マックス、カッコつける
翌日、テリブルから、例のメモリサーバーが完成しているから持って行けとの連絡がギリーに入った。
「ずいぶん早いな」
「例のニュースをキャッチして急いでくれたんだろ。あれでなかなか義理堅いところがあるのさ」
ノーライアの艦隊がテラバウム方面へ移動する場合、マックス達はすぐにでもテラバウムへ取って返す可能性があることをキャッチしていたということだろう。
それはつまり、マックス達の荷物が、クレリア教皇であることを知っているということでもある。
「さすがは、星間世界有数の大商人ってところか」
「まあな」
その代わり、あくどいところはものすごくあくどいから気をつけなとギリーに注意を促された。
そりゃまともなことをやっていて、そんなところまで登れるはずがない。そのくらいはマックスにも理解できた。ケロゴールを見れば分かるとおり、それは彼らの世界にも通じる話だったからだ。
「にしても、スペースポート近くの国際展示場だ?」
「そこらの倉庫には入らなかったんだと」
「そんなサイズなのかよ?!」
「おまえな、仮にもプリックリーの百万倍だぞ? 同じ集積率なら、単純に考えて、縦横高さはそれぞれ百倍になるんだぞ?」
つまり10メートル四方の空間を占めていたものの100万倍の容量は、1キロメートル四方の空間を占めることになるのだ。
「そんなサイズで大丈夫なのかよ、リン」
「たぶんな。そんな長時間でもないから問題ない」
「いや、こいつは凄いぜ。サイズももう少しはましだろう。どう見ても軍の大規模科学技術計算用メモリだな」
送られて来た諸元を見ていたギリーがそう声を上げた。
「は?」
メモリにエラーが起こることは避けられない。それはものすごく小さい確率だとは言え、巨大な容量を利用する場合は、その小さな確率が問題になるのだ。
大規模科学技術計算用メモリは、外からは一つに見えても、内部では三倍の冗長性が確保されているメモリだ。同時にその三つに書き込まれ、読み出し時にもしも値が異なっていた場合は、異なっていない二つの側の値を返す特殊なメモリなのだ。
「こいつはおそらく、軍の備蓄用をこっそり持ってきたんじゃねーか?」
「そんなことができるのかよ?!」
「そりゃまあ基地なんかに納品済みの奴は無理だろうが、こいつはまだメーカーに保管されていたやつだろ。備蓄用メモリが突然一気に必要になることなんざありえないから、随時本物に入れ替えればごまかせるんじゃねーの。ただなぁ……」
「なんだ?」
ギリーが見せてくれたメッセージには、『すまん。八億かかった』と記述があった。ギリーもさすがに「1.6倍は拙くないか?」と困ったように言った。
契約書を交わしていないとはいえ、商談時に提示された金額から1.6倍もはみ出すことは商人として許されない。下手をすれば詐欺扱いされるだろう。だから、その金額を認めなければ、慣例では超過部分は商人の負担になるのだった。
「まあ、普通はな。で、どうする?」
マックスはそれに答えず、リンに向かって聞いた。
「どうする?」
「どうするって……払えばいいではないか。必要なのだろう?」
リンは不思議そうな顔をしてそう言った。彼女のいた時代は流通が発達していないし、予想外の出費は日常茶飯事だった。
そうして、そういう面倒な注文をするのは、大抵が大金を持っている人たちで、そう言った支出に鷹揚だったのだ。
「だとさ」
「嬢ちゃんは、客の鏡だな! ま、テリブルのやつも喜ぶだろ。軍の備蓄をさらったかいがあったってもんだ」
もっともあと数年で新しい備蓄に入れ替わる資材なんだろうけどな、とギリーが苦笑しながら言った。
所謂、WIN-WINの関係ってやつだ。軍にバレさえしなければ。
そうして、リンとギリーはそれを受け取りに出かけた。
マックスは休暇を楽しんでいるはずの部下に、残念ながら休暇は終わりだと召集をかけて、トゲトゲにポッペウスの居場所を聞いた。
****
ラウンジのドアを開けると、薄暗い室内のソファには、ポッペウスが一人で膝を丸めて落ち込んでいた。
「なんだよ台下。元気がないな」
「わざわざ遠くまで救いを求めにやって来て、救えないと言われれば多少はね」
大人びた受け答えのようにも、ふてくされた子供のようにも見えるその言い草は、ポッペウスの心の内をよく表していた。
「人々に救いを与えるのは台下の仕事だろ」
「それは神の御業ですよ。私はそのお手伝いをしているにすぎません。それに――」
