって大きく手を広げろ! 降ってくる攻撃をガードする感じだ!』
『り、了解』
ポッペウスが手を掲げると、その先にまるでヴェールのような光が現れた。トゲトゲの仕業だろう。
次の瞬間、人々の歌う受難の讃美歌が流れる中、雨のように降り注ぐビーム兵器の光が、まるで天から降り注ぐ神の罰のようにクレリアに向かって放たれた。地上からは、それが神の流す涙のようにも見えただろう。
しかし、それらは決して地上に届くことはなかった。ことごとくが魔法陣に阻まれ、それはミカエルが振り回す炎の剣のごとく、それを撃ちだした艦艇に鉄槌を下した。
「はあ!?」
その刹那、攻撃を行ったすべての艦が被弾して爆発を起こした。せいぜい攻撃を受け止めるか、そらしてくれるだけでも御の字だと思っていたマックスは、その結果に驚いて、顎が外れるほど大きな口を開けた。
「くっくっく、これぞ空間魔法の奥義、ミラーシールドなのだ!」
胸をそらしてリンが高らかに宣言したが、マックスはそれに構っている暇がなかった。
「くっ、それどころじゃねぇ! ショートワープ準備。手順はさっきの通りだ!」
「「「「「「了解!」」」」」」
「それどころって……酷いぞ、ぐんそー。結構凄いんだぞ? ホムホムにもできないぞ?」
「いいからポッペウスのところに、例の天使様を送り込んでやれ! ちゃんと操れるんだろ?」
「ううう。後で覚えてろよ、ぐんそー」
『ポッペウス! これから精霊を送り込む! 何があっても気にせず、奇跡を起こすタクトを振るつもりで、艦隊に向かって手を振れ!』
『精霊?!』
『お前、狸寝入りで聞いてたんだろ! あれだよ、あれ! 天使様! いいからやれ! 3、2、1、今だ!』
マックスの合図に合わせて、ポッペウスが手を振ると、彼の元から一条の光の矢が放たれた。
その瞬間ショートワープで地上と艦隊の間に現れたトゲトゲは、十二の砲門から例のマジックミサイルもどきビームを発射して、次の瞬間には、テラバウムの衛星の表面付近にジャンプしていた。
リンは残念がっていたが、アームドブレイカーは、砲代わりの多重魔法陣を展開する必要があるため、今回の攻撃には使えなかったのだ。
魔法陣を展開するには、それなりの時間が掛かるし、ショートワープでは、展開した魔法陣を運ぶことはできないようだった。
ポッペウスのインカムが、彼の傍に現れた天使と、上空で光るいくつかの火球を見た地上のどよめきを拾う。
仮にノーライアのレーダーがトゲトゲを捉えていたとしても、一瞬で現れ一瞬で消えてなくなる光点だ。なにかの電子的なゴミだと考えるしかないだろう。
「全キャパシタチャージ完了。行けます!」
『よし、次行くぞ! 3、2、1、今!』
『はい!』
****
「うぉおおおお!」
中継艦の編集ルームでは、ディレクターの男が思わずこぶしを握り締めて叫んでいた。
教皇が両腕を突き上げた瞬間、まばゆいばかりに放たれたビーム砲の嵐は、そのままそれを発射した航宙艦へと戻っていったように見えたのだ。
「と、録ったか、今の!!」
「地上からの画はばっちりです! ですが、宇宙空間の画は、超ロングのものしか……」
「そいつは、しゃーねー」
無人撮影艦は非常に高価で、それなりに大きい。この中継艦にも二台しか搭載できなかった。今回は一台のみで、もう一台のスペースにドローン母艦を持ってきたのだ。
しかも、下手に戦闘空域に近づけば、流れ弾のふりで撃墜される恐れだって高い。実際ノーライアは、それを平気でやることで有名だ。言い訳できない距離から撮影するしかないのだ。
「あ! 教皇がなにか手を……ええ?!」
教皇が讃美歌の指揮を取るように手を振ると、そこからまばゆいばかりの光が現れ、艦隊に向かって飛んだ。
次の瞬間、ノーライアのいくつかの艦艇が、火球に包まれ消滅したのだ。
「なんだ……? いったい何が起こってる!?」
「論評や考察は後だ! 今は画だ! 撮影に集中しろ!」
****
「い、一体今のは何だ?」
誘爆が続き、警告音が鳴り響くゴーファのブリッジで、ファースタル提督はこぶしを握り締めていた。
一斉射撃を行った瞬間、それを発射した部分に、行った攻撃と同等のエネルギーの攻撃を受けたのだ。
攻撃中は、それを発射するルートにあるシールドには穴があけられる。その穴を狙ったように攻撃を受けたのは分かるが、一体どこから、どうやって?
