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【大】魔導師様、目覚める!  作者: そういち
 第1章 大魔導師様、目覚める
3/39

マックス、拾う

 遠くで何か大きなものが落るような音が聞こえ、その度に伝わってくる振動が、子供を眠りから目覚めさせる母の手のようにそれを揺り動かしていた。


「むっ……」


 徐々に自らの意識が真理の深淵から浮かび上がり、個をなしていく感覚を味わいながら、それは目を開いた。

 その時、また小さな振動が伝わってきた。


「一体何事だ?」


 自分が沈んでいたポットから上半身を起こすと、それを包んでいた金色の液体が体から滑り落ちて、黄金の輝きを失いながらポットの底へと沈んでいった。


「保存溶液の耐久年数一杯だったか」


 その様子を見ながら、それは小さく呟くと顔を上げて時を刻む魔道具を見上げた。しかし、数千年に渡って時を刻むはずだった魔道具は、すでに動作を停止していて正確なところは判らなかった。

 一体今はいつなのだろう? 眠りについてからどのくらいの時間が過ぎ去ったのか……少しの間手掛かりを探して辺りを見回していたそれは、やがて、時を知ることを諦めてポットから出ようとした。


「なんだ?」


 自分の足が、まるで地面に届かない。予定では、最盛期の肉体になるはずだったのだが……

 経ちすぎているように思える時間のこともそうだったが、どうやら何かのトラブルが起こっていることは間違いないようだ。


「どうなっているのだ」


 ポットに手を掛けながら、そろりと床へ下り立ったそれは、積もった埃で、まるで姿を映さなくなっていた鏡の表面を、ただ小さく手を振ることで新品のように磨き上げ、そうしてそこに映った自分の姿に驚いていた。


「なんだ、これは!!」


 そこには銀色の流れるような髪を腰まで垂らした、十歳ほどの少女が、何も身につけない姿で立っていたのだ。

 

 どうにも小さい体だだとは思っていたが、改めてそれを認識すると結構な衝撃だった。

 予定では十八歳前後の姿で復活するはずだったのだが、どうしてこんなことになってしまったのだろう?

 

 記録の魔道具はほとんどが使い物にならなくなっていたが、ごく最近、聖地の丘のふもとに隠されていた、ロマリア王がアーラムの聖座と呼んでいた場所に、彼の直系が訪れていたことが記録されていた。

 

 それは古の契約に基づく行為だ。王直系の血筋に当たるものがアーラムの聖座を訪れて血を捧げると、覚醒へのプロセスが起動する仕組みだった。

 平たく言えば、彼女はロマリア王家に緊急時の目覚ましを頼んでおいたのだ。

 

 しかし時間が経ちすぎていたのか、他のなにかの理由なのか、覚醒のプロセスは動作が不完全だった。

 それがこの衝撃で、まるで腕の悪い制作者が作った叩いたら治る類の魔道具のごとく、魔導回路が繋がって目覚めることになったようだった。

 

 記録には映像も残されているようだったが、それを修復して取り出すのには時間が掛かりそうだった。彼女はそれを諦めると、尊大な態度で腕を組んだ。

 

 これほど大きな誤差が出るほどに時間が経過したのだとしたら――

 

 そこでまた部屋が大きく揺れた。どうやら外では何かが起こっているらしい。

 

 あらかじめ用意してあった装備は、すべてが大人用だ。多少の誤差ならフィットする魔法が掛かっていたが、あまりにサイズが違い過ぎた。

 彼女は仕方なさそうに、なにもないはずの空間に手を突っ込むと、そこから一枚のシャツを取り出し、それを頭からかぶって腰をひもで縛った。いわゆる裸Tシャツと言うやつだ。


 彼女が作り出した空間――彼女は単に倉庫と呼んでいたが――内のアイテムは、時の魔法にさらされることなく当時のままの状態で取り出された。予定より遥かに背が低かった彼女が着たそれは、まるで不格好なワンピースのように見えた。