彼は、膝を抱えた腕の間にかっくりと頭を落として、絞り出すように言った。
「――人の世はままならない」
「なんだ、ノーライアの艦隊の話を聞いたのか」
「あれだけニュースでやってれば、耳にも入りますよ。私が帰還するころは、もうすっかり焦土になってるかイシュールに占領されているか……」
ポッペウスは、はぁ、とため息をついて、しばらく考え込むように黙り込んだ後、マックスに向かって言った。
「私にもバイアムの仕事ができるでしょうか?」
ポッペウスは、もう教皇なんて立場をや身分を投げ捨てて、気ままなバイアムの一員になりたいと思ったのかもしれない。
「いんや。そりゃ無理だ」
「あう」
マックスに即答されてガックリ来たポッペウスは、打ちのめされたように肩を落とした。
「なあ、台下。長くバイアム、しかも陸戦なんぞをやってるやつには、共通する一つの資質があるんだ」
「資質?」
「ああ、それのないやつは……まあ、早晩いなくなるってことだ」
マックスは言葉を濁して肩をすくめただけだったが、それはつまりこの世からいなくなるという事だろうと、ポッペウスは理解した。
「それは?」
「言葉にするのは難しいんだが……つまりは、線が引けるかどうか、だな」
「線?」
それは、自分ができることとできないことの間に引く線だ。その線が曖昧な者は、早晩大切なものを失っていなくなる。大抵それは自分の命なのだが。
マックスはその線のことをポッペウスに説明した。
「長く傭兵をやっている奴は、完璧な自己中冷血漢になるか、そうでなけりゃ英雄的な行為を連発しちゃう奴になるんだ」
大抵、線の外側の事態に絶望したものが自己中冷血漢になり、そうして、それに耐えられないものたちが、線の内側で英雄的な行為を行うようになる。
どちらにしてもそれは、線を頑なに守るということの反動だ。
「軍曹は、後者ですか?」
まさか、とマックスは肩をすくめた。
「俺は、線の内外の出来事に罪悪感を覚えるほど、線には近づかないタイプでね」
要するにチキンなのさとマックスは笑ったが、ポッペウスは、この人の線はなんと遠くにあるのだろうと感じていた。
「俺達は、どんなに英雄的な行為をしているように見えても、決して線の外へは出ない。こいつは絶対だ。そこから先に命の保証はないからな」
「でも、台下は違うだろ」
宗教家は来るものを救うものだ。線の位置は無限遠。かりにそれが引けたところで、それはないのと同じことだ。
「ははは、確かに」
ポッペウスは、マックスの言葉に納得するように笑うと、突然腹を据えたように真顔になってマックスに向き直った。
「私は民を守らなければなりません。なにしろ王の系譜だそうですから」
「聞いていたのか……」
それは、出発前にポッペウスが眠っていた時に話題に出た話だった。
「もしも――もしも、私が、クレリア防衛のためにあなたたちを雇いたいと言ったら?」
現実的にそんなことは不可能だ。
相手は中隊規模とは言え、ノーライア帝国の艦隊だ。中央協議会が束になってもかなわないだろう。それをたった一隻の船でどうするというのか。
それ以前に、常識的には、事態に間に合うかどうかすら怪しいのだ。
ポッペウスにもそれは分かっていた。
「んー、そいつは無理だな」
「え……」
それでも、あっさりと否定されて、ポッペウスは落胆を隠せなかった。
「軍曹、そいつは誤解されますよ」
いつの間にかラウンジの扉にもたれかかっていたサージがそう言った。
ひょいと扉の向こうから顔を出したカリーナが、「だってスケさんはリンの子分二号でしょ? 仲間に雇われるわけにはいきませんよ」と言うと、その下にしゃがんでいたアダムスが、「ま、子分二号じゃ仕方ないっすよね」と嘯いた。
「そうそう。それに、小隊が攻撃されるっていうなら反撃しないとね」
カリーナの反対側から顔を出したフェリシアがそう言うと、パウエルとショートが、コクコクと頷いていた。
「お前ら……」
「軍曹、一人でいい格好しようったって、そうはいきませんよ」
「しょうがねぇやつらだなぁ……相手はノーライアの中隊だぞ?」
「トゲトゲ君がいれば、何とかなるんじゃないですかね?」
カリーナがそう言うと、当のトゲトゲがそれに答えた。
「もちろんです、カリーナ。お任せください」
んー、さすがトゲトゲ君、とカリーナが感激している。
マックスは、呆れるように腕を組むと、「しょうがねぇ奴らだなぁ……」と呟いた。
「ようし、ひとつ派手にやってやるか!」