「何もない空間から、こちらと同等のエネルギーが照射されたように見えます!」
「新型の衛星兵器か?」
「分かりません。分かりませんが、攻撃した全艦が被害にあっているようです!」
「ばかな……」
簡単にひねりつぶせると思っていた艦隊は思わぬ痛手を受けていた。
もう一度斉射してもいいが、相手に同じことができない理由はない。中途半端に優秀なファースタルは攻撃を躊躇してしまったのだ。
「地上から光!」
「光? レーザーか?」
「いえ、単なる――うわあああ!」
次の瞬間、弾けるように十二の光線に分離したそれは、中隊を構成する八小隊の旗艦を正確に居抜いていた。
ゴーファのブリッジにも大きな振動が感じられ、前面からシールドなどなかったかのように素通りしたエネルギーが、内部を目茶苦茶に破壊しながら、後部から抜けて行った。
「ば、馬鹿な!!」
「だめです、提督! 脱出を!」
「馬鹿なぁああああ!!」
ファースタルがそう叫んだ瞬間、内部からの大きな誘爆が発生して、旗艦を丸ごと光球の中に飲み込んだ。
いきなり旗艦を失った八つの小隊は、分隊ごとの行動を余儀なくされていた。
第2小隊第2分隊旗艦のサヴォール32のブリッジでは、分隊長のシューマッハ艦長が、目を見開いて冷や汗をかいていた。
「ゴーファ、消滅しました」
「今の攻撃は?」
「分かりません。ただの光が飛んできたと思った瞬間、何もない空間で十二のビームに分裂して各小隊の旗艦が攻撃されたようです」
「攻撃された船は?」
「全て爆散」
「一撃でか?」
彼には何が何だか分からなかったが、旗艦が選択的に狙われた以上、次の的になるのは分隊の旗艦だ。中隊の分隊旗艦は三十二隻、すでに沈められた艦隊旗艦と十一隻を除けば二十一隻が残されている。
シューマッハは、衛星兵器をあらゆる索敵であぶり出すように自分の分隊に命令すると、防御態勢をとるように艦隊を紡錘形に編成し直そうとした。
「艦長! 光、また来ます!」
「なんだと?! シールド全開!! すべてのエネルギーを回せ!」
「シールド全開! ジェネレーターオーバーロード!」
「かまわん! どうせ一瞬だ!」
オペレーターが凄絶な叫び声をあげた瞬間、再び十二個に分かれたビームが、分隊旗艦の巡洋艦を吹き飛ばした。
幸いこの艦は無事だったが、残り9隻になった以上、次に目標にされるのはこの艦だ。
シューマッハは逃げ出したい要求にかられながらも、かすれた声で命令を発令した。
「シールド通常へ。発射点をあらゆる手段で索敵しろ!」
「シールド通常へ。索敵を開始します」
次の神の一撃は、必ずこの艦を狙ってくるはずだ。全開のシールドで、果たしてあれを防げるだろうか?