 彼女は、鏡で自分の姿を確認すると、仕方ないかとため息を吐いて、部屋の中の重要なものをすべて倉庫に突っ込むと、揺れる部屋の中、外へと出る転移陣に向かって行った。


   ****


「おおっと!」


 資材庫を襲ったひと際大きな揺れが、そろそろ漁るのを止めて逃げ出す頃合いだとマックスに告げた。

 

 逃げる際に利用しようと目星をつけていた、少し型遅れのエアバイクを倉庫の奥から引っ張り出すと、何かのカバーが一緒に引っ張られ、奥から重厚な砲が現れた。


「なんだこりゃ? 荷電粒子砲? 地上で? いくらテスト兵器ったって、そりゃないだろ……」


 荷電粒子砲は、基本的に宇宙空間で使用する兵器だ。空気中ではブラッグ曲線にしたがって急激に粒子の速度が減衰してしまうため、目標との距離がある場合はそれなりの電力が必要になる。そんな大電力をしょっちゅう所有者が変わる最前線で用意することは難しいだろう。

 

 テスト兵器を資材庫の奥深くに放り込んだままにしておいたということは、兵装担当もそう思ったに違いない。だが、もしかしたら何かのブレイクスルーがあって地上でも現実的な運用が可能になったのかも――


 そこに金の匂いは感じられたが、いかんせんサイズがでかすぎた。マックスの亜空間庫には入りそうになかったのだ。


 早々にそれを諦めた彼は、地上へと上がる場所を目指して、エアバイクのアクセルを開けた。


 塹壕の外に飛び出して、さて逃げるかと攻撃が集中している方向を確認すると、少し先に人のようなものが立っているのが見えた。


「人? 嘘だろ? なんであんなところに?」


 それはとても軍人のようには見えなかった。むしろもっと小さな――


「子供?!」


 急いで亜空間庫の擬装に使っているポーチから双眼鏡を取り出して覗くと、そこには飛んでくるミサイルや榴弾の爆発を見て驚いたように、ふらふらしている貫頭衣のようなものを着た小さな子供の姿が見えた。


「くそっ!」


 マックスは敵陣の方をちらりと見て、まだ進軍が始まっていないことを確認すると、その子供を目指してエアバイクを全速で駆った。

知らない人間など放っておけばよかったのだが、この場所にいると言うことは、誰かの関係者である可能性が高かったし、ましてや相手が子供では見捨てるというのも夢見が悪い。

マックスはとても面倒見が良いタイプだったのだ。


「くそったれ! これで脱出に間に合わなくなったりしたら、一生恨んでやるからな!」


 聖地の丘に向かって中指を突きあげながら、彼は子供の手前でバイクをブレーキターンで急停止させた。

 子供は突然現れたマックスに驚く様子も見せず、やや警戒した様子で彼を誰何した。


「むっ。貴様何者だ」

「何者だじゃねぇ! なんでガキンチョがこんなところにいるんだ!」

「なんでと言われても、ここにいたからなのだが……」


 まるで哲学者の問答のようなことを言い出した子供に、マックスは一瞬顔をしかめた。

 しかしここで問答をしている暇はない。なにしろ、今この瞬間にもイシュールによる攻撃は続いているのだ。


「一体ここでは何が起こってるのだ?」

「何って、戦争だよ、戦争――」


 そう言いかけたとき、榴弾の飛翔音が近づいてきた。


「チックショー!」


 マックスは、急いで彼女の体を抱き上げると、近くの塹壕へと滑り込んだ。その瞬間、彼が乗って来たエアバイクが爆発のあおりを受けて吹き飛んだ。


「ああっ!?」

「おお! おぬし、もしや儂を助けに来たのか?」


 そんな体験をしたことがなかった彼女は、驚いたように目を丸くした。もしもそうなら返礼が必要だ。命に関わる恩には恩を。彼女の生きていた時代はそれが当然の行為だった。


「ワシだぁ? ガキんちょなら、ガキんちょらしく、ボクとか言ってやがれ!」

「なるほど、それが貴様の願いと言う訳だな? 心得た」

「なんだと?」

「だが、それでは貴様の行為に対する礼としてはいかがなものだろうか」


 ただ一人称を変えろと言われただけだ。

 そんなところにこだわりがなかった彼女は、とても相手に利益があるとは思えない願いに首をかしげていた。


「おい、何を言ってやがる? ブルっておかしくなったんじゃないだろうな? 大丈夫か?」


 その時、空間を震わせるような音が敵陣の方から聞こえて来た。マックスはその音に聞き覚えがあった。

 信じられない気持ちで、ちらりと塹壕から顔を出してそれを見た彼の顔色は、さすがに青くなっていた。


「嘘だろ?」


 それは巨大な戦闘艦だった。それが星空を背景に、月の光を受けて空中に浮かんでいたのだ。

 

「おいおいおいおい、航宙航空フリゲートだと? あんなのがどこに隠れてたんだよ? 観測は一体何をやってたんだ?!」


 本来航宙艦は宇宙空間を飛ぶための船だ。武装もそれ用に作られている。

 しかし、コストのことを考えなければ、大気圏の中を飛べないわけではないのだ。特に比較的質量の小さな小型のフリゲートに大気圏内向けの武装を乗せた船を、航宙航空フリゲートと呼んで地上部隊には恐れられていた。なにしろ、地上から攻撃するすべがほとんどないからだ。


「おおー、凄いな。一体あれはなんだ? どうやって浮かんでいるのだ?」


 彼の横から、それを見た彼女は、暢気そうにそう言った。


「ありゃ、本来宇宙を飛ぶための船だよ」

「宇宙?」

「空のずっとずっと上の方。星の世界だ」


 いくら小さいとは言っても、この時代に宇宙を知らない人間がいるはずがないのだが、フリゲートに気を取られていたマックスはそれを気にせず彼女の質問に答えた。


「ほう。人はそんな場所にまで到達しておるのか……」


 奇妙なセリフ回しで、感慨深そうに目を細めるという子供らしからぬしぐさに、マックスは一瞬怪訝な顔をしたが、すぐにフリゲートから逃れる手段をひねり出そうと頭を絞った。


「くっそ、どうする……さっきの荷電粒子砲なら、ひょっとして……いや、起動させる時間なんかねぇな」


 マックスは不思議そうな顔で自分を見上げている子供を見た。

 銀色の流れるような腰までの髪や、日焼けしていない肌や、荒れていない手を見る限り、いいところのボンボンのようにしか見えないが、着ている服は大人用のシャツをただ被っただけのようなもので、そこから受ける印象は何もかもがちぐはぐだった。


「どうした?」

「黙ってろ!」


 とにかくあいつに上空まで来られたら、この辺りにはぺんぺん草一本残りはしないだろう。掩蔽壕(えんぺいごう)破壊弾でもばらまかれた日には、どこにいたところで助かるはずがない。それどころか、先に撤退した連中だって、すぐに追いつかれてミンチに変えられるはずだ。

 

「そうだ! 連中、遺跡は攻撃しないはずだ!」


 この際、先に逃げた連中に関しては武運を祈るしかない。マックスはそう閃くと同時に立ち上がると、再び彼女を抱えて一目散に走りだした。

 

「お、おい。どこへ――」

「黙ってろ! 舌を噛むぞ!」


 くっそ、この現場が始まってから真面目に訓練をやってなかったツケが回って来てやがると、マックスは息を切らしながら悪態をついた。

生きて帰れたら、これからは真面目に基礎訓練をかかさないようにしようと心に誓った時、フリゲートから何かが落下する音が悪魔の声のように聞こえ始めた。おそらく掩蔽壕破壊弾だ。


「早えよ!」


 その最初の一撃が地面をえぐり、炸裂音が耳をつんざいた瞬間、マックスは後ろから押される圧力を感じながら意識を失った。


   ****

 

 ぺしぺしと、顔を叩く掌に意識を取り戻したマックスは、全身から感じる熱さに顔をしかめた。

 