その前に、なんとか衛星を発見して破壊できれば――
「三度目の攻撃来ます!」
そう考えた次の瞬間、彼の意識はまばゆい光に包まれて、永遠の闇に落ちた。
****
イシュール聖国の首都ハラシュにある小ライアコラ宮で、そのライブを見ていたハノークは、ポッペウスが神がかった様子で、ノーライア艦隊の一斉射撃を退けた瞬間思わず腰を浮かせて声を絞り出した。
「なんだこれは……」
カーマインに行ったはずのポッペウスが、こんな場所にいることにも驚いたが、今彼がなした奇跡としか思えない現象にハノークは混乱していた。
そんなことは絶対にありえないと思っていたが、まさか本当にロマリアの遺産を――
そう考えてごくりとつばを飲み込んだ彼の目に、ポッペウスの後ろに天使が顕現し、彼が光の矢を投げて艦隊を爆散させる様子が映された。
「なんだこれはああああ!!!」
****
クレリアがきな臭くなったため、帰国していたイフターハは、ホテルの部屋のTVで、ネイサンと一緒にそのライブを見ていた。
「こいつが『ロマリアの遺産』ってやつなのか?」
彼は誰に言うともなく、そう口にした。
ロマリアの遺産が、ロマリ金貨を含む莫大な財産だと思っていた彼は、経済など真の力の前には何の役にも立たない蟷螂の斧のような気分に襲われていた。
「おまえ、こいつを相手にどうにかできるか?」
そう問われたネイサンは、肩をすくめた。
「ポッペウスが蹂躙してるのはノーライア帝国の艦隊だよ? テラバウムにある航宙艦を全部集めたところで、数分で壊滅させられかねない連中を蹂躙しているあいつを、一体どうしろっていうのさ」
イフターハは、その通りだと思いながら画面を凝視していた。
もしもこの力が、ユール相手に振るわれたりしたら――
「こいつは、新しい安全保障の枠組みが必要だな」
「過ぎたる力は、平和の名のもとにがんじがらめにして押し込めるしかないよね」
「だが、ノーライアはそいつをやろうとして、こうなってるんだぞ?」
「最後に力押しをしたところが、連中の失策さ」
確かに目の前で繰り広げられている現実を見て、力押ししようなどと言うことを考えるやつはバカだ。
イフターハは、どうにかこれを押し込める方法がないか、真剣に考え始めていた。
****
地上に集う人々には、神の代理人である教皇が、まるで空中から現れたかのように突然謁見広場に現れて、今まさに降り注ごうとしていた受難の業火を跳ね返したように見えた。
跪いて讃美歌を歌い続けていた人たちも、あまりの輝きに何かが起きていると感じて徐々に頭を上げ、教皇の姿を捉えるや呆然となり、そして滂沱のごとく涙を溢れさせた。神は我々を見放さなかったのだ。
そこに立っていた台下は光り輝き、天使を従え、悪魔の軍勢をことごとく撃ち滅ぼしている。それはまさに神話の中の一場面のようだった。
「奇跡だ……」
星歴1204年。
その年に起こった奇跡の様子は、IVNが独占LIVEで放映した。約1日遅れでその映像が届いたカーマインやノーライアでは、その驚愕の映像に人々が畏怖を抱いた。
その映像を見たものたちの中には、すべてはホログラムによる演出だなどという意見もあったが、その日、テラバウムを囲んでいたノーライア軍が派遣した三百二十一隻の航宙艦のうち、生還したものはわずかに十六隻の攻撃に参加しなかった補給艦のみだったことは歴史的な事実だった。
つまり、クレリアを攻撃した艦はすべてが撃ち滅ぼされたのだ。
ノーライアの艦艇がクレリアを蹂躙しようとしたその瞬間、謁見広場中央に降臨したクレリア教皇が、リンの精霊を背負いつつ奇跡を見せる様子が星間ニュースに乗って流れると、彼は神の子の再来として、人々の敬愛を一身に受けることになった。
ノーライア内にも熱狂的なクレリア教の信者が激増して、彼らの思惑とは、まるで逆になってしまうはめに陥ったのだ。
クレリアはそれを神の思し召しとだけ発表した。
どうやってその奇跡を起こしたのかは、これほど科学が発展している現代においても、いまだにはっきりしていない。