「おい。大丈夫か? 足がとれてるぞ?」


 子供の声で語られる、ある意味間抜なセリフに、マックスは視線を下げた。

 ちらりと見た右足は、膝から下が見当たらなかった、残されたぼろきれのようなズボンの端はぐっしょりと何かで黒く濡れていて、脇腹からも猛烈な熱が伝わってきていた。

 

 彼は、それほど痛みを感じない自分の状態から、これは致命傷だなと他人事のように考えていた。幸い、目の前の子供に大きなけがはなさそうだ。


「ぶ、無事だったのか」


 苦し気に自分のことを気遣うセリフを吐く男を見て、彼女は、この男は、どうやら自分の命を助けようとしたようだと考えた。

 魔力もまともに纏えていない、こんな脆弱な生命体が一体何をと言いたいところだったが、その行動が厚意から出ていることは確かだった。

 

 彼女は長い間、孤高で孤独だった。最強の名を欲しいままにしていた彼女に、身を挺するような男はいなかったのだ。


「い、いいか、俺はもうだめそうだ。もしも生き残れるんだったら、これをやる。だから上手く生きて――」


 マックスは全財産をつぎ込んだ亜空間庫を彼女の前に差し出した。それはベルトポーチの形をしていた。


「死にたいのか?」

「そんなわけあるか。だが俺はもう――」

 

 そう言って目を閉じた瞬間、何か温かいものに包まれたような気がしたマックスは、それまで自分を覆っていた死の影がどこにも感じられないことに気が付いて目を開けた。


「あ、あれ?」

「死にたくなかったのだろう?」


 下半身を見れば、そこには何事もなかったように彼の右足が存在していた。もちろん、その足にはズボンのすそも靴も存在しなかったが。


「幻覚?」


 爆弾の恐怖に死の幻覚を見るなんて、俺ってそんなに神経が細かっただろうかと首を傾げたマックスだったが、赤黒く染まったちぎれたズボンが、あれは現実だったと主張していた。


「脆弱な生命体のくせに僕を助けようと言うその気概はなかなかに見事だった。恩には恩を。貴様の命と同等の対価が必要だ。何かの願いを叶えねばなるまい」

「はぁ? 何言ってやがんだ! ガキンチョはガキンチョらしく、俺に保護されてりゃいいんだよ!」

「なるほど、それが貴様の願いという訳だな?」

「なんだと?」


 その時再び上空から落ちてくる悪魔の声が聞こえてきた。


「ヤバい!」


「――叶えよう」


 そう言って彼女は立ち上がった。

 マックスは慌てて彼女の頭を下げさせようと上を見上げたが、目の前に複雑な魔法陣のようなものが浮かび上がるのを見て息を呑んだ。それが二つに分かれて自分と彼女の胸に吸い込まれた瞬間我に返ったが、時すでに遅く、近くに着弾した弾が確実だと思われる死をまき散らしていた。


「うおっ!」


 反射的に後頭部を両手で保護した彼だったが、いつまでたっても彼の元へは土のかけら一つ飛んでくることはなかった。

 

「な、なんだ?」


 マックスが周囲を見回すと、彼女を中心に球状のフィールドのようなものが作られていて、すべてはそこで食い止められていたのだ。

 

「個人用物理障壁……か? 実用化されてたのか……」

「あれは敵か?」

「なに?」


 彼女が遥か上空を飛ぶフリゲートを見上げながらそう言った。

 マックスは、一瞬彼女の銀髪が光り輝いたような気がして、その神々しさに目を奪われたが、バカなことを考えている自分を頭の中から叩きだした。


「そうだ。あいつがいる限り、逃げるのは難しいな」

「そうか、敵か」


 そう言った瞬間、彼女の周りに何かの力が渦を巻いて凝縮していくような奇妙な感覚に襲われた。


「お、おい。お前、一体何を――!!!」


 その日、イシュール聖国がナエリアル平原にある丘の奪還のために投入した虎の子の航宙航空フリゲートは永遠に失われることになった。聖地の丘と()()


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